「うわああん!」
子どもたちの学び舎としている一室に、少年の泣き声が響き渡った。
どうやら配ぜん中に別の子どもとぶつかり、お互いに食事をひっくり返してしまったようだ。それでぶつかってしまった子がパニックを起こしてしまったらしい。
食事が身体にかかっていたので心配したが、どうやらスープなどの汁気が多いものは火傷するほどの温度ではなかったらしく、怪我もなさそうで安堵する。
「せ、せんぜえ、ごめ、ごめんなさい……っ」
「わざとじゃないんだから謝らなくていいんだよ。ほら、そんなに泣いてたら目が溶けちゃうぞ」
拭いてやるが、涙が次々零れていく。ひぐひぐとしゃくりを上げる姿は全身を使って泣いているようだった。
まだ落ち着きそうにはないので春一は小さな身体を抱え上げる。
動揺する周りの子どもたちをなだめていた付き人がさっと駆け寄ってきた。今日はセオドアが七日に一度の休みをとっているため、彼の代わりに春一についてくれている青年だ。
「お召し物が汚れます、私が」
「そんなの洗えばいいです。それよりも、彼の着替えを任せていいですか? 替えの服がある場所はわかります?」
たまに着替えが必要となる状況があるので、そうした時のために子どもたちの家族から善意で古着をもらっている。
ぶつかられた子どものほうも服を汚してしまっていた。その子のほうは驚いていたがもう落ち着いていて、むしろ泣いている子を心配している。
「わかります」
「じゃあこちらの子をよろしくお願いします」
部屋を後にした二人を見送ると、今度は壁際に控えていた護衛の二人が近づいてきた。
「ハル様、我々も何かお手伝いします」
「ありがとう。それなら新しいお皿をもらってきてもらえますか?」
食事は食缶にまだ残っているので問題はないが、落とした皿を使うわけにはいかない。
「あと掃除道具もお願いします」
「わたしもいくー!」
「おれも手伝う」
「すぐに戻りますので、ハル様はここにいてください」
護衛はそれぞれ子どもたちを引き連れて出て行った。
部屋にはまだ動揺が冷め切らず、不安げな表情を浮かべる子どもたちが残る。言葉でなだめていたが、幸いなことに春一の腹が鳴ったので、一気に和やかな空気に切り替わった。
春一の腕でぐずぐずと泣いていた少年もようやく気持ちが静まったようだ。すんすんと鼻を啜りながら春一の胸から降りていく。
「せんせ、おれきがえてくる」
落ち着いたら湿った服が気持ち悪くなったのか、スープのせいで肌に張り付くシャツを引き上げながら言った。
「もう少ししたら誰か帰ってくるから、そしたら着替えに行こうか」
「ひとりでもいけるよ。おへやしってるもん。いったことあるし」
着替えを用意している部屋は洗い場もつけているため、教室としているこの部屋からは少し距離がある。とはいえ子どもの足でも歩いて一分もかからない。先に行った付き人ともう一人の子どももいるから一人で行かせても大丈夫だろうか。
「ハル先生、わたしがついていくわ」
考えていると、春一とともに幼い子たちをあやしてくれていた面倒見のいい少女が手をあげる。
「だいじょうぶだもん。ひとりでいけるもん」
「わかってるわよ。お着替えを手伝ってあげるの。身体も拭かないとでしょ」
「ありがとう。それじゃお願いしてもいいかな」
春一が行ってもよかったのだが、それでは部屋に大人が誰もいなくなってしまう。
ありがたく申し出を受け入れて二人を見送っていると、扉から出ていこうとした少女が春一を呼んだ。
「どうかした?」
「それが……ハル先生に、用があるって」
出入り口に近づいて初めて、少女たちの前に人が立っていることに気がつく。そしてそれが王弟邸への立ち入りを認められていないはずのシャティフルの使者だと知り驚いた。
見覚えがある顔だ。確か、ナーシルの後ろに控える従者のなかにいた人物だったはず。
戸惑う少女たちに離れるよう指示をしてから、彼に向き直る。
「あの、何かご用ですか?」
「申し訳ございません」
「それは、どういう――」
突然男の手が前に突き出され、その手にある球体上の魔道具が赤く光るのを目にする。
春一たちを気にして振り返っていた少女の悲鳴が聞こえたが、一瞬にして遠のいていった。
―――――