ひとくちの報い


 岳里が願うのであればそれをなるべく叶えてやりたい。そう常日頃思っていた。
 普段から決して口数の多いわけではない、何でも一人でこなしてしまえるやつが、おれに何かを頼むことが稀だからというのもある。今まで沢山のおれの願いを岳里が叶えてきてくれたというのもある。
 でも何より、おれが岳里の力になりたいんだ。
 あいつが笑ってくれるのならできる限りのことを手伝うし、その願いを叶えてやるための努力だって惜しまない。
 でもやっぱり……できる範囲でもやりたくないことだってあるんだよ――。

 

 

 

 それは、今朝の岳里の一言から始まった。

「真司」
「ん? どうかしたか?」

 洗いたての洗濯物をベランダに干していると、いつからか背後に立っていたらしい岳里に名前を呼ばれる。
 返事をしつつも顔を前に向けたまま作業を続けていると、岳里はぬぼうっと佇んだまま、いつもの平坦な声色で前触れもなくその願いを口にした。

「パフェを食べに行きたい」

 男前な艶を無自覚に声音に織り交ぜるその口から放たれた愛らしい響き。なんとも言えないアンバランスさを感じてしまう。洗濯物のしわを伸ばしながらつい、小さく笑ってしまったのだった。
 その時おれはほのぼのとした気持ちを抱え、まあパフェくらいいいかと思い二つ返事でそれを承諾してしまった。いや誰だってそんな他愛のないお願いにはそれぐらい気軽に頷いてやるだろう。
てっきりファミレスかどこか、手軽に食べられるところだと思い込んでいたんだ。だからこそじゃあこれが終わったら行こうか、なんて自分から促したけれども。まさかそれが大きな間違いだったとは夢にも思うまい――。
 行きたい店は決まっていると、そこのパフェが食べたいのだと連れてこられたのは、散歩がてらで行ける範囲にあるご近所さんだった。
 ――確かに、半年くらい前に家の近くに新しいカフェがオープンされた。その店はパフェが話題になっていて、おいしいとも近所で評判だった。
 気になってはいたんだ。おれ自身はそれほど甘いものを食べるわけではないけれど、ドーナツやら飴やら好きなりゅうあたりならパフェに喜んでくれるだろうって考えていて。でもそこには壁があり、だからこそその店の前までつれてこられてしまってはっきり言ってうろたえていた。

「が、岳里……」
「なんだ」

 隣でじっと店の入り口を見つめる岳里の腕を軽く引く。名前を読んだ理由は初めから察しているくせに、もったいぶりながらちらりと視線を流してくる。そしてその視線には、他の場所は嫌だと告げていた。
 今は焦げ茶の色をする瞳と見つめ合う。ほんの少しの間を置いて、小さな溜息をつきながら掴んでいた腕を離す。

「……なんでもない」

 これは駄目だ。こうなってはよほどの理由がない限り、やつは折れない。
 それを痛いほどよく知っているが、よほどの拒否の理由なんて、ましてや岳里を説き伏せることがおれなんかの頭でできるわけもなく。結局、こっちが折れるしかない。
 店先で男二人並んでもたついている間にも、二人組の女子高生がきゃっきゃっと楽しそうに店内へ入っていく。その後を一組のカップルが腕を組み、仲のよさを猛烈にアピールしながら入店していった。
 二組ともちらりとこっちを一瞥したものの、岳里の美形具合に気圧され、この店ではややおかしな組み合わせのおれたちに首を傾げないようにし努めてくれていた。

「なあ岳里、ちなみにこの店がどういう店なのか、知ってるか?」

 これはもう、ただおいしいというだけの噂しか知らないことに僅かな希望を託すしかない。そう思いながら唸るように問えば、無表情は情のかけらすら見せないままこくりと頷く。
 ああ、とがっくりと肩を落とす。けれどこれでひとつはっきりしたことがあった。
 岳里はあの噂を知った上で、あえてここでそのパフェを食べたかったのだ。
 ――い、行きたくない。行きたく、ないけど……。
 これは珍しい岳里からのお願いなんだ。それに一度承諾してしまっているし、今更ちょっとこれはだなんて男らしくもない。
 それでも散々心の中で葛藤した挙句に、今更仕方ないとようやく腹をくくった。

「よし、行くか」

 覚悟を決めつつもやっぱり力のない自分の声色に苦笑しつつ、岳里の前を歩いて店内へ続く扉を押し開けた。
 すぐに愛想のよい女性店員がやってきて、角にある席に案内してくれる。
 向い合せに椅子に腰かけ、すぐにメニューを開いた岳里が食べるパフェの種類を決めてから注文をした。
 特に間を置くことなくまず届けられたのは、おれの頼んだコーヒーだった。
 砂糖を入れたまだ熱いそれをすすりながら、すでに注文を終えたというのにまだ一心にメニューを眺める岳里を眺め、内心では溜め息をついた。
 なにしろ大分慣れたと思っていた周りからの視線も、今回ばかりは強く、痛く感じるからだ。

「ねえ、あれって……」
「珍しいよね、男二人って」

 小声で話し合うも辛うじて聞こえる声。それまで途切れることなく他愛もない会話を繰り返していた三人の女子高生たちだ。斜め向かいの少し離れた場所の机につく彼女たちはどうやら学校帰りらしく、近場の高校の制服を身に纏っていた。

「お茶しにきたのかな」
「えー……でもさ、なんでわざわざこのカフェなの?」
「なんかラフな格好だし、ぷらっと出てきた感じだよね。この辺の人だと思うんだけど」

 推理する前に、隠すならもっと声を落としてくれと思う。少なくともちらちら向ける視線をどうにかしてくれないか。
 岳里の視界に入るか入らないかの際にいる彼女たちだが、岳里がその声が聞こえていないわけも、ましてや向けられている視線に気づいていないわけがない。だけどいつもの無表情で気にする様子もない。害がなければどうでもいい、という考えのようなやつだ。たとえ噂の的が自分たちでも一向に気にならないらしい。
 そう気楽にいければいいけれど、そう簡単にはいかないのが普通だろう。
聞かなきゃいいのに無意識にそっちへ聞き耳立ててしまう自分に嫌気が差しながらも、そんなことは露ほども知らない女子たちは少し声色を上げる。

「それよりもさ、あの人超格好良くない? さっきちらっと正面見たけど半端なかった!モデルとかやってるのかな?」
「えぇ~……でも見たことないよ? あんなに格好いいし、スタイルも完璧だし…やってたらすぐに有名人じゃない? それとも今売り出したばかりとか」
「――ねぇ、ちょっと待って。うわ、わたし多分あの人知ってるかも! きっと『幽玄の光』書いた人だよ!」
「うっそ、今度映画化になるっていうあれ? なんか、原作はすごい数売れたって聞いたけど――」
「わたしあれの作者すっごい好きなの! サインとか、いきないりくださいって言ってもくれるかな……?」

 手にしたカップを受皿におき、肩肘をついて目の前の岳里に目を向ける。ようやくメニューから顔を起こしたやつに、女子高生たちとは違って他に聞ける人がいないよう声を潜めた。

「おいおまえ、噂になってんぞ。まさか顔知ってる人がいるなんてな」
「声をかけてきたならば対応する」

 単に噂されているだけなら動くつもりはないんだろう。今まさに自分自身が話題にされていても眉一つ動かすことなくじっとメニューのパフェに食い入る男が、好きな作者と称したまさに本人だと、あの女子高生は気づいているだろうか。
 もう一度コーヒーを口にし、何気なしに視線を流してみる。するとちょうど『幽玄の光』を知っていたらしいあの子と目が合い、向こうが慌てたように目線を落とした。
 高校卒業後、岳里は大学に通う傍ら、書きためていた小説をとある有名な出版社の新人賞に応募し、そこで見事大賞をとった。
 誰もが手にとれる世へ放たれたそれは、鬼才現る、の謳い文句とともに若手作家岳里岳人の名を一躍に広め、多くの人から高い評価を得た。少年少女の恋愛ものから王道ファンタジー、ミステリーに時代物と幅広いジャンルで次々発行され、そのぶん読者の幅も広まりより多くの人の目に留まったのも有名になった理由のひとつだろう。
 彼女たちの口にした『幽玄の光』は、作家岳里岳人が世に出した中の三番目の作品だった。それ以降にも続いている数多くある岳里の作品の中で、最高傑作と称される代表作でもある。
 女子高生たちの話にもあった通り、つい先日には映画化されることで話題を呼んだ。すでに名を広めている実力派や勢いある新進気鋭の若手などの俳優陣のキャスティングも注目されているところだという。
 『幽玄の光』は、親子の絆をテーマにした作品だ。自分の兄の子を育てた弟と、そんな彼を実の父と信じて疑ってはいなかった息子。真実を知った息子はすべてを流れに身を任せるばかりの義父と向かい合い、事実に一度は破たんした家族の形を再び築いていくというもの。息子がこの世に生を受けてから、自らの家族を得、そして父との最期の別れまでが本には描かれていた。

「あの子、よく岳里を知ってたよな。顔だしなんてほとんどしたこと無かったのに」
「ほとんどもなにも、前に一度雑誌に無断で顔を出されたことがあるだけだ」

 あの時は色々始末が大変だな、と当時を思い出しながら、やはりそれを知る彼女は岳里のファンだと言うことを改めて感じた。たった一度のそれを、しかもまだ岳里が売り出したばかりの頃のそれを知っている。少なくとも多少岳里という男を追っかけなければ知り得ない情報なのだから。
 そんな彼女のいる集団からの、岳里に対する熱い視線だけならまだ耐えられた。そりゃなにせ岳里はすれ違った人の大半が見間違いかと振り返るくらいに美形だし、ましてや今話題の人気作家だとすれば気になるだろう。だけど――そればかりじゃないのが、辛い現状だった。
 良くも悪くもこの岳里と一緒にいるだけで目立つのに、今いるのは女性をターゲットに絞った、女性のためといってもいい趣向のカフェなのだ。埋まる席に見えるのは主婦や学生のグループばかりで、時折見える同性は、残念ながら可愛らしく笑う彼女と一緒。そう広くない店内で男二人なんて自分たち以外見当たらない。
 歩き回るホールスタッフですらみんな女性の中、男同士で、しかも人目を引く岳里がいて。これで注目されないわけがない。
 普段ならばあの人カッコイイーとか言われて、岳里がきらきらとした女性たちの熱視線を受けているだけだったろう。けれどそういう場所だからか、浮いているおれたちへ向けられる視線はどこか痛い気がしてならない。
 それこそ声に出して噂されていないけれど、なんで男同士でこんな店に、という心の声が聞こえてくるようだった。
 ――うう、だから入りたくなかったのに。
 ファミレスかどこかかと思っていたら、つれてきてこられたのはこの店。外装からして目の痛くならない程度の桃色と白色を基調に整えられ、細部にも趣向を凝らして洒落て作られていた。当然内装も拘っているようで、色鮮やかではあるものの幼稚な派手さはなく落ち着きがあり、人が集まるもわかる気がした。

「おまたせいたしました、フルーツパフェでございます」

 岳里お目当てのパフェをトレーに乗せ運んできてくれた店員さんに、岳里の方を手で示しその手間に置いてもらう。縦に長く伸びた籠の中にスプーンとフォークが二ずつ入っていて、それを使うよう指示された。たぶん、おれの分も含まれているんだろう。

「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」

 頭を下げ最後に笑顔を残した店員さんが去っていく。その背を見送ることなくすぐに籠に手を突っ込んだ岳里は、パフェを食べる時にだけ見かける、持ち手の長いスプーンを取り構えた。
 早速、てっぺんのサクランボを生クリームと一緒にすくい上げ、口に運ぶ。
 その様子を、大口を開けるさまをカップを傾けながら見守った。
 ここの店のパフェは三種類ある。ひとつはチョコレートパフェ。もうひとつはキャラメルパフェ。みっつ目が、今岳里が食べ始めたフルーツパフェだ。三種とも特にこれといって特別なわけでもなく、どちらかといえばみっつとも定番の味と言ってもいいだろう。
 その中で岳里がフルーツパフェを選んだのは、ただたんに一番ボリュームがありそうだったからと踏んでいる。何せ質より量なやつだ。器から飛び出しそうなほど盛られた果物に目が惹かれたんだろう。
 さらにここのパフェは他には珍しく、大きさにも種類があった。
 ひとつは一人で食べられる量の、ごく一般的な大きさのシングルサイズ。もうひとつが二人で食べられるようにと用意された、一.五人前のダブルサイズだ。勿論岳里は、一人で食べるが頼んだのはダブルサイズだった。むしろこいつ相手じゃこれでも足りないくらいだろう。
 ベースはマンゴーらしく、底はその色が沈んでいた。その上に歯ごたえのたまらないざくざくのフレークが。それでいてふんだんに使われるフルーツが一層と化し、たっぷりの生クリームが一度敷かれ、さらにその上には四つのアイスクリームが乗っている。バニラがふたつに、ストロベリーがひとつ、マンゴーかオレンジかわからない色のアイスクリームがひとつだ。そしてその中心にそびえるようにして再びたっぷりのクリームが渦を巻き、その頂点にはへたつきのサクランボが乗っていた。だが、もう岳里の胃袋に収まったので、生クリームごとごっそり削られたその姿はない。
 アイスクリームの周りには間に挟まれるものと同じ沢山のフルーツで飾られていた。マンゴー、パイナップル、半分に切られた苺とサクランボ、桃、小さいけれどメロンまである。おまけにバナナにキウイもあった。メニューにさっと目を通しただけでそこまでしっかり見てなかったけれど結構豪華だったと気づかされる。
 普通の細長いパフェの器とは少し違うようで、底の方にゆくにつれて細いのは同じなんだけど、上の縁が一般的なものよりも大きく広がっている。だからそんなにも沢山の種類の果物を乗せることができるんだろう。一.五人前というが、実際には二人前ありそうな量だ。
 岳里はスプーンを手にしたまま、アイスに二本、刺さるように存在していたチョコレートを纏った棒状のプレッツェルをぽりぽりと食べている。その表情は、心なしか嬉しそうに見える。
 プレッツェルを食べ終わり、再び構えたスプーンにバニラアイスの塊をひとつ分まるっとそこに乗せ食べようとする岳里。
 相変わらず容赦のない食べ方に笑ってしまった。

「うまいか?」

 大口を開け口いっぱいに頬張ったあとだったからか、岳里は頷いて答える。見ているだけで口の中が凍りそうだが、岳里は一切表情を変えることはない。

「そっか――ちなみに、りゅうには内緒だからな」

 今は友達の家に遊びに行っている息子に岳里がうっかり話してしまわぬよう、先に釘を打つ。
 別隠すことではないんだが、場所はどうであれパフェを食べたことを知ってしまえばきっと落ち込むはずだからだ。食べたいと駄々をこねられるよりも、おいしかった? と眉を下げ問われる方が余程胸に響く。謙虚な息子ではあるが、そういうところが心配だと常々思う。
 それにも岳里は頷いた。ごくりと口の中のものを流し込み、ようやく口を開ける。

「だが、あとで、どこか食べに行こう」

 ハンバーグならきっと喜ぶ、と岳里は愛しい息子を思い出し微かに笑むが、口の端に付いているクリームでなんだか様にならない。
 苦笑しながらもテーブルナプキンを入れ物から取り、少し腰を上げてテーブル越しに拭ってやる。

「いい年して、もうっちと綺麗に食えよな。そんなんじゃりゅうの手本になれないだろ」
「……気をつける」

 本当に食事に関して岳里はいつまで経っても下手くそだ。
 箸やスプーンの持ち方は正しく綺麗で、食事を口に運ぶ様なんて顔もいい分雑誌の広告にも使えそうなくらいだ。だが、どこかがおかしいんだろう。持ち方は完璧なくせして、何故かぽろぽろと零してしまうんだ。
 今も、スプーンの底に回った溶けたアイスがぽたりとテーブルの上に垂れる。
 さっさと拭いてしまいたい気持ちに思わず身体が疼くが、どうせまたすぐ汚れるんだとここはぐっと堪える。
 何気なしに身体を捻り窓へ視線を向け、そこから見える路上の姿を眺めていると、不意に岳里が動くのを目の端で捉えた。顔を前へ戻せば、すい、とスプーンの先端が向けられる。
 その上に乗るのは、生クリームとやや溶けたバニラアイスに絡められたパイナップル。
 ――食べろ、ということなのだろうか。
 何も言おうとしない岳里はただ、スプーンを差し出し続ける。
 すぐにそれに応じることなく、視線を岳里へ移す。

「おまえ、やっぱりこの店の噂知ってるんだろ」
「知らん」

 おれの睨みなど当然岳里を怯ませられるわけもなく、しらじらしく否定して見せる。
 岳里が嘘をつく時はいつもこうだ。おれの目を見て、はっきりと答える。特に都合の悪い嘘の場合にそれは多い。
 今もおれの目をまっすぐと見つめる岳里の目にぶれはない。
 真実を告げる時ばかり目を逸らす癖のある岳里は、そのことに気が付いているんだろうか。岳里が思うよりもさらに、おれは見てるっていうのに。
 この気持ちを知ってか知らずが、岳里はさらにずいっと前に突き出し、ついに唇につけてくる。ひやりとした熱奪う冷たさにため息をひとつつき、押し付けられたスプーンを口に含む。
 その瞬間、わずかにざわめく店内。
 くそう、と思いながらも、すでに口内に収まったものを咀嚼しながら、満足げに伸ばした腕を戻す岳里を睨んだ。

「――もういらないからな」

 口の中に広がる甘みは素直においしいと思えたが、これ以上食べたいとは、おれたちを包む雰囲気が決して思わせない。
 それでも岳里はたった一口といえども食べたことで十分満足したようで、再びパフェに集中し始めた。
 異様なまでに早く減るパフェの残量を計りながら、嫌でも耳に入る周りの声に密かに身を縮めていた。

「い、今、あの人、パフェ食べたよね?」
「あの噂知らないはずないのに、え、なんで?」
「もしかしてガチ? うわ、初めて見る! どうしよう、生だよ、生!」
「あんな格好いい人なのに、うわあ……信じられないっ」
「確かに『幽玄の光』や、他の作品にも時々そういう関係の人たちが出てたけど……まさか本人がそうだったなんて……」

 ……なんだよ生って。人を珍獣か何かと思ってんのか。
 特に耳に痛く聞こえる岳里のファンがいる女子高生たちの興奮した声に、今度は意図して視線を逸らすため窓に目を向ける。肘を立て顔を預けていた手で頬を隠した。熱いと思った。それは掌が熱いのか、頬が熱いのかわからない。
 ――恐らく、おれの顔は今赤いんだろう。ちらりとこちらを窺う岳里の様子を見ればわかる。わかるからこそ、余計に喚き散らしたいような、暴れたいような感情に悩んだ。
 ふと、窓の隣の柱に貼られたポスターが目に入る。
 そこには今岳里が食べている一.五人前のフルーツパフェをややズームにして中心に写しに、その両脇に他の種類のパフェを並べ、大きくこう書かれていた。

【話題の縁結びパフェ! 好きな人と一緒に食べて、永遠を誓いませんか?】

 何も言えず、ただ視線を落として、自棄気味にぬるくなったコーヒーを一気に煽った。けれどどうしてか口の中の甘みはほんのりと残り続ける。
 ここの噂とは――もう店公認になってはいるが、口コミで広まった縁結びパフェとなるやつのことだった。
 ダブルサイズのパフェを頼んで、恋人、もしくは好きな人と一緒に食べると恋が成就したり、末永く仲良くいちゃいちゃな二人でいられたりとか、そういう類のもの。
 まだオープンして半年だから、実際は恋人未満の二人が一緒に食べて恋人に発展した、というパターンが多かったんだと思う。けれどその噂は女性をターゲットにしたこの店にはとても有益なもので、おかげさまで知名度も広がり、内装センスや接客、料理もお茶も美味しいと芋づる式に評判になっていったというわけだ。
 噂の力は強く、カップルが来れば必ずパフェは頼まれ、少しでも力にあやかろうと良い出会いがありますようにとパフェを食べる女性も多い。現におれたちとほぼ同じ時間に店内に入ったあの恋人たちもパフェを互いに食べ合わせるという、周りの視線を気にしない甘い時間を過ごしている。
 そんな中に男が二人で来て、片方がその噂のパフェを食べている。そしてそのパフェを食う男はただでさえそこらには滅多にお目にかかれない男前ときている。注目しない人がいるとすれば、まさに二人の世界に入っている恋人たちぐらいだ。
 注目を密かに集める中、おれは一口とはいえ、岳里と同じ皿のパフェを食べてしまったわけで。ポスターがそこら中に貼られた店内では、たとえ噂を知らず店に入ったとしても、そのパフェを一緒に食べると言うことの意味を知らないわけがないわけで。
 これに羞恥を感じず、何に感じればいいって言うんだ馬鹿岳里め。
 勿論岳里はこの噂を知っていて、あえてここにおれと一緒に来たんだろう。そして半ば強引に一緒にパフェを食べさせた。
 案外朝のニュース番組の間に挟まれる占いなどを少しばかり気にする岳里は、本当はこういうものに効果はなく、自分たちがそう行動しなければならないとわかっていてもやりたがる。そんなもので繋げなくても、確かめなくても。そう簡単におれたちの絆は切れないというのに。
 ――示したい、のかもしれない。
 何度も岳里だけだと伝えきた。岳里もそれを疑っているわけじゃないし、信じてくれている。でも、やっぱりどうしてもふとした時不安になることがあるんだと思う。わかっているが、でも決して人の心は不変でないということも知ってるから。
 パフェを食べたぐらいで永遠を誓うなんていうのは馬鹿げてることだってわかってる。でも何もそれを知るのはおれたちだけじゃない。本当は誰しも初めから知っていることなんだ。でも誰もが少しでも確かめ合いたくて、様々な方法で相手を引き留めたくて、本当に永遠に一緒にいたいと思い、二人でパフェを食べ合うんだろう。何せ大真面目に一生傍にいたいです、なんてなかなか言えるもんじゃない。
 ふと視線を前に戻せば、いつの間にか食べ終わっていた岳里がおれをじっと見ていた。
 無意識のうちに、口が開く。

「パフェ食うの、何もここでなくてもいいだろ? ならおれが作ってやるから。それよりも、うんとでかいやつ」

 さすがにおいしいやつを作る自信はなかったから、大きさを持ちだす。何せ質より量だ。
 素直じゃない自分自身に苦笑いをしつつ、精一杯の想いをつけ足した。

「ただし食べる時は、少しくらいおれに分けてくれよ」
「――ああ、わかった。楽しみにしている」

 結局かなり遠回しになってしまったその言葉に、けれど岳里は笑った。気の抜けた、子どものような笑顔。さすがのおれもそれに毒を抜かれ、つられてしまう。
 笑い合いながら、頭の中で浮かぶおれとりゅうと岳里の、親子三人で同じ大皿のパフェを食べる姿に、ほんの少しだけ涙が滲んだ。

 おしまい

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