◇硝子細工◇

以前菜月さまに頂きましたケイさんの過去編、『独白』にて登場しました、ケイさんが助け出したおじいさんと、そのパートナーである店主さまのお話です。(※Desireのメンバー+話題に出るケイさん自身は出ていません)
おじいさん・店主さまともに菜月さまのオリジナルキャラクターです。

以上を踏まえた上で、菜月さまの世界をお楽しみください!


 

◇硝子細工◇

――琥珀色の癖のない長髪と同色の眼。
小柄で華奢なあの子に生き写しな青年。彼は外見だけでなく中身まで、悲しい程あの子に似ているー…。

 

 

その店は裏通りの外れにある。
気さくな店主と美味い料理は小さいながらも店を繁盛させていた。
私はいつものように人が少なくなる時間に店を訪れ、カウンター席へ腰を下ろす。傍らに杖を置いた時、馴染んだ声に迎えられた。

「いらっしゃい。待ってたよ」

穏やかな声と柔らかい空気は店主のもの。
私は黙ったまま出された何時もの酒を半分ほど煽った。

「…どうしたの」

閉店時間が迫っていることもあり、客は疎ら。常連客も好き勝手にくつろいでいる。
私は無言のままケイに頼まれた包みを店主に渡す。するとあらかじめ話が通っていたのか、受け取った店主はスルリと包みを解いた。
中から現れたのは繊細な作りの硝子細工。
花束を模しているそれは、店主が捜していたものだった。
店主の頬が緩む。けれど直ぐにそれを仕舞うと俺に手を伸ばしてきた。「ケイに礼を言わなければね。それはそうと、君はどうしたの」
案じるように問われ、暖かな手がそっと頭に乗り宥めるように数回撫でた。

「あの子とケイは違う筈。なのに。…あの子に似てきているようにしか、感じられん」

低くなる己の声。
それはあの子を思い返す時の癖のようになっている。
私とは恋人では無かったが何より大切だったあの子。
幸せを掴む筈だったのに…権力者の餌食になり儚くなった彼。

「…そう」

そんなあの子にケイは似ていた。容姿もだけれど特に中身、思考が。
再びグラスへ口を付け中身を一気に呷った。
喉を熱い酒が滑り落ちていく。
店主は黙ったまま空になったグラスを下げ、別の種類の物を出してきた。
透明な果実酒は店主自らが考案したもの。
滅多に見れないそれを、彼は惜しみなく深いグラスへ注いでくれた。

「ケイはあの子じゃないのに消えそうだ」

久々に会ったケイ。
笑顔だったのに表面だけのそれに気付いた時から…私は不安しか抱けなかった。

「何かあったのかい?」

案じてくれる優しい声の主とはこの国で再会した。出逢いは別の国だったのだと、私自身が忘れていた初対面を目の前の男はあっさり思い出させた。
店主もケイを心配している。余談だが、店主はあの子の身内に当たる者だ。
それ故、比較して話すことが出来る唯一の人でもある。
店主の言葉に私は首を左右に振る。
けれど店主は促すように沈黙を保った。
小さく息を吐いて私は再び口を開く。

「泣かない。大切な者を作ろうとしない」
「……」
「確かに私達の前に今は居る。だけど一瞬後には消えてしまいそうな危うさが、どうしてだか消えない」

ケイは前を向いている。だけど何というのだろうか、儚いのだ雰囲気が。…危ういと感じる程に。
ケイの危うさは…職業柄色々な種族の奴等を見て来たという店主も同意してくれている。
けれど私達以外は、そんなこと言わない。思うことすらないようだ。
それも無理はない。一見するとケイはとても強く生きているように見えるから。

「今の彼はふらりと消えてしまっても不思議じゃないからね。それを踏まえて城の仕事を紹介したのだけど」

確かにこの辺りの店にいるより城ならば、ある日ふっと消えるなんてこと確率的に少なくなる。
それに加えて、城にいる以上安全性は他より高い筈だ。
走れないケイは逃げられない。
万が一の際にも、週に一度解放されるという医務室が近ければ、城に勤めてればいたら通いやすい。
そういった諸々の事を考えて、己の中にある嫌悪感を堪えケイを城へ送り出した。
家族でも無いのに、との自覚はある。
けれど…。あの子のようになって欲しくない。
仕事が出来るならどこでも良い。場所も規模もさほど拘らなかったケイ。
それこそ止めなければ、その細い身体さえ簡単に他人へ明け渡してしまいそうだった。

「何より。前よりも色々なことに執着が薄くなった」

ぽつんと呟いた言葉を聞いた店主は痛ましそうに眉を下げた。
最初は騎士を志していたというケイ。
私の件もあり彼はその道を閉ざされた。
ケイは今、手に職を付け一流の調理人が集まる城でも働ける程の力を身に付けた。必死に前を見ている彼。
心配など要らぬ筈なのにどうしてだか不安は無くならない。

「城に居る内は恐らく大丈夫。それにケイには君も、…俺もいる」

穏やかに慰めのように紡がれる言葉が染みる。
駄目なんだ。もっと強くケイを必要としてくれる存在じゃないと。
そうでなければケイが何かで躓いた時『生きること』を簡単に放棄してしまう。
口にはしなかったが鋭い店主は察したらしい。

「もう少し様子を見よう」

彼はそう告げるとさり気なく店主手製の酒を仕舞う。そして比較的のんびりと閉店準備を始めた。
そんな店主に声を掛ける常連客達。
グラスに次がれた果実酒をゆっくり口に含む。
無色透明なのに香る果実の匂いと漸く感じられた甘味。
漸くほっと息が漏れた。
添えられていた小皿の料理を摘んで店主を待つ。
此処何年かの風習は何ら変わることなくゆっくりと時間が過ぎていった。

END

頂きもの

 

 



菜月さまのお言葉をそのまま借りると……『穏和な溺愛系店主(裏あり)×口悪世話焼き爺ちゃん』の組み合わせになります!

 

菜月さん、本当にありがとうございました!