飴玉ころころ


この作品は、ツイッターのフリーワンライ企画(#深夜の真剣文字書き60分一本勝負)に参加させていただきできた作品です。
お題は『糖分補給はいかが?』を選ばせていただきました。
企画趣旨を守るため、誤字脱字等の誤った表記以外は一切訂正いたしません。
いつもに増して拙いとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



 掻いた胡坐の上に、愛猫チキンを乗せながら、うんうん唸ってみる。けれどもそんなことしたところで目の前にある解答欄が真っ白なテキストが埋まるわけもなく、息苦しさからつい脇に置いた菓子に手が伸びてしまう。
 ポテトチップスを左手に持ってパリパリ齧りながら、右手にはシャーペンを手放すことなく紙面を突く。
 そう間を置くことなく、おれは机に突っ伏した。

「だあめだ、わっかんねえ。なあ砂原、教えてくれよ」
「さっき教えたところから進んでない気がするんだけど」
「わかんねえもんはわかんねえの!」

 机に伏せたまま、正面に座り溜息をつく砂原を睨む。ただの八つ当たりだとわかっているし、幼稚園からの長い付き合いにもなる相手は大して気にかけなかった。
 下を向いていた影響で僅かに下がっていたらしい眼鏡を押し上げ、身体をやや前に倒してくる。

「で、どこ」
「ここ……」

 だらけさせていた身体を起こし、持ったままだったシャーペンの先端で数式を示す。砂原は一拍だけ置き、あっさりと脳内で答えを導き出してしまったようだ。
 解き方をアドバイスし、答えに導いてくれる。それが終わった後に若干の皮肉を浴びせられるが、こいつの教え方はうまいし、おれは確かに物覚えは悪いし成績は良くない、それが事実である以上ぐっとこらえる。
 もしここで癇癪起こしてもう教えてもらえなくなっても困るし。今おれが授業についていけているのは間違いなく砂原のおかげであり、この男がいなければとっくに赤点まみれの補習に追われる日々を送ってたことだろう。
 どうにか一問解くも、何もわからないのはそれだけじゃない。今見開いているページ、全部だ。なんだかんだ呆れながらも付き合ってくれる砂原に感謝しつつも、口はどうも素直になれずおれもついちいさいながらも悪態をつく。だがそれを溜息ひとつで許してくれるのも、単に長い付き合いのおかげだろう。素直じゃないのは今に始まったことじゃないし、あまり酷い態度をとってしまったときには後々後悔する。そしてそんな姿を砂原には見られたことが何度もあって、向こうはおれのこの性格を熟知していることだろう。
 だから、許してくれる。おれだったら折角教えてるのにぶーぶー文句言うやつ、さっさと見限っちまうけどな。心広い……わけではないけど、幼馴染さまさまと思うしかない。あいつだってきっとただのダチぐらいだったら今みたくは付き合ってくれなかっただろう。
 教えてもらいながら三問目まで解いたところで、おれはまた机に身体を倒す。そのまま手を伸ばし、袋にある残りすぐないポテチを掴み口に放った。

「畜生、なんだかいつも以上に頭が働かない気がする」
「いつも通りな気がするんだけど」
「いつもはもうちょっとマシだ!」

 そうだったかな、と思い返す砂原に唇をとがらせながらもう一度薄味の菓子に手を伸ばせば、それを見ていた砂原はふと思いついたように言った。

「糖分、補給しなよ。少しは頭も働くんじゃない」
「糖分? つったって、どこにその糖分とやらが見えるよ」

 自分の部屋を一巡し、最後に目線は砂原の顔に戻る。
 そう綺麗じゃない部屋にある食べ物と言えば残り少ないポテトチップスのみ。飲み物は財布に優しく水道水。ついでに言えば今おやじの給料日前とやらで家にこれといった甘いものは置いてない。そもそもおれがそんな好きじゃねえからな。
 適当なこと言うなよ、と向けた視線に、砂原は机に出しっぱなしの自分の筆箱に手を伸ばした。

「飴ならここに。おれも今舐めてるし」
「いつの間に口に入れてんだよ」
「ついさっきだよ。おまえがうんうん言ってる間」

 確かにその頃は目の前に悩まされ気づかなかったかも、と思っている間に、あれ、と不思議がる砂原の声があがった。

「どうしたよ」
「飴、あると思ってたけどないや。今口にあるのが最後だった」
「なんだよ、結局ねえんじゃん。つかなんで飴が筆箱にあるんだよ」

 小さいペンケースをひっくり返してまで中を確認するも、やはり転がり出たものの中に飴玉はない。
 ペンを一本一本手に取り中に戻しながら、自分の口の中のものを確認するよう砂原はそれをころころ転がす。

「授業中にこっそり食べるために常備させてんの。腹減るし。大した足しにはなんないけれど」
「……くそう、なんでおまえみたいなのが秀才で通ってんだ……」

 この前は確かチョコレートをポケットに忍ばせていたし、さらに前にはでっかいバームクーヘンが鞄を占領していたっけ。そういえば確かに飴はしょっちゅうなめていた気がするような。
 思い起こしてふと気が付く。こいつが案外甘党だったらしいことに。
 そういえばいつも甘いもん持ってるよな。だったら今度家に来たときにはおれの好きなポテチとかじゃなくて、なんかちょっと甘いものも入れとくか。

「つうかいつもおまえ甘いものいくつか持ってんじゃん。今日はもうねえの?」
「学校があるときだけだから。今日はもうないよ」
「なんだよ。言われたからなんか甘いもん食いたくなってきちまったじゃねえか」

 どちらかと言えば、ないと言われてからだが。ないものに限ってほしくなっちまうんだよな。それに今までずっと塩味を食べてきたからか、普段はそうは思わないのに、次第に頭を甘いもので占領されていく。

「砂糖でも舐めてくっかな」

 そういう甘さを求めてるんじゃない、とは思いつつ、そうすれば欲求は収まるかとぼんやり考える。
 すっかりもとより危うかった集中力は途切れ、おれは再度机に頬を押し付けた。

「菅野」
「ん?」
「甘いものあるよ」
「ねえだろ? 飴はおまえがくっちまってたじゃん」

 わざとらしく溜息をついてみるが、砂原はもう一度あると言い切った。
 身体を起こし、机に肘をついて正面の男に目を向ける。

「いっこだけまだあるけど、ほしい?」
「まあ、くれんなら。てかどこにあったやつ食わそうとしてんだよ」

 鞄の下に潰れていた何かじゃねえだろうな、と疑いの眼差しを向けていれば、砂原は間に挟んだ机から身を乗り出しこちらに伸びてくる。
 どうしたんだろうとついた肘に預けていた顔を起こして近くにくる砂原を見つめていれば、顎をとられた。
 何かがおかしいと思った頃には、もう距離はほとんどなくて。鼻先が触れ合うほどに傍にきた砂原の顔。そっと唇に柔らかいものが触れる。
 顎に添えられた手に考えが追いつかず抵抗しないまま薄く口を開かされ、繋がるそこから甘く丸いものが押入れられた。
 それからすぐに砂原は離れていくも、押し入れるために使った舌がそのとき微かに唇を掠った。

「……っ」

 砂原がもとの位置に戻った頃に、ようやく身体が動き、咄嗟に手の甲で口元を押さえる。これまで膝で大人しくしていたチキンが、おれの突然の動きに弾かれたように足元から逃げてそのままベッドの下に行ってしまった。だがそれを気に掛ける余裕があるわけもない。
 砂原はすぐに置いていたペンを取り、自分の手元に広げたノートへ目を落とす。

「ほら、それでもう文句言うなよ。さっさと終わらせて借りてきたDVD見るんだろ」
「も、もんく、って。……えっ、は、なに? え、おれ、え、き、キス……っ!?」
「ほしいっていったのおまえだろ。折角やったんだから、とりあえずそれ噛まずに舐めろよ」

 ころりと口の中に転がる飴玉。甘いということだけしかもうわからない。何味なのかも、どんな色してるのかも。 
 噛まずにと言われて咄嗟に歯で砕こうとしたが、やっぱりやめる。とりあえず時間が欲しい。考える時間が。せめて、舐め終わる間だけでも。
 でももうおれの口にはいってきたばかりの飴玉はそれほど大きくはない。だって、すこし前までべつのやつの口にあったから。それを、渡されたから。
 待て待て待て待て、おれとあいつは幼馴染で、気が休まる相手、ではある。でも待て。どっちも男で、こんなこと今までなくて。でも、まて。え、マジかよ。
 騒動のもとになる男を目の前に頭を抱え、今度は別の意味でうんうんうなる。これまでの思い出を振り返り、こんなことになる要素があったのか考える。でも、いくらなやんだところでお互い飴玉を口移しするような仲ではないことだけが確かめられた。
 嫌がらせ? でもそれだったら自分にもダメージがくるだろうし、冗談なのか。それともなにか他の意味があるのか。
 そろりと、下を向いて問題をさらさらといていく砂原を盗み見て、ふと気が付く。
 いつもろくに表情も変わらない、反応も薄いやつの耳が真っ赤になっていることに。そこでようやく口の中にあるものがイチゴ味だとわかった。
 頬が今までとは違った意味を持って熱くなるのがわかる。でも、どうしたらいいかわからない。
 とりあえずこの飴玉を舐め終わるまで。それまでに、どうにか今目の前の問題を解決しなければ。
 ころりと口の中で転がる飴玉。たったそれだけ。
 変な行動はあったけれど、言葉も何もなくて、さっきまで解いていたものよりもうんと難問で。
 でもたぶん、おれはもう答えを知っている。――ような気がする。

 おしまい

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2015/04/05