26

 

 リアリムの所在が判明したのは、彼が行方をくらませてから三日後のこと。
 町長の使いが勇者に助けを求めてやってきて、町はずれの小屋に魔獣が集まりだしているという情報を得たのが始まりだった。
 魔獣というのは人を襲うが、人口の多い場所を狙うことはない。自分たちが返り討ちにあうことがわかっているからだ。町の規模を襲えるほどの群れをなす魔獣もおらず、よほど飢えに苦しめられることもなければ、町と外との境界付近を歩く人間が一人でいるところを襲いかかる程度がせいぜいだ。
 しかし、町長の報告による魔獣たちは、種別を問わず集まり、小屋に注目しているのだという。町人たちが皆で武器を構えて近づこうとすれば散っていくが、まだすぐに戻ってくるのだそうだ。
 話を聞いた勇者たちは、真っ先にリアリムを思い浮かべた。彼の魔を惹き寄せる体質が関連しているのだろう。
 時期的にも、リューデルトがリアリムに施した魔術の効果も消えている頃。そしてあまり町に近寄ることのない魔獣が不自然に集まっているともなれば、そこにリアリムがいるのは明確だ。
 小屋の中に立ち入った勇者たちだったが、そこに人気はなかった。数年前から空き家で、持ち主がいないのだから当然だろう。しかしここ半年ほどは町の若者たちのたまり場にされていたらしく、薄汚れているものの最低限に整えられてはいた。
 人の姿は見えないが、気配はする。目を閉じて神経を済まさずとも足の下から幾人かの魔力を感じ取った勇者は、すぐに絨毯の下に隠された地下への隠し扉を発見した。
 万が一、追い詰めた者たちが逃げ出し取りこぼしてしまわぬよう、入り口には協力してくれた町人らを立たせて、勇者と従者二人は地下への階段を下りた。
 足元に置かれた蝋燭の小さな明かりだけを頼りに一本の階段を進んでいけば、すぐに扉を見つける。その前には扉を塞ぐよう、胡坐を掻いて居眠りをする一人の青年がいた。
 門番の真似事だろうか。
 勇者が合図をすることもなく、魔術師が杖を軽く振るって術をかけてやる。彼の睡眠をより深く確かなものへと変わった。これでどんな騒音が鳴り響こうとも、たとえ殴られようとも男は眠ったままとなる。
 勇者は道を阻む男を足蹴りし、退かせた。
 障害のなくなった扉に手をかけ、勢いよく開け放つ。
 まず先に感じたのは、生臭い匂い。そして次に、薄暗い地下室の、異様な光景を目の当たりにする。
 扉が開く音に反応した者たちが、血走る目で勇者たちに振り返った。
 勇者の背後にいたリューデルトとラディアが、脇に避けながら前に出る。そして眼前に広がる部屋の様子に身体を強張らせた。

「なんて……なんてことを……」

 絞り出された魔術師の声は、怒りと、そしておぞましい者たちへの恐怖に震えていた。
 六人いるうちの一人が、へらりと笑いながら勇者の前に立ち塞がった。だらしない顔つきをしているが、勇者を牽制しようとしているのがわかる。けれども勇者の青い瞳に映るのは、男どもの中心にいる探し人ただ一人だけだ。目元が布で覆われているためわからないが、意識がないのかぐったりと倒れ込んでいる。
 彼は服を纏わず、裸体が晒されていた。全身の至る所に裂傷が描かれ、打撲による痣だけでなく火のものを押しつけられたような焦げ跡まで残されている。
 両手の爪は剥がされ、血が渇いて固まっていた。勇者のもとに届けられた小指があったはずの場所もろくな処置をされぬまま放置されていて、遠目からでも化膿し目も当てられぬ状況になってしまっているのが見てとれる。あれではろくに力も入れられないだろうに、それでも彼の両手は腰の後ろに括られていた。
 さらに両足まで鎖でつながれている。そんなものもはや必要ないというのに、逃げ出すことなどできないというのに。それでも彼の心を追い詰めるただそれだけのために重たく冷たい枷が戒めているのだ。
 傷だらけの身体。残酷なまでに無慈悲に痛めつけておきながら、それでも男たちは彼への惨い仕打ちを止めはしなかった。
 力なく倒れる彼を押さえつけ、一人の男が臀部に腰を押しつけている。男の陰茎は強引に彼の体内にねじ込まれていた。そこが切れて流れた血が太腿にまで垂れこびりついていている。どのように行為に及んだか知らしめているようだ。丁寧に身体を開いていくことなどされるはずがなかったのだろう。
 辺りには白濁があちこちに飛び散るだけでなく、彼の身体にもかけられ汚されていた。黒い髪にも、塞がっていない傷口の上にさえ濁った体液が付着している。
 リューデルトはあまりに惨い光景に、後じさるようにふらつき壁に背をつけた。勇者はただ拳を握る。
 なされたのは暴力だけではない。 
 彼は、リアリムは、この男たちに蹂躙されたのだ。
 窓もなければ、空気を通す穴もろくに整備されていない地下室は、男たちの体臭、淀んだ空気に煙草の香り、そして血と、精液、排泄物の悪臭に、それだけでなく腐臭の匂いが入り混じっていた。そんな鼻が曲がりそうな臭気のなか、全ての感覚を麻痺させている男が恭しく口を開いた。

「ようこそおいでくださいました、勇者さま。あんたがのんびりしてくれていたおかげで、結構楽しむことができましたよ」

 自分を勇者と呼ぶ男は、やはりリアリム自身を狙って攫い出したのだろう。彼に行われた非道な数々も、勇者の仲間であるからなされたのだ。
 男たちは確実な悪意を持ってこの行動に出たというのを言外に突きつけられる。
 わずかに顔を伏せ、前髪で表情を隠す勇者をどう受け取ったのか、集団を統率しているらしいその男は余裕を持って腕を組む。

「なあ、あんたさえよければこいつをおれらにくれよ。どうせ大した役にもたってないんだろ? おれたちなら有効活用させてやれるし、そいつだってそのほうがいいんじゃねえの? まあ、ちょっとばかりゆるくなっちまったけど、ちょっと撫でてやればわりといい具合になるんだぜ」

 勇者を軽視するかのように、とってつけたような敬語も取り払われた。
 卑下た笑みを口元に張りつかせる男は、振り返り、リアリムに挿入したままでいた男に目を配らせる。
 彼も似たように口元を緩まると、腰の短剣を抜き取った。

「こうすると――」
「……っひ、ぃ、いぁ――っ」

 短剣が、リアリムの背を滑った。刃の通った場所には血が溢れ、これまで微動にもしなかったリアリムが痛みにもがく。

「ははっ、しまるしまる」

 張って逃げ出そうとする身体を押さえつけながら、男は軽く腰を揺らしながら笑った。
 結合部からは粘着的な水音が響き、押し出されるように白濁と血が混じった薄い色が溢れる。
 執拗なまでに身体に走る切り傷の理由は、下らぬ男たちの悦楽のため。押しつけられたいくつもの葉巻煙草の痕も恐らく同様の目的なのだろう。

「下衆が……!」

 ついに耐えきれなくなったリューデルトが吐き捨てる。
 しかし、心底からの侮蔑の言葉にさえ、男が笑みを崩すことはなかった。

「あんた、綺麗だな。あんたもおれたちのおもちゃになんねえ?」
「っ――」

 欲に濁る男たちの視線が、一斉にリューデルトに注がれた。怯み後じさる。それても執拗に絡みつく瞳から隠すようにラディアが前に出て庇った。
 ラディアは男たちを鋭く睨みつけながら剣を構える。
 それを見た短剣を握ったままでいた男がリアリムの髪を鷲掴み、強引に身体を引き起こす。
 悲痛な呻き声など気にも留めることなく、絞められた痕が残る首に刃を押しつけた。
 容易に肌は裂かれ、新たな鮮血が胸まで垂れていく。

「おまえらこいつの仲間なんだろ? ならどうすりゃいいかわかんだろ」

 粘つく男たちの視線を受け、ラディアは舌打ちをしながら剣を放る。敷き詰められた石畳の上に、耳障りな音を立てて剣は落ちた。
 ラディアが忌々しげに歯噛みするのを、満足したように眺めながらまとめ役らしき男は鼻で笑う。

「なあ、もう放っておけよ。こんな惨めな姿見られちまって可哀想だろ? おれらがちゃんと世話してやるからさ」

 男は振り返ると、警戒もせず無防備な背を勇者たちに晒しながらリアリムに歩み寄る。
 顎を掴み顔を上に向けさせれば、リアリムはそろりと口を開き、まるでそこに受け入れるように舌を出した。

「ほら、躾もちゃんとできてるだろ? こいつ食い意地張っててさ、吐くまで腹に入れるんだぜ。それなのにした出したやつなんて舐めとっちまってよ。餌やるおれたちも結構大変なんだ。突っ込めばいくらでも頬張りやがって。あんたらじゃ面倒みきれないと思うぜ」

 なあ、と同意を求めるようにリアリムに語りかけながら、男は新しくできた首筋の傷に爪を立てる。痛みに反応したリアリムに、繋がった男は短剣を投げ出し腰を掴み、強く打ちつけ始めた。
 肉同士がぶつかりあう乾いた男が地下に響く。快感を高め合う行為であるはずなのに、揺さぶられるリアリムの口から零れる声は苦しみしかなかった。
 傷つけているリアリムの仲間が、勇者たる者がそこにいるというのに、己らの欲望を果たそうと獣のように腰を振っている。男たちは異様な雰囲気のなか、皆笑い出していた。
 不意に、ゆらりと空間が揺らいだ。
 それに気がついたのは、今すぐにでも飛び出しそうになる身体を自らの精神で押さえつけていたリューデルトだ。
 リアリムから目の前に立つ勇者の背に視線を向けて、慌てて制止すべく肩を掴む。

「い、いけません勇者さま!」

 普段であれば無断で勇者に触れることは決してない。彼が恐れ嫌う行為であるからだ。だが今はなに振り構ってなどいられない。
 少しでも自分に意識を向けさせようと、非力ながら肩に置いた手の力を強める。しかし勇者はまったく意に反さなかった。

「離せ」

 地を這う声音。すべてを拒絶するそれに、リューデルトは一瞬怯んだ。
 これは警告だ。今手を離さなければ巻き込まれかねない。だがそれでも、勇者の従者として逃げ出すわけにはいかないリューデルトはますます握る力を強める。
 リューデルトの腕力などものともしない勇者は一歩を踏み出した。それでも引き留めるように肩に置かれ続ける手に、勇者は振り返ることもせず薄く口を開く。

「離せ、リューデルト」

 勇者に、略すことなく本名を呼ばれたリューデルトは心臓を鷲掴みされたような衝撃を受けた。頑なに繋げていた手をするりと放してよろけるように背後の壁に身体をぶつける。
 駆け寄ってくれたラディアに、必死な思いで縋りついた。

「勇者さまをお止してください! このままでは――っ」

 ようやくことの重要さに気がついたラディアは勇者に振り返る。
 けれどももう、遅かった。

「おいおい、大人しくしててくれよ勇者さま。もう少ししたら終わるから、それからまた話し合うぜ」
「――でやる」
「あ?」

 この期に及んで未だに己の身に迫る危機に気がつかずにいた男たちの視線が、ようやく勇者に向けられる。ただ一人、盛りのついた獣のように腰を振り続ける男を除いて。

「おまえら、地獄に放りこんでやる。生きながらえることを後悔しろ……!」

 勇者は顔を上げると、憤怒の形相を晒しながら吼えた。
 みしみしと地下空間が歪む音を上げる。男たちが何事かと周囲を見回したとき、六人いるうちの四人の四肢が千切れた。
 痛みにのた打ち回る絶叫が耳障りで喉も潰す。出血死してしまわぬよう、断面は焼いてしまった。
 自害など許さない。舌も引き抜き、散らばった手足とともに青い炎に焼かせて炭にする。
 残る二人に目を向けようとしたところで、勇者を押さえようとラディアが手を伸ばす。けれども見えぬ壁に弾き飛ばされ、壁に身体を打ちつけた。
 主犯格と思しき男は腰を抜かしながらも部屋の隅に逃げる。けれどもそれ以上の道はなく、地下である以上窓から出ていくこともできない。
 勇者に睨まれ、先の四人と同じく物言えぬ生ける屍へと姿を変えた。
 次に最後までリアリムをいたぶり続けていた男に振り返る。男はリアリムを投げ出した状態で尻餅をついていた。露わになったままの股間のものは情けなくも縮こまり、失禁していた。彼も同じくなにもできぬ肉塊とさせたが、一人だけ口に拳を押し込ませて言葉を封じる。自分の手を味わいながら男は涙を流す。
 六人とも壮絶な痛みを感じているはずだが、意識を手放すことは勇者が許さなかった。
 散らばっていた全員を一人一人指差し、適当に隅に積み上げ山とする。一番下になった者が押しつぶされ呻いていた。
 報復を終えた勇者は、手を下す。それからすぐに吐血した。

「勇者さま!」

 咳き込む勇者に、従者二人は駆け寄ろうとするが、未だに接近を拒む透明な結界に道を阻まれてしまう。
 二人はそれぞれ勇者に言葉をかけるが、彼はなにものの声も聞こえてはいなかった。
 急速に感覚を失いはじめる身体を引きずり、勇者は床に転がるリアリムのもとへと向かう。
 ようやく彼のもとに辿り着くと、まず先に手首を戒める縄と足に嵌められた枷を断ち切った。
 目元を覆う布を解こうにも、もはや指先に力は入らない。焦れた勇者はそれも魔術によって切り落とす。
 指先で顔についた男どもの体液やら汚れを拭って、目を開かぬままでいる彼に呼びかけた。

「リアム、リアム――」

 このとき初めて彼の名を口にした。気を失っているのか、しばらくリアリムは目を開けなかったが、やがて勇者の呼びかけに反応して薄らと瞼を持ち上げた。

「……ぁ……」

 やがてうつろだった瞳の焦点が合っていき、ようやく意識がはっきりしてきた頃、リアリムは勇者を前にしてはっきりとした恐怖の色を現した。
 頬にかかる勇者の手を払いのけ、腕を顔の前に重ねる。

「ひっ……も、もう許して、なんでもやるから、いたいのはもう……おねがい、もう切らないで……っ」 

 リアリムは異常なほど全身を震わせていた。がたがたと身体と記憶に刻み込まれた恐怖にのまれ、今目の前にいるのが誰かわかっていないのだろう。
 勇者は呆然とした。
なんと声をかければいい、どうしてやればいいのだろう。
 震える身体を抱きしめてやりたいと思った。けれども、無謀をした身体は力が入らず、自らの意思を取り留めるのが限界だった。
 石畳みに爪を立てながら、唯一己がしてやれることを探す。

「リアム、おれだ。ここにいるのはおれだ……っ」

 ただ名を呼ぶこと。力を持つ勇者であるはずなのに、できることはただそれだけだった。
 だが錯乱状態にあるリアリムにこの声は届かない。
 気力を振り絞り、重たい身体を動かしてリアリムの腕を掴んだ。強引に両腕を退かして隠されていた瞳と視線を重ねあわせる。
 リアリムは咄嗟に暴れようとしたが、ふと勇者の空色の瞳を見つけて大人しくなる。それから視線は上に向かい、勇者の髪に目を見開いた。

「――リアーナ……リアーナ、リアーナ!」

 リアリムは妹の名を叫ぶと、再び抵抗をした。
 普段であれば力負けするなどあり得ない勇者だが、掴んだ手首がてのひらのなかからするりと離れていく。
 自由になったリアリムは仰向けだった身体を転がしてうつ伏せになると、必死に辺りを見回す。そして男たちが積み重なるのとは反対の、荷物が雑多に置かれた隅に目を留める。

「リアーナっ」

 身体を引きずるように腕の力だけで這いながら、リアリムは布が被されたものの前に辿り着く。
 ふと、勇者は布の端から金色の糸のようなものがはみ出していることに気がついた。
 とある予感が頭を掠めたときには、リアリムの手によってその可能性は肯定されてしまう。

「ああ、リアーナ……」

 取り払われた布から現れたのは、勇者と同じ金色の長髪の少女だった。
 少女を抱きしめながら、リアリムは糸が切れたかのように大人しくなった。もとより身も心も限界であった彼は、妹の身体を下敷きにするようにしながら倒れていく。気を失ったようだ。
 勇者は再び咳き込み血の塊を吐き出しながら、それでもなお重なりあう兄弟を、兄に大事そうに抱えられているリアーナの顔を見据えた。
 彼の、妹であった者。彼女の左半身はつぎはぎだらけだった。生々しくも糸はそのままに、乱雑に身体が繋がれていた、
 縫い目から腐り始めていて、左目はすでに落ちてしまったのかぽっかり虚になっている。彼女がヘルバウルに襲われた過去は偽りなく、今にも崩れてしまいそうにぐずぐずにつぎはぎされた左側だけでなく、よくよく見てみれば長袖から覗く右手とて噛まれた痕がなんの処置もされることなく残されている。
 腐敗が進んでいる左半身の肌はもはや黒く腐敗汁さえ滲んでいるが、まるで死の直後をそのままに残されているような右半身の肌はすべての血を抜き取ったかのように白く、眼球さえも瑞々しいように見えるのがあまりにも不自然で、顔の半分だけを見ていればまるで人形のようだ。
 感じ取っていた腐臭の正体は彼女だったのだ。
 勇者の背後でリューデルトは恐ろしいものを見たがために口元を押さえていた。ふらつく彼の身体を支えるラディアの視線もよりいっそう険しいものとなる。
 身体が腐ってしまっているのだ、当然リアーナの身体に命はない。そもそも彼女の人生はリアリムの故郷とともに終わったはず。
 ならば何故、魔狼に食われ千切れたはずの身体が縫い合わされてこの場所にいるのか。
 リアリムは消息と途絶えたとき、リアーナの姿を叫んでいたと周囲の人間は言っていた。恐らく遠目から見ればまだ綺麗に保たれているほうのリアーナの横顔を見て追いかけたのだろう。それがつぎはぎされた命なき人形とも知らず、そんなはずはないと思いながら。
 今になっても故郷を、家族を失った苦しみにうなされ飛び起きるリアリムだからこそ、強い後悔が見せた亡霊と見過ごすこともできなかった。
 人形はリアリムをおびき寄せる餌だ。どうやってヘルバウルに食われたこの身を取り戻し、さらには腐敗が進んでいるとはいえ半年以上も遺体を現存させられたのかは不明だ。しかしこの少女を用意していたということは、間違いなく初めから狙いはリアリムであるという証明だ。
 意識を失いながらも、リアリムは腐った人形を力強く抱き締めている。勇者のこともわからぬまま、這いつくばってでも妹のもとへ向かった彼は、次に目を覚ましたときになにを思うのか。
 男たちが無残に踏みつけたのは、リアリムの身体と精神だけではない。心の根底にある、もっとも大切にしていた宝物まで砕いてしまったのだ。
 この三日間で味わった彼の地獄を、勇者はほんの末端しか見ていないのだろう。攫った直後に真っ先に指を切り落とし、それを勇者たちに届けるような相手に慈悲などあるわけがない。
 力が入らず震える指先を伸ばして、見開いたままの少女の右瞼をそっと下してやり、勇者は意識を手放した。

 

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