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 ルカ国所属第七部隊、別名治癒隊に入隊したばかりの新人見習いはまず、国中の女と子どもが集められ保護されているバノン・ラーゲにて三か月の研修期間が設けられている。そこで男女の身体を学び、一般人では決して見ることのできない人の出生の瞬間を実際に目で見て己の身体で体感して様々な物事を覚えるのだ。その後城勤めとしてさらに三か月の研修をし、晴れてようやく新人は見習いという文字を取られて一隊員として国に仕えることになる。人の治療を目的とする七番隊の中にはバノン・ラーゲに配属される者もおり、女の園と国とで研修を行うのは適正検査を兼ねているからでもあった。
 先日バノン・ラーゲに足を踏み入れた七番隊新人見習いの集団の一人である茶髪の少年は、治癒術師の卵である仲間たちの代表となりとある女性の出産の補助をすることになった。他の者たちは初めての出産の様子を、苦しげな女の悲鳴に離れたところから固唾を飲み見守る。母体の負担は大きいと座学で学び理解はしていたが、実際痛みに呻く現実の声を聞けば顔を真っ青にするのも仕方がないことだろう。
 そんな仲間たちと離れた場所で、見習いの中では凡な成績であるものの治癒術の実力は申し分ないとされている少年は、まるで初めての出産立ち会いとは思えぬ冷静さで助産師である老婆たちの指示に従い動いていた。
 生命の誕生という命がけの行為の中、状況を見守る者は多かれども懸命に痛みに耐える女に声をかけるのはその周囲で忙しなく動く者たちだけだ。茶髪の少年も言葉をかけ、頭が見えた、肩が、身体が、あと少しだと力強く励ましていく。
 これまでに五人の子の出産を経験しているふくよかな女は、決してゆとりのある表情は作れないものの、汗で肌に髪を貼りつかせながらも痛みに耐えて頷きで応える。
 やがて張り詰めた空気の室内に赤子の泣き声が響き渡った。威勢のいいそれに誰もが無意識に詰めていた息を吐き出し、頬を緩まし、安堵に染まる。だがこれまで手際よく動いていた少年だけが、周囲とは少し様子を違えていた。
 真っ赤な全身の赤子をその手で取り上げたのが彼であったが、初めは産声に顔を緩ませていた少年はよくよく赤子の顔を見るなり、まるで緊張したように、どこか驚いたかのように目を瞠っていた。しかしすぐに我に返ったように仲間たちに笑顔を見せると、母親の腹の上に赤子を寝かせてやる。
 山場は越えたと、助産師たちと手伝いである一人の少年は周囲の片付けや産湯の準備を整えていく。やがて胎盤まで出し切り力尽き眠りについた母の上から赤子を取り、産湯で汚れを洗い流し真新しい清潔な布で身体を包む。
 初めての手伝いながらに大いに健闘した少年に労いの言葉をかけ、しばらくこの世に生誕したばかりの赤子を抱え、ゆっくりしていなさいと助産師の老婆に声をかけられる。少年は邪魔にならないよう母親の眠る寝台の脇まで避け、改めて腕の中の小さくも温かく、力強い存在に目を落とした。
 やがてぽつりと、少年の口から言葉が漏れる。

「――なんだよ、会ったら、たくさん文句、言ってやろうって――」

 不意に、少年の瞳からほろりと涙が零れる。それは赤子を包む布にいくつも落ちては染み込んでいく。
 震える肩にそっと小柄な老婆の手がかかった。恐らく呟く声など耳に届いていなかったのであろう彼女は、少年が生物の誕生の神秘に触れ涙していると思っているのだろう。
 頑張ったねえ、と分娩中に飛ばしていた鋭い声などどこにもない穏やかな声を残して去っていく。果たしてそれは手伝いの少年か、困難を乗り越え生まれてきた赤子か。どちらにかけた言葉なのだろう。
 少年は震える指先を伸ばし、しわくちゃの顔の目元をそっと撫でる。面影などまるでないはずなのに、彼の脳裏にいつでも離れることなく居座るふてぶてしい顔と重なった。
 ずるい。そう思った。まさかこんな形で再会を果たすとは誰が想像できただろうか。
 同い年とまではいかない。だがお互いがお互いに気が付き、あっと声を上げているような、驚くあの人とその阿呆面を眺めてほくそ笑む自分を思い浮かべていたはずなのに。この世の空気を肺に詰め込んだばかりの赤子相手に驚く顔など見られるわけもない。
 ありったけの文句を考えていたのに。言いたいことは沢山あったのに。それなのに、こうして見えてみれば何一つ言えず、あれだけあった言葉がひとつひとつ涙となって流れていく。
 それじゃあ癪だと口を開いてみても、ついにはそこから嗚咽が零れた。
 きっと、こんな姿でなかったとしても、これでは、こんなに再会に歓喜する身体では、到底文句など言えなかっただろう。契約を結んだ際あれだけ大見得切った手前、反対に驚かされる結果となった自分をあの彼には笑われるのだろうと少年は泣き笑いする。
 しばらく少年は産声を上げて以降やけに大人しくしている赤子を抱えたまま、その子に穏やかな笑みを向けながらも涙を落とし続けた。