「そういえば先生、きょう授業でやったシャティフルから来てる人たち、珍しい動物をつれていたって本当ですか?」
どこからか聞いた噂を、ねこちゃん先生を見て思い出したらしい。
そういえば、フェリクスが眠る前にそんなことを言っていた気がする。シャティフルの固有種で珍しいらしく、使節団の長である王子の愛玩動物であるために一緒に連れてきているのだという。
ただしその理由は可愛がっているから離れがたいというものではなく、虚弱体質で目を離すのが不安だというものらしい。
国境を越える長旅をさせることより連れていくことを優先するほどだから、よほど心配だったのだろう。防御魔法が発達しているからこそ、移動にそれほど支障は出さないのも連れてきた理由のひとつなのかもしれない。
この世界には春一もよく知る動物の他に、この世界にだけ生息する種も存在する。もとよりそれほど動物に詳しいわけではないが、翼の生えた馬や角の生えた狼が元の世界には存在しないことくらいは知っているし、知らない食材や植物も見ることがあったからそれがわかった。
「本当らしいね。フェリクス殿下もおっしゃっていたよ」
特に使節団も存在を隠しているというわけではないそうなので、春一は肯定する。
今回は特徴を聞いてもわからなかったので、どんな生き物かあとで調べようと思っていた。子どもたちが興味を引く話題なのだから教材にしない手はない。
フェリクスの話では肩に乗せられるくらいの小柄さらしい。まだ幼獣だというが、成獣姿を知るフェリクスはそれほど大きさは変わらないだろうとも言っていた。
「見たいなあ。お願いすれば見せてもらえますか?」
「みたい!」
「どうだろうね。長旅で疲れて休んでいるみたいだから、難しいかも」
身体が丈夫ではないという事実は今は伏せた。
動物好きな子が多いので、きっとはしゃいで大きな声を出してしまうだろう。
事前に言い聞かせておけば防げるかもしれないが、見知らぬ大勢の好奇の目に晒されるのがまったくの負担にならないとは考えられない。
だが、興味を持つ子どもたちの想いも無下にはしたくなかった。
「まずはフェリクス殿下にお話してみるよ。そこからシャティフルの人たちにお伺いを立ててみて、いいよって言ってくれたら会わせてもらおうか」
「いいよ、っていってくれないかな~」
「まずはずかんでしらべてみようよ!」
「そう言うと思った。近いうち授業でやるからちょっと待っててね」
「さすがせんせい!」
「資料が探しぼくもお手伝いします」
三人から褒められて鼻を高くしていると、不意に教室のほうが騒がしくなった。
視線を向けると、扉から入ってくるフェリクスがいて驚く。
「あっ、フェリクスさまだ!」
庭にいた子どもたちもフェリクスに気がつき、それぞれの遊びを中断して立ち上がる。
一歩遅れて春一も立ち上がると、周りに挨拶をしながら真っ直ぐ庭のほうにやって来たフェリクスと目が合った。
「春一」
視線が交わると、フェリクスの笑みがより優しいものとなった気がした。誰にでも分け隔てなく紳士的な振る舞いをする男なので気のせいだとはわかっていても、つい春一の表情も柔らかいものとなる。
「フェリクス殿下。どうなされたんですか、こんなお時間に」
二人きりではないので言葉を正しながら問いかける。
普段であれば研究所に籠っているはずだ。時折顔を出すことはあっても生徒の混乱を避けるために事前に使いを寄越していたので、突然の来訪は初めてだった。
「仕事は区切りがよかったので、今日は早めに切り上げることにしたんです。春一と過ごせたらと思って」
友との別れを惜しんで少しでも時間を捻出してくれようとしているのだ。帰りたくない春一からすれば申し訳ない気遣いだったが、率直な言葉には確かな喜びも胸に湧き起こる。
「では間もなく預かりの時間が終りますので、お待たせしてしまいますがよろしいですか?」
子どもたちが解散するまでまだ多少時間がある。
本来なら王族がやって来たのだから、そちらを最優先すべきだ。子どもたちの面倒を見てくれている手伝いの大人たちも不満に思わないのはわかっているが、中途半端に仕事を放り出したくはなかった。
答えはわかっていたが一応の申し出に、フェリクスは快く頷く。
「もとよりそのつもりです。仕事中に来たのは私のほうですから気にしないでください。待っているあいだ私も子どもたちに遊んでもらいます」
「フェリクスさまゆっくりできるのっ?」
「じゃあ、じゃあ、こっち! いっしょにあそぼ!」
「わたしも!」
きゃあきゃあと喜びの声を上げた子どもたちは、臆することなくフェリクスの手をとり駆け出した。
フェリクスは同じ中庭で、春一たちとは別の場所に座り、あちこちから飛んでくる子どもたちの声を聞いていた。最初は泥遊びに誘いかねない勢いだったが、そこは年長の子たちがうまく下の子たちをいなしてくれたらしい。
ちらちらとフェリクスを気にしながらも、春一は花冠づくりを再開する。
本来は平民の子どもたちが気軽に声を交わせるような身分の相手ではないが、フェリクスは稀にだが魔法についての講師役を務めることもあり、子どもたちにとってよく知らない相手というわけではない。それに多忙で顔を出すことは少なくともよく彼の名でおやつが届けられることがあるし、学びの場を用意してくれているのが誰であるかもみんな理解していた。
王族であっても立場に驕った傲慢さはまるでなく、むしろ身分が違う相手にも物腰が柔らかく、子どもの疑問にも鼻で笑うことなく丁寧に答えてくれる。春一の努力の甲斐あって学ぶことが好きな生徒たちからは、授業もわかりやすいと大層評判がいい。
つまり温厚で賢く美しく、そしておいしいお菓子をくれる王弟は子どもたちに大人気なのだ。
実は春一がしょっちゅうフェリクスのこと素晴らしい人格者だと、とても優しげな顔で褒めるのも一因ではあるが、それは当の本人は預かり知らないところである。
しばらくして迎えの親たちがやってきて、自ら帰る子たちとあわせて彼らを見送る。最後の一人を送り出したところで春一とフェリクスも自室に向かうことにした。
子どもたちが帰った後も片付けなどの雑務が残るが、いつまでもフェリクスを待たせてはおけなかったし、もう大丈夫ですからぜひとも王弟殿下を優先してください、との周囲の言葉に甘えることにした。
セオドアを後ろに控えさせながら、春一は残る面々に感謝と別れを告げて教室を出る。
「では、わたしの部屋に行きましょうか」
「ああ。待たせて悪かったな」
「いえ、こちらも楽しませていただきましたから」
「子どもたちも大はしゃぎだったな」
もう他人の目もないからといつものように言葉を崩し、笑いながら先に進もうとしてフェリクスに引きとめられた。
「春一」
「ん?」
「部屋に行く前に」
フェリクスの手が春一の髪に伸び、指先が触れる感覚を拾う。
「な、なに?」
「動かないで」
頭上でしゅるりと音がする。はらりと肩に落ちた髪に、髪結びの練習台にされていたことをようやく思い出した。
解いた記憶はない。つまりフェリクスが来る前からずっと左右高さが違うふたつ結び状態だったのだ。
鏡を見ていないのでどんな姿かまでは知らないが、ろくな状態でなかったことだけはわかる。
誰か――せめてセオドアだけでも教えてくれればいいのに!
慌てて結んだ癖が残る髪を手ぐしで解しながら、フェリクスから髪を結わえていたリボンを受け取るセオドアを睨みつけた。恨みがましい視線の意味を知る侍従は、しかし涼やかな顔で受け流される。
みっともない姿を見せたことが恥ずかしくて、髪を握りしめるようにして顔を赤くして俯いた春一に、ふっとフェリクスが笑ったのを気配で感じた。
彼のことだから嘲笑したわけではない。きっと、子どもとの一幕を微笑ましく思ったのだろう。
慈愛に満ちたものであったとしても、子どもだけに向けられているならともかく春一はとっくに成人した男だ。しかも、フェリクスより年上なのに。それも十歳以上も離れているというのに。
「さ、行きましょう」
「うーっ」
顔を上げられない春一の腰を抱き、フェリクスは上機嫌に歩き出す。それに唸り声を上げつつも、抵抗することもなく後についていくしかできない。
本当に、これではどちらが年上なのかわかったものではないじゃないか。
―――――