そっとベッドに寝かされながら、与えられる深いくちづけに夢中になる。
 自分からも舌を伸ばすが、倍近く伸びるルトの舌先に翻弄されるばかりだ。

「ん、ぅ、んんっ……」

 ヒューだってルトを気持ちよくさせたいのに。伸ばし続けた舌が疲れて力を抜くと、裏側をべろりと舐められながら押し返されていく。
 口内をくまなく舐めつくされて、飲み切れず溜まる唾液を啜られて。
 熱いルトの吐息を感じるたびに肌がざわめき、ようやく顔が離れた頃にはすっかり息は上がっていた。

「はっ、はぁっ……なんで、こんな……っ」

 ただのキスだ。これからすることを示すように濃厚なものであっても、その他にはまだ抱きしめ合うくらいしかしていない。服だって乱れていないのにもうこんなにもいっぱいいっぱいで、この先ルトに満足してもらえるほど付き合いきれるか不安になる。
 これからもっとすごいことをしていくのに、はしたなく勃ってしまった下半身のものをルトから逃したくて身を捩ろうとするが、上から押さえつけられてできなかった。
 じっとそこを見つめながらルトは目を細める。

「なんでってそりゃ……俺が上手いから、つってやりたいところだが、発情期の影響もあるんだ。感じやすくなっているはずだし、何もおかしくない」
「お、オレ、変じゃない……? 初めてなのに、こんな」
「変じゃない。もし発情期じゃなかったとしても、エロいのは歓迎だよ」

 また頭が下りてきて、宥めるようキスをしてくれる。
 唇を合わせるだけの軽いもので、ルトの毛がくすぐったくて小さく笑うと、すぐに濃厚なものに深められていった。

「る、ぅ……ん、ぁ……」

 圧し掛かるよう押さえつけられて、全身にルトの重みと体温を感じる。顎も掴まれているせいで逃げ場はどこにもなく、一方的になぶられるばかりの口づけに翻弄された。
 唇がふやけてしまうのではないかと心配するほどに交わり、ようやく離れたルトは濡れたヒューの口元を舐め拭う。
 自分も鋭い牙を覗かせながら、長い舌を伸ばして口元をべろりと舐める。それはキスで濡れてしまったから拭ったのか、それともこれからを期待する舌なめずりなのか。
 ぎらりとした欲が灯る瞳に見下ろされるとヒューの胸はぎゅうっと締めつけられて、こくりと生唾を飲み込むしかできない。

「ルー、大好き」

 本当はすごく恥ずかしかった。変な声は出るし、ちゃんと受け止めきれず涎まみれでべとべとになっている。顔が熱くて、ぼうっとして。目も潤んでいて、今にも感極まって溢れ出しそうで、きっと情けない顔をしている。
 心臓がばくばくして苦しい。本当なら今すぐにでも後ろを向いて隠れてしまいたい。わーっと枕に顔を突っ込んで叫びたい。
 でもそれ以上に、ずっと好きだった人と触れ合えることが嬉しかった。
 ルトが好きだ。
 好き、大好き。だからもっと触って欲しい。もっとキスしたい。もっとくっついていたい。互いが纏う服ですら邪魔で、隙間なく抱き合いたい。
 キスの続きをせがむとろんとした眼差しを向けると、ルトの鼻先が落ちてくる。
 またしてもらえると思ったら、鼻先は首筋に埋まり匂いを嗅がれた。
 ふんふんとしつこく嗅がれ、鼻息がくすぐったくてヒューは身を捩る。

「か、嗅ぐなよ……」

 キスを欲しがっていたことなどルトはきっとお見通しのはずなのに、与えてもらえなくてつい唇を尖らせる。けれども素気無く無視され、耳裏に突っ込まれたルトの鼻が深く息を吸う。
 ヒューの匂いによほど満足しているのか、珍しくルトの尻尾が小さく振られているのが肩越しに見えて驚いた。

「――ずっと、この匂いを待ってたんだ」
「匂い? オレの匂い、そんなにいつもとちがう?」

 発情期は匂いが変わるという。人間であるヒューにはまったくわからないが、嗅覚の鋭い獣人はその違いを嗅ぎとることができた。

「おまえの匂いが何倍にも濃くなって、人を誘う甘い匂いが混じって……たまらなく美味そうな匂いだ」

 熱を含む言葉が耳元に直接吹きこまれ、ぞくりと背筋が震える。
 また匂いを嗅がれて、かぷりと首筋を甘噛みされた。

「んっ……」

 牙が突き立てられて、軽く肌に食い込む。でも怖くはなかった。
 ルトに傷つけられたことなどこれまでに一度だってないのだから、怖がる必要なんてどこにもない。それにたとえ噛みつかれたとしても、ルトになら何をされても構わなかった。
 ゆっくりと服を脱がされていき、肌が露わになっていく。顎を、鎖骨を、肩を、脇腹を、かぷかぷと身体のあちこちを甘く噛まれていく。

「ぁっ、ルー……!」

 臍に舌が差し込まれ、その時ばかりは思わず頭を押さえてしまった。けれどそんな抵抗に意味はない。

「ひ、やっ、そこ……やっ……! ふ、ふつう、胸とかぁ……あっ」
「そっちは後で。こっちのが匂いが強い」

 思わず口にしてしまったが、胸を弄られるのもそれはそれで恥ずかしいし困るのだが、だからといって執拗に臍を舐められても困る。
 そういえば、獣人はそこまで胸に執着がないと聞いたことがある。どちらかといえば腰つきや尻の肉付きに目がいくことが多いのだと獣人の友人が言っていたのをこんな時に思い出した。
 とはいえ臍なんて自分でもまったく意識してこなかったところだ。くすぐったいし、慣れない感覚が直接腰に響いている気がする。
 すでに限界寸前とはいえ、臍を舐められて達してしまうなんてあまりに情けない。発情期だからとかそんなの関係なく、まだキスと肌を触られ臍を舐められているだけだ。それなのにくすぐったいだけではない肌のざわめきを覚え、いよいよ泣きが入りそうになった頃、ようやくルトが顔を起こす。
 安堵したのも束の間、そのままさらに下に移動して、いよいよ下衣に手がかけられた時にヒューは慌てて身体を起き上がらせようとした。

「ま、待ってっ」

 けれども丹念なルトの愛撫にすっかり腰砕け状態でうまく力が入らない。
 じたばたともがいているうちに、ため息交じりにルトが腕を引いて身体を起こしてくれた。

「これまで散々迫ってきたくせに。怖気づいたか」
「そういう、わけじゃないけど……」

 嫌なわけでも怖いわけでもない。ルトはきっととてもゆっくりと身体を開こうとしてくれているのはわかっている。
 でも、こうしてルトに触れてもらっているのがやはり夢のようで、まだ現実が追いついていない。今を受け取ることにいっぱいいっぱいで、自分でもわけがわからないままひどく混乱していた。
 気持ちいいことしかされていないし、むしろもっと触って欲しいし、怖いことなんて何もない。それなのにこれ以上先に進むのに何故が躊躇ってしまうそんな矛盾を抱えるヒューを、ルトは笑った。

「おまえ、俺のことが好きすぎるな」
「わ、悪いかよ! 仕方ないじゃん。ずっと、今日みたいな日を夢にまで見ていたんだから……」
「別に? 俺だって負けているつもりはないしな」
「え、それどういう――」

 言葉の途中で膝に押し付けられたルトのものに、思わず息を飲む。

「悪いが、止めてやれないぞ」

 服越しでもかたく張り詰めているのがわかり、ルトだって興奮してくれていることを教える。
 本当なら、本能のままさっさと腰を振りたいだろう。ヒューが発情しているように、獣人のルトだって蜜夜の影響を受けているはずなのだから。
 それでもヒューが待ってと言えば止まってくれて、なんだかんだと言いつつも心が追いつくのを待とうとしてくれている。
 ルトのこういうところが堪らなく好きだ。彼を愛おしく思う気持ちがまたも胸の底から溢れ出し、きゅうっと切なくなる。

「止めてほしくなんてない……止めないで。もっと、オレのこと触って。もっとヒューのこと感じさせて」

 ヒューはルトのことが好き。そしてルトだってヒューのことを好いてくれている。それは決して一方通行なんかじゃない。
 触れたいと思うのも、抱き合いたいと思うのも、独りよがりな気持ちなんかじゃない。
 ヒューだけでなく、ルトだって求めてくれていることを改めて理解すると、またたまらなくキスをしたくなった。
 自分から顔を伸ばして毛に覆われるルトの唇にちゅっと軽く吸いつく。何度か繰り返しているうちにルトが口を開き、噛みつくように応えてくれた。

「ん、ん、ぅ……っ」

 口の中を舐め回されながら、どうにか手を伸ばしてルトのものに触れようとした。
 ヒューだってルトを気持ちよくさせたいし、自分相手に欲情してくれているそれを可愛がりたいと思ったから。
 でも手が届く前にルトの指先に絡め取られてしまった。

「今日は俺の好きにさせてもらう。ここまで耐え忍んだご褒美もらわないとな」
「でも、オレだってルーに気持ち良くなってもらいたいよ。それにご褒美ならオレだってもらう権利あると思うけど」
「おまえのご褒美はまた今度付き合ってやるから」
「そんな!」

 少し前までヒューに許しを乞い反省の態度を示していたはずのしおらしかったルトの面影はなく、いつもの横暴さが見えて食い下がろうとする。
 繋がった手を解いてルトのものに触れようとしたが、やはりそれは阻まれてしまった。
 それでもなお諦めるつもりはないヒューの顔を覗き込んだルトが、大真面目に告げる。

「今おまえに触られたら、暴発する」

 真顔、と言っても狼の顔はそう表情が変わることはないのでだいたい真顔にしか見えないのだが、ルトはいたって真剣な様子だった。
 ちょっとでもヒューに触らせられないほど、本当に危うい興奮状態らしい。
 欲情してくれているのはわかっていたがまさかそこまでとは思わず、ヒューはただ顔を赤くして押し黙るしかなかった。
 狼の顔はわかりづらいにもほどがある。いや、同じ狼の顔を持つ双子の妹のルカは感情が案外わかりやすいので、ルトがとくに鉄仮面なだけなのだろう。まさかこんな場面までそれを貫くとは思わなかったが、こんな状態で冗談を言う男でもないのはヒューが一番わかっている。
 まさかそんなにも自分で興奮してくれているのか。それでも我慢して制止に応じてくれたこともそうだし、思っていた以上に好いてもらえているらしい現実に心中では歓喜しつつ、それをぐっと抑えつけた。

「でも、オレだってルーに触りたいよ……次の蜜夜までなんて待てない! ただでさえ年に二回しかないんだよ? できることはひとつでも多くやっておきたいんだよ」

 赤月の満月は半年に一度。次の発情期は半年も先で、いくら両想いになったからまたその夜も相手に選んでもらえるとはいえとてもじゃないが耐え切れない。
 せめてたくさんの思い出を詰め込み半年間を乗り切ろうと、ヒューだって真剣に考えているのだ。単純にルトを気持ちよくさせたいという気持ちだってもちろんあるけれど、半年のお預け期間を前にすれば一夜なんてあまりに短いのだから焦らずにはいられない。
 確かにそうだな、と頷いてくれるかと思いきや、さきほどまでわかりづらいと思っていたはずの狼の顔が思いっきりしかめられた。

「はあ? なんだよ、蜜夜にしか相手をしてくれないつもりか」
「え……ルー、オレのこと、蜜夜じゃなくても抱けるの?」

 しばし互いに無言となり、ルトの長い溜息がそれを破った。

「あのな、発情期じゃなくたって別に交尾はできるだろうが。まさか獣人が蜜夜しか発情できないと勘違いしてるわけじゃないだろうな?」
「だ、だって……」

 確かに人間の性欲よりか淡白ではあるが、獣人だって蜜夜以外にも欲情するし抱き合ったりもすることくらい知っている。
 蜜夜が獣人にとって重要視されるのは普段の性交よりも格段に子が宿りやすい時期であるからであって、性欲を解放させる日であるからではないのだ。
 別に勘違いなんてしていない。でもヒューには不安があった。

「発情期でもなければ、こんな貧相な身体に欲情なんてできないだろ……」

 ルトのように引き締まった身体でもないし、ひょろりとしていて肉付きがいいわけでもない。魅力がない自覚はあって、誇れる箇所もないような身体だ。
 そんな身体を抱こうとするなら、発情期の勢いを借りるしかないと思っていた。だからルトのことを誘惑する時は必ず蜜夜が近づいて来た時だけだったし、平常時はむしろ性的なアピールは避けて純粋に好きだと言う気持ちを伝えるだけにしていた。
 ルトだって、だからヒューが発情期を迎えるまで待っていたのだろう。発情期持ちの人間はひどく乱れると言うし、その分匂いも強くなる。そして匂いは本能を揺さぶる。ルト自身の発情もあるし、そうでもしないと抱けはしないから、ヒューの身体が整うのを待っていたのだと思う
 でなければ普通、好きな相手から誘惑され続けたらあそこまで完璧にスルーなんてできるはずがない。いくら魅力に欠ける身体でも、そこは好意のフィルターをかけて見ていればぐらりとくるか、せめてもう少し態度に現れたはず。
 ――と、ヒューは本気で思っていたのだが、再び肺の底まで吐き出された溜め息に随分と思い違いをしていたことにようやく気が付かされた。

「……おまえ、蜜夜の獣を知らねえのか」
「え?」
「まあ、それはおいおい教えてやる。まずはその勘違いを正してやるよ」

 言うなり膝を掴まれ、大きく足を開かされた。