『断り1人で運ぶ』

◇選択肢・『断り1人で運ぶ』◇

 

ケイの気持ちは嬉しいけど、此処まで色々協力して貰っただけでも十分過ぎる。
それと…作ったこれらは俺が運んで岳里に渡したい。
きちんと部屋まで行って、多少は驚くところを見たい。
すると、おれとケイのやり取りを聞いていたのか厨房スタッフの1人が大きなワゴンを押してきた。
ワゴンの上部に何やら球体が付いている。

「真司ならそう言うと思っていました。これを使うと良いですよ」

普通の大きめなワゴン。確かにこれなら、おれでも一度で運べるかも知れない。
作り置いてあった蒸しケーキや焼き菓子を、落ちないようにワゴンへのせる。
一番上に器ごとのゼリーと、食器を置き上から布を被せた。
ワゴンとはいえ重い筈だろうと気合いを入れて、手すりを掴んだけれど…予想に反してそれは軽くてまるで何も乗っていないようだった。

「うわっ、あれ?」

あまりの軽さに不安を覚えたおれは、バランスを崩しかけ慌てて体勢を立て直す。
そうして布の下を確認してみた。けれどそこにはきちんと菓子類がのせられている。

「使い終わったらいつでも構いませんので此方までお持ち下さいね」

驚いた表情のおれに何も言わず、笑顔で見送るケイ。
厨房を出て部屋へ戻る中で漸くおれは気が付いた。
このワゴンに仕掛けが施されていることに。
…参ったなぁ。おれはどれだけの人に協力して貰っているんだろう?
試作を繰り返していた時より時間的には早い。
岳里が居ない内にワゴンを中へ入れようとしたおれは足を止めた。
いつもなら、まだ帰って来ていない筈の岳里が、部屋の前で軽く腕を組んで此方をじっと見ていた。
表情は浮かんでいないのに、いつもと何かが違う。
岳里の視線はおれからワゴンへ移った。

「早かったんだな」
「…そうでもない」

声を掛け歩み寄ると岳里は、扉からは身を離したけれど目線はおれから外さない。
……まただ。食事の時のような強い眼差し。

「そこに居るなら、開けてくれると助かるんだけど」
「……」

扉を指差して言うと、すんなりと開けてくれる。短く礼を告げてワゴンを押して入ると、後ろから付いて来た岳里が扉を閉めた。
何時もより距離が近い。

「それは?」

ワゴンを指す岳里に、おれは黙ったまま掛けていた布を取り去った。
途端に、焼き菓子特有の甘い香りが漂った。

「毎日頑張ってる岳里に差し入れ」
「…おれ、に?」

布をワゴンの片隅に掛け、蒸しケーキや日持ちする焼き菓子、それから果物入りのゼリー。
大量のそれらを見て岳里がワゴンへ一歩近付いた。

「最近甘いの食べてない気がしてさ。…教わりながら作ってみたんだ。」

日数が掛かりすぎて恥ずかしいけれど、これは全部岳里に作ったのだと伝える。
すると…。僅かに右眉が上がった。
少しは驚いてくれたのだろうか?

「真司が?」
「そう」
「これ全部、おれのもの?」
「こんだけあれば、少しは腹に溜まるだろ?」

…何故だろう。
言葉数は少ないのに、確認されるというのはなんでこんなに恥ずかしいんだっ。
じわじわと紅潮していく頬に気が付いて、なんだか居たたまれなくなってきた。

「有り難う真司」
「うわっ!?」

何時の間にっ!?
さっきまでワゴン近くに居たはずの岳里が、俺の背後から手を回してキツく抱き寄せてきた。
抱擁は一瞬。
耳元に再度礼を告げた岳里は、おれの手首を掴むと機嫌良さそうにワゴンへ歩み寄る。
そして添えられていたスプーンを手に取ると水色のゼリーを掬った。

「美味そうだ」

綻んだ口元のせいか何時もより表情が判る気がしてきた。
大きく掬ったそれを何の躊躇いもなく口に含む。

「甘い」

ふっと笑んだ岳里を見て、またもおれの心臓が跳ねる。

「甘くなきゃ困る」
「甘くて優しい、お前みたいな味がする」
「…っ!?」

いつもの無表情が留守になったように、全開の笑顔でゼリーを食べる岳里。
言われた言葉に赤面しつつも豪快な食べっぷりに安堵する。

「く、口に合ったようで良かった」
「お前の作るものなら何でも合う」

もぐもぐと、食べながら岳里が答える。
…また作ろう。今度は何が良いだろう?
もりもり食べる岳里が、数分で全て平らげて仕舞ったのにおれは。
とても満たされたような気持ちでいた。

END

頂きもの  after