どうにかなったものの、ヤマトとコガネに出鼻をくじかれ、他の隊長たちの説得も難航するかと危惧していたハヤテだったが、残りはことのほかあっさりと同意を得ていくことができた。
獣人が獣人を呼び出すのに興味を持った者もいれば、奇跡を見てみたいと低い可能性だったからこそ賭けてみようとする者、自分もジィグンにまた会いたいという者、こうしてハヤテが動くのが物珍しいとおもしろがる者と、理由は様々だった。
しかしどうにか王の出した条件である、隊長全員の賛同を獲得したハヤテは、晴れてジィグンを呼び出す召喚の儀の許可を得た。
実は初めから条件を満たせると思っていたらしい王は、ハヤテが交渉する傍らで着々と準備を進めていたらしく、とんとん拍子に話は進み、そう時間を置くことなく儀式を行う手筈が整う。
そして儀式は、アロゥが亡くなってからちょうど三十日後の今日に行われることが決まった。
儀式には呼び出す獣人の契約者となる者、見届け人である国王とその補助を務める者、様子を記録する者、そして世界を繋ぐための魔力を提供する魔術師が六名、計十名がいれば可能だ。
これまでもごく少数で行われてきたことではあるが、今回はわざわざ時間の空きを作って隊長が何人か来ていたのと、他には真司たち親子も見学にやってきていた。
獣人が獣人を呼ぶという歴史的瞬間であるからだが、なによりも皆、ジィグンの再来を待ちわびていたからだ。
初めてのことに挑戦する興奮、そして再びジィグンを呼び出せるかの期待と不安にフロゥは昨日の夜から鼻息を荒くして気合を入れていたが、ハヤテはいつものように気だるげにそこに立つだけだった。
不思議と興奮もしていないし、不安もなく、観客の多さに苛立つこともない。むしろとても穏やかな気持ちで、そのことに戸惑うほどだった。
召喚の儀式はふたつの世界を繋ぐわりには、さほど複雑な手順はない。
まず城の地下にある、この世界と異世界プレイを繋ぐ魔法陣が必要となる。
陣の中心に契約者は立ち、そこに名を己の血で書きこむ。さらにその上から、その日のうちに契約者から採取した血液を垂らし広げる。その血を道として獣人はやってくるのだ。
大量の血を消費するため、原則召喚の儀は十五歳以上の健康的な者でなければ執り行えないことになっている。特例中の特例として、若干六歳でハヤテを呼ぶことになったフロゥは、貧血がひどく、儀式後は数日間絶対安静を余儀なくされたほどだった。
下準備はこれで終わりとなる。
次に魔法陣に魔術師たちが手で触れて、魔力を直接流し込む。陣が青い光を放ち、中央に広がる赤い血までもが同色に発光したとき、ときが満ちた証である。
「いよいよだな」
誰かがそう呟いた。
淡く光る足元を見て、ハヤテは何故だか懐かしい気持ちになった。
光の先に、かつて自分が眠っていた世界があるからだろうか。
その世界には数え切れぬほどの獣人たちがまだ眠っていて、そのなかからたったひとりを自分が選び、そして自分を選んでやってくる。誰が来るのかは引き上げるまでわからない。
「では、ハヤテよ。異世界からおまえの獣人を――連れ戻せ」
本来は呼び出せ、というところを、あえて変えた王に頷き、ハヤテはその場にしゃがみ込む。
指先が光る地面に触れる。しかし感覚はなく、押し進めるとそのままするすると腕は光の中に入っていく。
感覚はなにもない。熱くもなければ寒くもなく、地面の中であるという感じでもなく、まるで宙に腕を伸ばしているだけのようだ。
掻きまわすように動かしてみるが、触れるものはない。諦めずより深く腕を押し込む。
指先になにかが触れる。
それをしっかりと掴んで、力の限りで引き上げた。
(――……来い!)
ばさっと、まるで水面から出てきたように音を上げながら、ハヤテにつかまれた者が引きずり出された。そこへすぐさま、儀式の補助を担当するネルが手にしていた大判の毛布を広げて投げつける。召喚されたばかりの獣人は衣服を纏ってはおらず、裸身であるからだ。
顔が見えないまま引きずり出した者を腕に抱え込む。
このときすでに、触れたことのある身体の弾力、重み、匂い――誰であるかを確信していたが、そっと頭までかかった毛布をまくって顔を確認する。
そこには、目を閉じ眠るジィグンがいた。いつもの無精ひげを顎に散らして、今にもいびきをあげそうに心地よさそうに、最後に見た姿となんら変わらずに確かにこの腕にいた。
なにか想いがこみ上げるよりもはやく、ぶわりと心が熱くなる。
そっと頬に手を伸ばして素肌に触れると、温かかった。すうすうと寝息を立てて、ここまでの苦労をなにも知らずに目覚めを待っている。その姿に無意識に張り詰めていた緊張の糸が解けて、全身から力が抜けていく。
安堵を覚える姿でさえ不器用そうなハヤテに、周りの者たちはときに涙ぐみながら、奇跡が起きたことを今はただ口を閉ざしで喜んだ。
「――ハヤテ、契約の血を、その者に――」
つい微笑ながらも、儀式を続行しようとする王の言葉の途中で、ハヤテは動く。
ジィグンの顎を掴み、指に力を籠めて小さく口を開かせる。
本来はそこで己の血を口の中に垂らしてやるところだが、ハヤテはそのまま顔を落としてジィグンに口付けた。
舌を差し入れ、直接自分の唾液を流し込む。
これまで和やかになっていた雰囲気は一変して、その光景に皆仰天し、真司は慌てて岳人に抱えられているりゅうの目を塞ぐ。
ハヤテが舌を動かすと、重なった場所からくちりと音が立つ。
角度を変えてより深くもぐりこんだその時、それまで力なかった相手の舌がわずかに動いた。
「――ん」
反応があったことで、ハヤテは後ろ頭を押さえこむ。先程とは違って遠慮をせず、呼吸を奪うように激しく貪り始めた。
「ふ……ん――――ん? んんっ!?」
初めは緩く押し返していた舌だが、だんだん意識がはっきりしてきたのか、唐突にジィグンは目を開く。
とりあえずは口づけをされている、しかも舌まで入っているという事実を認識して、咄嗟に腕を突っぱねられるが、腕力の差で離れることができない。
ようやく口が離れて、まともに吸えた酸素を胸いっぱいに取り込む。そして意識がないところを襲った相手を睨み、口づけの主がハヤテであることを知り、ますますわけがわからないと顔に描くよう困惑する。
「な、なんでおまえが、こんな……」
戸惑うジィグンに再び迫って、強引に唇を重ねた。
唇は頑なに結ばれていたが、何度も割れ目を舐めてなぞった。
舌にかかる鼻息が随分荒くなった頃に、耐え切れなくなったジィグンが唇を緩める。その隙を逃さず、肉厚な舌をねじ込んだ。
「……ぅ、ン……んっ」
逃げる身体を押さえつけ、抵抗もものともせずに我が物顔で狭いジィグンの口内を蹂躙していく。
逃げる舌を追いかけ絡め、ひとつひとつを数えるよう歯列をじっくりなぞった。
疲れてジィグンの抵抗が大分弱まったこところ、ようやくハヤテは口を離して顔を上げる。濡れた口の端を舐めとるが、酸欠ぎみのジィグンにそんな余裕はなく、抗議すらできないまま息をするのも精一杯の様子でぐったりとしていた。
そんなジィグンを毛布にしっかりと包み、横抱きにして抱え上げる。
「うおっ」
突然の浮遊感に、咄嗟にジィグンはハヤテにしがみついた。けれどもすぐに我に返って突っぱねるも、落とすぞ、と言えば抵抗は弱まる。
「おいっ、ちゃんと説明しろよ! どういうことだよ、これは! どこにつれていくんだ!」
それでもぎゃんぎゃんと相変わらずうるさい声に顔を顰めながら、それまで呆然と成り行きを見守っていた外野を放って、ハヤテはひとり歩き出した。
その後ろ姿を見て、はっと我に返ったフロゥが笑顔で叫んだ。
「久しぶりなんだから、無理をさせちゃだめだよ!」
その言葉に、まだ幼いりゅう以外がハヤテの意図を察する。
しばし皆で顔を合わせて、やがて耐え切れぬよう、誰からともなく噴き出した。
フロゥとハヤテの部屋に辿り着き、抱えていたジィグンを寝台へ放り投げた。
毛布が頭を覆ってじたばたしている上に覆い被さったところで、ようやく顔から布を剥がして睨みつけてくる。
「いい加減説明しろよ! どういう状況なんだよこれはっ」
噛みつきそうな勢いのまま起き上がろうとしたジィグンの両腕を掴み、寝台へと押しつける。
身動きを封じられ再び喚こうとした唇を、同じ唇で塞いだ。
「ん、むっ」
抗議のために開きかけていた合間に強引に舌をねじ込み、逃げる舌先を追いかける。
腕を押し返そうとされるが、上からの圧ともとからの腕力の差から逃げられるはずもない。
ジィグンの抵抗が止むまで口内を堪能し、力がほとんどなくなったところで唇を離した。
「なんでっ……こんなこと、今までしたことなんてねえだろうが!」
顔を真っ赤にして息を荒げるジィグンは、それでもそのまなざしの強さだけは弱まることはない。深い混乱と驚き、怒り――その奥に、身体の芯に灯された灯される情欲の炎が揺らいでいる。
吸い寄せられるようもう一度頭を下そうとしたところで、両手を拘束されたままのジィグンは頭突きをした。
ごつ、と鈍い音がして、咄嗟に片手で頭を押さえる。
「てめえ……」
「最低限の説明! どういうことなんだよ、なんでおれはまたここにいるんだ? だって、アロゥはもう――」
ふと言葉の途中でジィグンは目を伏せる。
「アロゥは死んだ。おまえもプレイに戻った。だけど、また召喚した」
「召喚って……まさか、おまえが?」
自分が目覚めたときを思い出したのだろう。獣人が目覚めた瞬間、一番初めに会うのは呼び出した者だ。そしてジィグンは口づけの最中に目を覚ました。契約に必要な契約主の体液を与えられているその瞬間に起きたのだから、自分を呼び出した相手を間違えようがない。
しかし相手は同じ獣人であるハヤテ。さすがの事態に頭の整理が追いつかないジィグンは、決定的証拠を覚えていてもなお信じかねているようだった。
そこでハヤテは、右手を伸ばしてそっとジィグンの首裏を擦る。
その瞬間、びくりと触れた身体が震えた。
「え……あ――」
もう一度擦ると、じわりとジィグンの頬が染まっていき、そして目尻に薄らと涙が溜まる。
明らかに快楽を感じる自分の身体に、ジィグンは戸惑いを隠しきれずにいた。
「あ、うっ……な、なんでっ」
「おれとおまえが契約したから、おれの証がそこに出たんだろ。契約した者が証に触れるとき、そこは強い快感を生む――おれたちの常識だろうが」
そうっと何度も肌を撫でるたび、ハヤテの下でびくびくとジィグンの身体が震える。
与えられる刺激から逃れようとハヤテの肩を押すが、その腕にはまるで力が入っていない。ただ身を縮めていくしかできないジィグンを押さえつけ、股間に膝頭を押しつけた。
「いっ――」
すでに勃ちあがっているジィグンのものには確かなかたさがあった。そのままぐりぐり刺激すると、布一枚挟んだだけのそれがさらに張り詰めていくのがわかる。
だからこそジィグンも慌ててハヤテを制そうとする。
「待てよ、まだ、話は終わってねえだろが」
「うるせえ、溜まってんだよ。あとでいくらでもフロゥから聞けんだろうが」
低く唸ると、強く睨んでいたジィグンだが、やがて諦めて溜め息をついた。
こうなってはいくら説得しようとも抵抗しようとも無駄だということは、これまでの経験で悟ったのだろう。不本意そうにしながらも、ゆるゆると力を抜いていく。
大人しく従う姿に満足をしたハヤテは、適当に巻きつけていた布を剥いでいく。
「……久しぶりなんだから、すこし時間くれよ。さっさと慣らしちまうからよ」
勝手に起き上がろうとする身体をひっくり返すと、ジィグンはじたばたと暴れ出した。
「ちょ、いきなりは無理だって! はじめてのときみたいなのはごめんだぞ!」
はじめてのとき、というのは、はじめてハヤテに抱かれたときのことだろう。そのときは性事の知識の欠けたハヤテが強引に襲いかかって血を見たのだ。
最終的にジィグンは痔になってしばらくできなかった挙句、アロゥにも延々と説教をされたのだった。
以降はどこに連れ込まれた際、ジィグンが自分から身体を解すか、ハヤテが最低限に慣らしてやるかのどちらかだった。
これまでは頻繁にハヤテが連れ出し行為に及んでいたので、濡らして少し解せばすぐに挿入できるほど、そこは柔らかくなっていた。しかし今のジィグンは再び召喚された、つまり身体を再構築しているため、記憶はあっても行為そのものは初体験の身体なのだ。
再び流血沙汰になり痔で苦しむのはごめんだぞ、と色気もなにもない。そのことについて心に傷を負わせたことを本来深く反省すべきハヤテは、けれども悪びれることもなく舌を打った。
「本当にうるせえやつだな」
なんなくジィグンを押さえつけ、そう広くはない背に口づける。
その唇が肌に触れた途端、ぴたりと抵抗は止んだ。
「いいから大人しくしてろ。――傷つけようとか、思ってねえよ」
耳元でささやいて、押さえつけていた両手をそうっと解放させる。また暴れられたら縛ってしまおうと思ったが、これまでの抵抗が嘘のように大人しいままだった。
身体を起こして、小柄な男を見下ろす。
見慣れた後ろ姿だ。いつもこの身体を穿ち、性欲を発散させてきた。筋肉はあるが酒と食事が大好きなおかげでやや肉付きがいい。腰は細めで、臀部はきゅっと締まっている。
逃げ出す後ろ姿に何故だかいつも欲情した。それは彼が鼠の獣人であり、そして自分が鷲の獣人である性のせいだと思っていた。逃げる獲物を狙う狩人だったからだと。鼠であっても獣人である仲間で小欲を満たすのはまずいから、それを性欲に変えただけだと。
だがおかしな話だ。食欲と性欲は同じ欲求だとしても、似ているだけで同じにはならない。食べ物相手に欲情することなどないのだから。
ならば何故、こんなにも彼の背中に熱を感じたのか。どんなに暴れられても押さえつけ、止めてくれと言われても強引にねじ込んで。熱に浮かされたように、何度も腰を穿った。それは一度や二度のことではなく、最後には背中を見ただけで条件反射のように情欲が掻きたてられた。
彼の首裏に、以前はなかった〝鳥〟の文字が浮かびあがっている。己の首にもあるそれは紛れもなくハヤテと契約を交わした証。それに触れられ反応したのがなによりの証だ。
証を擦ったときの反応を、快楽にとろけた顔を思い出す。それに、最後のときにみせたあの一人善がる表情が重なった。
「――なんで、あんなことしたんだよ」
背中に掌を当てながら、ぽつりと問いかける。
「あんなこと……?」
「おれの上に乗っかってきただろ。これまでてめえからしようとしたことなんてなかっただろうが」
「ああ、それのことか」
合点のいったジィグンは、けれども苦笑交じりに、なんでだろうなと言った。
「はあ?」
「わかんねえんだよ、おれにも。アロゥが死にかけだってときに、残った時間は少ないのに、やらなきゃなんねえこと、伝えなきゃなんねえことは山ほどあったのに――それでもなんだか、おまえが気になっちまったんだよ」
「なんだよそれ」
求めていた答えとはどうも違うあいまいな返事に、ハヤテは眉を寄せて声音に不機嫌を乗せる。
「おれにだってわかんねえんだって。でも――」
もぞもぞと動いたジィグンは、仰向けになった。そして覆い被さるハヤテを見つめて、手を伸ばす。
「おまえのここに、おれを残したかったのかも知んねえな」
そっと胸に触れて、そこを見つめながら笑った。
「おまえに抱いている感情が、よくわかんねえんだよ。おまえを知れば知るほどわかんなくなった。はじめはただ、クソ餓鬼でいやなやつだっただけだったのにな。矛盾だらけで可哀想なくらいだ。でも、自分じゃそれがわからなくて――おまえほど世話がかかるやつは初めてだよ。残して消えちまうのが不安だったくらいにはな」
言葉の意味が理解できずにいるハヤテと視線を絡めて、今度はジィグンが問いかけた。
「なあ、おまえはなんでおれを呼んだんだ?」
「――わからねえ」
「おまえだってわからねえんじゃねえか」
からりと笑われて、ついむっと顔を顰める。けれどジィグンは変わらず穏やかな表情だった。
胸から手が離れて、代わりに両頬がてのひらに包まれた。
「おれがいなくて、寂しかったか?」
にっと歯を出し笑う姿に、ふとハヤテはなにかがすとんと胸に落ちたかのように、ようやく実感した。
ああ、本当にここにいる。
ジィグンが、ここで生きている。
「――……」
問いに応えず、彼の唇を重ねた。
「ん……」
触れるだけですぐに離れると、ジィグンは肩を揺らして笑う。
「おまえがキスしてくるなんて、なんか、変な気分だな。てっきり知らないのかと思ってたぜ」
「――ひどくされたくないなら少しは黙れっつうの」
からかう言葉が照れ隠しとも気づかずに、ハヤテは舌打ちをすると、剥き出しの乳頭をぎゅっと指先で摘まみ上げた。
「いっ――」
すぐに力を緩めて柔く押しつぶすと、咄嗟に強張った身体から力を抜いて、怪訝な眼差しを向けてきた。
「……っ本当に、どうしちまったんだよ……いつもは突っ込んで終わりなやつが、どういう風の吹き回しだ」
無視して胸の粒を円を描くよう指先で押してやると、身体がわなわな震える。
「ふ……っ」
こんなところで本当に気持ちよくなるのかと思っていたが、良さそうな表情をするジィグンにやつらの話は本当だったらしいと妙な感心を覚えた。
ぴんと芯を持ち始めたそこをしつこく弄っていると、ジィグンは目を閉じて手の甲で口を押さえる。
次第に吐息に熱が籠もっていくのがわかる。
浅く上下する胸に色づく突起に、誘われるように顔を落として、右側に吸い付いた。