アンソロ前日譚

参加させていただいた龍ナギKissアンソロ(Twitterサンプル)に寄稿させていただいた内容の前日譚です。
本編と関わりはありますが、読まなくても問題ないです。



 

 ハンドルキーパーとして一滴も呑めない龍之介に、最初こそ悪いななどと遠慮をしていた楽と大和だったが、途中からはペースを上げてぐいぐい杯を空にしていく。
 自由に呑める姿を羨ましく眺めながら自分はソフトドリンクで我慢していたところ、空になったビールジョッキを机上に置いた大和が、酒でとろんとした眼差しを龍之介に向けた。

「十さんって、束縛とかするんですか?」

 先程まで楽と演技についての話を熱く語っていたというのに、脈絡のない質問に龍之介は目を瞬かせる。

「え?」
「いやほら、なんていうか、十さんって懐広いでしょ。あんま、あいつと話すなーとか、俺だけ見てろー、なんて。そんなこと言うところ、想像つかないなって」
「おいこら二階堂、なにうちの龍に絡んでんだよ」
「絡んでねーよ。ただ話してるだけだっての」

 脇から話に割り込んだ楽もまた、久方ぶりの大和との飲みについ羽目を外し過ぎたのか目つきが怪しいことになっていた。これから仕事を終えこの店で合流する予定の天に叱られないといいけれど、と片隅で心配しながら、今にも喧嘩を始めそうな二人をまずは宥める。

「束縛かあ……」
「確かに、あんまイメージないな」

 呟く龍之介に、楽はグラスを傾けながら頷く。

「楽までそう思うのか?」
「だって、龍だしな」
「そうそう、十さんだから」
「二人とも、好き勝手言って……俺だってしたいなって思うときくらいあるよ」
「え、あるのか?」
「マジで?」

 酔ったら遠慮という壁が薄くなるのは楽しくあるし、ときとして腹を割って話すのに酒の力を借りることもないわけではない。だがこうして自分の恋愛面を突っ込まれるのは少々居心地が悪かった。しかも自分だけが素面であればなおさらだ。

「それって、どんなとき?」

 ぐいっと身を乗り出す大和に、龍之介は烏龍茶をわずかばかり口に含んだ。

「……俺以外には、見せたくないなあって思った瞬間、とか……」
「へえ、それはどんな?」
「それは――……無防備な」

 言葉の途中で、龍之介の背後の引き戸がスパンッと勢いよく開いた。
 突然のことにびくっと三人とも肩を大きく跳ね上げる。龍之介は思わず落としそうになったカップを慌てて掴み直して振り返った。

「な、ナギくん……?」

 そこには仁王立ちしたナギがいた。名を呼ばれ龍之介を一瞥するものの、すぐに目を逸らして大和を睨む。
 その長い足で大股に歩み寄り、だらりと腰を下ろしたままの大和の隣に膝をついた。

「ヤマト、帰りますよ!」
「おーナギか」

 大和はへらりと笑って片手を上げた。その様子にますますナギの表情は厳しいものとなる。

「まったく、今日はここなに付き合ってくれる約束でしょう! お酒はほどほどにと伝えていたのに!」
「あー、ちゃんと付き合うって」
「では途中で寝たら明日も責任もって付き合ってくれますか?」
「それはちょっと」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐナギに遅れて、三月と天も顔を出した。

「あ、十さん。お疲れさまです」

 三月は龍之介の顔を見て、軽く会釈する。

「お疲れさま、三月くん。天も」
「お疲れさま、龍」

 天と同じテレビ番組に出演していた三月もナギも、もともと大和の回収のために店による約束をしていた。
 予定していたよりやや早い時間から、スムーズに収録が終えられたことを知る。

「まったく、おっさん随分できあがっちゃってるじゃん。立てるのかよ」
「あー……ちょい、待ち。水……」

 散らかる机上から水を探す大和の傍らで彼の荷物をまとめる三月に、恨めしそうな眼差しを送るナギに、龍之介は声をかけた。

「待って。三人も一緒に送っていくよ」

 手を止めた三月は慌てて首を振る。

「いや、いいですよ。それよかうちのリーダーは先に上がらせてもらいますけど、三人はゆっくりしててくださいって」
「それに、アナタの車に六人は入らないでしょう。定員オーバーです」
「実は君たちも送れるように大きな車を借りてきてあるんだ。天、夜ご飯は彼らを送ってからどこか寄ろうか」
「一昨日から外食続きだったから、今日はそのまま家に帰るよ」
「わかった」

 龍之介たちとしても問題がないことを目の前で確認すれば、三月は申し出を受け入れて軽く頭を下げた。

「すみません。それじゃお世話になります。ほら、ナギも!」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。――あ、楽、ちゃんと立てるか?」
「っと、悪い」

 立ち上がろうとして足元がふらつく楽を支えながら、ちらりとナギを盗み見るが、彼の視線は大和と三月に向いたままである。こちらを見ないかな、と思ってその後もちらちらと目線を送るが、車に全員が乗車したことを確認するのに振り返ったときでさえ、ナギはスマートフォンを弄っていて目が合うことはなかった。
 二人きりのときでは大分柔和になったとは思うものの、やっぱり皆の前では素っ気無いままである。車のエンジンをかけながら、龍之介はこっそり苦笑した。

 


この後、実は十さんたちの話を聞いていたナギの行動が、龍ナギアンソロ『望むは君だけ』に続きます。(龍之介視点)

top