◇月光◇

菜月様より頂いたの『sweet』にて登場しました、菜月さまのオリジナルキャラクター、ケイさんのお話です。
Desireメンバーは今回お休みしております(それらしい人が一名ちょこっと登場しているかも?)

では、以上を踏まえた上で、皆さまも菜月さまの世界をお楽しみください


 

◇月光◇

静まり返った廊下をゆっくり歩んでいると、唐突に何かが足元を過ぎった。
素早いそれが何なのか解らないまま、考え事をしていた体は大きくバランスを崩してしまう。

「わっ」

何とかバランスは保てたけれど手が滑り、抱えていた器を落としてしまった。
その結果、またもや果物を廊下へバラまいてしまった。
中に入っていた球体の物はどんどん転がってしまう。
慌てて走りだそうとした足が酷い違和感を訴え、思わず眉が寄った。
痛みはもう無い。
歩く事にも支障はない。
だけど。走ることは出来ない。
解っている筈なのに咄嗟に出るのは「動けていた」時の体の記憶で。
それが出る度に心臓が絞られるように痛む。
そう感じるのは肉体的なものではなく精神的なもの。
私は立ち止まり大きく息を吸って吐く。
深呼吸を数回繰り返し、そうして気持ちを落ち着けてから器を拾い上げた。
人気のない廊下でゆっくり果物を拾っていると、前方から知ってる人の気配がした。

「まーた盛大にやらかしたなァ、ケイ?」

視線を向けるより先に掛けられたのは、聞き慣れている声。
私より頭1つ以上は大きな彼の体は、既に私服となっていた
精悍な顔付きに添うような眼は深い青。
城内に居るよりは隊列に加わっていることの方が多い彼の名はシュウ。隣の家に住んでいる。
短い髪も同様だけれど、城内にいるせいかいつもよりは整えられている。
その腕には私が転がしてしまった果物が抱えられていた。

「…有り難う御座います」

短く礼を告げると彼は、私の持つ器へそっと果物を入れて。

「他人行儀過ぎ。幾ら城内っつってもよ、こんな時間に人なんかあんま通らねえだろ」

コツンと軽く私の頭に拳を下ろした。
そう。こんな時間に、だ。
もう真夜中近い時間を指し城内はひっそりとしている。

「これを厨房へ運んだら帰るつもりでしたよ」

数えてみると転がした分全てを拾ってくれたらしい。
器を抱えて歩き出すと彼もまた歩み出した。聞くと忘れ物を取りに来た帰りらしい。

「最近コレ良く見るなァ」

器の中の果物をしげしげ見ながらシュウが言う。

「煮てみたら思ったより甘かったんで色々試作しているんです」

真司が岳里の為にと思案しながら作った菓子。
それに使ったこの果物はあれ以来何となく切らさずにしていた。
使い勝手が良いからと言いながらも実際は、いつ真司が来ても良いように、と思っているからだ。
真司は不思議と人を和ませる。少なくとも私はそう感じていた。
真司といると何処となく、肩の力が抜ける気がする。
初めて真司が岳里に菓子を作ってから、どれだけ経ったのか。
正確には覚えていないけど、最近真司は常に岳里の気配を漂わせている。
胸元にある首飾りに気付いたのは私だけじゃない。
綺麗な紺色のそれは岳里の気配が濃厚だ。彼からの贈り物に間違いないだろう。
多分、今隣を歩いている九番隊の彼も気付いている筈だ。
厨房前でシュウと別れ着替えを済ませてから、私は建物を出て少しだけ寄り道をした。
今日は月の光が明るい。
少し歩むと隊員達が稽古をする場所が見えて来た。
流石に誰も居ないがそこは何年か前に彼・シュウを初めて見掛けた場所だった。
今夜と同じ様な月光の中で黙々と素振りをしていた彼。
今より幼い顔立ちながらも懸命な姿に心臓が跳ねた。
私にはもう手が届かない場所で懸命に強くなろうとする彼。
そんな彼が、強くあろうと努力を重ねる岳里に惹かれるのも無理はないと、思う。
見目良く頭も切れる岳里は群集では目立つ存在だ。
岳里ならば、…岳里自身の思惑は別として…十分に別隊員の彼も守れる。
何かあれば直ぐに対応出来る。それだけの力は十分過ぎるほど有る。
とはいえ、岳里は真司の為に強くなろうとしているのだろうけれど。
………私は。
真司と同じ年の頃までは入隊を希望し出来る限りの努力を重ねてきた。
けれど。
入隊試験の前日に現れた魔物に襲われて、傷を負い二度と走れなくなった。
死ななかったけれど入隊は諦めねばならず、食べていく為には手に職を付ける必要があった。
背中の痛みに泣く時間なんてなかった。
泣いてもどうにもならない現在があった。
そうして私は「オレ」を捨て、気付いたら城で働けるようになっていた。
初めて彼を見てからずっと見守ってきた。
偶然隣へ越してきた彼に心臓を踊らせながらも、休みもバラバラな私と彼が会うのは大抵城内だった。
…見守るしか出来なかった。私では彼を守れないから。
『岳里隊長、かっけーなあ。剣の腕もすげーけど、頭も切れるし、冷静だし、あんな男になりてー』
そう話す彼の岳里を追う眼は、それ以上の感情が込められていた。
岳里は真司を選び、それは周囲も認識し始めている。
でも。チャンスとは思えない。
剣はもう持てない。魔術も扱えない。
私には彼を守る術がない。
見上げるとあの日と何ら変わらない月が瞬いている。

「いっそ無くなれば良いのに」

彼を、シュウを想う気持ちなど苦しいだけ。
1つ息を吐いてから私はゆっくりと家までの道を辿り始めた。

END

頂きもの

 


シンプルに連なる言葉が余計にケイさんという人物を示しているようで、胸がぎゅっとしました。
また、動けていた頃のように咄嗟に身体が反応したり、どうしてシュウさんに惹かれたのか。生きるためには向き合わなければならない現実に、守れない、見守るしかできないということを受け入れたり。
今回のお話でさらにケイさんを知れて、つらい部分もありましたがうれしかったです。

そして、なんと!
冒頭部にて登場した、ケイさんの足元をするりと通った素早い何か……もしかしたらとある俺様から逃げる鼠のおやじかもしれないそうですよ、ぜひ見返してみてください(笑)
本当にこんなにも切ないお話をありがとうございました!

以後シュウさんについて。
九番隊に所属の彼、もとい菜月さまよりいただいた名前はシュウ。
好みは頭も切れるし強い岳里。

・菜月さまにつけていただいた彼の設定
年齢はケイより年下。
容姿は青い短髪。青い眼。精悍な顔立ち。九番隊隊員なので鍛えられた体躯。
ケイとの関係・隣人。

菜月さま、ありがとうございました!