あなたがいるいつもの朝に



 IDOLiSH7の楽屋に挨拶に訪れたTRIGGERの三人は、いつもは騒がしい面々がひっそりと静かに出迎えるので、揃って小首をかしげた。

「おまえら、なにをそんなひっそりとしてるんだ?」
「あれ」

 楽の問いに短く答えた大和が背後を示す。龍之介たちはそれぞれアイドリッシュセブンのメンバーの肩越しに奥を見ると、長椅子に座りすよすよと眠る三人の姿があった。
 ナギを真ん中に、陸と環が寄りかかるよう目を閉じている。タマキの私物か、王様プリンの大判のブランケットが膝に置かれていた。
 TRIGGERが入ってきても目覚めた気配はなく、他のメンバーたちがやけに静かだったのに納得する。

「ああ、寝ちゃってるんだね。気持ちよさそうだ」

 メンバーたちの話によれば、どうやら彼らは昨夜遅い時間までナギのアニメ鑑賞に付き合い、随分と興奮していたらしい。深夜に騒ぐものだから、最後には三月に雷を落とされようやく解散したのだとか。
 とくに賑やかな三人の寝顔は安らかで微笑ましいものだが、ぎゅっとナギの服や腕を掴んでいる環と陸の手を見つけてしまえば、龍之介の心には別の安堵が生まれる。
 再び彼らがともにいられること、ただそれだけのことがとても嬉しい。そして〝ただそれだけのこと〟でも、IDOLiSH7にとってどんな困難なことであったのかを知っているからこそ、良かったね、と内心で龍之介は寄り添う彼らに微笑む。
 あの騒動からもう何か月も過ぎているが、ふとしたときにナギがここにいる喜びが胸に滲んだ。
 ナギがIDOLiSH7のもとに戻ってこれたことを、そしてまた自分の前に立ってくれたことを――隣にいてくれることを。その幸福を何度だって噛み締める。もうナギがいることのほうが当たり前だった日常に戻ったのに、彼がいなかった日々があまりに切なくて、龍之介はなかなか感傷を切り離せない。
 ましてや、メンバーが傍で見守ってくれていることを知っていれば、外の世界であってもぐっすりと眠れるナギが愛おしくてたまらなかった。
 ――とはいえ、今の穏やかな世界を邪魔する気など毛頭ない。
 すでに恋人としてお互いのメンバーたちには公認であるが、メンバーの前でナギが自ら龍之介の傍にくることは滅多にない。それどころかつんと澄ましたつれない態度をとられることも多く、あまりの素気無さに周囲からは「本当に付き合っているんだよね……?」といった同情がありありと浮かぶ顔をよく向けられる。
 だが人前では触ることさえ許してくれない恋人は、その分、二人きりのときはそれなりに甘えてくれた。それでも素直でないし、べたべたに甘い雰囲気になるわけでもないけれど、
美しいという言葉は彼のためにあるのではと思えるほどの美貌の持ち主が、龍之介が悶えそして慄くほどに、ふと瞬間にとんでもなく可愛らしくなるのだ。
 それに、家の中限定ではあれども、二人はキスの挨拶を必ずする。
 いらっしゃいと出迎えたときや、なにかのお礼のとき、おやすみからおはようの挨拶や、そして別れのときにもキスはした。
 外国育ちのナギから始めたことで、初めは照れの強かった龍之介だったが、今では自ら進んで顔を寄せ、それをナギが受け止めることも多い。
 喧嘩して怒っているときも、それでも別れの際のキスは欠かさない。仲直りできず気まずいままに龍之介の家に招いても、拗ねた顔をしながらもやっぱりキスはしてくれる。意見はそう簡単には曲げられないけれども、それでも相手が好きな気持ちがお互いにあることがわかるから、いつまでも傍にいられないのが寂しくなるから。いつの間にか仲直りしている、ということもある。
 キスした後にふと目が合って、青い瞳を細めるようにして彼が微笑む瞬間がたまらなく好きだ。そしてときにはその笑みに吸い込まれるように再び唇を重ね、ついつい止まらなくなることもわりとまあ、多々あって。
 先日にナギが泊まりに来てくれたときも、お互いの唇が荒れてしまうほどに幾度もキスをしてしまい、翌日になって天にかさついた口元を指摘されたときには青くなったものだ。だが、やりすぎたと思い返して反省するたびに、その数秒後にはあのナギの姿を思い出しては身悶えたくなる。
 清らかな寝顔を見つめつつ、つい二人の甘い一日を思い出した龍之介が頬を緩ませかけたところで、現実に呼び戻すようなしゃんとした天の声に小突かれる。

「挨拶もしたし、ボクらはもう戻るよ」
「あっ、待ってください」

 先に踵返そうとした天を、壮五と三月が引き留めた。

「そろそろ起こそうとしていたところなので大丈夫です」
「これから仕事もあるし、顔をシャキッとさせとかないといけないからな」
「それに、九条さん方が来ていたというのに起こさなかったからと、あとで七瀬さんに拗ねられても困りますからね」

 一織までも続き、陸の名を出されたこともあって天は大人しく捩じりかけた身体を前に戻して腕を組み顎に手を添えた。

「そう。それじゃ、どうせ起こすのなら挨拶ぐらいはしていこうか」
「ああ、そうしてくれ。リクのやつ喜ぶよ」
「だってよ。良かったな、天」
「……ボクは、別に」
「でも、陸くんに会ったらこの間見つけたっていう――」

 ハンドクリーム渡すって言っていたよね、とすべて告げることはできなかった。ぎろり鋭い天の眼差しに、ぴゃっと口を噤む。隣にいる楽が、気の毒そうに龍之介を見た。

「――彼らを起こすんでしょ? どうせなら、龍が六弥ナギのことを起こしてあげれば」
「俺が?」 

 先程の意趣返しか、天がそんな提案をした。
 IDOLiSH7のメンバーが揃っているなかで、わざわざ部外者の自分がすることではないとすぐに辞退しようとしたが、すぐに彼らのほうが盛り上がっていく。
 どうやら彼らは日頃の龍之介に対するナギの態度がさすがにつれなさすぎるのを気にしてくれているようだ。こうしてチャンスがあるときは、なるべくナギと関わろうとさせてくれる彼らの優しさがありがたくもあり、ちゃんと恋人らしいことをしていることもあって少し心苦しくもある。
 だが単に優しさだけではなく、ナギが寝て起きたとき龍之介が目の前にいてどんな反応をするかにも興味があるらしい。いっそ抓るなりして驚かしてやってくれ、などと龍之介を冗談交じりにせっつくものだから、苦笑しながら前に出る。

「それじゃあ、起こすね」

 並ぶ三人のうち、ナギの目の前までいってやや腰を屈めた。

「ナギくん」

 さすがに頬を抓ることなんてできず、そっと名を呼んでみるが、優しすぎたのか目覚める気配はない。
 抓る代わりに、頬に手を添え、もう一度ナギの名を口にした。

「ナギくん、起きて」

 龍之介の呼びかけに、そっと長いまつ毛が持ち上がる。
 瞼の下から現れた青の瞳がぼんやりと龍之介を捉えた。

「りゅの……すけ……?」

 まだまどろみから抜け出せないのだろう。しばらくゆるりと瞬いたナギは、ふと、ふわりと笑った。

「ふふ……グッドモーニング、リュウノスケ」

 添えられた龍之介の手に頬擦りをしてから、掌にキスをした。そしてもう一度手に頬を完全に頭を預けると、そのまま目を閉じて再び眠りの中へと戻っていってしまう。

「お、おぉ……」

 一連の、まるで物語の一幕のような美しい光景に、誰かが息を漏らした。

「こ、これはナギのやつ寝ぼけてるなー! いやー、盛大にぼけぼけだなー!」
「に、兄さん、大声を出されては六弥さんが起きてしまいます……!」
「今この場で六弥ナギが起きたら大変なことになるだろうね」
「とりあえず、ナギにばれないうちに離れてもらおう……変なことに付き合せちまって悪るかったな、十さん。とりあえず一旦……十さん?」
「はっ……! 十さんが固まってしまっています!」
「おい待て龍、息してるか……!?」
「つ、十さんしっかり! 十さん!」

 声を潜めるのも止めて慌てだした周囲の声に、眠っていた三人が目を覚ますのはもうすぐのこと。
 そして、ナギと龍之介を中心にさらに大騒ぎになってマネージャーたちに叱られ、様子を見に来たRe:valeたちには爆笑されたのちにからかわれ。悪くもないはずの龍之介が必死になって王様プリンのブランケットの蓑虫になってしまったナギに謝り倒すのはもう少し後のこと。
 
おしまい

2019.6.20

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