【習作4】わかりにくい人

 

 先輩のことが好きで、ただずっと追いかけてきた。

 出会ってから変わらず無口で愛想もないままだけど、ちょっとずつ笑ってくれるようになったし、向こうから話を振ってくれるのも増えていたんだ。
 嫌われているわけじゃない、着実に心を開いてくれている――そう思ったのに。

「先輩とお昼食べるの、今日で最後にします」


 ゆっくりとした動きで頭を上げた先輩の顔には、予想通り驚きも戸惑いもなかった。


「てか、帰りとかももういいんで。今まで付きまとってすみませんでした」


 やはり何の言葉も返って来なかったけれど、眼差しが静かにおれを捉えたまま逸らされない。

 きっと理由を問われているのだと、そう思いたいのは身勝手な希望からだ。まだ興味を持ってもらえてるって。

「俺、先輩のこと好きだって言い続けてきましたよね」


 一瞬、長めの前髪に隠れた先輩の瞳が揺らいだ気がした。


「嫌われてないってのはわかってるんで、いっそ友達になれたならーとも考えたんだけど。やっぱ俺にはそれじゃ足りないし。でも先輩に恋人いないなら我慢できたし、まだ希望もあるから頑張んぞーって思えたんですけど……」


 こんな話を聞きたいと本当に思ってもらえてるのか。

 見えた気がした揺らぎもすぐに見失い、情けなくもどんどん自分の声が小さくなっていく。

「でも、先輩が誰かのものになるなら、そばにいられない」

「……誰かの?」

 ここで初めて先輩が、口を開いた。


「毎晩、ハルタってやつが来てるでしょ。休みも一緒だって、先輩嬉しそうにしてたじゃん」


 口の端をちょっとだけ持ち上げるだけの、ささやかなその笑顔が好きだった。

 俺じゃなきゃ見落としちゃいそうなそれは、空っぽだと思っていた宝箱に綺麗な硝子玉が残されているのを見つけた気分にさせられた。
 誰も気づかなかったのか、それとも価値を見いだせなかったのか。それでも俺にとってはとてつもなく綺麗で、繊細で、かけがえのないものだった。
 でも先輩が、悪者退治でいつも自分を救ってくれる勇敢ででも寝姿が可愛いハルタ、なる男をとても優しい表情で語るものだから。
 口の端は俺の話で笑ってくれるより柔かげだったから。
 俺は先輩が、そんな悪い奴らに危険な目に会ってたなんてことも知らずに、呑気に明日先輩に会ったらどう笑ってもらおう、なんて呑気に考えるだけだったから。
 寝顔を知り合うなかでもないから――
 もしかして結構好かれているんじゃないかと思うこともあった。でも結局は、自分がそう思いたかっただけだったんだろう。

「じゃあ、今までありがとうございました。そいつと幸せになってください」


 せめて人の幸せを願えるいいやつだったと思えるように、俺は精一杯の笑顔を見せる。

 ――でももし、先輩を悲しませるようなことがあれば、絶対にさらってやる。
 そんな静かな闘志を笑みの裏に隠して。
 今は失恋の痛みが強すぎて傍にはいられないけれど、完全に諦めるつもりはさらさらない。
 これからは陰ながら見守って、チャンスがあれば飛びつくつもりだ。
 俺だって先輩の他にもいい人がいれば、なんて思うけど、でも今のところ先輩への未練しかない。この瞬間だって、ごめんなさいそいつとは別れて俺と付き合ってください、と頭を下げてすがりたい気分だ。
 そんな名残惜しい気持ちを振り切って去ろうとした俺の腕を、先輩がつかんで引き留める。
 そして、思いがけない言葉を聞いた。

「ど、どうして? 甥っ子と遊ばないほうがよかった?」


 いつもはすんと動じない表情を歪ませ、その目尻からは今にも涙をこぼしそうにしながらすがられて。

 ここでようやく、自分が盛大な勘違いをしたと気づいた。
 情けないとか馬鹿だとか自分を責める言葉はわっと頭を駆け巡ったのだけど、今はただ謝り倒して愚かな嫉妬で傷つけたことをどうにか許してもらう。
 家庭の事情で一時的に預かっているという、悪の軍団を倒すちびっ子勇者にも、今度お詫びのプリンを進呈することを約束して。
 今度お家にお呼ばれする話をしながら、ようやく手に入れた愛しい恋人の手
をきゅっと握りしめた。


【おまけ】

「ごめんね、おれ、とろくて。すぐにいつも、反応できなくて。おまえがいつも色々してくれてたのに、受け取るばかりで、何も返せなくて……。そんなんじゃ呆れられてもしかたないよな」
「せ、先輩……あの……」
「い、今更、だけど……もう、そっちに気持ちはないかもだけど。今度は俺が、頑張るから。おまえが頑張ってくれた分、次は俺が追いかけるから。だ、だからその……これまでみたいにお昼一緒に食べたいとか、わがまま言わないから。少しでいいから、会いに行ってもいい?」

 甥との関係を勘違いされていただなんて知らない先輩に、やっぱり俺は土下座してこれまで通り一緒にご飯も食べるし帰りも行かせてほしいと懇願した。
 好きな人を泣かせたという罪悪感で押しつぶされそうなのに、それでも顔が緩みそうになるのも許してほしい。だって、これまで聞いたことないくらい重ねられた先輩の言葉は、紛れもなくおれへの好きがあふれていたから。
 だからその切なげな表情に後押しされて、

「できることならやっぱり恋人として付き合ってほしいです!」


 と叫んでしまうのも仕方ないと許してほしい。

 お願いします! のダメ押しに、涙を止めてきょとんとした後、先輩が嬉しそうに笑う。
 これまで見たどの笑顔より一層柔らかなその笑みに、やはり心を射抜かれるのだった。
 もう二度と、こんな風に自分を卑下させたりしないし、泣かせたりするもんか!