『頷く』

 

◇選択肢・『頷く』◇

 

おれは頷いた。
本当ならこれ全部、自分で運びたい。
だけど。
悔しいけれどおれは、ここ…Desire…に住む彼等より体力的に劣る。
変に意地を張って、折角作ったこれらを台無しにしたくなかった。
途中で落としたりなんかせず、全部岳里に食べて欲しい。

「流石に1人じゃ厳しい量だから頼んでもいいかな?」

躊躇いがちなおれの言葉を受けて、いつものように笑んだケイ。

「流石に1人では厳しい量ですからね。では荷台のような物を持って…」

そうケイがそう言いかけた時だった。
厨房の出入り口付近が、妙に騒がしいのに気が付いた。

「何かあった?」
「どうしたんでしょう?」

思わず顔を見合わせたけど、扉付近は相変わらず賑やかなままだ。
気になったおれは扉から外を覗いてみた。
すると。
そこには、きちんと姿勢良く座ったネーラが佇んでいた。
おれに気付くと小さく鳴く。
そんなネーラの傍らには何やら小さな球体が転がっている。
おれを追うようにして後に続いたケイが、ネーラに気付くとちらりと辺りを見渡して口を開いた。

「どうやらネーラは、私達に会いに来てくれたようですね」

妙に声が大きい。
そんなに大きな声を出さなくても、ケイの声は通りが良いから聞き取りやすいのに。
そう感じたけれど、ケイの言葉に反応するかのように少しずつ人が居なくなっていって。
普段と同じ静けさが戻ってきた。

「ごめんなネーラ。今日はあげられる物無いんだ」

ネーラのいる位置でしゃがみ込んだおれはネーラの頭を撫でた。
相変わらず手触りが良い。
すると、ネーラは傍らの球体を押し出すようにおれの方へ転がしてきた。

「…ん?くれるのか?有り難う」

片腕にネーラを抱き取り、もう片方の手で球体を掴む。
球体は軽く、触った感じは硝子に似ていた。

「今晩はネーラ」

ケイが、立ち上がったおれの腕にいるネーラへ挨拶した。
何というか律儀だよな。そして、目線をおれの持つ球体へ移した。

「…そういう事ですか」
「は?」
「ネーラは真司にお菓子のお礼をしに来てくれたようですよ」

お礼?
何のことだかさっぱり分かっていないおれにケイは球体を指差した。

「それはジャンアフィス様の発明品です」

……発明品?
出された名前には覚えがあるし、本人にも会ったことはある。
緑の髪をした白衣の人。確か12番隊隊長で、たまに岳里が呼ばれている。
ケイに言われた通りに球体を差し出すと、僅かに眼を細めたケイがひとしきりそれを見て頷いた。

「これがあれば1人で運べます。…心配いりませんよ」

厨房に戻ったおれは、ケイの説明するままその球体に運ぶべきものを映した。
すると。それらはふっと消滅したように消えてしまい、その代わりのように球体の中に菓子類が移動したように現れた。
球体自体の大きさは変わっていないし重さも変化していない。
ケイ曰わく、岳里にこれを渡せば戻るのだとか。
正直言って半信半疑だったけど、失敗作をネーラが運んでくる筈がないと、妙に強い口調で断言された。
そのネーラは、おれが厨房内に戻る時にひらりと腕から降りて振り返らずに廊下を歩み去っていった。
おれの部屋の方へ用があるというケイと共に歩いていると、不意に刺さるような視線を感じた。
顔を上げると丁度部屋へ戻る所だったのか、岳里が曲がり角から姿を現していた。

「岳里。今終わったのか?」

頷く岳里の眼がケイへと向けられた。
気のせいか岳里の眉が若干寄ったように見えた。

「今晩は」

ケイがスッと頭を下げると岳里は唐突に口を開いた。

「誰だ」

端的過ぎる問いだけれど、ケイは気を悪くする事もなくあっさり答えた。

「私は厨房で働いているケイと申します。…真司、私は此方ですから此処で失礼しますね」

少し先の四つ角で、おれ達の部屋と進行方向が違う方を指したケイがそう告げるなりおれ達から離れていく。
ゆっくりした足取りで歩み去るケイを、何とはなしに見送っているとまた強い眼差しを感じる。

「…同じ匂い」
「え?」

聞き返したが答える気がないのか、岳里はおれの腕を掴むと不意に歩き出した。

「は?ちょっ、岳里?」

少し早い歩みに転びそうになりながらも何とか部屋に到着する。
だけど部屋に着いても岳里の手が離れない。

「…?あいつ以外の匂い」

不快そうな呟きに、はっと我に返った。
さっきのケイへの岳里の態度は誉められるものじゃない。
ケイにも謝って岳里にも言っておかないと、と思ったけれど。

「え、ちょっとがくりっ!?」

手を離した岳里が何を思ったのか肩や腕を払うように撫でてきていた。

「何処だ」

不機嫌そうな声。
何処って何がだよ?
そう言おうとしてはっと気付いた。
おれには解らないが、もしかしてこの球体。岳里に対しての仕掛けが施されているのだろうか?
おれはポケットに入れていた球体を岳里に差し出した。

「なんだ」
「岳里にやる」

不思議そうにしながらも、岳里が受け取った瞬間。白い光が四方八方に広がって、消えた。
そうして。
岳里の周りには、運ぶのは無理だと思った全ての量の菓子が姿を現していた。

「……」

唐突なそれに流石の岳里も驚いたのか、少し眼を見開いている。

「最近疲れてるみたいだったからおれから差し入れ」
「真司から?」

頷いて説明する。この甘いものを作ったのは全ておれだと言うこと。
ケイが食材の扱いなんかを教えてくれたこと。
それからネーラが運ぶための球体をくれたこと。
菓子類の傍らに座って、一番近くにあった蒸ケーキを手にした岳里へ出来るだけ分かり易く説明する。

「これはおれの?」
「全部岳里のだよ。こんだけあれば腹の足しにはなるだろ」
すると岳里は、開いた手をおれの頭に乗せポンポンと撫でてきた。
「嬉しい」

岳里が笑う。口元だけのそれはほんの僅かな筈なのに、普段無表情だから凄い効果を発揮した。
固まっているおれを岳里はぐいぐいと引っ張って、そのまま菓子を食べ始めた。

「ちょっと岳里、離せって。食べにくいだろ?」
「…どれも美味いな」
「話を聞けよっ」

腹に回された岳里の腕はがっちり入り込み、外せそうにない。
おれは、足を広げて座った岳里の間で背後から抱き締められているような状態だ。
顔は見えないけど、嬉しそうに食べる様子は伝わってきている。
予想に反して、半分ほど食べた所で岳里は菓子から手を離した。

「もう良いのか?」
「あとは明日食う」

そう言うと岳里は俺の肩に頭を落としてきた。

「…眠い」

は?

「ちょっと待った、待って岳里。寝るなら離せっ」

慌てたけれど後の祭。
岳里はおれを掴まえたままうとうとと、眠り込んでしまった。
周りには岳里が食べ散らかした跡が散乱してる。
そんな状態なのにおれは。何だか笑いが出てしまい、止めることが出来なかった。

END

頂きもの after