「す、好きです……つつつ、っ付き合ってください……っ」
「――マジ?」
俯くおれに彼の表情は見えない。でもその声色から、意思の確認というよりも、真意であるのか疑っていることがよくわかるものだった。
同じ高校で学年も一緒だけど、クラスは違うし今まで付き合いがなかった。しかも相手はおれの存在を知っているかも怪しいような状況で、そんな知り合いとも言えない相手の、しかもさえない男からいきなり告白されたのだ。さらには告白してきた側の顔色は興奮に紅潮どころか青を通り越して白く、今にも倒れそうともなれば、本気で告白してきているなんて思えないもの無理はない。
悲壮感さえも漂う姿は、玉砕覚悟の告白にも、思い出をもらいたいだけにも見えないだろう。
でも、決死の覚悟を持って挑んだことは本当だ。
こくこくと頷くので精一杯なおれに、彼は長いため息をついた。
鬱陶しがられているわけではないのはわかっている。勘違いされやすいが、長いため息は熟考するときの彼の癖だ。本人も印象が悪いので気にして直そうとしているのを知っていた。
努力の成果で最近は減っていたその癖が出ているのは、それだけ困惑させてしまったからなのかもしれない。
迷惑をかけている――予想の範囲内だけど、ぎゅっと喉の奥が締まる気がした。
明るく場を変えたいのに、何も言えず、ただ彼の言葉を待つしかない。
「……もしかして、罰ゲーム、とか?」
気遣うような、震える身体にそっと毛布をかけるような優しい声に、再びこくりと頷く。
「そっか。そういうこと」
――嘘だ。
納得したらしい彼に、でも言葉にはできず内心で反論した。
その優しさはうれしい。けれどもおれは寒さで震えているわけではない。必要なのは毛布じゃないのだ。
告白は罰ゲームなんかじゃなかった。いや、正確には罰ゲームみたいなものなんだけど、でもそうじゃない。
本当に彼が好きなのに、眺めるばかりだったおれの背中を幼なじみが押してくれた結果だった。
もしもの時のために言い訳を、逃げ道を用意してくれてたんだ。
気味悪がられたり、手酷く拒絶されるようなら、実は罰ゲー厶だったと言えるように。巻き込んでゴメンね、本気じゃないよって笑えるように。
好きになったきっかけは、他人からすれば鼻で笑えるようなものだ。
――道で転んだところを、助けてくれたのがきっかけだったなんて。周りにいる生徒たちがくすくすとどんくさいおれを笑うなか、彼だけはそっと手を差し伸べてくれた。保健室まで手を引いて、手当てまでしてくれた。
ただ、それだけ。自分のチョロさはよくわかってる。
でも芽生えたときめきは彼を知るほど育っていって、もう背中で隠せないほど盛大に花を咲かせてしまった。だから幼なじみにもバレだんだ。
「わかった。その罰ゲーム、付き合うよ」
「そうだよね、ありが……へ?」
思わず頭を上げると、晴れ晴れしい彼の笑みに驚きも一瞬忘れた。
てっきり憐憫でも浮かんでいるのかと思ったのに、普段は表情の乏しいはずの彼の 珍しい顔に目を奪われる。
「うまくいったんだって見せつけてやろうぜ、その悪趣味やろーにさ」
「え、あ……えっ、と……」
なんでそんな機嫌が良さそうなのかとか、ひどいレッテルを貼り付けられた幼なじみへの謝罪と、彼の言葉の意味と、やっぱり綺麗な笑顔と――
「ま、マジ?」
ぐるぐる悩んだ末に、ようやく一言だけ絞り出す。
「俺も好きです、付き合ってください」
にっと歯を見せ無邪気に笑う彼に、一瞬にして心臓が爆発するのかと思うほど激しく打ち鳴らされる。
差し出された手を凝視して、でも見つめているのにすぐに返せない。
頭の中は混乱で一杯だった。
この手を取ればきっと後悔することになるだろうし、真実が明かされたときはむしろ嫌われるかもしれない。
それならこの縁をどうにか繋いで友達になるほうがいいんじゃないだろうか。少なくとも恋人のふりができるくらいには嫌われてないのだし。
冷静に打算するその裏側で、みっともない本能が叫んだ。
――一時でいい。たとえ同情でも、勘違いでもいい。
ほんの少しの間でも、夢が叶うのなら。
彼の恋人もどきだとしても、なれるのなら。
伸ばしかけた手を、けれどもいったん引き戻してジャケットの裾でてのひらを拭う。
「よ、よろしく、お願いします……」
それからそっと彼の手に触れようと近づくと、向こうからさらうように力強く握手が交わされた。
彼と触れたのは、転んで手当てしてもらってから初めてで、つまりはまだ二度目。でももうないと思っていた。
自分よりも大きく温かい手に舞い上がっていると、不意に重なったおれの手ごと彼のほうへと引き寄せられる。
ちゅ、っと軽い音がして、おれの手の甲に触れた唇が離れる。
ただでさえ興奮状態にあった脳は、突然のキスに思考を完全に停止した。
けれど周りの時間は止まっていない。
笑顔の大盤振る舞い中の気前のいい彼は、不敵に目を細めた。
「ひとつだけ言っておくけど」
それはまるで、獲物を狙う肉食獣のようで。
まだ頭は真っ白なのに、本能的に何かを感じた身体がごくりとのどを鳴らす。
「罰ゲーム遊びにも付き合うけど、さっき言ったのも本当だから」
「……は、はひ?」
「本当に付き合っちゃいけないなんてこと、ないだろ?」
「は、はひ……」
「俺の告白に、よろしくお願いしますって言ってくれたもんな?」
「は、はひぃぃぃっ」
ひねり出した叫びは喜びの肯定か、困惑の悲鳴だったのか。
それは今のおれ自身よくわからない。
でもわかることがひとつだけある。
――波乱はこれから、ということだ。