sweet

こちらは菜月さまが書いてくださった【Desire】の主役ふたり、岳里×真司のお話になっています。(時間軸は、第四章後半、真司と岳里が自由に城を歩き回る頃)
また、本作には菜月さまの創造してくださったオリジナルキャラクター、『ケイさん』という優しいお方が登場しております
ではでは、以上を踏まえた上で、ぜひ皆さまも菜月さまの素晴らしい世界をお楽しみください!



◇sweet◇

部屋に戻る為に歩いていると、何かが転がってくるのに気が付いた。
何個か転がってきた内の1つが、まるで拾ってくれと言わんばかりのタイミングでおれの足元で止まる。
何気なく拾い上げたそれは、何処かで見た覚えがあった。
みかんより少し大きな、見た目はまるでドリアンのようなそれ。

「……あ」

それを食べていた人物がふっと浮かび、思わず口元が緩む。
それはこの世界に初めてきた時に、岳里が集めてきた食べ物の中にあった果物だ。
あの時岳里は、無表情のまま、でも何の抵抗もなく食べていた。

「…あの。すみません」

聞き覚えのない声に呼び止められて顔を上げる。
声のする方を見ると、大きな半球体のボウルのような丸い入れ物へ果物を入れた人が、おれを見ていた。
どうやら彼が落とし主らしい。

「はい、これ」

茶色というより琥珀に近い髪色に同色の眼。良く見ると少し眼は大きいけれど、整った顔立ちをしている。
着ている真っ白な服から、推測するまでもなく、厨房のスタッフなのだろう。

「拾ってくれて有り難う御座います」

懐かしい果物を彼に差し出すと、彼は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
近付いてきて漸く気付いたけれど、同じくらいだと思った身長は、彼の方が若干低いようだった。

「これ。好きですか?」

おれの緩んだ口元を見ていたのだろう。そう穏やかに聞かれたけれど、軽く首を横へ振って違うと伝える。
大好きだという訳ではないから。

「そういう訳じゃないんだ」

懐かしくて。そう告げようとしたおれの眼が、入れ物の中にあった別の果物を見付ける。
此処に来たおれが始めて食べたさくらんぼに似たそれ。此方なら、好きだと言えるかも知れない。

「これ実は、火を入れると、とても甘くなるんですよ」

おれが見た果物を手にした彼がそう教えてくれた。
…甘いもの。
そう言えば岳里は甘いものが好きだ。
ここ最近、岳里は剣を習い始めたこともあってか、遅くまで部屋に戻らない事も多い。
何も言わないけれど、疲れているかも知れない。
疲れている時には甘いものが効果的だし、仮に疲れてなくても甘いものなら岳里は食べる筈。
そう思ったおれは咄嗟に彼を呼び止めた。
一礼して去りかけていた彼は、不思議そうに此方を振り返る。

「これ使って、甘い菓子作りたいんだけど余分あるかな?」

思い切って聞くと、彼は僅かに首を傾けた。

「材料は心配有りませんが、貴方がお作りに?」

そう問い返してくる。
おれは大きく頷いた。
岳里が好きな甘いもの。
他の奴じゃなくて、おれが作ったものを食べて欲しい。何故かそう強く感じた。
真っ直ぐにおれを見る彼に対して、おれも見返した。
すると不意に彼の表情がふっと綻んで優しいものへ変わる。

「分かりました。…今すぐが宜しいですか?」

頷きたかったけれど、彼も仕事の予定があるだろうし。
色々考えて、彼の都合や材料なんかと照らし合わせ後日に約束をした。
そうして別れる間際になって、漸く名乗りあって無いことに気付いて思わず笑ってしまった。

「おれは野崎真司。真司でいいよ」
「私はケイと申します」

そうしてケイと別れた後におれはもう一つ気が付いた。
ケイの、穏やかな物腰から普通に話していたけれど、初対面の相手なのに敬語を使うことをすっかり忘れていた現実を。

厨房の片隅で始まったケイとの菓子作り。
最初は1つ完成させれば良いと思っていたけど、ケイから様々な種類の果物や菓子向きな材料を教えて貰うと欲が出て来た。
折角作るのだから、もっと沢山の種類を作って岳里の腹も満たしたいし、喜んで貰いたい。
あいつは多分おれが作るだなんて予想もしていないだろう。
それなら驚かせたい。
そう思って岳里には黙っている。
ケイと様々な試作を作るのは、比較的集中しやすい夕食後の時間が恒例になりつつあった。
岳里は大抵その時間は不在だというのと、他の時間だと厨房自体が忙しく、沢山の人が行き交っていて邪魔になってしまう。

「真司。出来上がったこの試作品なのですが、思ったより柔らかいんですね」

蒸すという料理法はそんなに浸透していないのか、それともお菓子には応用されていないのか。
焼いたり冷やしたりは比較的作業し易かったけれど凝ったものも食べて欲しい。
そうして考えたのは、作り始めて一週間目くらいのこと。
此処には残念ながら、オーブンなんてない。
厨房内にある器具を使って試してみたのは、生地を焼くのではなく蒸してみることだ。
茶碗蒸しを作る要領で『蒸す』という作業に挑戦してみた。
焼くわけではないから柔らかいし、蒸しているから出来立てはほんのり温かい。
甘くなる実をふんだんに入れ、それなりに食べ応えのあるそれは見た目がとても鮮やかな出来映えとなっていた。
その日、蒸しケーキの試作品の残りを持って厨房を出るといつの間にかネーラが扉前に佇んでいた。
ケイも予想していなかったのか、少し驚いたような表情を浮かべている。

「厨房内に入らないなんて賢いな」
「…ネーラですからね」

試作品の入った袋をケイに任せ屈み込むと、ネーラの視線がおれからケイの手元に移った。
やっぱり甘い香りには敏感なのかも知れない。
ゆらりと、ネーラの尻尾が揺れた。

「ケイ。これネーラが食べても大丈夫だよな?」

一応材料全てを把握している料理人に聞いてみる。
岳里とは違うけど、ネーラもおれにとっては大切だ。だから興味がありそうな様子を見ていたら、味見して欲しくなった。
少し考えるような素振りを見せていたケイたけれど、ネーラが鳴くとあっさり頷いた。

「柔らかいですし自然の物ばかりですから問題無いかと思いますよ」

そう言いながらケイもしゃがみ込む。
そんなケイから試作品を受け取り食べやすいように千切る。最初の試作品だから多分冷めているだろうと思う。

「おれが作ったんだけど味見してくれるか?」

ネーラは、おれの言葉を聞いてから試作品を見てゆっくりとそれに口を付けた。
普通に言葉も通じるし、本当に賢いと思う。
不思議なのはネーラが来た途端、ケイの表情に緊張が走ったように見えたこと。
気のせいかも知れないけれどネーラの一挙手一投足を慎重に見届けているように感じた。
食べ終えたネーラが小さく鳴き、その体を俺に擦り付けてきた。
出した欠片は1つも残されていない。

「大丈夫だったかな」
「美味しかったと伝えているのだと思いますよ。機嫌が良さそうに見えます」

自信のないおれにケイが穏やかに、でもはっきり断言してくれた。ネーラもそれを肯定してくれるように鳴いた。
ネーラの頭を撫でると、ネーラはするりと身を離しそのまま歩み去っていった。

「そろそろ宜しいかと思いますよ」
「でもまだあれが…」

まだ改良している試作品が1つある。おれとしてはそれを仕上げてから岳里に渡したい。
躊躇うとケイはゆっくり立ち上がり口元を緩めた。

「分かりました。最後までお付き合いしますね」

優しいその言葉をおれ以外が聞いていたなんて、その時のおれは気付けなかった。
ネーラに味見をして貰った日の翌日。
その日もおれは夕食後に厨房へ来ていた。
夕食の時に同席していた岳里の視線が何となく、いつもより強いような感じがしたけれど、気のせいだったのかも知れない。
ほんの僅かな差だからはっきりしなかったんだ。
不思議に思って見返した時には、いつもとそう変わらない岳里に見えたし。
昨日作って冷やしておいたゼリーのような菓子には、中に果物が沢山が入っている。
ここDesireで寒天に似たものを探したら、素材自体が淡い水色がかっていた。
透明じゃない事に驚きながらも、恐る恐る煮溶かして…棒状の寒天を扱うような手順で…冷やし固めてみると透明度の高い水色のゼリーになった。
試作で出た色で一番綺麗に出た配分を参考にして、入れる果物の内容や冷やす時間など。
ケイだけでなく、厨房に居合わせたスタッフからの助言も参考にしてあれこれ検討した。
幾つも小さな型での試作を繰り返し、最終的な調整を済ませて漸く作り始めた、試作品ではない贈り物としての品。
岳里に渡すものとして作ったそれは、昨日から冷やして何とか固まった所だった。
おれが初めて食べた果物は、他の菓子に入れるより一度火を入れた後にこうして冷やした方が美味しいように感じた。
だから、他の果物より多めに入っている。
ひんやりとしていて喉をつるりと滑り落ちるそれは、動いた後や夏に向いたデザートだと思う。
今は使っていないという大きな型を借りて流し入れ、冷蔵庫とは違うけれどそれに似た箱のようなものでゆっくり時間を掛けて固まらせた。
欲張って大きい物を作ったから、思ったより固まるのに時間がかかった。
丸く透明な器に入れたそれは、器自体の飾り彫りも綺麗だ。
その中にある、青みがかったゼリー。果物の色も様々で、鮮やかだから見た目がとても華やかな仕上がりになった。

「漸く完成しましたね」

にこにこと、相変わらず柔らかな笑みを浮かべたケイが、背後から声を掛けてきた。
おれの肩越しに仕上がったゼリーを眺めると、その出来映えを誉めてくれる。
明日の仕込みをしていた厨房のスタッフ達も、あまりの大きさに目を丸くしていた。

「式典や晩餐会の時のような大きさですからね」

スタッフ達を代表するようにケイが言い添えた。
ゼリーだけでなく作り置いていた菓子類は、1人で部屋に運ぶには、かなりの量があった。

「運ぶのを手伝いますよ」

笑顔でケイが申し出てくれた。
おれは…。



1.『頷く』
2.『断り1人で運ぶ』
3.『岳里を呼びに行く』

 

頂きもの