君には敵わない

※ セフレな106
※ 106以外のCP要素(組み合わせ自由)もラストにちょこっとだけ有り。 


 

 バラエティ番組でのドラマの告知を終えた龍之介は、局の廊下を足取り軽やかに歩く。傍から見ても彼がいかに上機嫌であるかがわかるほど、その表情は楽しげだ。恐らくはマネージャーの姉鷺がこの場にいたら、TRIGGERとしてのイメージを崩すその締まりのない顔をどうにかしなさいと注意を受けていたことだろう。
 同局で行われる次の収録まで少し時間がある。半端な時間で、どうしようかと龍之介が悩んでいたところ、別番組の収録にIDOLiSH7の一織、陸、環、そしてナギの四名がやって来ていると小耳に挟んだのが幸せそうな顔の理由だった。
 ちょうど彼らの収録も終えたらしく、せっかくだからと楽屋に挨拶に行くところだ。
 IDOLiSH7のみなはよく懐いてくれているし、龍之介もグループの垣根を越えて彼らと親しくしている。どの子も龍之介にとって可愛い後輩であるのだが、今回会えるメンバーのなかにナギがいる事実に舞い上がらずにはいられない。
 つい三日前に会ったばかりではあるが、互いに多忙である二人は日頃は顔を合わせる機会が少ない。会えるときに、一分でも一秒でもいいから顔を見ておきたいのだ。
 ――と、思うのは龍之介のほうだけなのだが、それだってやはり嬉しいものは嬉しい。
 ラビチャで会いに行くことは伝えてある。返事はないものの、既読の文字がついたのできっと待っていてくれているだろうと、浮かれていたのがいけなかった。
 角を曲がった先で、走ってきた相手とぶつかってしまったのだ。
 龍之介に弾かれよろめきかけた相手を咄嗟に受け止め、互いに驚く。

「な、ナギくん!?」
「十氏!?」

 ぶつかった相手は、会いたくて会いたくてたまらなかった当人、ナギだった。
 ナギもここで龍之介と対面するのは予想外だったのだろう。彼の美しい青い瞳が零れそうなほど見開かれていた。
 だがそんな無防備も一瞬のこと。すぐに表情を改めたナギは、龍之介の腕を引っ張り歩き出す。
 もと来た道を戻る形になった龍之介は、さめやらぬ驚きに声を上擦らせた。

「きっ、奇遇だね!」
「こちらに来るとラビチャを寄越したのはアナタで――」
「ナギー!」

 言いかけのナギの言葉に被さるように、後ろの曲がり角の奥からよく通る陸の声がする。
 龍之介もはっきり聞いたそれに、しかしナギが足を止めることはなかった。

「あっちで陸くんが呼んでるようだけど、いいの?」
「いまリクに捕まるわけにはいきません。――こちらへ」

 ナギは龍之介の腕を引いたまま、誰も使用していない楽屋へ入った。すぐに扉を閉めて、ナギは龍之介を挟むかたちで正面から腕を伸ばし、壁に両手をつける。
 眼前にきた天然ブロンドの頭に、龍之介の鼓動は一気に高鳴った。ナギの纏う香水が肌に触れ、抱き合えるほど近い距離にいることを思い知らせる。
 幸いなことにじっと扉を見るナギは横顔を龍之介に向けている。これが正面であれば、知性が吹き飛んでしまっていたかもしれない。とはいえ、今でも十分に危険な距離にかわりはない。
 どうしてこうなっているのか理解が追いついていない龍之介は、とにかく説明を求めようと口を開いたところで、部屋の外から再び陸の声が聞こえた。

「ナギー? おかしいな。ここら辺に来たと思ったんだけど……。あ、もしかして!」

 いきなり部屋の扉が押し開かれた。
 心臓が飛び出すかと思うほど驚いた龍之介は、咄嗟に目の前の身体を抱きしめる。
 明かりのついていない室内をきょろきょろと見回した陸は首を傾げた。

「あれ? いない……。どこ行っちゃったんだろ」

 龍之介は息を止めて気配を殺す。いつもであれば突っぱねられる抱擁も、少しでも動けば陸に気づかれてしまうとナギも大人しく受け入れていた。
 コンパクトになる龍之介とナギは今、扉の影に隠れるように息を潜めていた。陸から見れば死角であるが、覗き込まれたり、これ以上扉を開かれてしまえば身体に触れるので気がつかれてしまう。どうやらそれを望んでいないらしいナギのため、龍之介は大きな体躯をできるだけ小さくなるようぎゅっと体に力を入れる。
 程なくして誰もいないと判断した陸は、お邪魔しました、と礼儀正しく一声残して扉を閉めた。
 陸がまだ部屋の傍にいないとも限らないので、しばらくナギを抱きしめたままでいると、脇腹を突かれる。

「もう大丈夫。ですから放してください。痛いです」
「あ、ごめん……」

 無意識にかなり力を入れてしまっていたらしい。強張る体を無理やり解き、ナギを手放した。
 腕の中から存在感が消え、ほんの少し寒く思う。だが彼の香水がうつったようで、よい香りが龍之介を離さないままでいてくれた。
 ナギは服の乱れを直し、危機が去ったように小さく息をつく。

「どうして陸くんから逃げてたの? 喧嘩でもしちゃった?」

 三月からはよく叱られるのが嫌だと追いかけあっているのを見かけることもあるが、陸とナギとであれば、喧嘩でもなければナギが逃げ回るというのは考えにくい。しかし先程の陸に怒りは感じないので、そうではないのかもしれない。
 色々と予想していた龍之介だが、曇ったナギ表情に、もしかして余程深刻な大喧嘩だったのかと言葉を探していたところに、真相が告げられる。

「――リクに、アナタとの関係がバレました」
「え」
「いえ、正しくは勘違いされています」
「か、勘違い?」
「ワタシたちは恋人だと思われているということです」
「えっ!?」
「しっ! リクがまだ近くにいるかもしれません!」

 大きく開いた口にナギの手が覆いかぶさる。

「お静かに。よろしいですね?」

 顔を寄せられ、吐息がかかりそうなほど近くでささやかれる。造りもののように整う美しいナギの顔に思わず逃げるが、ごつ、と壁に頭を打ちつけるだけでそれ以上離れることはできない。
 勢いよくこくこくと頷くと、するりと手が離れた。
 無意識に詰めていた息をぷはっと吐いて安堵する。ナギの顔はうんざりされてしまうほど熱心に見つめてばかりだが、いまだに思いがけず近くにくると緊張してしまうのだ。

「アナタと口裏合わせるため、探していました。ちょうどよかったです。お時間よろしいですか?」
「ああ。いまちょうど待機時間だから……」

 また陸に追いかけられては困るので、このまま誰も使用していない控室を借りることにした二人は、互いに向き合い椅子に腰かけた。
 つい先程まで軽かった体が、胃の辺りからずんと重たく思える。内心で大いに頭を抱えて苦悩する龍之介は、どうしたものかと小さく溜息をついた。
 龍之介とナギの関係は、ただ仲良くしているだけの同業者ではない。体の関係がある、いわゆるセックスフレンドというものだ。
 夏ノ島音楽祭でIDOLiSH7とTRIGGER双方の間に残されていたわだかまりが、自分たちで出せる最良の結果として解消できたあの暑い夏の日。事務所の違うアイドルグループたちが一丸となり会場を大いにわかせたあの歌で、ようやくナギが一切の曇りなくTRIGGERを認め、賞賛したたあの日から二人の関係は大きく変わったのだ。
 セフレに至るまでにも色々あったし、それからも様々な騒動があったが、今では互いに時間を調整して二人の時間を過ごすまでになっていた。しかしそれはあくまで割り切ったものであって、愛だの恋だの甘いものは一切ない。
 つまるところ、体の関係はあっても、心が通じ合っているわけではないのだ。
 陸と一織に二人の秘密を知られたことも説明が難しい問題であるが、恋人と間違われている事実も非常に頭が痛む。

「でも、どうしてバレたんだ?」
「――前回、ワタシたちはホテルで会いましたね? 帰り際をリクが見ていたのです」

 それはつい三日前のことである。
 前日に待ち合わせのホテルをナギとラビチャで確認しあっていた。そのときナギは寮の共有スペースにいて、場所と時間の確認文章を作成した画面のまま、うっかりスマホを置いて所用で席を外してしまったのだ。相手は誰かわからない画面ではあったが、ホテルで会う約束を陸が見てしまい、一織に相談したうえで、スキャンダルになるような事実がないことを確認しにホテルの入り口を張っていたのだという。そしてラビチャの通りにナギと、そして予定外の龍之介が現れて、陸たちは相当な混乱に見舞われたのだと当事者たちが語ったそうだ。
 その日以降、陸と一織、ナギはそれぞれ顔を合わせる機会がなく、今回仕事で一緒になり問い詰められてしまったそうだ。どうするか考えていたところへ、幸か不幸か龍之介から同じ局内にいるとラビチャを受けて逃げ出し、今に至るのだと言う。

「ウカツでした。ワタシとあろうものがこんな失態を犯すなんて……」

 今回の件の発端となった己を悔いているのか、机に肘を立て合わせた両手に額を当てて目を閉じるナギは、憂いを抱え神に祈っているように絵になっている。
 こんな時でもきれいだなあ、なんて感心しながらも、決定的なやりとりと場面を見られ、言い逃れが非常に困難な現状を苦く思う。
 二人が密かに会う際は、もっぱら龍之介の家であり、稀にホテルを利用していた。特にホテルでは入る時間、出る時間をそれぞれずらして十分に注意していたはずだった。
 普段であれば、ナギのスマホの情報だけでも明るみになるはずはなかったのだ。しかしあの日は、ナギの忘れ物に気がつき、龍之介が追いかけてしまった。ロビー内で渡せればよかったが、ナギが玄関を出た後で、陸たちに見られたのはその瞬間だ。

「ごめん。俺が追いかけたからだ」

 ナギは顔を起こし、項垂れた龍之介をまっすぐに見た。

「ノー。それは違いますよ、十氏。ワタシたちは秘密を共有していました。お互いに隠す義務がありましたが、ワタシがミスして、それにアナタがつられてしまった。一方が悪いわけではありません」
「……ありがとう」
「お礼を言われることではありません。それに、問題はここからですよ」

 前日にやり取りをしていた密会の約束をするラビチャ、そして龍之介とともにホテルから出てきたことを陸と一織に問い詰められたナギは、二人と事情がわからず話についていけていない環から逃げ出してきた。
 未成年で、ときに眩しく思えるほど純真な二人は、体の関係を理解しながらも、そだけの繋がりという考えは抜け落ちていたようだ。ゆえにホテルから出てきた、つまり龍之介とナギは付き合っていると判断した。
 陸だけが相手ならともかく、聡く厳しい一織もいる。メンバー会議が開かれ、追究されることはほぼ確実であるとナギは判断しているようだ。いつ話が流れて楽や天の耳に入るかもわからないので、龍之介も他人事ではない。ナギはそれでもうまく躱せるかもしれないが、龍之介はあの二人、とくに天相手から逃げ切れる自信はまるでなく、むしろじっと見つめられただけで両手を挙げて自白してしまいそうだ。
 メンバー内の認識としたら、龍之介が一方的にナギに話しかけているように見えるだろうし、実際その通りだ。
 夏ノ島音楽祭を経てから、ナギのつんとした態度も大分和らいだが、それでもIDOLiSH7の面々はともかく、楽や天よりもつれない扱いをされている。
 それを鑑みれば、みながまさかの二人だと驚く反応は容易に予想がつく。きっと、龍之介の片想いだと言ったほうが納得されるだろう。
 同じホテルから出てきたのは偶然ですという嘘にも無理がある。しかし龍之介とナギは恋人ではないし、かといって正直に、体を重ねているだけで恋愛はしてません、と言っても修羅場と化すだけだろう。未成年がいるのに宣言できる内容でもない。
 しばらく悩んだがいい案は浮かばず、さすがのナギも思いつかないのか、目を合わせると肩を竦ませていた。
 沈黙の末、覚悟を決めた龍之介は、膝の上の拳を握り、勢いよく顔を上げた。

「あの……ナギくんっ!」
「良い言い訳でも浮かびましたか?」

 緩慢に向けられた眼差しに、ごくりと喉が鳴った。それに気がついたナギがすっと目を細めたので、さらに緊張が高まる。

「そのことなんだけど……なりゆきで、今の関係になってしまったけど、ずっと言いたかったことがあったんだ」
「なんです?」
「その……本当に、俺の恋人になってくれないかな」

 きょとんと目を瞬かせるナギに、慌てて言葉を付け足す。

「陸くんの勘違いじゃなくて、本当に恋人になれば、言い訳だって考えなくていいと思うんだ」

 ずっと前から――きっと、初めてナギを目にしたあの日から、強く心惹かれていたのだと思う。確信したのは、「ひとつになりましょう!」と夏の暑さに頬を赤くしながら、満ちたりた笑顔で手を差し出すあの日のナギで。あの時、龍之介は己の恋に気づいたのだ。
 ナギは女性を愛しているし、自分は反対に好かれていないのだと思っていた。というよりも、警戒されていて、こちらから近づくほどに離れて行ってしまう猫のようだった。それが数奇な巡り合わせで彼の体に触れる許しを得た。その奇跡に手を取り合って踊り出したくなるほど歓喜した。
 だが、体が手に入れば、欲深いことに心までも欲しくなった。むしろ体だけの現状がむなしくて、苦しくて、胸が痛いほど切なくて。耐えきれるものでなかったから、きっと今の関係を失うことになってもいつかはこの想いを伝えようと思っていたのだ。
 きっかけがなかったり、やっぱり今の関係がなくなるのを惜しく思ったり、ずるずると今まできてしまったが、けっしてぱっといま思いついた告白などではない。
 ――本当なら、もっと雰囲気を作って伝えたかったけれど。でも、今を逃したらもう二度と好機はこないと思ったのだ。
 ナギは黙ったままだ。だが、まだ彼の視線が逸らされていないことを励みに自分の考えを伝える。

「ナギくんさえよければ、ちゃんとみんなに話したいと思う。もちろんメンバーにだけだ。大事にするつもりはないからね。でも、みんなにも受け入れてもらえたら――たとえそれが無理でも、認めてもらえたらって」
「……認めてもらえず、軋轢が生じたらどうするつもりです。口に出した言葉は取り返しがつきませんよ」
「IDOLiSH7の子たちは、頭ごなしに否定をするのか?」
「そんなわけありません!」

 不穏へ誘おうとしたのはナギ自身であるのに、即座の返事に龍之介は笑みを見せた。

「もちろん、わかってるよ。天も楽もだ。仕事に支障がでないよう上手くやるならって言ってくれると思う。驚かれるとは思うけれど……」

 自分の願望でしかないが、本当に二人ともそう言ってくれる気がするのだ。多少からかいの言葉もかけられるかもしれないが、龍之介がナギを好きであるとか、恋人が同性であるだとか、きっとそんなことで突き放すような人柄でないことは、ナギがメンバーを信じているように龍之介も二人を信頼していた。
 龍之介に転がされたナギは、むっとした表情で頬を緩める龍之介を睨んだ。

「……なぜ本当にする必要があるのです? 言い訳が不要になるから? 説明が楽になるから?」

 どこか棘のある言葉に、今度は龍之介が強く否定をする。

「それは違う! 俺がナギくんを好きだから! ずっと、ずっと君が好きだったからだ! だから、今の関係が苦しくて……抱きしめても、繋がっても、どこか壁一枚が隔てられたままな気がしてた。俺はナギくんにもっと触れたい。もしも叶うなら、ナギくんにも俺を好きになってほしいんだ……っ」

 言葉がうまく出てこない代わりに、ありったけの気持ちを言葉にのせた。ただ真っ直ぐにありのままの本心を伝えた。
 熱を分け合い、ともに気持ちを高め合って、我を忘れるセックスをしたことがある。誰も知らない彼の奥深くを知っている。彼の肌の甘さを、思いの外控えめな声も、熱っぽく潤んだ瞳も、耐えきれず爪を立ててしまっては後悔することも、どうしても踏み込めない一歩手前にまで辿り着いたことも、自分だけが実際に見て触れ、そして感じた。でもそれだけでは足りない。
 ナギと愛し合いたいのだ。あと一歩に踏み込む許しがほしい。いやだと言われるまでかわいがり、蕩かして、甘やかしてやりたいのだ。そしてナギからも、好きだと口にしてほしい。
 わずかに目を伏せたナギに、一瞬だめだったかと肩を落としかける。しかし彼からの言葉はいくら待てども返ってこない。
 ナギははっきりとしている。嫌であれば嫌だと口に出すし、容赦なく伸ばした手を払われる。
 それはつまり。

「……ノーって言われないってことは、自惚れてもいいのかな」
「返事がほしいですか?」
「も、もちろん!」

 食い気味に答えて机に身を乗り出した龍之介に、一瞬背を逸らしながらも、ナギもわずかに腰を浮かせて、龍之介に顔を近づける。
 故郷を想わせる瞳に吸い寄せられているうちに、唇が重なりあう。
 ちゅ、と控えめなリップ音を立ててすぐにナギは離れていった。

「これが返事です。いくら鈍いアナタといえども、わかりますね?」

 情事の延長で何度かしたことのあるキスではあるが、それはいつも想いが昂ったあまり暴走した龍之介からで、ナギからしてくるのは今回が初めてだった。
 まさかのナギからのキスに、龍之介は感極まって涙目になりながら、ぶんぶん首を縦に振る

「……アナタに尽くされるのは、良い気分でした。ひとまず、ということで認めましょう。よろしくお願いしますね、リュウノスケ」

 これまで十氏、としか呼ばなかったナギが初めてファーストネームを口にする。
 本当の本当に受け入れてもらったのだと実感した龍之介の心が感動に震え上がった。

「ありがとう、ナギくん!」

 今にも泣きそうな龍之介の笑顔に、ナギは海のように青い目を眇めた。

 

 

 

 楽屋で三人だけになったタイミングで、龍之介は切り出した。

「今度、二人の時間を俺にくれないか? 報告したいことがあって。IDOLiSH7の寮に来てほしいんだ」

 スマホの画面から顔を上げた楽と天が、妙に浮ついている龍之介からそれが良い報告であるのだろうと予想するのは簡単で、だからこそ気負った様子なく承諾した。

「別にいいぜ。向こうの奴らも集まんのか?」
「ああ。全員は無理かもだけど、ちゃんとみんなに話したくて」
「ボクたち以外も集めて、改まってなんの話をするの?」
「そ、それはその時になってからで!」

 頬を染めた龍之介に楽から怪訝な眼差しを向けられる。この場で追及されてしまったらどうしようと困ったところに、タイミングよく扉がノックされた。
 これから収録する番組のADが顔を出す。どうやら楽に確認したいことがあるらしく、意識がそちらのほうに逸れて安堵した。
 肩の力を抜いた龍之介に、隣に座りその様子を観察していた天が、楽やスタッフには聞こえない声音でそっとささやく。

「ようやく彼とうまくいったんだ」
「えっ!? き、気づいてたの……!?」
「確証はなかったけどね。ねえ。これまでうまくやってたのに、わざわざ公言する気になったのはなんで?」

 天にじっと見つめられ迷った龍之介は、陸と一織に目撃されたホテルの一件のあらましを説明した。
 そこでようやく付き合えることになったのは伏せて、これを機にみなに報告することを決めたのだと言った龍之介に、天は顎に手をかけ考え込む。

「……用心深い六弥ナギが、本当にうっかりメッセージを見せてしまうものなの?」

 天の指摘に、そういえばと龍之介も考える。
 ナギのスマホは何重にもロックがかかっているほど厳重だ。そして隠し事は得意で、そんな彼が不注意にラビチャの画面を出したまま席を外すだろうか。しかもやり取りは、ただの友人ならともかく、夜のお誘いをしている龍之介が相手だというのに。余計に神経質になるはずだ。
 うっかりナギが画面を見られてしまい、それを心配した陸と一織が張り込んで。そしていつもであれば時間をずらして出入りするのに、その日に限ってナギの忘れ物を届けにホテル先でやりとりをしてしまって、それを見られてしまって――
 ナギと通じ合えたことに浮かれて深く考えていなかったが、ここまで偶然が重なるのは運が悪かったと片付けるにはいささか出来過ぎているような気がしなくもない。

「それに、その時のホテルってあそこでしょう」

 天が場所と名前を正確に言ったので龍之介は驚いた。

「俺、天に話していたっけ?」
「陸から聞いた」

 すでに天にナギとの関係を知られていたことに納得がいった。龍之介も関わっていた案件であったから、陸から天に相談がいったのかもしれない。

「あのホテル、バーがあったでしょう。そこで相談にのってもらっていたとか、言い訳は出来たはずだよ」

 不注意は誰にでもあるし、とことんついていないときも稀にある。だがナギが本当に言い訳のひとつも浮かばなかったのだろうか? 龍之介は動揺していて頭が回らなくなっていたが、混乱が強まるときこそ冷静でいられるあのナギが?
 はたして今回のことは、本当に不測の事態であったというのか――

「もしかして……わざ、と……」
「さあね」

 天は小さく微笑み、龍之介は頭を抱えてうんうん唸った。

 

 ――  オマケ  ――

10「――というわけで、真剣にナギくんと交際させてもらっています!」
2「ああー、マジかあ」
6「なんです! ワタシとリュウノスケを認められないと?」
3「いや、そういうわけじゃにないんだけど、複雑というか……」
2「うちの子がっていうか……」
7「でももう二人はラブラブなんでしょ!? ほ、ホテルから出てくるくらいだし!」
1「ちょっと七瀬さん! 余計なことを言わないでください」
4「ホテルから出てくるのラブラブなん? ならそーちゃんとおれも、んんんっ」
5「た、環くん! 僕たちの仕事で一緒になっているのとはちょっと違うから!」
7「そ、壮五さん! 環、口だけじゃなくて鼻まで塞がっちゃってる!」
5「え、あ! ご、ごめん!」
4「げほっ……し、しぬかとおもった……」
9「うるさい。――六弥ナギ。よくもうちの龍に手を出してくれたね。覚悟は出来てるの」
8「いや、どちらかと言えば手を出したのは龍のやつじゃ」
9「楽は黙ってて」

 わーわーと騒ぐ面々に、ナギはばんっ、と机を叩いた。

6「とやかく言うならまず、みなさんの関係がきれいなものであると証明してくださいますね? それとも全員でウチアケバナシします?」
10「え? ……えっ? もしかして、みんな……」
2「いやー! うちのナギをよろしく頼みますよ、十さん!」
3「十さんなら安心だなあ!」
5「別グループのアイドル同士ではなかなかお時間とれないでしょうが、出来る限り協力させていただきますので!」
4「ナギっちがんばれー」
7「ナギ! オレも協力するから!」
1「くれぐれもスキャンダルにはならないようにお願いしますね」
8「今度、六弥も合わせて飲みに行こうぜ。龍がどんな風に口説いたか興味ある」
9「あんまりうちの龍をいじめないでね。それと、そのだらけきった顔を絶対に仕事には持ち来ないで。ボクたちはプロなんだから、TRIGGERとしても――」
8「そのへんにしとけ。なあ。せっかく全員揃ってんだ、飯でも食いにいこうぜ」
3「今から予約できるところあっかな」
2「この前ドラマの打ち上げしたところよかったな。広い個室あったし、確か泡盛もあった」
5「このお店ですか? この距離なら徒歩も可能ですね」
8「お、良さそうだな。龍の奴が好きそうだ」
9「楽は運転手なんだから飲まないでよ」
7「天にぃ……よ、よかったら泊まってかない!? 三人とも!」
1「ちょっと七瀬さん、あなた明日は早いんですから早く寝られるように――」
4「腹へったー」
3「予約とれた! 今からでもいいって!」
2「よし、じゃあ行くかー」


「ちょ、みんなちょっと待って!? 誰と誰かが!? ……行っちゃった」

 わあわあと騒ぎ、龍之介が口を挟む隙もないまま、みな先に玄関に向かってしまう。
 残された龍之介とナギは、お互いに顔を見合わせた。

「良かったですね。アナタ好みそうなお店だそうですよ」
「ああ」

 今日は大和や楽あたりからずいずいと酒を勧められそうだと龍之介は苦笑する。明日の午前中がオフでよかった。それに、恐らくは戻った後はアイナナ寮に泊まることになりそうなので、家に帰らなくていいのも少しありがたく思う。
 食事会などで顔を合わせても、いつもIDOLiSH7のメンバーに囲まれる場所から出てこないナギだが、今日くらいは傍に来てくれるだろうか。
 そんな淡い願いを抱えながら、身支度を整えるナギに問いかける。

「……ねえ、ナギくん。どこまでが計画なの?」
「なんのことです?」

 あからさまなはぐらかしだが、極上の笑顔に見事に黙らせられる。

「……なんでもないです」
「OK。ではワタシたちも行きましょうか」

 頭の中で白旗を振っていた龍之介の頬をちょんと突いたナギは、目が合うとウインクする。
 きっと、ずっとナギには敵わないのだろう。そんな確信を抱きながら、先に歩き出したナギを追いかけて龍之介も一歩を踏み出した。

 その後の食事会は、よっぱらいたちの暴露大会の幕開けであったとか。


 おしまい

 2018.5.13

 その後→ ウチアゲ後

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