15

 

 時折いたずらをするように春一を翻弄してくるフェリクスに踊らされつつ、二人は王都を回って楽しんだ。
 美味しいものも食べて、珍しいものも見て、かつこっそりと実行していったまじないも想定より順調に消化していく。
 城を出てすぐは気合いを入れるあまり少々空回りしていたが、途中からは素直に散策を楽しむことができたおかげでかなり満喫した。

「みんなへ贈るものも買えてよかった」


 フェリクスにはお世話になった人たちへ贈るもの、と言って買ったものは密かに周囲を警戒してくれている護衛に預けた。荷物持ちをさせてしまって申し訳なく思うが、今回はフェリクスと心置きなく楽しむことを優先させてもらう。

 今日の結果がどうであれ、ひとつの区切りが近づいていることは間違いない。春一は帰るつもりはないので別れの品ではなく、単純にこれまでの感謝の気持ちとして贈るつもりだ。だがもし予定通りになったなら、それはやはりさよならに添える感謝の品にすればいい。
 最後はフェリクスへの癒しの提供として枕屋に行くだけだ。
 その前にどこかで休憩でもしようかと手ごろな店を探していたとき、ふとフェリクスの視線に気がついた。

「なあ、あの店に行ってみようか?」


 視線の先にあるのは魔石屋だ。

 魔石はフェリクスの研究対象のひとつなので、興味があるのかもしれない。

「まだ枕屋の予約まで時間あるし、ゆっくり見ていいぞ」

「いや――いえ、そうですね。ちょっと寄らせてもらいます」

 フェリクスに続いて店内に入ると、新しい客に気がついた店主が頭を下げた。


「いらっしゃいませ。どうぞお好きにご覧ください。何かございましたらお気軽にお声掛けくださいませ」


 店主は客から求められなければ接客はしないらしく、挨拶が終わるとカウンターのなかから移動することなく、手元の作業に戻っていた。

 それほど広くない店内では他に数人の客がじっくりと魔石を手に取り眺めている。その目つきは鋭く、誰もが手元の石を吟味しているようだ。

「フェリクス。おれのことは気にせず、ゆっくり見ていいからな」


 周囲の気を散らさないよう小声で話しかけ、返事を受ける前にするりとフェリクスから離れて適当に店内を眺めることにした。

 とはいえ、春一は魔石のことなどさっぱりわからないので、いかにも職人気質で硬質な雰囲気のある周りの客から浮いてしまっている。ちらりとフェリクスに目を向ければ、早速カウンターに並べられた魔石に集中しているようで、すぐに周囲に溶け込んでいた。
 フェリクスが見ているところはひとつひとつ等間隔に見やすく魔石が並べられているし、店主の目がきっちり届く場所にあるので、きっと店の中でも高価なものであるのだろう。
 春一は入口近くに移動し、籠にごちゃりと詰められた魔石を覗き込む。店内に並ぶものはそれぞれ小さな箱に種別やある程度揃った大きさごとにまとめられているのに対し、今眺めているものは宝石のように美しく輝くものもあれば、そこらへんに転がって転がっていそうな素朴なものまで雑多にあった。大きさはどれも指先でつまめるほどのもので、魔石の中でもかなり安価なものばかりのようだ。
 小さければ魔石の性質が弱いうえに、術式を刻みづらく、加工する手間を考えると割に合わないらしい。価格を見てもたいした額ではなく、魔石として売り出されているより、ただ綺麗な石として販売されているようだった。
 暇なので知り合いの瞳の色に似たものを探して遊んでいると、つい手に取ってしまうのが同じ色合いばかりであるのに気づき、一人内心で苦笑した。
 ――折角だからなにか買おうか。単純に、ただきれいだから。
 そう思いながら青色の魔石を見つめていると、カラン、と入口のベルが軽やかな音を立てて新しい来店客の訪れを知らせる。
 ちらりと目を向けて見れば、春一と同じく店の雰囲気からやや浮いているような老婦人が入ってくるところだった。
 彼女は他の客のように周囲にある魔石に目をやることなく、店主のもとにまっすぐ向かう。

「火の魔術石を探しているのだけれど、料理に使うのにちょうどいいものを見せてもらえないかしら」

「ああ、すみません。うちは魔石屋でして」
「あらそうでしたの。それはごめんなさい。わたしってば、あまり詳しくないもので……」

 魔石とは、魔力を増幅させたり変質させたりする性質を持つ石の総称だ。ただしそのままではあまり効力はなく、魔石に術式を刻むことによって石の持つ力を高めることができる。そうして専用の道具で加工した魔石は魔術石と呼ばれた。さらに出力を調整するための魔道具に仕込むことで魔法によく似た魔術が自在に扱えるようになるのだ。

 老婦人は加工された魔石である、魔術石のほうを求めてやってきたらしい。
 魔石と魔術石がどちらも置いてある店舗もあるが、どうやらこの店は魔石専門のようだ。そのため客層は自ら魔術石に加工する職人が主になるが、老婦人のようによくわからないまま入り込んでしまう者も多いのだろう。店主は戸惑う彼女に慣れた様子で対応している。

「魔術石屋は店を出て左に行った先にありますよ。それほど離れていませんし、看板が出ているからすぐにわかると思います。店主いいやつなのでおすすめしますよ」

「ご親切にどうも。ごめんなさいね、何も買わず」
「いえいえ、実は教えたところは幼馴染の店でしてね。うちの魔石を使ってもらってるので、巡り巡ってうちの得なんですよ」
「あらあら、それなら他にも買い揃えようと思っていたから、そちらを使わせてもらうわね」
「それはありがたいです。ちなみに具体的にどのようなものをお探しですか? 魔術石屋に話を通しやすいよう、簡単に手紙に書きますよ」

 婦人は店主の親切に感激して丁寧にお礼を言い、求める性能について説明を始めた。

 魔法が使用者の魔力と想像力が許す限り自由に使用することができるのに対して、魔術石は魔石に刻まれた術式に対応する魔術しか扱えない。魔石が持つ性能と術式によって出力が制限され、さらにある程度使用すると魔石の力が衰えて魔術が発動できなくなってしまう。そうなるとただの石でしかなく、処分するしかない使い捨ての道具だ。
 ただし魔石には一時的に魔力を溜め込むという性質もある。時間が経てば貯めていた魔力は抜けてしまうし、魔法に比べると制限は多いが、魔力が少ない人間でも魔力を少しずつ補填するか、誰かが代わりに魔力を込めることでも使用できる利点があった。
 フェリクスは魔法研究の傍ら、魔術石を使った魔道具の開発にも取り組んでいる。主に日常生活において暮らしを豊かにするためのものを製作していて、最近では魔力の消費を抑える方法を探しているという。
 魔道具はそこそこ高級なもので一般家庭においてはひとつかふたつあるかどうかのものだが、王城暮らしという春一の周りではそう珍しいものでもない。
 魔力がない春一でも、魔道具の魔力がさえ溜まっていれば使用できる。充電式の家電のようなものだが、これまで使ったことはほとんどなかった。世話を焼かれている身ということもあるし、何かあってもフェリクスが魔法で対処してくれることも多いからだ。
 異世界にいても生活に不便がない環境は非常にありがたかったが、今後はどうなるかもわからない。もしかしたら城を出る可能性もある以上、今後は春一も頻繁に魔道具の世話になるかもしれないことに今更ながら思い当たった。
 春一自身は魔力を一切持たないので、たとえ魔道具を持っていても他人の魔力に依存するしかない。
 魔法を使えるほどではないが魔力を多く持つものは、魔力を売って金銭を稼ぐこともあると聞いたことがある。魔力を買うとなったらどの程度なのか、あとでセオドアに聞いておいた方がいいだろう。 
 自分も間違えて魔石屋に入ってしまいそうだ、と老婦人のことを他人事とは思えずにいると、再びドアベルが鳴った。
 それは先程響いた心地よさとは違い、荒々しく掻き鳴らされ、全員が入口を振り返る。
 入ってきた大柄な男は大股で店主のもとまでいくと、メモ書きを受けとり鞄に仕舞い込んでいた老婦人の首をいきなり掴み上げた。

「ひいっ」


 細い首から締め上げられたような悲鳴が上がる。

「ちょ、ちょっと! あんたなにを――」
「金を出せ!」

 男は手に持っていた袋を店主に投げつけ怒鳴った。


「早くしろ、この女がどうなってもいいのか」


 首をしめる指先に力が入ったのがわかった。女性はがくがくと震えて声にならない悲鳴をあげることしかできない。

 フェリクスたちに続き入店していた護衛の一人が剣に手をかけようとすると、目敏くそれに気づいた男がぎろりと睨みつける。

「誰も動くな、女を殺すぞ」

「……っ、っ」

 また喉をしめられ、婦人の手が首に回された男の手を掻きむしる。しかし厚い革手袋をしているせいかまるで意に介することなく、抵抗など気にも留めないままぐるりと店内を一巡してから再び店主に目を向けた。


「早くしろ! てめえがのろまなせいで一人死んじまうぞ! 魔石も入れろっ」


 男に急かされ、店主は慌てて袋に売り上げの金を詰めだした。

 金銭目当ての強盗に違いなく、他に目をくれる様子もない。
 王弟であるフェリクスかもしくは稀人である春一を狙ったものではなかったらしい。だがそれが安心できる材料にはならない。
 今は魔法で春一だと気づかれることはないが、万一に勘付かれたらよりややこしい事態になってしまう。目立たないよう入口の傍で息を潜めるしかなかった。
 捕まっている婦人はひどく息苦しそうですぐにでも解放してやりたいが、武器もなければ武術の心得もない春一には何もできることはない。
 精鋭の護衛騎士も様子を窺うしかできず、首に手がかかっている状況ではフェリクスも手を出せないようだ。
 しかしそのままにするつもりはないのが、鋭く男を見つめる油断のない眼差しでわかる。じっと堪えて機を伺っているのだ。
 店の外には他の護衛騎士たちが市民に紛れて待機している。男のがなる声は店内に響いていたので、外にも聞こえていたはずだ。
 すでに包囲されているも同然の状態で、きっとすぐに男は捕えられる。仮に逃しかけたとしても、国一の魔法の使い手であるフェリクスがいるのだからどうにでもなる。
 そのためにも男が短気を起こさず、金だけ持って逃げようとしてくれればいい。

「もういいっ、袋を渡せ!」


 金を入れたあと、指示通りにカウンターに並べられていた高価な魔石を詰めていた店主の手から金品が収められた袋をひったくるように取り上げる。男はまた店内を一巡し、動くなという言葉の代わりに客たちに睨みを利かせた。


「おまえもこい」

「ひい、ひいいっ」

 引きずるように老婦人を連れていこうとしたが、恐怖のあまり腰を抜かしたらしい。がくがくと震え、まともに歩ける様子ではなかった。

 男は荒事に慣れたような屈曲な体格ではあったが、これから逃亡するのに小柄とはいえ動けない大人を一人抱えて連れ出すのは難しい。
 非力で手ごろだった人質はすでに彼にとって邪魔な足枷に成り果て、男は苛立たしげに舌打ちをした。

「くそっ、歩けよこのばばあ!」

「よせっ」

 袋を握った拳が振り上げられた瞬間、咄嗟に春一は声を上げて彼女に駆け寄っていた。

 事態を悪化させないために大人しくしていなければならなかった。それがわかっていたのに、身体が勝手に動いてしまった。
 拳は婦人に振り落とされることはなかったが、代わりに男の視線が春一を捕えてぎろりと光る。そこでようやく自分が前に出てしまったことに気がついたが、もう遅い。
 強盗は婦人を突き飛ばし、次なる人質として目をつけた春一に手を伸ばした。咄嗟に逃げようとしたが男の動きのほうが素早く、風を切るように指先が迫る。

 

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