こたつ

106ワンライ
お題「こたつ」



「ナギくんお帰り」

 リビングに踏み込んだナギを出迎えたのは、人工的に生み出された暖かな空気と、それをこたつに入りつつ存分に堪能している龍之介だ。
 ナギが開けた扉の外の冷えた空気が流れ込み、それを感じた龍之介がふるりと体を振るわせたのを見て、後ろ手で扉を閉めた。

「またこたつに籠もっていたのですか」
「やっぱり、一度味を占めちゃうとね……」

 つい先日この家にやってきた新顔であるこたつは、龍之介に楽が贈ったものである。暖かな沖縄の生まれのためか、暑さには強いが寒さにはめっぽう弱い龍之介は、冬にはよく着膨れてはイメージにそぐわないと姉鷺から注意を受ける。その影響で満足できる厚着もできず震えるしかない龍之介は、よく哀れみから温かいのみものやらカイロをもらうのだが、楽のこたつもそれの延長のようなものだった。楽が番組の企画で得たものだそうだが、すでに自分のこたつを持っているとのことで真っ先に龍之介に提供されたようだ。
 部屋の雰囲気にはそぐわないこたつに脚をいれて、台に顎を置き、百からもらったという半纏を着て温まる龍之介は実に幸せそうだ。普段はよく動く男も、この季節ばかりはにぶくなるし、こたつに入ってしまえばなおのこと動かなくなってしまう。
 龍之介とは逆で寒さに強いナギにからすれば、冬になれば衣服で厚みの増している彼は動きづらそうで仕方がない。外であればまだそれも致し方ないと思えるが、空気も十分に暖まっている家で半纏まで持ち出し着込んでいるのはやりすぎのような気がした。
 IDOLiSH7の寮にもこたつがあって、よく七人で争奪戦を繰り広げているのだが、このあいだ環がうっかり眠ってしまい、ふと気がついたときにはのぼせて鼻血を出すという騒動があった。こたつの素晴らしさはナギも身を持って知っているし、一度入れば出たくないのもわかるが、かといって体を必要以上に温めるのもよくはないと思う。

「雪が降らなくて良かったね」

 予報では夕方頃から降るとされていた。撮影が終わりラビチャを確認したときも、気をつけて来るように龍之介からメッセージが入っていた。

「ええ。ですがちょうどここに着いたら降り始めていましたよ」
「本当? 明日積もるかな」
「今夜は一晩中降るでしょうね」

 長年の勘を伝えてやれば、龍之介は複雑な表情をする。
 龍之介は寒いからといって雪が嫌いなわけではない。以前は雪山で滑り楽しんでいたし、他にも雪遊びを思い立つくらいには楽しんでいる。しかし今の立場からすれば仕事に影響がでないとも限らないし、なによりやはり寒いのは困るのだろう。

「俺は明日の午前中は家にいられるけれど、ナギくんはまた仕事だろう? 送っていこうか?」

 どうやら、ナギの考えていた事情と龍之介が実際に危惧していた内容は違っていたらしい。
 以前龍之介に話したことがあるが、ノースメイアと東京の雪は随分と異なる。降雪量は比べるべくもないが、はじめから雪が降ることがわかっているからこそ対処はある程度決まっており、雪に埋もれた中の防寒や道の確保も適切にされている。しかし東京は雪に不慣れだ。雪の捌ける場所もなく、発達しすぎているがゆえに交通は麻痺しやすいし、人が密集しているからこそ影響も大きい。路面も雪に備えているわけではないので凍結しやすく、北欧生まれのナギでさえ油断をすれば転びそうになる。雪質もノースメイアのものはさらさらとして軽いのに対して、東京の雪は水分量が多く重たいので処理も大変だ。
 そのようなことがありノースメイアとは雪事情が違うので、ナギも安全に雪道を進めるわけではないと知っての心配をしていたようだ。

「大丈夫です。明日には止んでいますよ」

 答えながら上着を脱いで、ナギもこたつに入る。どうやら温度を一番強いものにしているのに気がつき、龍之介に悟られないように少しだけ下げた。
 靴下を脱いで素足になったナギは、そっと指先で龍之介の足をつつく。
 これまで穏やかに暖まっていた龍之介はぱっと顔を上げ、頬を赤くしてナギを見た。
 自分に向けられたまなざしに微笑みながら、触れていたふくらはぎを伝い下がっていく。いくら寒さに強いナギといえども外にいて多少冷えた体は、彼の熱冷ましにはちょうどいいだろう。
 龍之介と足先を絡めようとしたときころで、もこっとした感触に阻まれた。
 足先で探れば、どうやら靴下をはいていたらしい。末端は冷えやすいので寒さ対策はわかるが、それにしてはずいぶんともこもこしている。
 おそらく、履いているのは一枚ではないし、室内用の厚みあるものもつけているのだろう。そういえば天からもらったと、ふわふわとした素材で作られたものを持っていたことを思い出した。
 つま先で脱がせようとするが、がっちりはきこんでいる上に、何枚も重ねているのでうまくいかない。

「な、ナギくん……」

 触れられている感覚から、ナギがなにをしようとしているのか理解できているはずだ。しかしどうすればいいかわからないでいる様子の龍之介は、ナギからの指示を番犬よろしくじっと言葉を待っていた。

「……」

 無言で立ち上がったナギは、様子を見守る彼の視線を受けながら、龍之介の隣に腰を下ろす。もう一度ナギの名前を呼ぼうとした龍之介が口を開く前に、彼の腰に手を回し、半纏の下のセーターの裾を持って一気にまくり上げた。

「わっ、なに!?」

 驚く龍之介を、ナギはきつくにらんだ。

「いったい、何枚着ているのですか!」

 まくり上げられた服の下にはズボンにしっかり入れ込まれた別の服がある。ナギが記憶している龍之介本人の体の厚さと異なるので、更に何枚か着込んでいるようだ。
 空調もきいているし、こたつもついているし、室内は冬といえども十分温かいはずだ。それにも関わらず自身に手厚すぎる防寒をしている男に、ナギはまなじりをつり上げる。そんなナギに慌てふためく龍之介は、はっと思い当たったようにまじめな表情をした。

「ごめんね。もしかして俺に触りたか」
「帰ります」

 言葉を最後まで聞くことなく立ち上がったナギを、龍之介は慌てて引き留める。

「ま、待ってくれ!」

 腕を捕まれたナギが外の気温よりも冷ややかなまなざしを向ければ、龍之介は必死になって説明をした。

「実は買い物から帰ってすぐに鍋の用意をしていたんだ。それが終わって、さっきようやくこたつに入れたものだから、つい厚着のままで……」

 ちらりとオープンキッチンに目を向ければ、確かに蓋をされた土鍋が置かれていた。ナギの帰りに合わせ食べられるように、準備をしてくれていようだ。
 状況を理解したナギは、無言で龍之介の隣に戻っていく。自分はなにひとつ悪いと思ってはいないので謝罪はしないが、ナギに頼めば帰り道で食材を買っていけたところを、わざわざ自分で外に出て買い出しをしたことは素直に感謝するので、いろいろと相殺して無言で寄り添った。
 服でふっくらとする体に身を預けたナギをしばし見下ろした龍之介は、一言断りナギに頭を上げさせてから、半纏を脱いだ。
 上に着込んでいたものも何枚か抜いて、改めてセーターを着てナギに肩を寄せる。

「着込むと確かに暖かいけれど、それだとナギくんの体温がわからくなっちゃうね」
「……そうですよ」

 別に、龍之介の体温を感じたくて言ったわけではないのだが。まあ嬉しそうにしているので、そのまま勘違いさせてやろう。
 龍之介の股を強引に割ってその間に収まったナギは、右肩にかかった重みと合わさった互いの頬の温もりを感じて、目を閉じる。

「鍋はどうする?」
「もう少し、後にしましょう。ワタシの体が暖まるまで」

 腹に回された腕に自分の手を重ねながら、少し暑いという言葉はのみ込んで、ナギは龍之介に身を預けた。

 おしまい

 2019.1.12

これまでの、これからの。R18 top たくさんのキスを