なんだか意気揚々とするレードゥに、一体どんな“いい体験”を用意しているのか、つられておれも楽しみになってきた。
 途中昨日倒れたのは大丈夫だったのか聞かれたけど、今のおれはまさしく元気が有り余ってる状態だ。心配してもらうのが申し訳なく思えるぐらいに、むしろ倒れたのが夢のように思えるぐらいぴんぴんしている。
 ありのままを伝えれば、レードゥもヴィルもふたりして笑って、今日は存分に身体を動かせよ、と言ってくれた。
 そんな風に話しながら、いったん城の外に出る。おれははじめてどでかい正門をくぐり、長い階段を下りて行った。
 城の壁伝いに右へ歩いてしばらく、その場所へ到着する。
 ここだ、と言われて示されたのは、四角い建物だった。高校の体育館よりも、もうすこしだけ大きいかな?
 石を積まれて作られた壁がごつごつといかつく、確かに何か身体を動かしそうな場所だと、納得するように思った。

「なあ、レードゥ。ここで何すんの?」
「まあ待ってな、中に入ればすぐにわかっから」

 ヴィルが扉を開けているうちにレードゥの隣に行き尋ねるが、にかにかと笑っただけで答えてくれない。
 んー……いったいなんだってんだろ? すぐにわかるって言っても、この世界特有の遊びとかだったらわかるわけないだろうし……。
 扉が開き、ヴィルとレードゥがその両隣に立つ。
 ふたりの雰囲気が急に変わったのが、おれにでもわかった。
 開かれた扉の脇にぴたりと立つふたりは、変わらず笑顔を浮かべていた。でもさっきみたいな無邪気そうな、若い笑みは消え、代わりにあるのは騎士としての凛々しい表情だ。笑っているけど、そこには自信がある。これまでふたりが経験してきたものと、自分への誇りが。なんていうか、余裕なんていうものも見える気がする。厭味ったらしくない、すがすがしく思える大人の余裕だ。
 そこでようやくおれは思い出す。このふたりは騎士なんだ。それも、沢山の騎士を束ねる隊長だ。
 おれたちに気さくに話しかけてくれたり、時には話し相手になってくれたりしているし、軽口も叩くけど、ふたりは騎士隊長なんだ。それを、おれはすっかり忘れかけてた。
 こんなこと言っちゃ失礼だけど――ふたりは偉ぶることもなくて、本当におれたちに友達のように接してくれてて、なんていうか……隊長だとかいわれても、ピンときてなかった。それは勿論、隊長なんてものにも騎士だなんてものにもおれ自身が親しみがなくて、よくわかってなかったところもある。実際ふたりが剣を握ってる姿を見たでもないし、普通に話をしているしで、尚更そのイメージに繋ぐものがなかったんだ。
 けれど――今おれの目の前にいるのは、騎士だ。国を守る、強い人だ。

「さあ、入ってみよ」
「ここは下町の餓鬼どもの夢なんだぜ。おまえたちには、特別にいれてやるよ」
「無論、王に許可は取ってあるのでな、遠慮するでないぞ?」

 そう促されて、本当にいいのか、なんて聞けるほど、おれも大人じゃなかった。特に、下町の餓鬼らの夢、っていうレードゥの言葉に、おれの期待も高まる。
 けれどどこか戸惑いもあって、二の足を踏んでいるうちに、おれの後ろにいた岳里があっさりと前に出た。

「あ、待てよ岳里っ」

 そしてそのまま、レードゥたちに示された扉の中に入っていこうとしたもんだから、おれも慌ててそのあとを追う。
 そして、心構えもできてないまま入ってすぐに見えたその光景に、おれは思わず声を上げた。

「ひえっ!?」

 入ってすぐの場所は、ほどほどの大きさの部屋になっていた。そのまままっすぐ行った先にまた扉があるんだけど、おれはそれよりも先に周りの光景に驚き、慌てて前に止まる岳里の背中へしがみついた。
 ぶつかるように突っ込んだおれの衝撃をなんなく受け止め、岳里はなんだと言わんばかりにおれに振り返る。けれど、おれの内心はそれどころじゃなく怯えていた。

「ははっ! やっぱりそれぞれの反応だな」
「うむ、見事に予想通りだ」

 ぷるぷるとしながら周りをうかがうおれに、この反応を見越していたふたりが追ってくる。いや、むしろこれを狙っていたに違いない。どうせ岳里は無反応で、おれは怯えると勝手に予想してたんだろう。
 さっきふたりのことを格好いいななんて思ったおれを殴ってやりたい。

「……まあまあ、そんなに睨んでくれるなよ。餓鬼どもの夢だの憧れだっていうのは、本当なんだからさ」
「おぬしらの世界は平和であったようだから、これで喜ぶとはわしも思わんかったのだが、レードゥがな……」
「あっ、てめヴィル! 最初に提案したのはおまえだろう!?」

 突然ぎゃいぎゃいと言い争いをはじめたふたりを余所に、おれは恐る恐る岳里から離れて、そっと、壁際に近付いた。その後を岳里が追ってきたけど、むしろ心強く思える。
 じっと、壁に飾られたそれを見るが、やはりどう転んでも見間違えても――剣にしか見えなかった。
 本物は一度だけしか見たことなんてないからなんとも言えないけど、刃はまがい物ではなく、真剣に見える。包丁の輝きが似てるし……いや、包丁と比べたら失礼だけど。
 つまり、これで簡単に肌なんか傷つけられるわけで。
 そしてそんな、言わば凶器が、この部屋にはさまざまに置かれ、飾られていた。
 壁には今おれの目の前に置かれているような剣がいくつも飾られ、他には斧だの槍だの、よく名前の知らないものまで様々な角度でその身を主張している。
 他にもただ壁に立てかけてるだけのものや、円柱型の入れ物にごちゃっと無秩序に入れられていたり、きちんと並べられていたり……とにかく混沌と、多くの武器がここには置いてあった。けれどどのやつのところにも行けるように道ができていたり、不自然に丸く足場が出来ていたりするのは凄いと思える。

「こ、これ……全部ほんもの……?」

 どう見ても本物に見えるけど、でもやっぱり素人の目だし、偽モノなんじゃないかっていう淡い期待を持ち、おれはいつの間に言い争いを終えたふたりに尋ねる。

「そりゃあ、当たり前だろ。なにせここは訓練場だし」

 けれどばっさりと目の前の刃の鋭さに比例するぐらいにおれの期待はレードゥによって切り裂かれる。
 いや……なにせ訓練場って、訓練する場所ならむしろ模擬剣とか、じゃないのか? ようは練習なんだし、本物使ったんじゃ怪我どろこじゃないだろうし……。
 そう思うけれど、何せおれはそういうことはまったく知らない。もしかしたらそれようの訓練場なのかもしれないし。
 とりあえず、おれは今いる場所をレードゥの言葉で知った。兵士たちの鍛練場、ってことなんだな。

「子らの夢の大半は、騎士になることなのだよ。帯剣や所持を許されるのは国に使える騎士か、王に直接許可された特別な者だけでな。街中にはこうした刀身の長い剣などは売っておらんのだ」
「売られてるっつったら、せいぜい護身用の短剣くらいだからな。だから、こんな風に多く種類の武器が揃ってるここに来たがる餓鬼は大勢いるんだぜ」

 んでもって、所持を許される騎士になりたいやつも多いんだ、とレードゥは教えてくれた。

「んでだ、真司、岳里。ちょっと剣を持ってみないか?」
「えっ!?」
「…………」

 おれはじっと剣の刃を見ていただけに、吃驚して思わず後ずさる。けれど後ろには岳里がいたもんだから、とんっとぶつかるように寄りかかった。そんな岳里は、おれの反応とは全く正反対に、何を考えているかわからない目で並ぶレードゥとヴィルを見る。

「はは、んな怯えなくったって大丈夫だって。ただ持つだけで、落とすでもしなきゃなんもなんねえから」

 そう言ってレードゥとヴィルは、それぞれ近場にあった剣を手に取った。レードゥが手にしたのは、若干他の剣よりは刀身が細く薄いもので、ヴィルが手にしたのは反対に少し分厚く太いものだ。それぞれそれを持ったままおれたちに近付くと、ほら、と言わんばかりに差しだしてきた。
 光が反射し、ぎらりと鈍く光る。
 おれが戸惑っているうちに、あっさり岳里は手を伸ばし、ヴィルが手にしていたほうの剣を手に取った。それをなんの躊躇いもなしに翳し、宙で眺める。
 いつまでもびくびくしていると今度は馬鹿にされかねないと思って、おれもそっとレードゥの持つ剣へ手を伸ばしてみた。
 ――本当は、興味がないわけでもないんだ。だって剣なんてものを目の前で見て、なおかつ触って持てる機会なんてそうあるもんじゃないから。
 どきどきと胸を高鳴らせながら、おれはもうぼろぼろになった布が巻かれた持ち手を握り、レードゥから受け取る。

「――うわぁ……」

 持った途端に、ずしりとした重みを感じる。刃自体はそこまで重たそうでもないのに、持ち手の部分が重たいのか。見た目よりももう少し重たい感触に、おれは堪らず声を上げた。
 ――あれだ、鉛みたいだ。見た目は小さな玉でも、持ってみればずっしりと重い。あれ見たいに、おれは剣の存在を感じた。
 岳里のように、そっと掲げるように切っ先を頭より高く掲げ、見上げてみる。剣全体は、決して綺麗と言えるものじゃなかった。
 刀身の根元近くは埃を被ってるし、持ち手に付けられた布は何人もの人が力強く手に収めてきたのかぼろぼろで、刀身も曇っている。けれど、本物だった。これを軽く振っただけでも人が斬れてしまうような凶器を、おれは今手にしている。
 そう思うと、ぞっとした。もしかして、この剣は誰かを斬ったことがあるんじゃないか。
 腕を下ろして、おれはレードゥにそれを返す。

「あ、ありがとう……」
「――重かったろ?」
「……うん」

 レードゥの言葉が、ただ重量のことを言っているように思えなかったのは、おれの思い違いかもしれない。それでもおれは、どこか重ねられた理由を思いながら頷いた。
 岳里を振り返ってみれば、同じく剣をヴィルへ返しているところだった。その瞳には剣を目にした興奮もなければ、おれのように恐怖を感じているようにも見えない。
 こんなものを目にしても、岳里は岳里なんだな。
 それにどこか安心したおれがいて、その理由もわからずおれは心の中で苦笑いした。

「そう言えば、騎士の人は帯剣を許されているんだろ?」
「ん? そうだけど」

 今までおれたちが手にしていた剣を再び床に並べるふたりに、おれはふとあることを思い出して声をかけた。

「だったらさ、ふたりは剣を持ってないのか? 他の兵士の人たちは腰に剣を差してたけど、隊長たちのは見たことないだけど……」

 今屈んでおれを見上げるふたりの腰だけじゃなく、全身を見ても武器らしいものは見当たらない。それはふたりに限ったことじゃなくて、これまでに会った隊長全員に当てはまることだった。
 はじめは王さまのおわする城内でそのようなものはうんたらかんたらで無礼に値する、なんて理由なのかと思ってた。けど、廊下ですれ違ったり、おれたちの部屋の前に 立つ兵士の人たちはみんな鞘に収めた剣を持っていた。――以前、はじめて魔物を見た時。兵士のユユさんの腰にあった剣を勝手に岳里が抜いてしまったこともあって、その時おれは改めて剣の存在を認識したんだ。
 そういえばあの時、ジィグンも剣を持ってなかったのに、いつの間にか持ってたっけ?
 あのときは剣よりもどうやってジィグンが姿を消したのか気になるんだけど……まあ、ずっとそのことは気になってたわけだ。
 おれの質問に、ふたりはそれぞれ納得したような表情を浮かべ、髪を掻きあげて耳を晒した。

「ほら、ここの玉がおれらの武器だよ」
「え、それが……?」

 どう見てもそれは、ただのピアスだった。レードゥの耳には小さな丸いピアスがひとつあった。レードゥの髪と瞳と同じ、赤い色だ。ヴィルの耳にはレードゥと違って、いくつもの飾りがついていた。全部で五つ。色は赤三つと紫と黒がひとつずつだ。
 その分耳に穴が開いているわけで、いかにも痛そうだ……。
 けれどヴィルさんはそれだけじゃなくて、こっちにもあるぞと言って反対の耳を晒す。するとそこには更に多い六つのピアスが刺さっていた。

「う、うわぁ……」

 思わずおれは声を上げてしまう。
 時々、ヴィルの髪が揺れて耳が見えたこともあったけど、一番外側のものしか見れなかったから、二個、までならその存在を知っていた。けど、まさか合計で十一個もついてるなんて……。

「はは、気持ち悪いだろ。でもヴィルはまだ武器があんだぜ」
「む、気持ち悪いか……あとはほれ、ここやここのものもそうだ」

 ちょっぴりせつなそうな顔をしながら、ヴィルは今度は腕をまくる。するとそこには細い腕輪が三つ並んでいた。それぞれひもで括ってあったり、鉄に埋め込まれたりして、小さな玉が付いている。他にももう片方の腕には四つ、似た腕輪があった。
 おれが知らなかっただけで、随分とヴィルは装飾品を身につけているようだ。なんだかまだあるらしいけど、さすがにそれ以上はいいやとおれから断った。
 レードゥが一個に対して、ヴィルは少なくとも十八個……随分な差だ。
 けれど、どうしてそれが武器になるのかおれにはさっぱりだった。けれどレードゥが髪を耳にかけて晒されたままになっているそれを見ていて、はっと気がつく。

「あ、もしかしてそれも魔術の一種?」
「おう。なんだ真司、冴えてるなあ。せっかく驚かそうとしたのに……」

 そう言ってレードゥは笑顔を浮かべたまま、耳のピアスを外し、掌に転がす。そのままそれを、ぽんと上に投げた。
 おれの視線は自然とそれを追い、そして――目をまん丸く見開らかせる。
 ひゅん、と風を切る音を響かせながら、一瞬にして玉から姿を一振りの剣へ姿を変えたそれをレードゥが見事にキャッチした。

「よ、っと。――これがおれの相棒、イグニィスだ」
「いぐ、にぃす……」

 レードゥの手に握られた剣は、この部屋にあるどの武器よりも鮮やかで、自然と目を引く姿をしていた。刀身が半透明で、薄い紅色をしていたからだ。持ち手は反対に深く、まるで黒に思えるかのように暗い赤だ。まさしく赤髪を持つレードゥに似合った紅の剣だった。

「すごい」

 思わずもれたおれの一言に、レードゥは嬉しそうに笑った。とても、このイグニィスを大切にしてるんだって、すぐにわかる。まあ剣士なんだから剣を大切にするのは当然かもしれないけど、でも相棒と呼ぶぐらいになんだし。

「まあこんな風に、隊長、副隊長のそれぞれには王から下賜される特別な武器があるんだ。それにアロゥの魔術をかけて運びやすくしてんだよ」

 確かに、ピアスにできるぐらいに小さくしてしまえば移動も便利だろうな。剣を携える兵士の人たちの歩きづらそうな姿を思い浮かべながら、おれはしげしげとイグニィスを眺める。
 つやつやとしたガラスのような刀身で何かを斬れるだなんて思えなかったし、見えもしないけど、特別な武器、ってやつなんだからだろうか。
 手入れの行き届いた全身は、まるで芸術品のようにも見える。柄にも細かい紋様が彫られていて、確かにそこら辺では売ってなさそうに見えた。
 そういえば、ジィグンは確か副隊長なんだっけ? だったらジィグンもレードゥみたいに、小さくできる武器を持ってるのかな。それならあの魔物が襲来した時にそれまで持っていなかった剣を手にしていたのも頷ける。
 こうしておれたちにも教えてくれるようなことだから、別に隠してるわけじゃないだろうし、今度会ったらジィグンに聞いてみよ。

「真司、岳里、わしの相棒にも対面してみぬか?」
「みたい!」

 ヴィルの申し出に反応したのはおれだけだった。岳里は特に返事をすることなく、ヴィルを見ている。けれどもうそれにはいい加減慣れてきたから、おれはそのまま言葉を続けた。

「あー、ヴィルの見るなら、まず外に出るか」
「外に? レードゥみたいに、ここじゃ駄目なのか?」
「まあ、わしの武器ではちいとこの場は狭いからのう」

 量も多いことだし、と言われておれも納得する。
 ヴィルには少なくともで十八個、武器がある。それを全部並べるには、確かにこの部屋じゃ場所がなかった。
 レードゥの剣を見てから少しだけ武器に対して興味がわいたおれは、早速外に出ようと来た道を戻ろうとする。けれどすぐにレードゥとヴィルに引きとめられた。

「そっちじゃなくて、こっちだぞ」

 そう示されたのは、奥へと続く扉だった。

「え、外に出るんじゃ……?」
「まあまあ、こっちに行ってみりゃわかるよ」

 そういって促されるまま、おれと岳里は扉の前に立たされた。先に躊躇いもなく取ってに手をかけるのはやはり岳里で、興味をひかれる様子もなく扉を押し広げる。
 岳里の背中を追いかけたおれは、さっきのレードゥたちの言った意味をようやく理解した。
 扉の陰から出た途端に、まぶしいぐらいの日差しが注いで、おれは思わず目を細める。手をかざし影を作りながら、前に出た。
 屋根がなく、上を見上げれば青空とこんにちはする。周りには背の高い壁があって、足元は床でなくてむき出しの大地が顔を出していた。
 そういえばここは、訓練場なんだっけ。
 はじめにそう紹介されていたのをすっかり忘れていて、おれは改めてその意味を噛みしめ体育館のように広いこの場所の端から端まで眺めた。
 体育館でいうならここはコートで、さっきの武器が沢山収納されていた場所はさしずめ用具庫かな?
 おれがきょろきょろとあたりを見回しているうちに、いつの間にか岳里が隣に来ていた。

「ふたりとも、そこを動くでないぞ」
「え」

 ヴィルのほうへ向けば、何かを空に投げていた。
 きらきらとそれぞれ輝く小さなそれは、恐らくヴィルの相棒たち。空で次第に形を変え、やがては鋭いその切っ先を下に向け、それぞれ重力に身を任せ地面に突き刺さった。
 どどど、と音を立て次々に草の一本も生えない無愛想な大地に立つそれらを見つめながら、おれは無意識のうちに岳里の服を掴んでいた。
 別にヴィルはおれたちに危害を加えるつもりなんてないから、少し離れた距離の自分の周りへ武器を落としたけれど、それでも急にやられたおれにとってはちょっと刺激が強くて……。
 要は少しだけ、すこーしだけ、びびったわけだ。

「はは、すまぬな」
「もう大丈夫だから、こっちにきてみろよ」

 謝る気なんてないヴィルと笑いをこらえるレードゥに手招きされながら、おれは恐る恐るふたりに近付いた。その時、有無言わせず岳里も引っ張っていく。

「こ、これがヴィルの……?」
「うむ。わしの戦い方は少し変わっていてな。すべて大事な相棒よ。まあ、とりあえずは両耳の仲間だけだがのう」

 説明されながら、おれは地面に突き刺さるそれらをじっくり見つめた。
 おれはてっきり、ナイフみたいな短剣、っていうの? それを投げたりして戦うのかな、なんてのんきに考えていた。でなきゃ十八以上もの武器の使い方なんて想像できなかったし。けれど、今目の前に見える武器はどれも大型で、レードゥの手にしていた剣程ある。
 そこにあったのは全部で十本だった。そのうちに剣が五本、斧が二本に、槍も二本。それと鎌みたいなものが一本。それぞれが様々な形をして、存在を主張していた。レードゥほどの鮮やかな剣はなかったけど、どれも手入れがきちんと行き届いているのか、鈍い光を放つ刃はない。

「これ、全部使うのか?」
「はは、やっぱり信じられないよな」

 答えを返したのはレードゥのほうだった。

「だけどな、ヴィルは使っちまうんだよ。こいつ、こう見えても天才ってやつでな。普通はひとつふたつに絞って極めるものを、こいつは全部できちまうんだよ。おれは剣しか扱えないけど、ヴィルは大抵のもんは使えるんだ。本当、イカれてるよな」
「――レードゥ、わしは喜んでよいのか? それとも、悲しむべきか……?」
「しらね」

 泣き真似をし出すヴィルを放って、おれが武器を眺めていると、ふと岳里が動いた。

「もうひとつは」
「ん?」

 これまでまったく会話に参加してこなかった岳里が急に声を上げるもんだから、おれは思わず後ろにいた岳里に振り返る。そんな岳里は未だ嘘泣きをしているヴィルに向いていた。
 ヴィルも自分に向けられ言われた一言と気づいたのか、顔を上げる。

「なんだ、気づいておったか」
「ひとつ、つけたままだろう」

 はじめなんのことかわからなかったけど、つけたまま、という言葉を聞いて、おれはようやく岳里の言いたいことに気がついた。
 それから改めて地面に刺さる武器の数を数えてみると、確かにひとつ足りない。
 確か、ヴィルの両耳には合計で十一個付いていたはずだ。なのに今ここにあるのは十個だけ。
 ヴィルのほうへ視線を向けてみれば、岳里の言った通り黒いピアスがひとつだけ、穴だらけの耳についたままになっていた。

「ふふ、実はな、こいつはわしの一番の相棒なのだ。王から賜ったものでな。最後に披露しようと思ってとっておいたのだ」

 そう言ってヴィルは黒いそのピアスを耳から外すと、ぽんっと軽く上へ放った。
 今までのように宙で姿をむくむくと大きくしていくんだけど……それは、今までのどれよりも大きな影を作る。
 そして切っ先を下に地面へ突き刺さるが、その振動も前の十本が落ちて来た時よりも遥かに大きかった。
 ずどん! と言わんばかりの衝撃に、思わずおれの身体が揺れる。小さく声を上げて倒れかけるも、岳里が支えてくれて情けない事態にはならずに済んだ。

「これがわしの主な武器、オンディヌだ」

 レードゥのものが赤の剣なら、ヴィルのものは青の剣と言ったところだろうか。
 地に深々と突き刺さるオンディヌにヴィルは近寄ると、強く持ち手を握り、勢いよく引き抜いた。
 その刀身はレードゥの剣イグニィスのように半透明で、色は空のような薄い青い色だった。掲げられたオンディヌの刃は、青い空に溶け込んでしまいそうだ。片刃で、先端が少し反り返っているのが特徴的だ。
 柄は曇り空を表したような鈍い色をしていたけれど、持ち手にまかれた青い布がよく映えている。
 柄にレードゥのものと似たような紋様が描かれていた。
 ――にしても……。

「で、でかいな……」
「うむ、この国の剣では一番の大きさを誇るのだぞ」

 オンディヌは、先に地面に並べられた十個の武器よりも、レードゥのイグニィスよりも、用具庫に並べられたどの武器よりも、数倍は大きかった。百八十は軽く超すヴィルと並んで、その肩に届くほどの長さと、そしてそれに見合ったほどの刀身をしている。
 いくら刃がガラスのように見えても、明らかに重たそうだ。落ちた時も地面にかなりめり込んでいた。それなのにヴィルは平然とした顔でそれを肩に担ぐ。

「お、重くない?」
「持ってみるか?」

 おれの問いに、ヴィルは答えてはくれずに、オンディヌを再び地面に突き刺した。
 恐る恐る手を伸ばし、両手でしっかりと持ち手を握る。
 ヴィルは片手で軽々と持ち上げていたんだし、同じようにとまではいかないけど、少しぐらいなら持ちあがるよな……?
 その重さに十分注意し、おれは足に力を入れそっとオンディヌを持ちあげた。――正確には、持ち上げようとした、だ。

「ふ、んっ……! なにこれっ、ぐぅううっ!」

 

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