頼まれていた本を部屋に持ち帰り、フェリクスにナーシルとのことを報告した。
「シャティフルの王族に魔力過多症がいるとの報告は受けていませんね」
やはりフェリクスも知らなかったようだ。改めて情報を集めることを決め、さっそく侍従に調査の指示を出した。
「真偽のほどはおいておくとして、ナーシル王子のことは気になります。王子の立場を利用すれば正当な手続きを踏んで春一に会えるというのに、だまし討ちのように接触してきています。なにか、よほど焦っているのか」
「弟さんは七歳らしいから……」
年齢を聞いただけでフェリクスも焦燥の理由に思い当たったのだろう。けれども懐疑的に思っているらしい表情は崩れない。
「……直接来ているのは春一の情に訴えかけて、早く行動してもらいたいというところでしょうか。春一の性格を調べているとしたらそれが一番有効な手だとわかっているのでしょう」
「いくらなんでもおれの一存で勝手に行動はできないってことを伝えたつもりなんだけどな」
「でも春一は、本当に魔力過多症の少年がいるとしたら行くでしょう」
確信を持ったフェリクスの言葉を否定できなかった。
実際に、まだ情報が確定していないなかでも春一の心にはしっかりナーシルの弟王子の存在が刻まれてしまった。その彼が実在するとするなら、自分からフェリクスにシャティフルへの出向の許可をもらうことだろう。
「もし話が本当なら、相手が急く気持ちはわかります。だからこそ強引な手段に出るとも限りません」
「事実、二度もハル様と接触してきています。行動を見張っているようですし、用心したほうがいいでしょう」
セオドアの同意に浅く頷くと、フェリクスは春一に顔を向けた。
「春一。守護の魔術石に魔力を充填するので、腕を出してください」
守護の魔道具は先日の騒動で使用してしまったため、魔力残量がない状態だ。今は何の力もない装飾品でしかなく、何かあっても春一を守る防壁は発動しない。
「いや、それはまだいいよ」
守護の魔道具で消耗される魔力量は決して少なくはないと聞いている。魔力そのものは十分に戻ってきているというが、まだ大量に使わせてしまうのは控えさせたかった。
「もう少しフェリクスが回復してからにしよう。それまではおれも王弟宮で大人しくしているからさ」
よほど緊急事態に遭遇しない限り必要のないものだ。その証拠に長らく守護の魔道具を身に着けていたが、実際に魔術石の効力を発揮したのは先日が初めてのことで、それも町に出ていた時のことだ。王城内にいるうちは安全だし、いくらナーシルが追い詰められていたとしても簡単に手出しできるものでもない。
「ですが」
「回復してからって言っても、あと数日の話だよ。明日からは仕事に戻るんだろ? 突然休むことになってそっちも大変だろうから、その辺りが落ち着いてからにしよう」
フェリクスはまだ物言いたげにしていたが、数日程度の先延ばしならと受け入れたようだ。それ以上は何も言わなかったが、心残りがあるように春一の腕輪を見ていた。
随分と心配性な様子を微笑ましく思う。
「――それでさ、後でフェリクスに話があるんだ。落ち着いたら、そっちもいいかな」
「話でしたら、今でも構いませんが」
「できれば二人でゆっくり話したいんだ」
重くなりすぎないよう軽く言ったつもりだが、大切な話であることは伝わったようだ。
フェリクスはじっと春一を見た。真意を探るような眼差しを真っ向から受け入れたい気持ちはあるが、まだ心の準備がそこまでできていない。思わず逃げるように目線を下げてしまう。
フェリクスに提示したとおり、数日程度で話す機会は巡ってくる。
それまでに、この世界に留まり旅立つことを彼に伝える言葉を探しておくつもりだ。
「春一」
「ん? どうした」
名前を呼ばれて顔を上げると、いつもの優しい笑顔が迎えてくれる。
「呼んでみたかっただけです」
「なんだんだ、変なやつめ」
フェリクスも何か感じ取っているのだろうか。
春一が何を言おうとしているのか気がかりなはずだ。けれども後で話すという言葉を信じ、堪えてくれている。
「――フェリクス。ありがとな」
結局また甘えてしまっている。だから、ごめんの代わりに感謝を伝える。
「どうしたんです、突然」
「別に、言いたくなっただけ」
「変な春一」
喉の奥から零れる、フェリクスの心地よい笑い声に耳を傾ける。
穏やかな空気を感じながら、春一はいつの間にか固く握っていた両手をそっとほどいた。
―――――