29

  森の中を進んでいたノアたちは、黒犬から合図があり足を止める。 黒犬はノアたちだけに聞こえるよう密やかに囁いた。「やつらだ。王子もいる。微かに王子の血の匂いもあるが、大した出血じゃない。意識はないようだが、生きているぞ…

続きを読む →

28

   二日後、予定通り使者を乗せた馬車をヨルドを含めた護衛隊が囲み城門から出立した。 机で資料を読み込むノアに、窓の縁に座り外を眺めていたチィが振り返る。「ノアさま。ヨルドさま、行っちゃいましたよ」 珍しくノアのもとに来…

続きを読む →

27

   荷物の片づけをしていると、部屋の扉が荒々しく開いた。 顔も上げずに作業を続けていると、足音を立ててヨルドが傍へとやってくる。「団長から出立を命じられた。……解呪、できたんだな」 いつも飄々と構えている男には珍しく、…

続きを読む →

26

  執務室を後にして向かったのは、西側にある魔術師塔とは正反対の方向。目指すのは騎士団本部だ。 これまでに両手で数えられるほどしか出向いたことのない場所に、ノアは初めて私用で足を向けた。 ヨルドに用があったからだ。どうせ…

続きを読む →

25

  ノアは列に参加しなかったが、遠くからその風景を眺めた。 人々が祝福にと降らせる花の雨に彩られ、時に顔を合せて何かを囁き合いながら民に応える彼らの姿は、ノアの捻くれを起こさせないほどに優しく穏やかで、そして美しいと思え…

続きを読む →

24

   王の執務室を訪れたノアは、依頼されていたいくつかの仕事の進捗状況を報告した。 今後の展開の打ち合わせを終わらせ、机上に広げていた資料を回収する様子を王がしげしげと眺めるものだから、ノアは怪訝に思い顔を上げる。「何か…

続きを読む →

23

  目覚めると、ひどく身体が重たかった。「ん……」 体調でも崩したのかと危惧したが、気分はそう悪いわけではない。むしろ身体はしっかりと温まっていて安眠できたかのようにほどよい心地よさに包まれている。 いつも通り寝起きで働…

続きを読む →

22

  緩く服を握りしめると、耳元で笑う気配がした。だが不思議と怒りは沸かない。嘲笑ではないと思えたからだ。「おれはね、すごく気持ちがいいよ」 先程の問いに関する、自分なりの答えをヨルドは告げた。 それがまるで満ち足りた幸福…

続きを読む →

21

  「あの時のノア、真っ直ぐに城を睨んでいたんだ。泣きはらした顔をしているのに、まるでこれからの運命を見据えるように力強い眼差しだった。その時きみに興味が出たんだ」 子供には似つかわしくない険しい表情。暗がりから連れ出さ…

続きを読む →

20

  「それなら残念だったな。そんなことはこれまでにも耳が腐るほどに聞かされてきたさ」 態度が悪いと、どれほどの大人たちに言われてきただろうか。みんなと仲良くしましょうだとか、目上の者への礼儀を忘れるなとか、これまでだって…

続きを読む →