悪阻を自覚してから七日ほどで、常に感じていた気持ち悪さや吐き気は殆どなくなり、多少身体のだるさは残りつつも気分は十分よくなった。
 岳里からも許可を得て、それからまた七番隊の手伝いにも参加できて、岳里からもようやく離してもらえて。あの時は本当に安堵したもんだ。
 症状が軽くなるまでの間、ずっと岳里に抱きつきっぱなしだった。というのも、少し離れるだけでも岳里が許してくれなかったからだ。
 移動の時でさえ抱えられ、寝るときは勿論、食事の時も、仕事中も、風呂さえも密着しながらで。おれの傍に居なくちゃいけないという理由で、それまで一日も欠かすことのなかった剣の訓練さえ一旦途絶えさせた。
 離れると言うのは便所に行くときくらいで、それすらあまりいい顔をしない岳里にはさすがに困らされたもんだ。さすがに駄目だ、とは言わなかったけれど、たぶんおれがいやだと言い出さない限りそこにまで着いてきたろう。
 ちょっと過保護すぎやしないか、とは思ったが、実際岳里の傍らにいれば悪阻は大分緩和され楽だったし、食事も細々とではあるけれど食べることができた。たまに吐くことはあったが、いざとなれば岳里が人離れした速度でなおかつおれに衝動を一切与えないまま水場に連れてってくれもして、体調としてはよくなかったけれど環境としては十分甘やかしてもらえたろう。
 岳里が声には出さないけれど若干この状況をまんざらでもないような顔をしていたのにはさすがに内心で笑ったもんだ。身体の具合はよくなかったし気分も塞ぎがちになりかけはしたが、そういった面でも大いに助けられた。ただやっぱり、いつでも岳里にひっついてなきゃいけないことにはさすがに辟易してしまったけれど。
 岳里だけでなく周りも、総出をあげておれを、おれたちを支援してくれた。食事のこと、仕事のこと、日常のこと。挙げたらキリがないくらいには世話になり、たくさんの迷惑もかけた。でも本当にありがたかったし、とても感謝してる。
 でも何より、こうして岳里の手を、みんなの手を借りて、たくさんの人の力を借りてこれから生まれてくる我が子。こんなにもたくさんの人に、おまえは生まれる前から祝福されていたんだよ、と教えてやる日が、会えるが待ち遠しかった。
 過ぎていく日々を数えながら、岳里とは色々話した。勿論、生まれてくる自分たちの子どもに関してだ。男か女か、どちらに似るか。名前はどうするかとか。迎えるにあたって何が必要か。でもそれ以外にも、未だ行方のつかめない兄ちゃんたちのことや、子どもが生まれてくるにあたって現れるであろう神さまのことも、少しだけ。
 そうして日々を過ごしていくうちについに、宝種――すでにおれの中でアモル・バロークという大樹の種から、おれたちの子が眠る“卵”と姿を変えたそれを身体から出す日がやってきた。
 どう卵を身体の外に出すのか、詳しい話もされないまま夜を迎え。何も知らされないままおれは岳里に抱かれ、いつものように中に精を放たれた。そしていつものようにしばらくは抜かれず、岳里の出したものを卵が吸収するのを待つ。
 待っている間に岳里は体勢を変え、繋がったままベッドの枕頭側にぴたりとつけられた壁に背を預けていた。おれの身体は岳里の上に乗せられ、その胸板に背を預ける形だ。
 まださっきまでの激しさの余韻が抜けきれず、ぼうっと未だ身体の奥に抱える熱も逃がせず、疲れ切っていた。そんなおれとは対象に岳里は体力が有り余っているようで、中に埋めるものもかたいままだ。
 いつもなら、待っている間このままも退屈だろう、とかなんとか理由をつけて挿れたまま、おれの意見も聞かずに二回目へと突入するのだけれど。今日はまだ一回しか岳里は達していない。それもやはり、今日が最後だからなんだろうか。
 いつもと違うのはもうひとつある。いつもはおれの服ばかり剥く岳里も、今日はすべてを脱ぎ去り身体を合わせてきた。互いに激しい行為の後で汗ばんだ肌をしているけれど、でも触れ合うのを不快とは思わない。背に当たる岳里の身体もおれの身体のように熱く、かたく主張しているそこと同じようにまだ暴れ足りないと訴えているようだ。
 でも岳里はまだ一回しか、だろうが、おれはもうそれ以上搾り取られている。はじめて身体を重ねた時にも岳里が出すまで時間がかかったが、何度もしてわかった。
 岳里は、遅漏だ。間違いない。そのせいでどれほど泣きをみたことか。きっとおれの身体を考慮してくれてある程度控えてくれていると思うけれど、実際岳里の満足いくところまで付き合わされたら絶対に身体が持たない。今まででも最後は半ば意識を飛ばしてるっていうのに。

「が、くり。いつまで、このまま?」
「もう少しだ。もう少し、我慢しろ」

 中に入ったままのものにそろりと息を吐きながら問いかければ、さっき質問した時と同じ言葉が返ってきた。もう少しって、いったいいつまでだよ。
 内心では今の状況からくる羞恥心やら、行為の後で気だるいからだやら、未だはめたままの岳里のものやら。決して落ち着ける環境ではない。しかも何をどうするかさえ教えてもらえず、いつまで待てばいいのかもわからないこの現状は少し辛いものがある。

「なあ……まだ、抜いちゃだめか?」
「だめだ」

 下半身を動かさないよう気を付けながら、背後にぴたりと寄り添う岳里へ振り返る。すると誤魔化すように首元に唇を落とされ、今回も少し前にした問かけに対する同じ答えが返ってきた。
 仕方なしにまた前を向いて、浮かした背中を再び岳里に預ける。その時少し下半身を動かしてしまい、奥まで押し入ったものが内壁を擦り、思わず息を飲んだ。
 岳里も気づいたようだが、でも何もしてはこない。一気に膨れ上がりそうになった快楽を抑え込むように浅く息をしていると、次第に落ち着いていった。
 もう、やだ。岳里のいうもう少しはいつになったらくるんだ。
 そんな泣き言が喉の奥で吐きだされたがっている。でも、生まれてくる子のためと思えば、どんなに弱音が浮かぼうが我慢できる気がした。
 今もまた波のように押し寄せる羞恥に耐え抜いたところで、ついに、おれの身体の中に変化が起きた。

「っあ……?」

 思わず声をあげ、自分の腹に手を置いた。そこに岳里の手も重なる。

「――準備ができたようだな」
「じゅん、び、って」

 思わずそう口にしてしまったが、本当はわかっていた。宝種の――“卵”が外に出る準備ができた、ということを。
 尻の奥の方に、確かな異物感が生まれた。岳里が埋まっているよりももう少し先で、突然膨らむようにその存在をおれに訴えかけてきたんだ。
 困惑するおれを余所に、ここにきてようやく岳里は蓋の役割をしていた自分のものを引き抜いた。

「っ、ん」

 声もかけられないままだったから、突然擦れた内壁に背筋が痺れ、思わず声をあげてしまった。慌てて自分の口を塞いでいると、両足にそれぞれ岳里の手がかけられる。
 何をされるんだろう、と不安に思いながら成り行きを見守っていると、岳里はそれまで立てて閉じさせていた膝を無遠慮に大きく開かせた。咄嗟に抵抗したおれの力なんてものともせずそのまま膝に置いていた手を膝裏に持っていき、完全に閉じさせなくしてしまう。
 腰も僅かに浮かされ、おれはあぐらを掻いた岳里の上で、なんとも情けなくも恥ずかしい格好をさせられる。
 泣きたい気持ちになりながら引き寄せた毛布で下半身を隠そうにも、それを岳里が咎めた。

「隠すな。どうせおれしか見ていない、恥ずかしがらなくてもいい」

 耳を軽く食まれながらそう言われても毛布を手放せずにいたおれに、岳里は一度左足だけ置いてその手で毛布を奪って、適当にベッドの下に放ってしまう。そうなればもうおれを隠してくれるものは手の届く範囲になくて。どうしようもできない羞恥に身体全身を真っ赤にさせながらも、今の体勢を諦めざるをえなかった。
 でも、やっぱり素肌が触れる空気は少しひんやりしていて、自分が何も着ていないことを思い知らせる。けれど岳里はそんなもの関係ないとでも言いたげに、耳元でささやいた。

「これから産卵する。まずはゆっくり息を吐け」
「さん、らん」

 その言葉に、くらりとした。まさか男のおれが、そもそも人間であるおれが、産卵をするとは。
 宝種は卵になった。卵を外に出すことは、確かに産卵、だろう。間違いじゃない。わかっているけれど、でもやっぱり気分は少し複雑だった。
 未だ集中できていないおれの心情を察しているのかは知らないが、動けずにいるおれに岳里は言葉を重ねる。

「自分の腹に手を置け。その方が意識しやすいだろう」
「ん、わかった」

 言われた通り自分の腹の上に手の平を乗せると、呼吸をする度上下に動く。
 身体の奥に確かにあるものを感じながら、とにかく言われた通りに深呼吸をするように、ゆっくりと息を吸っては吐いてを繰り返す。
 無意識に強張る身体に、大丈夫だ、その調子だ、とかけられる岳里の言葉に支えられながら少しずつ、宝種は下りてきた。その奇妙な感覚は言葉に表しがたく、どう力をいいのかも勝手がわからず、わけがわからないまま状況は進んでいく。

「ふ、っ……」

 どれだけ時間が経ったかわからないが、ようやく宝種は大分手前の方まで下りてきてくれた。
 けれど、それまで順調に進んでいた宝種の動きが突然に鈍くなる。もともとそんなにするすると下りてきてくれたわけじゃないけれど、何かに詰まったように、道を阻まれたように。
 それを岳里に伝えれば、肩口から腹を覗き込みながら言った。

「おれのものよりは細いだろう、緊張せずともちゃんと出せる」
「っ、そう、言われて、も」

 確かに、岳里の自身よりは少し細身、かもしれない。質量もまったく違うし、大きさも何でも、凶悪とも言える岳里ものに比べれば卵の方がうんとおれの身体に優しいだろう。けれど感じるかたさが明らかに肉体の一部とは異なるからなのか。変に身体に力が入ってしまって、卵は完全に半端なところで動きを止めてしまった。指ではまだ届かないような場所で、岳里にはどうすることもできないだろう。
 おれが、何とかしなくちゃいけない。それなのに肩が強張り、自分でもわかるように力の入る場所がおかしい。腹に力が入っているのはそうなんだけれど、力む形が一番好ましいはず。けれど、それよりも身体を縮めるようになってしまう。
 だからきっと、卵も進めずにいるんだ。
 何度も深く息を吸っては吐いてを繰り返すも、焦ってしまうのが余計にいけないのか。直前まで岳里を受け入れて柔らかくなっていたはずのそこが、窄まってかたく何物をも拒むようにかたくなる。

「が、岳里……」

 どうしたらいいかわからなくて縋るように岳里へ顔を向ければ、大丈夫だ、とでも言うように右の目じりに口付けられた。

「おれに身を任せていろ」
「……ん」

 戸惑うおれの声音とは違い、いつもの冷静な岳里に。完全に身を委ね、出来るだけ身体から余計な力を抜くように努める。
 もう一度と、ふう、と長く息を吐くと不意に、それまで腰に当っていた立ち上がる岳里のものが肌を伝いながらぬるりと動いた。

「な、なに?」

 岳里は抱えたおれの足を持ち上げ腰まで動かすと、こすり付けながら右の方にそれを向かわせる。
 何をする気だろう、というよりも先になんでこんなことをするんだろう、という疑問に、けれど口に出すのは恥ずかしく何も言えず事の成り行きを見守る。

「――っあ!?」

 とある一か所に岳里のものの先端が擦れた時、突然背筋が痺れる快楽におれは悲鳴のような声を上げた。

「な……んっ、や」

 まるで前立腺を押された時のように熱が一気に膨れ上がり、咄嗟に唇を噛んで声を堪える。けれどすぐにそれに気づいた岳里が咎めるように口づけをしてきて、舌先でかたく閉じたそこを突いた。
 その間にも岳里のものは腰の右辺りを押し上げ、快感は増々高まっていく。萎えていたおれのものも、内にも触れていないというのにひとりでに持ち上がる。

「あっ……ぅ、あっ」

 なんで腰を擦られただけで感じてしまうのか、わからないままそれを受け入れるしかなくて。けれどその代わりにその快楽を引き金に、岳里に教え込まれた、中に飲み込む感覚を思い出した身体が勝手に動く。
 無意識のまま、今腰に押し付けられる岳里のものをまるで下で受け入れるように下半身は力む。自分でも縁がひくつくのがわかり言いしれぬ羞恥に息を詰むが、そのお蔭なのか。ひっそりと、再び卵が動きはじめた。

「あ、あっ……はっ」
「動いたか」

 岳里の言葉に、喘ぎ声を飲み込みながら精一杯頷く。
 腹が波打つように力が入り、それに合わせて卵が徐々に下りてくる。もうすぐ姿を現す、というところで、思わぬことが起きた。

「やっ、や、だめ、だめ――っ、ん!」

 拒絶するように身体を突っぱねても意味がなく、おれはそのまま精を吐きだした。けれどそれでも切れ悪くだらだらと溢れ続けて、おれのものを伝って下にある岳里の身体に垂れていく。
 どうやら卵が、前立腺を圧迫しているようだった。それに加えて岳里も腰の方を刺激し続けていて、堪らず出してしまう。
 しかたない、ことかもしれない。そりゃ感じるところをいじられれば出してしまうだろう。けれど、おれの胸を占めるのは罪悪感だった。

「や、おれ、ちがっ」

 卵はただ、うまれてこようとしているだけだ。そのために今頑張っている最中なんだ。それなのにおれは、おれは――っ。
 腹に置いていた手で顔を隠し、否定の言葉を口にする。首を振るのに、少しでも身じろげば困った位置にある卵が中を押し、息が漏れた。

「ちがう、ちが、やっ」

 いやだ、ちがうと、誰に言っているかもわからないまま声が出た。それがますますおれを惨めにさせる。
 今でも泣いてしまいそうな声を情けなくも出すおれの様子を見てか。岳里は自分のもので腰を刺激するのを止めて、ぴとりと背中に肌を合わせた。
 浮かされていた腰も安定し、温もりに包まれる。ぬるぬるとした感触もあったけれど、今はそれよりも触れる肌を求めていたのか気にならない。

「大丈夫だ、おかしなことじゃない」

 顔を隠す手に口を寄せながら、岳里はもう一度、大丈夫、と言った。
 大丈夫、大丈夫。ただそればかりを繰り返して、おれをあやすように、岳里は自分の身体をゆりかごのようにゆらゆら揺らす。

「あともう少しだ。おまえならできる、もうひと踏ん張りだ」

 そっと顔から手を剥がせば、岳里がおれの名前を呼ぶ。顔をそっちへ向ければ唇が重なった。
 振り返るように身体を逸らす体勢は少し辛いが、でもそれ以上に一気に満たされた心が温まる。
 触れ合っただけで岳里は顔を離した。おれも、また腹に手を置き、息を飲む。

「――んっ」

 岳里の声に落ち着いた身体を力めさせれば、再び中にある卵が内壁を圧迫する。それはあの箇所も押してきて、おれは重ねた自分の左手を右手で強く握る。
 ゆっくりと、また出口へ向かい出す卵に。一安心しながらも、未だ迫る快楽に耐えた。
 岳里はおかしくはないと言ってくれたが、だからといって声を出せるほどおれも素直にはなれない。
 それでも歯を噛みしめても隙間から漏れる声に、けれど岳里は食いしばるなと言ってきた。でも無意識に力が入るそこに、おれはふと視界の端に見えたものへ顔を向ける。それは岳里の首で、おれは一瞬ためらってからそこに少し痛いと思うくらいの力で噛みついた。

「ふ、ん……んーっ」

 それからぎゅっと足の指を丸めながら下半身に最後の力を込める。噛みついていた岳里の首への力も多少強めながら、ついに卵がぽとりと、ベッドの上に落ちた。
 岳里はずっと持ち上げていたおれの足をそろりと自分の胡坐の上に下すと、手を伸ばす。そしてそれが戻ってきた頃には、その手の中には確かに“卵”が握られていた。
 岳里から何も言われないまま、それを受け取る。差し出した両手にころりと転がった卵は、宝種だった時よりも二回りくらい大きくなっていて。ずっとおれの中にあったからまだ殻がぬめりを纏っていて。けれど、おれがわけた熱よりもうんとあったかくて。
 確かに、そこに命が宿っていた。

「っは、は……ははっ」

 未だ整わない息を荒くつきながら、おれは堪らず笑った。

「ちっちゃいなあ。でも、すごくあったかい。なあ岳里、岳里」

 ほら、とおれは両手ごと岳里に向ける。すると下から支えるように岳里も片手を添えて手の中をまじまじと覗き込んだ。

「おれたちの子だ。ちゃんと、ちゃんとここにいる」
「――ああ」

 岳里はいつも以上に無口で、それだけを答えるとじっと卵を見つめる。
 しばらくそうしたままでいると、不意に手が離れていく。そしてその両腕はそのままぎゅっとおれを抱きしめた。
 慌てて宝種を両手で包み、岳里とおれの身体に挟まれてつぶされないように守る。そんな、岳里にしては珍しい考えなしの行動にかける言葉は驚くものでもなく、叱るものでもなく。

「岳里、大好き」

 身体を離して顔を合わせれば、岳里は少しだけ苦しそうな顔をしていた。けれどそれは実際苦しいんじゃなくて、胸にこみ上げるものをおれと一緒に精一杯に耐えているんだと思う。
 目に映った岳里の首にはおれがつけてしまった歯形が残っていて。そこを一舐めしてから岳里の肩に額を預けた。岳里も背に回した腕の力を強め、おれを受け入れる。
 おれたちの間で、この世に現れたばかりの卵は静かに、けれど確かにその存在を示していた。

 

 

 

 再び竜体になった岳里に以前も使った籠で運ばれながら、おれたちは竜族の里へと向かっていた。
 前回と違うのは、おれの手に時々自ら揺れ動く卵が乗っていることと、セイミアの存在だ。籠はもともと大きめに設計されているから、小柄な方のセイミアが増えたところで十分にまだ余裕はあり窮屈さはまったくない。
 岳里は詳しい事情を説明してくれないまま、ただ腕の確かな治癒術師が一人要る、とだけ言った。しかもおれたちを取り巻く事情を知る人じゃないとならないし、けどそんなのは一人しかいない。だから無理を承知の上で、治癒術師で多忙な身のセイミアを連れていかなくちゃならなかったんだ。
 治癒術を使えるからおれじゃ駄目か、と尋ねてはみたけれど。すぐに岳里は首を横に振った。おれにはそんな余裕はないだろうから、って。
 だから七番隊のみんなにもセイミア自身にも、王さまたちにも色々な人に頭を下げて、セイミアを連れてくることを承諾してもらったんだ。
 あと岳里は王さまに一部屋用意するようにも言っていた。しかもその部屋にはアロゥさんの、部屋を守る結界を張るようにとも。その結界は外部からの悪いものから部屋を守る、じゃなくて、部屋と城全体が壊れないためらしい。結局それも曖昧なまま教えてはもらえず、後々わかる、とだけ言われていた。
 これからおれと岳里は宝種の生る大樹、アモル・バロークのもとで“儀式”を行う。その儀式が何かさえ、岳里は卵がこの手にきても教えてはくれなかった。
 何もわからないままじゃおれも不安で、何度か岳里に尋ねた。けれど岳里は決まってこう言った。

「しきたりで、儀式の直前まで話すことはできない決まりだ。だがおまえはもう覚悟がある。きっと大丈夫だ」

 そう言いながら、あの岳里が少し強張った表情をするんだ。だからきっと、そう簡単じゃない何かが待ち構えてるんだろう。
 それが怖くないわけがなかった。岳里でさえ乗り越えるのが大変であろう、その何か。それなのにおれに務まるのか。ちゃんと、この子は生まれてくるのか――でも岳里はおれと子を作ろうと思ってくれた。おれが、その最後に待ち構えるものをきっと乗り越えられるだろうから、だから今の状況があるんだ。
 ならおれは岳里を信じていけばいいだけだ。
 だからこそ不安げな岳里の手を取り、決まってしきたりだ、と声に出しどこか緊張した面持ちに言ってやるんだ。

「うん、大丈夫だ。岳里がそう言うなら大丈夫。きっと無事にいく。きっと、元気な子が生まれてくるよ」

 手を握って、かたくなった岳里の芯が少しでも溶けてくれるように。自分自身にも言い聞かせるように。
 今はおれの手には、卵が握られている。鶏の卵よりは少し大きいくらいのそれに本当に、今空を飛んでいる岳里のような大きい竜の子がいるのか不思議に思えた。もしかしたら人間の姿かもしれない。
 儀式については色々尋ねたけれど、でも生まれてくる時の姿だけは聞かなかった。それはおれの楽しみとして取っておきたかったから。
 つい意識を生まれてくる子へ移して、手の平よりも温かい卵に目を向けて頬を緩ましていると、傍らでそれを見ていたセイミアが穏やかに笑んだ。

「楽しみですね。いよいよ今日、お会いできるなんて」
「……ああ」

 表情と同じく緩む声に、セイミアはじっと卵を見つめてから躊躇いがちに口を開いた。

「その……不躾で申し訳ないのですが、その子に、触れても……」
「ああ、もちろん! 触るよりもほら、持ってあげてくれよ」
「い、いいんですか?」

 驚いたように目を開いたセイミアに、おれは大きく頷いた。
 ほら、ともう一度声をかけ卵を持つ両手を差し出せば、セイミアも同じように両手を揃えて遠慮がちに出してくる。そこへ、そろりと卵を置いてやった。
 手の平の上でころりと小さく転がった卵を、セイミアはまじまじと見つめ、息をつく。

「あたた、かい……卵というより、人の赤ん坊に触れているみたいです」

 そう呟くように言ってからもうしばらくだけ卵を手の上で観察したセイミアは、ありがとうございます、とはにかみながら返してくれた。
 改めて戻ってきた卵を大事に持ち直す。宝種の時はとても頑丈だったけれど、卵となった今、かたさまで卵と同じになっているらしい。
 そして万が一なんらかの事情で卵が割れてしまえば、そこでこの子の命も終わってしまう。だからおれは今朝起きてからずっと卵を手放さず行動してきた。岳里もそうしろ、と言ってくれたからだ。
 大事そうに卵を抱えるおれを見て、セイミアは楽しそうな表情をする。

「ふふ、お二人に似た良い子が生まれますかね。どちらに似るんでしょう」
「んー……容姿は岳里に似た方がきっといいだろうけど、性格が似たらちょっと困るな」

 おれの言葉に小さく笑い声をあげたセイミアは、ふと気づいたように声を上げた。

「そういえば、獣人が宝種を用いた場合は、卵を産み落とした後しばらく経つと自分から子は生まれてくるのですよね?」
「ああ、岳里の話ではそうみたいだ。儀式っていうのは竜族だけものらしい」

 宝種は、竜人が盟約者と子を成すためにあるものだけれど、それは獣人も使えるそうだ。そして、竜人と獣人じゃ宝種を体内で卵に変えて、産んだあとが少し違うらしい。
 竜人の場合――岳里とおれの場合、卵を産んだあと、竜族の里にあるアモル・バロークのもとで儀式とやらをする。そしてそれが終わって初めて、我が子との対面が叶うんだ。
 だけど獣人の場合は、その儀式がない。卵は産まれたあとしばらくして、自分から殻を破って外に出てくるそうだ。だからこっちは、少し産むまでが特殊だけれど、産まれ後は基本的に自然の流れに近いものになる。
 改めて説明したおれの言葉に、セイミアは悶々とした様子で小首を傾げた。

「ますます不思議ですね。何故竜族だけが、儀式なるものが必要なんでしょう。獣人側には不要のものというのに。その竜人にとってとても重要である儀式についても直前にならないと詳細が教えられないそうですし……」

 おれが当然のように抱いた疑問は、セイミアも同じらしい。
 その謎も、儀式が始まる頃には全部解決されるんだろうか。
 しばらくううん、と唸りながら考えていたセイミアだったけれど、今のままじゃまだわからないと、もう少しすればひとつだけでも解決すると結論づけたのか。留まっていた息をふうと吐きだした。
 それから一度籠の中を一巡しておれに向き直る。

「真司さん、少し空気を入れかえませんか? 寒いでしょうが閉じこもりっぱなしではわたしたちまでふさぎ込んじゃいます」
「そうだな。じゃあ」
「あ、わたしがしますから! 真司さんは座っていてください」

 腰を上げたおれをすかさず制止したセイミアは、そのままひょいっと立ち上がると換気用にと作られた小窓を開いた。その瞬間に流れる風が入り込んできて、おれたちの髪をふわりと遊ぶ。
 セイミアは長い髪を押さえながら、小窓から顔だけを覗かしその外を見た。すると、あっと弾んだ声をあげて、いいものを見つけた子どものように笑いながら向かう方向を指さす。

「すごいですよ、真司さん! すぐこの先に山頂が雲にも届く大きな山があります! 傍らも広い湖が見えますよ!」

 その言葉は、竜族の里はすぐそこにあると意味だ。
 手の中にある卵をそっと握り、おれは深く目を閉じた。

 

back main next