106ワンライ
お題:自由
間もなく新作映画の上映が始まるまじかる★ここなが、テレビアニメシリーズの一挙放送をするということで、独り暮らしで夜中に騒いでも問題のない龍之介の家にナギが来ていた。
「あぁ……っ負けないでここな!」
画面に映し出されるのは、打ちのめされて心砕かれそうになりながらも、諦めずに何度でも立ち上がる可憐な少女の姿。彼女をともに応援しながらも、龍之介はあまり集中できずに、つい隣で胸にあるクッションを抱きつぶしながら応援に精を出すナギの盗み見ていた。
何度も繰り返し観てきた場面でも手に汗握り、彼女の感情の揺さぶりとともにナギの長いまつ毛が震える。堪えきれずに零れる声援は、笑い声は、静かな涙は、彼女とともに喜び、悲しみ、そして戦い、ともに寄り添っていた。
どこまでも一途にまじかる★ここなを愛するナギの姿を見られるこの瞬間が、龍之介はとても好きだった。
ここなとナギの間に入ることはできない。でも、目の前のものにだけに心を注ぐ姿は無防備で、そしてとても純粋で傷つきやすい生身のナギでいるようで、そんな時に傍にいられるということが彼からの信頼を感じられるのだ。
そしてなにより、自分の好きなものを追いかけているナギが美しく、尊く、かけがえのないものであるようで、目を奪わずにはいられなかった。
番組の半ばの休憩で、ふうと息をついたナギはアイスティーと一口含む。少しばかりのクールダウンをして、ふと青い瞳が龍之介をとらえた。
「それで、なにかワタシにご用でも?」
「え?」
「あんなに熱心に見られていれば、いくらここなに夢中であっても気がつきます」
「あ……邪魔しちゃったね。ごめん」
視聴中の妨害を嫌い、以前にちょうどいい場面でつい声をかけてしまって本気で怒られて以来なるべく隣で静かに過ごすようにしていた。これまでにもナギを盗み見ることはよくあったが何も言われなかったので、今回の龍之介の視線はあまりにうるさかったようだ。
邪魔にならない程度にと気をつけていたのだが失敗をしたと肩を落とす龍之介に、特に気分を害した様子もなくナギは足を組む。
「理由次第です。なにかワタシに言いたいことでもあるのですか?」
「その……見惚れちゃって」
どうせ誤魔化しはナギに通用しないと正直に答えれば、返ってきたのは沈黙で心が重くなる。
毎度同じ理由を口にしているので、ついに呆れられただろうかとナギのほうに振り返ることもできずにいると、不意にナギが小さくふきだした。
思わずナギに目を向ければ、不敵に微笑み胸を張っている。自信溢れる姿は絵本の王子様のようにきらきらしていて、またも龍之介は目を奪われた。
「それならば仕方ありませんね。ワタシの美しさに見慣れることはないのですから」
「そうなんだ! ナギくんは表情豊かだろう? だから、どんなときだってまた違ったナギくんが見られるから、見慣れることなんてないよ。とくに好きなものを語るときとか、メンバーと一緒にいるときのナギくんが好きなんだ。この間だって三月くんに置いて行かれたってしょんぼりしているナギくんの写真を陸くんにもらったけど――」
「ストップ! もう、いいでしょう」
「あ……ご、ごめん。ついはしゃいじゃって」
ナギのことを語られるとなると止まらなくる自覚がある龍之介は、口を押さえながらしゅんとして肩を落とした。
その姿を横目で見られているとも知らず、ナギが落としたこほんと一つの咳払いに顔を上げる。
「ほら、そろそろ続きですよ! いくらワタシが美しく目が離せないといっても、ここなは別です。アナタも集中なさい!」
ナギのタイミングに合わせたように、ぴったりと番組が再開した。
『テレビを見る時、部屋を明るくして――……』
テレビ視聴際の定番の注意事項をここなが伝えていく。
「リュウノスケ」
「どうしたの、ナギ――」
ナギくん、といつものように呼ぼうとした言葉が、振り返ろうと捻ろうとした首が、ふと左肩にかかる重みで止まる。
彼が小さく笑っているのが、重なった場所から伝わった。
「リュウノスケ。ワタシは今、とても――」
ナギの口が紡ぐ言葉が、その声音が、とても心地よくて。穏やかで、あたたかくて、ほんのり甘くて。
龍之介も隣によりかかり、こつんと頭を預けて微笑んだ。
「うん。俺もだよ。ナギくんといられるから、これからもずっとそう感じられると思う。ありがとう、ナギくん」
「ふふ、おかしな人ですね。こんなことにお礼を言うだなんて……なんて、以前のワタシならそう感じたのでしょうね。何故アナタがありがとうと言うのか、今ならわかる気がします」
「うん……ありがとう、ナギくん」
「ふふ、今のありがとうはよくわかりませんね。――ああほら、本編が始まります! 今度こそアナタもちゃんとここなを応援してくださいね!」
そっと繋がれたナギの手に力が籠もる。龍之介もそれに返しながら、二人は一緒にここなの世界に飛び込んだ。
おしまい
2019.10.06