小さな身体

百万打御礼企画のアンケートで、岳里×真司の幼児化話
(なんの話かメモが残っていませんでしたが、恐らく幼児化のお題だったと思います)


 

 一人の少年が、ジャンアフィスの散らかった研究室でぽつんと立っていた。無感情に己の小さな手を見つめ、身体を足先から視線を上へと辿り、最後に顔に触れる。
 落ち着いた様で確認を終えれば、その大きな金色の瞳は目の前の男へと向けられた。
 感動に打ち震えるその男はジャンアフィスであり、今にも喜びのあまり泣き出しそうな程瞳を潤ませている。
 小さな口で名前を呼ぼうとしたその時、彼が先に口を開いた。

「今度こそ幼児化の薬が完成したんだ……! 記憶は保持したまま身体だけを! ついにやったぞ! やったぞおー!」

 早口で告げられた言葉が一度途切れ、もう一度改めて声をかけようとした少年を再び興奮冷めやらぬジャンアフィスが瞳を輝かせながら遮った。

「これで子どもたちの目線を体験しながらもはっきりとした意見が聞けるようになる! ありがとう岳里! きみが付き合ってくれたおかげだ! ああ、なんてお礼を言ったらいいかっ」

 薬により、子どもの姿になってしまった岳人よりも余程子どものように無邪気に喜びを現すジャンアフィス。彼を金色の瞳で見つめながら、同じように浮かれるでもなく、岳人はかけようとした言葉を一旦はひっこめ、よかったなと素っ気なく返した。
 普段であれば低い声音も、子どもとなった今、声変わりなどまだ先のやや高いものだ。それでも歳のわりに落ち着いているせいか、雰囲気だけは一切変わらず岳人のままだった。その事実がなおさら目的の薬を開発した男の心を満たす。

「うんうん、協力してくれてありがとう岳里。本当助かったよ。みんななかなか手を貸してくれたがらなかったから困っていたけれど、きみがいてくれてよかった」

 満面の笑みには応えぬまま、喜びを露わにするジャンアフィスとは対照に岳人はあくまで幼い姿でありながらもいつもと変わらぬ表情を浮かべる。冷静を取り持ったまま変化した姿で浮かれる男へ問いかけた。

「それで、いつ戻るんだ」
「……あ」

 それまで浮かべていた笑顔のまま、さあっと顔を青ざめさせるジャンアフィス。それに向けられる子どもの姿には到底似つかわしくない冷めた岳人の目は、静かに冷や汗までもを掻きはじめた彼を責めていた。

 

 

 

 ジャスの部下の人から至急部屋に戻るようにと言われ、理由もわからないまま促され慌てて戻ってみれば。
 部屋の中心に置かれた椅子にちょこんと少年が腰かけていた。合う服がないのか、大人用のものを上だけ来て、袖は何度も折られて捲られている。それでも大きいのか、肩からずり落ちそうになっていた。
 五、六歳くらいの歳にみえるけれど、そんな年齢の知り合いは少なくともこの世界にはいない。でもその子が誰なのか、直感的に悟る。
 紺の髪に、金色の瞳。それだけでも十分だけれど人形のように愛らしい顔のくせに表情は一切なく、無愛想な面構えを見ればいやでもわかる。
 姿ばかり変わって雰囲気はそのままの、顔の割に可愛げのひとつもない少年へ、確信を持ちながらも戸惑いながら声をかける。

「……岳里、だよな?」
「ああ」

 返ってきた調子は紛れもなく岳里だけれど、幼く少ししたったらずな声音がひどく不釣り合いで。

「……岳里なんだよな?」
「ジャンアフィスの研究の結果だ」
「あ、ああ、なるほど、ジャスか」

 思わずもう一度尋ねてしまいながらも、その答えにようやく合点がいった。それに釣られるように前にも似たような事件があったことを思い出す。
 あの時はおれが子どもに逆戻りしたらしい。記憶はないけれど、元の身体に戻った直後のことを思い出せば今でも、恥ずかしいなんてもんじゃない。
 余計な部分は内心で首を振って追い払う。

「そういえば、記憶は残ってるんだな?」
「ああ。身体だけだ」

 おれの時は記憶も身体も全部ひっくるめてだったけれど、今回はどうやら記憶は無事らしい。
 岳里の向かいに置かれたいつもの定位置へ座り、改めて目の前の幼い身体を眺める。
 初めて見る姿だ。記憶の中にある、初めて会った時の少年の岳里よりもさらに幼い。手足もぷにぷにしてるし、頬も子どもらしくふっくらで。あの目さえ隠してしまえば本当に見た目だけは成長した姿がイケメンな通り、子ども時代は随分可愛かったことが窺えた。

「なるほど、至急の用ってこういうことか……それで、いつもどるんだ?」
「わからない」
「……は? もしかして、おまえのその姿って失敗の結果っていうこと――」
「違う。成功は成功だ。ただ、戻る時間まで計算されていなかったらしい。すくなくとも三日以内には戻るそうだからあまり神経質になる必要もないだろう」

 深い溜息を吐けば、巻き込まれた当の本人は相変わらず顔色を変えることはなかった。それにもう一度息を吐きたくなりながらもどうにか飲み込む。

「それで、仕事の方はどうするんだ? 今まで通りその格好で?」
「執務に関しては戻るまでこの部屋ですることにした。多少なりともジャンアフィスが引き受けてくれるそうだからな、籠ったままでも可能だろう」

 原因であるジャスが岳里の仕事を一部とはいえ責任もって引き受けるのは当然の話だろう。
 城の人がジャスの薬によって何かしら騒動に巻き込まれることはよくあることだし、頻繁に事件は起きている。大抵はジャスに不便になってしまう部分を巻き込まれた側が色々要求していた。仕事のことなり、保障なり。けれど今回のことは子どもの姿になった岳里が何かしらの危険に巻き込まれたらいけないからと、外出を控えるようジャスの方からお願いされたらしい。
 基本今の岳里ほどの年齢の子は滅多に足を入れない、大人ばかりの城の中は子どもの目線にたっては作られていない。そういった構造の点もあるし、単に岳里を快く思わない人たちの報復もないわけでもないし、どれも何かがある可能性は低いが用心することに越したことはない。
 それに何より、注目を浴びるのは間違いないだろうから。騒がれるのはいやだろうとジャスに言われ、それまで別に問題ないと部屋に籠ることに首を振っていた岳里も頷いたわけだ。
 岳里らしい納得の理由に思わず苦笑する。

「確かに、周りの目は集まるだろうな。それにいつもよりは威圧感がないから、これまで話しかけられなかった人もこれを話題に来るかも」

 大変だろうなあ、と呟けば、あからさまに嫌そうに眉を寄せる。可愛い顔には似つかわしくないそれにさっきとは違う笑みをこぼしていると、不意に耳元でか細い声が聞こえた。

「ぅうう……?」
「りゅう?」

 岳里のことですっかり忘れていたりゅうが、おれの肩の上から後ずさるように動き、首裏へと回ってしまう。首を回して辛うじて顔を見れば、戸惑った顔をしていた。
 くりっとした丸い金の瞳の先には、同じように丸く大きな金の瞳をした岳里がいる。
 怯えている、というより様子を窺っているみたいだ。おれと違って説明で状況を理解できないりゅうは、まだあの少年が自分の親の岳里なんだと気づいてないのかもしれない。
 首にしがみつくりゅうを抱え上げ机の上に乗せる。両脇に手をついて様子を見守っていれば、しばらく動くことなくおれの右手に身を寄せたままでいた。それから少し経ち、そろりと身体を離すと、そのまま自分の足で岳里の方へと向かっていく。
 時々不安げにおれに振り返るものだから、それには笑顔を返してやる。
 ちまちまと小さな足を動かして目的の場所へたどり着けば、小さくなってもりゅうよりは大きい存在を見上げる。岳里は子どものものになった手を伸ばし、いつものようにりゅうの角の間を指先で撫でた。

「……ぴぃう! ぴぃ!」

 どこか不安そうな顔は一変し、嬉しそうに指を受け入れるりゅう。その手つきで誰なのかわかったらしい。だらりと放られていた尾もゆるりと動いて機嫌がいいことを表している。

「なんだりゅう、岳里ってちゃんとわかったのか?」
「ぴぃ!」

 返事と一緒にぴんと立ち上がった尾に、おれだけじゃなく岳里も笑った。それが何時もよりよっぽど笑顔らしくて、なんだか不思議な気持ちで眺めてしまう。
 視線に気づいたのか、それまで幼竜へと向けられていた顔が上げられ目が合った。

「なんだ」
「ん? いや、なんでもない」

 緩んだ頬をそのままに視線をりゅうへ落とせば、岳里もまたそこへ目を向ける。するとちょうど猫が喉を鳴らすにくるると甘えた声で鳴きだした我が子にまたも口元を緩ませていた。
 子どもの岳里は、大人の岳里よりもいくらか素直なのかもしれない。
 ただ身体が変わっただけなのに、なんとなくそんな気がした。

 

 

 

 扉が開き、岳里が湯上りの温まった身体で岳里が帰ってきた。
 それまでりゅうとじゃれるように遊んでいた手を止めて、ベッドに寝転んでいた身体を起こす。

「大丈夫だったか?」
「ああ。何もなかった」

 風呂に行くという岳里に心配だからとついていくことを申し出たが、いらないの一言で一蹴されてしまった。
 まあ何もなかったのならそれでいいと、まだ遊び足りないと訴えじゃれついてくるりゅうを指先で転がす。
 足音もなく傍らに来た岳里は、靴を脱いでベッドに乗り込んできた。いつもなら岳里の方が体重があるからそっちにマットが沈んで傾くのに、今はほんの少しだけ斜めになるのを感じただけ。不思議な感覚に隣へきたやつへ目を向ければ、何だと言わんばかりに見上げてきた。
 子どもの姿になってるんだからおれの方が大きいのは当たり前で。わかってるのに、見上げてくる目がなんだか不思議に思えた。同じように座り込んでいてもおれの方が高く、岳里を見下ろしている。
 いつもは反対の立場なのに。岳里が幼い姿をしていることもあり、新鮮にも思えた。
 不慣れな感覚にむず痒さを覚えつつ、指に吸い付いてくるりゅうへとあえて目を逸らした。

「そういやさ、髪の色とか目とか、いつもの色にはしないのか?」

 なんとなく探し見つけた話題を口にした。
 普段岳里は艶のある黒髪に、焦げ茶の目をしている。けれど子どもの姿になった今、いつものやつじゃなく本来の竜人としての色である紺色の髪と金の目になっていた。

「そもそもできない。あれはおまえと盟約を交わした付属品のようなものだからな」
「へえ、そうだったんだ。……ん? それが今できないってことは、盟約、は……?」
「おれとおまえは今、赤の他人だ」

 あっさりと言い放たれた言葉に、驚きのあまり呆然としてしまった。

「え……っと。つまり、盟約を交わしてない、ってことか?」
「そうだ。おまえと盟約を交わしたのは今の歳よりももう少し先のことだ。その証拠に証がない」

 いつもよりも身軽に背中を見せるとそのまま服をめくって肌を晒す。そこには光の者の証である黒い太陽は変わらずあるのに、腰の右側にあるはずの“竜”の文字はなかった。
 りゅうに咥えられている手とは反対の指先を伸ばし、あったはずの場所を辿る。

「なんも、ないな」

 それならきっとおれの盟約の証も今腰にはないんだろう。
 指を離せば岳里はすぐに身体を戻した。

「何かが変わった気なんてしないんだな。岳里の方も?」
「ああ。だがおまえがおれの番であることに変わりない。この姿になったとしてもおまえを守り抜く。子どもの姿になったといえども竜人だ、そこらにいるやつに負けはしない」
「はは、心強いな」

 まだどこかしたったらずな声に、あえて茶化すように笑う。けれど岳里が本気なのはわかってる。
 小さな手が伸ばされて、きゅうっと人差し指、中指、薬指の三本をまとめて握られる。温かくふにふにと柔らかいばかりのそれは本当なら頼りないはずなのに、何故だかとても安心する。大人の姿でも子どもの姿でも、体温はそう変わらないみたいだ。
 でも、やっぱり違う。

「――早く、戻るといいな。岳里だって不便だろ、その身体じゃ。いつまでもここで仕事やるわけにいかないしな」
「そうだな」

 いつものように素っ気ない返事にようやく顔を上げてみれば、満月のように丸い金の瞳が射抜くようにおれを見つめていた。

 

 

 

 子どもの姿になってしまったという岳里の話を聞きつけた隊長のみんなが、次の日になればこぞって部屋に訪れた。
 散々なでくりまされるもんだから常に髪はぼさぼさで、でも本人が気にしないからそのままだ。それに小さい岳里はやっぱりみんなにとっても珍しいらしく、色々とその身体で楽しんでいた。
 ……まあ、かくいうおれも肩車させてもらったりしたけれど。
 みんなと違って、おれの世界では子どもは珍しい存在じゃない。だからそれほど興奮するわけじゃないけれど、未知の生物、っていう感覚は近いかもしれない。
 親戚の中でも一番年下だったし、気軽に話しかける距離に子どもがいたことがないんだ。周りにはたくさんいたけれど、でも触れ合う機会はないにも等しくて。
 ふっくらで赤い頬も、小さくて肉付きがいい身体も手も新鮮だった。それに本物の幼い子だったら戸惑ったり怖い思いさせたくないと思うけれど、なにせ相手している子どもは精神ばかりはそのままの岳里だ。触るにしても変に遠慮しなくてもらえるし。
 折角なんだから目いっぱい触らせてもらおうと実行した結果、何故か肩車をさせてもらったというわけだ。
 岳里は特に嫌がる素振りも見せず、好きなようにさせてくれる。くすぐっても無反応だし、肩車しても反応は特になくて。見た目ばっかり子どもで、いくら可愛い顔していてもやっぱり中身は変わらない。
 子どもの姿になってもいずれ戻るだろうと焦る様子すらないのはさすがだと思った。やっぱり色々なものがいつもと違うから時々おかしな行動になってたり、顔には出さないまでも不便そうにしてたりはするけれど、それさえも悠然に構えている。
 身体が小さくなっても本人があれなもんだから、一人で行動してもたいして困らないみたいだ。まあ子どもの姿といえども十七のおれよりもよっぽど身体能力も高い訳だしな。
 みんながわあわあと騒ぎ部屋を去った後になる今も、岳里は一人で用足しに行ってしまった。
 一緒になって久しぶりに騒いで楽しんだからか、少し疲れて眠たくなる。くわりと欠伸をひとつついてから、腰かけていたベッドから身体を起こす。
 思っているよりも眠気は強いのか瞼が重い。夕方になる今昼寝するにはちょっと微妙だからと顔を洗おうと扉へ向かった。
 目を擦りながら歩き、その途中で岳里の方のベッドで一人転がって遊んでいるはずのりゅうを探す。けれどそこに姿はなかった。

「……りゅう?」

 一度足を止めて、さっきまで腰かけていた自分のベッドの方へ振り返る。でもそこにもいない。
 名前を呼びながら部屋を見回し、一歩踏み出したその時。

「ぴぃう?」

 足元から、探している声がした。
 驚いて下を向けば床にちょこんとりゅうがお座りしている。でもそれはちょうどおれが足を下そうとしている場所だった。
 慌てて身体を捻ってりゅうをよければ、そのまま足を踏み外し均衡も整えられないまま身体が大きく傾く。咄嗟に脇をしめて身体をかたくさせながら、床に倒れ込んだ。
 衝撃に息を詰めれば、不安そうな声を上げてりゅうが顔の方へ駆け寄ってくる。鼻面を強く閉じていた目に押し付けられ目を開ければ、やっぱり声通りの顔がそこにあった。
 身体を守った腕を解き、りゅうへ手を伸ばして首裏を撫でてやる。

「ごめんごめん、大丈夫だ」
「ぴうぅ……」
「いいんだって。それよりごめんな、気づかなくて。おまえは大丈夫だよな?」

 踏んではないはずと、身体を起こすよりも先に目の前のちいさな身体にぺたぺたと触れる。おれは自分のことはわかるし、いざとなれば痛いと周りに言えるけれど、りゅうの場合はこっちが気づいてやらなきゃいけない。それにまだ赤ん坊で、いくらかたい身体を持つ竜の姿といえども油断ならない。
 どうやら怪我はないようで、ようやく安堵する。
 ふうと息を吐いたところで、突然扉が勢いよく開いた。
 驚いてそこへ目を向けると、子ども姿ながらに、無表情ながらに鬼気迫る雰囲気を背負った岳里がいた。

「が、岳里……?」

 用を足し終えた、という後のすっきりした顔には到底見えない。
 慌てて上半身だけ起こすと、その間に大股で歩み寄られ一気に距離が詰められた。
 ただいま、なんて呑気に言われるわけもなく。声変わりなんてずうっと後の少年の声が低く唸る。

「どうした」
「あ、いや。床にりゅうがいるの気づかなくてさ、踏みそうになって避けたら転んじった。でもりゅうは無事だから」

 子ども姿の岳里に気圧されながら、取り繕うように笑う。

「立て」
「え?」
「立ってみろ」

 有無言わせない強い口調に、戸惑いながらも身体を起こそうとする。けれど途端に右の足首に痛みが走り、顔を顰めてしまった。
 まずい、と思ってももう遅い。岳里がほんの一瞬とはいえ出したそれを見逃すはずもなく、おれが逃げる前にと先に動いた。
 すぐ傍らにしゃがんだと思ったら、あっという間に体制を変えられそして、気づけば六歳ぐらいの岳里の身体に横抱きにされていた。

「は、え、ちょ……!?」

 不本意ながらこれまでに何度かされたことがあって、いつもはゆとりある持ち方をされる。でもさすがにおれの身体の半分よりちょっと高いくらいの背しかない今の岳里ではゆとりなんてないようで、手が支える場所も背中と膝のはずが今は腰と太腿で。足先も床についてしまいそうだ。
 本当ならとてもじゃないけれど子どもが十七歳の男を抱えることはおろか背負うことさえもできないはずなのに。身体の大きさも違うし、おれの身体は大きくはみ出しているのに。それなのに岳里の小さな手は力強く、平然とした顔で抱え上げる。

「りゅう」
「ぴぃ!」

 岳里に名前を呼ばれたりゅうは、その意図を知っているかのように嬉しそうに一鳴きしておれの腹の上に飛び乗った。

 

 

 

 説得空しく、おれは子どもに横抱きされながら医務室へ向かうことになった。
 途中誰ともすれ違わず済むわけもなく、ましてや人通りが多い医務室への道では異様なおれたちの様子に誰もが二度見し、目を見張っては通り過ぎるまで見つめていく。
 もうどうしようもできなくて、岳里に抱えられながら両手で顔を覆うしかできなかった。それでも羞恥が拭い去るわけもない。
 結局セイミアのもとまでそれで運ばれ、捻挫と診断され自然治癒を勧められ処置された後、部屋に帰る時までその姿で運ばれた。もはや涙目にもなる。
 部屋に戻りベッドに腰掛けさせられ、ようやく目を開けた。ちょうど岳里は息をつきながら、平行に並ぶ自分のベッドへ同じように腰を下す。
 向かい合ったその顔を見れば、ふつふつと湧き上がっていた恥ずかしさや理不尽な怒りがすっと収まっていった。
 同じ高さに座っていてもいつもなら少し上げなくちゃいけない目線も、今は背が低くなっている岳里相手には少しだけ下げる。

「心配した」
「……ごめん」

 大したことではなかったけれど、心配してくれたその気持ちに反抗するつもりはない。素直に謝ればようやく岳里は少しだけ顔を和らげた。それにおれも安堵する。
 小さな手が持ち上がり、いつものように頬に触れようと伸びてきた。――が、中途半端な空で止まったそれにおれも岳里もはっと気が付く。
 届かないんだ。いつもの岳里なら少し身を前に傾けて腕を伸ばせば届く距離でも、今の岳里じゃ足りない。

「――ぷっ」

 不満げに眉を顰めた岳里に、でももう耐えきれなかった。
 思わずふき出せば、じろりとした目が向けられる。けれど子どもの顔だからか、拭いきれない威圧感はあるけれどそこまで怖くない。
 笑いながら、おれからも手を伸ばす。肘を伸ばし広げたままだった岳里の掌に同じように開いて重ねる。

「ちっちゃいし、短いな」
「子どもだからな。当然だろう」

 まだ笑ったことに不満を残しているのか、少しつんとした物言いだ。
 ごめん、と言ってもどこか責めるように、満月の瞳はおれを見つめていた。
 性格が変わってないように、その目も変わらない。綺麗な金色で、いつもまっすぐにすべてを見据えている。
 ただ重ねていただけの手を崩し、指を絡め合う。岳里の視線はそこへ向けられた。

「――もし、このままもとに戻んなかったらさ。そうしたら盟約、やり直そうか」
「おれから逃げられるいい機会だぞ」
「でもおまえはおれを影ながら追っかけてんだろ? なら変わんないって」

 つまらない冗談に笑って返せば、また視線がかち合う。

「今のおれはおまえよりも十歳は年下だぞ」
「中身が変わってないならいいんじゃないか? ちょっと犯罪臭は拭えないだろうけれど、隣に立てるのが違和感なくなるまでおまえの成長見守るってのも悪くないし」

 今触れている手が、どれほど大きくなるかを知っている。どんな顔になるのかも、身体も、声も、これからを知っている。その姿に重なる過程を見るのはそこそこに楽しいような気がした。
 岳里、と呼んでみる。返事はない。けれど、目が応える。

「新たな名を与え、おれの体液を与える――で、いいんだよな?」
「ああ。おれは今、正確にはカルディドラだ。がくとという名をまたつけ直せばいいだろう」
「そっか」

 絡めた手をそのままに立ち上がり、いつもとは反対におれが岳里の手前に膝を折り、見上げる。
 頬に手を添え、お互いに顔を寄せ合った。でも触れあう手前でつい笑ってしまう。

「……なんか、子ども相手にちゅうするのはなあ。さすがにまずい気がするんだけど」
「したくないのなら別に構わないが」

 あくまで素っ気ない言葉にむっと口を歪めさせる。けれどそれには岳里が口元を緩ませていた。
 かわいいなあと、その小さな笑みを見て思う。けれどそんなこと言ったらそれこそ機嫌を損ねてしまいかねないと内心で一人呟く。
 今度こそ口づけを交わそうと、残した僅かな距離を詰めようとした、その時。
 ぽんっと軽快な音が響き、一瞬にして岳里の身体が煙に包まれた。

「が、岳里っ!?」

 咄嗟に立ち上がれば、繋いでいた手に異変が起きる。小さいはずの岳里の指先が急に伸び始めた。掌も広くなり、それはあっという間におれのものより大きくなる。
 濃く岳里を包んでいた煙が晴れる頃には、その理由を知ることになった。けれど、それよりも先にその姿を見てばっと手を離して距離を取る。

「お、おまっ、服、服は!?」

 煙から現れた岳里は本来の身体に戻っていただけでなく、全裸だった。それまで着ていたものはどこにもなく、真っ裸でベッドへ座っていた。
 もとに戻ったことに気づいた岳里は、まじまじと自分の手を見て、そして立ち上がる。ついさっきまでは頭ごと下を向かなきゃ見えなかった少年はおらず、反対に少し見上げなくちゃならない大男がいる。
 戻ってくれたことには安心した。けれど問題なのは、服を着てないということ。
 混乱したままようやく顔を背ける。けれどがしりと大きな手に両頬を包まれると強引に前を向かされた。

「――ば、っ、ん!?」

 咄嗟に開いた口にねじ込まれた舌は拒むことを許さず、強引に中に押し入る。
 縮こまった舌を吸われ、絡められ。口内を撫でられ、辛うじて鼻で吸おうとする息さえ荒いそれに奪われる。

「ん、ん……は、んんっ」

 逃げようとしても頭の後ろに手を回され、押し返そうも力で敵うわけもない。
 結局散々好きに弄ばされた挙句に、酸欠寸前でようやく離してもらえた。
 最後に濡れた唇を一舐めし、顔は遠ざけられる。

「こっちの方がいい。より深くおまえに触れられる。その感覚を知っているのに、今更成長を待っていられるか。抱くこともできないだろう」
「あ、あのなあ! ……っ、ああもう、馬鹿!」

 言いたいことがあるのに、うまく言葉がでない。結局小学生でもましな罵り方があるだろうにひとつの単語を跳び出させ背を向ける。自分のベッドへ乗り込んで、そこで胡坐を掻いて腕を組む。けれど同じように上に乗ってきた岳里に背中からすっぽりと抱きしめられた。後ろから顔を覗き込まれれば、いつまでもむくれた顔は維持できない。
 いつもの岳里と目を合わせれば、結局緩んでしまう頬。しかたないなあと腹に回った腕に手を重ねる。
 本来の姿で重なり合ったおれたちの傍ら、それまで様子を大人しく見守り続けてきたりゅうまで、やっぱりこの岳里がいいと言わんばかりに甘えた声を上げすり寄った。

 おしまい

神さまのお戯れ main 愛がゆえ

 


 

小さくなった岳里で書きたかったのは、そんな身体でもお姫様抱っこなんて余裕ということ、小さくなったからと一切動揺しないこと、あと盟約やり直してみようか、という件でした。
あまり設定が生かしきれてないと思いますが、楽しんでいただけたのであればうれしいです。

未来的(本編補足の補足を読んだ方はなんとなくわかると思います)に考えればもしかしたら岳里は小っちゃいままの方がよかったのかもしれませんが、それじゃあ岳里の理性が我慢できないようです(笑)

ご投票ありがとうございました!

 

2014/02/04