優しい君へ

106ワンライ
お題「おめでとう」「魔法」「花」すべてを使用。

※完成当時より少し修正しています。



 ソロでの仕事を終えたナギはテレビ局を後にして、マネージャーが車を回してくれるという駐車場へ向かおうとした。
 深夜に近い時間帯であるからか、周囲はまだ明かりが多くあるものの人気はあまりない。おかげでナギも誰にも気づかれぬまま道を歩いていたが、背後から声がかけられ足を止めた。

「おーい、待ってくれ!」

 聞き覚えのある声に振り返れば、手を振りながら小走りでこちらに駆けてくる長躯の男の姿が見えた。その顔は暗がりに隠れて見えないが、ナギは正体を悟り、どうしたものかと考える。
 気づかない振りをして行ってしまおうかとも思ったが、一度振り返ってしまったこともあり、仕方なく彼の到着を待った。
 ナギのもとに辿り着いた男は、息を切らすこともなく余裕の笑顔を見せる。

「こんばんは、ナギくん。間に合ってよかった」
「こんばんは、十氏。なにかワタシにご用ですか? 見ての通り帰るところです。ワタシがいつでも優雅に見えてしまうばかりにそうは感じなかったかもしれませんが、これでも急いでまして」

 不機嫌そうな声音を演出して素っ気なくするが、どうもこの男は鈍感なようで、そんなナギに狼狽えることも、気まずげにすることもない。

「今日、ナギくんの誕生日だろう? 今日はここで仕事があるって聞いてたから、どうしても直接お祝いしたくて」
「Hm……さては、ワタシの情報をリークしたのはミツキですね?」

 先日、百が主催する芸能界運動部があり、ナギは三月を迎えに行った。そのとき龍之介の姿もあったので、そのときにでも今日のナギの予定を聞いていたのだろう。
 はたして三月から教えたのか、龍之介のほうから聞き出したのか。

「ごめんね、これからアイナナのみんなで誕生会するところを引き留めちゃって」
「わかっていらっしゃるのでしたら、手短にお願いしますね」

 ナギのためにわざわざ追いかけてきた龍之介につんとした態度をわざととるが、気分を害する様子もなく、頷いた龍之介はこれまで自分の体の影に隠していた左手を前に出した。

「ナギくん、誕生日おめでとう」

 龍之介が差し出したのは、一輪の花だった。
 淡い緑と透明なフィルムの二重のラッピングペーパーに包まれ、オレンジ色のリボンが結ばれているそれは、なんとなく、ナギの信頼するメンバーのうちのとある二人を連想させる。そして花は黄色で、ナギの色を選んでくれたのであろうことがわかるので、ユニット色でまとめてくれたのだろう。
 龍之介にしては粋な計らいではあるが、しかし、肝心の花が開いていないではないか。
 きゅっと顔を閉じてしまっていて、何の植物であるかさえわからなかった。

「まだつぼみのようですが?」
「あ、本当だ。おかしいな」

 指摘をすれば、自分の手元に視線を落とした龍之介はわざとらしく驚いて見せる。

「ねえ、ナギくん。この子に笑いかけてあげてくれないかな」
「ワタシが……?」

 顔を起こした龍之介は、そんなことをナギに頼み込んできた。それに思わず、ナギは怪訝に思う気持ちを隠さず表情に出す。

「ナギくんの笑顔を見たら、この子はきっと咲いてくれると思うんだ」 

 いくらナギの笑顔が万人を虜にする魅力があるとしても、ナギは魔法使いではないのだから植物の心など動かすことはできない。しかし、肝心の贈り物が閉じてしまっていても動じる様子のない龍之介がなにかかを企んでいることはわかったので、なにを成そうとしているのか興味が出た。
 普段なら、それではさよなら、と彼のもとから去っているところだが、今日は自分の誕生日ともあってナギは機嫌がよかった。これからメンバーに沢山愛されるのは待ち遠しいが、彼らのもとへ行くのを引き留めてでもナギのために彼が企んだそれに乗ってやることにした。

「……これから花開く今の可憐なアナタの未来を傍で見守る時間は、おそらくはとても満ち足りるものとなり、一時だって目を離してしまうことを惜しく思える素晴らしいものとなるでしょう。ですが今日はワタシが生まれた日。ワガママですが、どうしてもアナタからも祝福をいただきたいのです。どうか、頭上に煌めく星のようなその身を、ワタシのために美しく咲かせてはくださいませんか?」

 ナギは屈み龍之介の手にある蕾に顔を寄せ、閉じる花びらにキスをして、とろけるような笑顔を向ける。
 言葉に偽りはない。大きく膨らむ希望の蕾が開くその瞬間はきっととても美しいものであろうから、ナギは本心から開花を望んだ。
 極上の笑みを見たけだものが頭上で生唾を飲み込む音が生々しく聞こえたのに内心で苦笑しつつ、ナギが顔を起こすと、はっとしたように龍之介が花を両手で握った。

「見て、ナギくん」

 龍之介の声に導かれるよう、愛を送ったばかりの蕾を青い瞳に収めたナギは、その目を大きく見開いた。
 蕾だったそれが、ゆっくり花開いていったからだ。
 閉じた状態ではわからなかったが、幾重にも重なる花びらを見て、これがラナンキュラスであることに気がつく。光沢のある黄色が煌めくように輝き、その奇跡と美しさにナギの心が奪われた。

「ナギくんのおかげで元気になれたみたい。おかげできれいに咲いてくれたよ」
「そんなはずは……魔法でも使ったのですか?」

 龍之介の言った通り、ナギの笑顔で蕾だったはずのラナンキュラスが本当に花が開いた。しかし魔法などこの世に存在するものではない。
 なにが起きたか興味を抱いたナギが、好奇心あふれる眼差しを向ければ、龍之介は呆気なく白旗を上げた。

「……実は手品なんだ。ナギくんを驚かせたくて」
「なるほど。そういうことだったのですね」
「本当の魔法じゃなくてがっかりした?」

 サプライズ演出であったことに納得するナギに、龍之介はしゅんとする。
 本物の奇跡でなければナギは喜ばないとでも思ったのだろうか。そんな彼に、ナギはゆるく首を振った。

「――いいえ。きっと本物の魔法であったと思いますよ」
「え?」
「だって、不思議な奇跡にワタシの心が踊りました。それはアナタのかけた魔法なのでしょう?」
「そうかな……そうかもしれない」

 龍之介から花を受け取ったナギは、花ではなく、龍之介に小さく笑いかける。

「素敵なプレゼントをありがとうございました。大切にしますね」

 龍之介は、じっとナギの顔を見つめて、口元を綻ばせた。

「ありがとう」
「なぜアナタが感謝するのです?」
「その……俺も、ナギくんからいいものをもらったから」
「ワタシが、アナタに……? なにもお渡ししておりませんが」
「俺も、ナギくんに魔法をかけてもらったから」
「……おかしな人ですね」

 本当に贈り物をもらったかのように、幸せそうに表情を緩ませる龍之介に、ナギは心からそんなことを思った。

「それでは、ワタシはもう行きますね」
「ああ。引き留めてごめんね。気をつけて」
「ええ、それでは、また」

 龍之介に背を向け、ナギは歩き出す。

「ナギくん!」

 名を呼ばれ、最後にもう一度だけと振り返ったナギに、龍之介は青空のもとにいるような清々しい笑顔を見せる。

「誕生日、おめでとう!」

 そんな彼に、ナギは言葉ではなく、投げキスを返して再び歩み始めた。


 おしまい


ラナンキュラスの花言葉
「とても魅力的」「晴れやかな魅力」

黄色のラナンキュラスの花言葉
「優しい心」


 2018.6.23

 

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