1月1日


 身支度を整えた息子たちが部屋から出てきたのは、ほぼ同時。
 炬燵でまどろむおれと岳里に振り返り、りゅうは笑顔を見せた。

「じゃあ、先輩のところに行ってくるね」
「おれもダチと行くから」
「竜司、しっかり暖かくしていけ」
「わあってるよ」

 りゅうはつがいである最愛の盟約者とともに。竜司は同級生とともに初詣に行くことになっていた。コートを着ただけのりゅうとは違い、竜司はマフラーも手袋も帽子もしてしっかりと着込んでいる。さらにコートの下は何枚重なっている事だろう。
 竜司はとてもさむがりで、かつ風邪を引きやすいのだ。棚の上に常備されているマスクを引き出し、それも装着していた。
 無言で岳人が未開封のホッカイロを投げる。それを受け取ったのはりゅうだが、岳人の意を汲んですぐにそれを竜司に渡してやった。
 次男坊は顔だけが岳人にそっくりで、その他は同学年のなかでは小柄で、しかも顔に似合わずかなりの運動音痴だ。岳人がいくら手加減をしてカイロを投げたとしても、顔面キャッチが関の山だろう。反対におれに似た平凡顔のりゅうのほうは竜人ならではの身体能力を持っているので、いつも竜司のフォローをしてくれる。

「元旦だから人も多いだろうし、気をつけてな」
「行ってきます」
「行ってきますー」

 竜司はそっけないまま、りゅうは手を振りながら玄関に向かう。
 ぱたんと扉が締まると同時に、ごろりと横になった。

「さーて、子供らも夜まで帰ってこないし、あとはごろごろすっかな」

 大晦日のうちにやるべきものはすべて片付け、今日一日にはなにもしないでいいよう準備は整えてある。昼も作り置きしたものが冷蔵庫にあるから作る必要もない。年越しの瞬間はディザイアにいて、そのときみんなへの新年の挨拶を済ませているから、向こうにいくこともない。
 子供たちはもう初詣に向かったが、おれと岳人はもう少し先だ。というのも岳人の顔と長身は人ごみでも紛れることができず、ちょっとした騒ぎになるからだ。
 そうなれば他にすることもない。年始セールの買い物にいってもいいけれど、それも岳人がいると騒がれるし、おれ自身もそこまで人ごみが好きでないし。
 結局普段とそう変わらない。特番を観るのもいいが、録画していた番組を消化してしまおうかなと、横着して寝っころがったまま机の上に手を伸ばす。
 リモコンが近くにあったはずだと探ると、不意に動かしていた手を掴まれた。
 顔を向けると、おれの手を握った岳人と目があった。

「なんだよ? みかんは自分で剥いて食えよな」

 岳人と竜司は面倒くさがってよくおれやりゅうに皮をむかせる。気が向いたらやってやってもいいけれど、今はねっころがっているし、おれ自身がみかんを食べたい気分じゃない。
 てっきりそういう要求かと思っていたけれど、どうやら違うようだと気がついたのは、おれをじっと見つめる瞳に本来の金色が見え隠れしたから。そして視線がやけに熱っぽかったからだ。

「真司」

 炬燵から伸びて、横になるおれに重なる。
 ちゅっと小さく音を立てて離れた唇がなんだか気恥ずかしくて、つい睨みつけた。

「なんだよ、いきなり」
「おまえとごろごろしようと思ってな」
「……ばか」

 相変わらずおれの睨みなんてものともしない岳人は、肌を食むように首筋を唇で辿りながら、服を捲る。
 部屋の中を温かくしているとはいえ、少し肌寒さを覚えてふるりと身体が震えた。けれどもそれは寒さからだけではない。
 りゅうは大学に通い一人暮らしを始めているが、竜司はまだ中学生で、岳人に似てマイペースなところがあるからなかなか面倒がかかる。りゅうと違ってまったくの遠慮も空気を読むこともなく、どう行動するかもわからないため、あまり岳人と二人っきりと時間というものがとれることがなかった。
 今だってこうして触れあうもの久しぶりだと気づいてしまえば、岳人から与えられる快感を知る身体の奥に小さく熱が生まれるのがわかってしまった。

「ん……」

 露わになった腰を指先が撫でていく。それだけのことなのに、思わず漏れてしまった声をそのままに、岳人の首に腕を回した、そのときだ。
 ガチャリと扉が開いて、咄嗟に大きく肩を跳ねあげたおれは腕の中の岳人を抱き寄せた。
 吃驚して振り返ると、そこには岳人によく似た無表情で頬を掻く竜司の姿があった。

「りゅ、竜司!?」
「あのさー、なんかりゅうのやつが忘れ物したんだって。でも取りに行けなくて困っててさ。可哀想だったからおれが取りに来たの」

 りゅうは竜人の血が濃いからか、聴力も優れている。家の外からでも室内の音は聞こえていただろう。となると、取りに戻れなかった理由はおれたちにあって。
 早い帰宅の事情をのんびりと説明した竜司は、りゅうの部屋に入っていく。忘れ物らしい財布を持って出てくると、そのまま部屋を後にしようと取っ手に手をかけたが、固まったままのおれたちに振り返った。

「ちなみに、姫初めって二日かららしいよ」
「知っている」
「岳人! 竜司!」

 真顔で茶化してくる息子に真顔で返す岳人。冷静になどしていられるわけもなく怒鳴るも、慣れる二人は気にした様子もない。

「じゃあ、ごゆっくり~」

 手をひらひら振りながら、再び外に向かう。しっかりと玄関の扉までしまった音を聞いてから、いつまでも上に重なる岳人を引きはがして身体を起こす。
 めくれ上がった服を戻して、頭を抱えた。

「あーもう! 竜司に見られちまったじゃねーか!」
「あれくらいならまだマシだろう」
「そういう問題じゃないの!」

 岳人に似てどこかずれている竜司だが、あれでも思春期真っ只中だ。いくら竜人としてつがいとの関係に理解があるとはいえ、そうでなくても親のあれこれを見せて言いわけがないというのに。
 竜司はりゅうのように優れた聴覚を持っていないが、代わりに竜族に気配を察知されにくいという特徴があった。とくに常に傍にいる岳人は慣れからつい竜司の気配を見落としがちだ。岳人に勘付かれず傍に近寄ることのできる唯一の人間であり、だからこそ竜司が生まれてからというもの、あいつの目を盗んで岳人と触れあうということが難しくなってしまったのだ。
 それでいて当人はあんな感じで特に気にする様子もなく入ってくるから、岳人も調子に乗ることも多い。だけどだからって、堂々としていいわけもできるわけもない。
 とくにりゅうに悪いことをしてしまったと反省していると、懲りない男が後ろから抱きついてくる。
 広い腕の中にすっぽりと収まった。背中を包む温もりをしばらく無視していたが、すぐにおれが白旗を上げる。

「……もう、りゅうたちの気配ないか?」
「ああ。今度こそ向かったようだ」
「そっか」

 身を捩り、振り返って自分から唇を寄せる。触れるだけのものですぐに離したが、追いかけてきた岳人により深い口づけを与えられ、執拗なそれに容易に息は乱される。

「真司」

 耳に直接吹き込まれた低く甘い囁きに、応える代わりに岳人を抱きしめた。 
 子供たちを邪魔者扱いするつもりはないし、家族の時間というのはとても大切でかけがえのないものだけれど。
 でも、それと同じくらい〝つがいの時間〟だって大事なものだ。
 タイミングは気を付けなければならないけれど、たまにはそれを満喫したっていいだろう。
 それに――おれだって、あんまりおあずけが続くと、その……寂しいし。
 年明け早々なにやってんだろうと思うけれども。
 また今年も、今日のような穏やかで、でも少し騒がしくて。それでいて温かい日々が続きますように。

 おしまい

 

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第二子を産むか産まないかという話で、岳里と真司は随分話し合った。真司は産みたい。岳里は産みたいが、リスクを考えれば無理という意見。
岳里自身が次男として生まれ、そして親を殺してしまった過去を持つから。そんな強力な竜人は岳里の他記録には残っていないが、それでもそんな風に生まれた自分の子供だったらとなおさら恐れていた。
もし真司を失ってしまったら。後悔してもしきれないし、きっと生まれてきた子も恨んでしまうことになるだろうから。
だけれど真司の意見として、兄弟の大切さをりゅうに教えてやりたいという。たとえ仲が悪くても良くても、きっと互いに学べることはある。助け合うこともできる。
実際自分たちは兄たちに救われた。助けてももらったし、今でも相談事に乗ってもらうこともあるのだから。

なにより岳里の出生時のトラウマを少しでも緩和させたい気持ちも強かった。

最終的に真司の説得に岳里が折れる。それでも積極的になれない岳里を真司と周囲が励まし、無事に竜司が生まれる。
そのとき岳里は誕生するまでをしっかりと望んでやれなかったことを竜司に謝り、新しい家族として迎え入れる。
自分の顔にそっくりで性格までやや似ているが、彼に甘いのはそのせい。なんだかんだ可愛がっている。

竜人の能力に劣るどころか、運動神経も頭脳も並以下。しかし顔がいいため、わりとなんでも乗り切れている。
身体もやや虚弱気味で、竜体になったときの飛行時間がとても短い。飛び上がったそのまま降下しすぐに着地しなければ身体がもたない。

本人は然程気にしておらず、呑気に生きている。