◇蒼い果実◇


今回は、前回頂いた『休業日』の対となるお話だそうで、レオンハルトさん視点になります。
※Desireメンバーは出ておりません。
以上を踏まえたうえで、菜月様の世界をお楽しみください



◇蒼い果実◇

取れたての果物の中にあっても、それはいつも瑞々しい。
栄養価の高いそれは育てるのも保管も難しいと聞く。
…けれど。
シリウスの店では不思議なくらい、それを欠かした事など一度もなかった。

 

 

ふと気が付くと、ひんやりしたものが額に乗せられていた。
落ち着いた空気の室内には、既に陽の光の気配は無く小さな光球が灯っている。

「……?」

室内はしんと静まり返っていてシリウスの姿も今はなかった。
そっと手を上へ伸ばして翳してみる。まだ若干の違和感が残るそれは、最近見慣れてきたものになっていた。
漸く体力が回復し魔力の暴走も収まってくれたらしい。
意識を落とす前のシリウスの顔がふっと過ぎる。
滅多に見られない表情をしていた。
慌てたような焦ったようなそんな顔、最近じゃ滅多に見なくなっていた。
思い返してつい、口許が緩んでしまう。
成長した姿で再会した彼は、常にのんびりした調子で隣に居るのに…気を許している時を狙うように口説き文句を口にする。
それが嫌だとか困るという訳ではない。
ただ見目も面倒見も良いシリウスが、私を選んでいるという現実がいまいち飲み込めていないだけで。
会わなかった10年。
少年…護らなければならない小さな子供…から、一人前の青年へ。
私の知らない時間の中で大きく変わった彼。
変わるのに十分な時間を経ているのに、表情の中に少年の頃の名残を見付けるとほっとする。
私の知るシリウスが確かに居るのだと心底安堵する。
…これから先もずっと隣に居て欲しいと思うようになっている。

 

 

数回のノックの後にシリウスが入ってきた。
私の目が覚めているのに気が付くと穏やかな笑みが浮かぶ。

「ちょうど良かった。作りたてだよ」

盆の上に乗せられたのは冷えて美味しそうな水と、甘く美味しい蒼い果実の飲料。
果実を摺り下ろして作るシリウス手製の、甘味の強い飲み物はすっかり私の好物になっていた。
それらを寝台脇の小さなテーブルへ置いたシリウスが、傍らに置かれた椅子に座る。
その間に上半身を起こした私に、シリウスの手が伸びた。
額に触れるそれは水を扱っていたせいかひんやりとしていて心地良い。

「熱も大分下がったね」

のんびりした口調の中に少しだけ、残念そうな響きを感じたのは気のせいだろうか?

「…喉、乾いた」

そう告げれば優しい眼差しが此方を見て問う。

「どっちが良い?」
「先に水を…」

水の入ったグラスを手渡しされたが、受け取りそこねて少し零してしまった。
慌てて両手でグラスを支えたから全部は零れずに済んだ。
数口だけ口を潤してから、グラスを両手でテーブルへ戻す。
それらを見ていたのか、タオルを手に心配そうな表情になっているシリウスへ、大丈夫と言い掛けてふと思い付く。

「それ飲みたい」

指を指す方向にあるのはシリウス特製の甘味飲料。
私のその言葉だけで、言いたいことを察したらしい。

「…レオン?」
「その甘いの欲しい」

穏やかな表情が崩れて、何処か息を呑むようなシリウスへ笑って頷く。
そっと寝台へ座り直したシリウスの手には、甘味の入った飲料。
重ねられた唇から流れる飲料は、何時もより甘い。
何度も強請ったのが甘味だけじゃないのだと、シリウスは気付いただろうか…?
甘い飲料はその日以来、店のメニューから消え2人だけの特別な飲み物になった。

END

頂きもの

 



菜月さん、ありがとうございました!