◇accident◇

今回は久しぶりとなるケイトさん視点をいただきました!
そしてそして、Desireメンバーのとある二人が登場いたします。
以上をお踏まえのうえ、菜月さまの世界をお楽しみください。



◇accident◇

夕食の片付けが済み、明日の下拵えでもしておこうかと、メモを片手に厨房から廊下の扉を開けた。
別に朝やっても大差ないのだけど、材料を揃えるだけでも時間が掛かるからやっておいて損はないだろう。
手早い仲間はもう帰り支度を済ませ、話をしながら出口の方へと向かっている。
食品庫から必要な物を籠に入れ、戻ろうかと廊下へ一歩足を踏み出した時だった。
もの凄い速さで何かが近付いて来ている事に気付いた。
大きな気配が2つ。どちらも人間のものではない。
最近何となくだけど、人と獣人の気配が違うことが遠くからでも分かるようになっていた。特にきっかけなんて無いのに、不思議と区別がつくようになっていた。
だからと言って損をする事も特をする事もなく、日常は過ぎている。
…人に言うような事でもないし、騎士でもない一介の調理人にあっても仕事に支障はない。
大きな気配同士は一定の距離を保ったまま此方へ向かっているようだった。
次第にバタバタとした足音まで聞こえてきて、それが城内では有名とも言える彼らだったと判明した。
渡り廊下の向こう側から逃げてくる彼は、九番隊副隊長を務めている人だ。
…ということは、彼を追うのは1人しか居ないのだろう。
何となく見ていて、必死で逃げている彼の顔色が、あまり良くないように見えた。
この廊下の先には、私が元々居た調理場しかない。
ぼんやり見ていたせいで、通路の真ん中を塞いだ自覚は無かった。
時折後ろを振り返りながら走る彼の肩と私の体が接触し、私の体がバランスを崩してしまった。

「わ、悪いっ!大丈夫か?」

完全に廊下へ転がった私に、必死で逃げていた筈の九番隊副隊長は手を差し伸べてきた。
その顔色はやはり少し青ざめて見える。
そうしている間にも追っ手は近付いていて…。
その姿を廊下の隅に認めた瞬間、私は小さく尋ねた。

「私より貴方の顔色が良くありません。大丈夫なのですか?」
「あー…。…ちょっと寝不足なだけ」

迫る追っ手を認め、諦めたような息を吐く九番隊副隊長。
人の事情なのだから、此処はさっさと去るべきなのだろう。
…けれど。
顔色の悪さが気になった。それは小さい頃、無理しがちだったソウを思い出させる程に。
手を借りても、立ち上がるまでに時間が掛かる私を少し不可解そうに見ていた九番隊副隊長が、顔を上げた私を見て目を見開いた。

「あっ!」
「…へ?」

前者が九番隊副隊長、後者が私の声だ。何故私の顔などで驚くのか。

「いつまでも手間取らせんじゃねーよ。行くぞオヤジ」

がしっと九番隊副隊長の肩に手を置いた追っ手こと、八番隊隊長が言い切った。
しかし。

「離せ。…さっき見てたんだろうが俺とこの子がぶつかるの。怪我してるかも知れねえから、これから医務室行くんだよ」

肩の手を振り払い九番隊副隊長がそう返す。

「はあ?そんなの俺には関係ないだろうが」
「バカ。副隊長が調理人を転ばしておいてゎそのままに出来る訳無いだろ」

医務室へなんて大袈裟だ。大丈夫だからと言おうとした私は、強い視線を感じて顔を上向けた。
九番隊副隊長の言葉を受け、不機嫌そうな八番隊隊長の、鋭い眼が私を射抜いていた。

「……」

目線が重なる。私がそれをそのまま見返すと、その眼が僅かに細められた。
威圧を感じなかった訳ではないが、特に怖さは感じなかった。
隊長クラスの者が無闇に暴れたりなんかしないだろうし、沢山いる調理人の顔なんて次には忘れているだろうから。
交わっていた目線は比較的早く逸らされた。

「…興が削がれた。勝手にしろ」

そう言い放ち八番隊長は一度も振り向かず来た道を戻って行った。

「籠に入ってたのはこれで全部か?」
「あ、済みません」

転がした籠の事はすっかり忘れていた。
面倒見が良いとの噂通り、九番隊副隊長が拾ってくれたらしい。恐縮しながらそれを受け取る。
断ったのだけど念の為だからと結局肩を並べて医務室へ寄り、擦りむいていた腕に塗り薬を貰った。
因みに九番隊副隊長は怪我無し。流石だよな。
何だかんだと結局、医務室を出た後、家へ帰る私を城の出口まで副隊長は見送ってくれた。

「色々有り難う御座いました。ゆっくり休んで下さい」

別れ際にそう言うと九番隊副隊長は、

「今夜は久々にゆっくり寝れそうだ。…気を付けて帰れよ」

そう笑って片手を挙げた。まるで兄にでも見送って貰ったような気分で家路を辿る。
そんな私は気付いていなかった。
私の後ろ姿を見送る九番隊副隊長が僅かに首を捻っていた事など。

END

頂きもの

 


菜月さまの他作品を読むとわかりますが、実はちょっとした接点のあるジィグンとケイトさん。とはいってもジィグンの一方的なものといっても差し支えありませんが、鼠のオヤジはその出会いを覚えているようですね(笑)
ケイトさんの顔を見ての「あっ!」証拠です

ちなみに、なのですが。
最後にジィグンが首をかしげた理由を菜月さまより教えていただきましたのでちょこっとご紹介を…(名前等多少手を加えましたがほぼ送っていただいた文章で載せていただかせております)

裏設定として
ケイトさんは勘が鋭くなった事により(←例の受け継がれた何かによる影響)、ジィグンの注意して見なければ一般人には分からない程度の顔色の悪さに気付く。
疲れていてもジィグンなら、城内であからさまに「疲れた」表情はしないはずなので、「指摘される程、疲労が顔に出てたかな?」という軽い疑問からの首捻り。
ハヤテに対してのケイトさんは「顔色悪いのに追い回してる」と無意識の中で若干非難気味だったようです。だから目線も逸らさず返した、と。ですがジィグンの顔色さえ悪くなければ「彼等の事情だから」と触れずにいる所かと。
というのが実は隠れているのです!

菜月さま今回もお話ありがとうございました!