安心の中

※ 付き合っていない
※ つなしは自宅にてナギを想い泣いるため不在で、236の話
※ SSS『映画鑑賞』の続き


 

「ただいまですっ」

 荒々しい足音を鳴らしながら帰ってきたメンバーに気がつき、三月は流しに落としていた視線を持ち上げた。

「おー……? ナギか? おかえり」
「おかえり」

 ソファでくつろぎ雑誌を眺めていた大和が顔を上げたところで、その隣にナギがどすんと腰を下ろした。その振動に揺れた大和は、大袈裟に、おおっと、と声を漏らす。

「どうしたんだよ、ナギ。そんなわかりやすいふくれっ面しちまってさ」

 洗いものを片付けた三月は、エプロンで濡れた手を拭いながら、ソファに置いてあった自分のここなクッションを抱きしめ顔を埋めるナギに問う。
 しばらく返事はなかったが、それでも待ってやっていると、やがてそろりとクッションの隙間から声が零れた。

「映画、寝てしまいました」
「ああ、そういや今日、十さん家で観るって言ってたもんな」

 前々から、今日は龍之介とナギが互いにお気に入りの映画を持ち寄っての鑑賞会をすると決めていた。そこでナギもどれを教えてやろうかと何日か前から吟味していたのを知っていたし、今夜は遅くなると聞いていたので、こんなにも早く帰ってきたのは態度を見ても明らかな通り、龍之介と何かがあったに違いない。
 しかしナギの口から出てきたのは日頃から飛び出す龍之介への棘ある言葉ではなく映画のほうで、帰ったばかりは怒っていた肩が落ち込んだようにしゅんと丸くなっている。

「ようやく布教してやるんだって騒いでたのに、寝ちまってへこんでるのか?」

 大和の予想に、ナギは小さく首を振った。その様子を見た三月と大和は、互いに顔を見合わせどうしたものかと首を傾げる。
 そろそろと顔を上げたナギは、床を見つめながらぎゅっとここなを抱きしめる。

「いえ、寝てへこんだのには違いないでしょう……。大事な作品の前で失礼な態度をとったワタシが許せません。ですが、その他にも……あんな男の前で、不用心にも寝てしまうなど――アウチッ」

 こつんと拳を当てるように頭に置いただけなのに、ナギはわざとらしく痛がった。だが子供でも泣かずに笑ってしまうくらいのじゃれ合いの拳骨に謝るつもりなどなく、三月は溜息をつく。

「あんな男とか言わない。最近はよくお世話になってんだろ」
「世話になどなってません! 彼が、色々な作品を知りたいというから、教えてさしあげているだけです!」
「十さんの前で寝ちまったって別にいいだろ」

 ムキになって言い返すナギに、大和は冷静に言葉をかける。ナギはぐっと口を噤むと、再びクッションに口元を埋めて目を伏せた。

「良くないです……なにも、良くない――」

 ナギの頭上で再度顔を見合わせた大和と三月は、互いに苦笑した。

「今日の夜オフにするのに、時間調整で無理したし、疲れてたんだよ。楽しみにしてたって、じっとしている映画なら眠くなるのも仕方ないだろ」
「ミツキ……」
「それに、人前じゃ寝ないおまえが居眠りこくなら、それだけ十さんの隣が居心地良かったってことなんだろ」
「居心地など、別に良くなんて……っ」

 自らを否定するナギの力の入った肩を、二人の手がそれぞれ叩く。ゆるゆると脱力していくのが掌から伝わった。

「別に、俺たち以外にも安心できる場所があったっていいだろ」
「……ワタシには、みなさんだけで十分です」

 三月はナギの隣に少しだけあるスペースに強引に腰を下ろす。半分尻を浮かせながら、ナギの頭を抱きしめた。

「おまえってば、変なところでいじらしいな。いいんだよ、そういうところはいっぱい作っておけって。おまえが思っている以上に、ナギの味方はいるんだぜ」

 返事はなかったが、胸にかかる重みが増して、ナギが頭を預けたことを知る。
 三月はよしよしと背中を撫でてやり、大和は肩をぽんぽん叩いて、アンバランスな形で大人になるしかなかった十九歳の子供を甘やかしてやった。

 おしまい

つなし関係はこんな風に言わないかもと思いつつ、2と3にはなんだかんだと甘えてしまうナギがいたら可愛いなと思う

 2018.10.3

 

スーツとキスと、指先と top NG