はじまり

六周年記念企画にて、ぽこ!さまのリクエスト
・【花舞えきみに】
・学パロ


 

 まさか、こんなことになるなんて。一体誰が思おうか。
 顧問に頭を下げ、リアリムは肩を落としながら職員室を後にした。
 力なく歩きながら、出てくる溜息をふうと吐き出す。
 リアリムが所属しているのは、部として認められる部員数ぎりぎりの人数でかろうじて保たれていた写真部だった。しかしながら部活動に熱心な生徒はリアリムしかおらず、残りの二人は校内でも有名な問題児たちで、そんな彼らが写真部に大人しく在籍していたのも単に顧問が放任主義であり、参加していなくても口うるさく言われることもなかっただからだろう。
 余程の事情が無い限り、部活動には参加せざるを得ない校風であり、いくら問題児たちといえども例外には含まれなかった。ただその肩書きのために、写真部部員をしていたに過ぎない。しかし、リアリムにとってはそれで十分だった。
 たとえ彼らが一度たりとも部室に顔を出していなくとも、彼らが写真部の名が欲しかったように、リアリムもまた彼らの名前だけが必要だったのだから。
 幽霊部員であろうとも、彼らのおかげで、写真部は部として成立していた。そのおかげでリアリムは放課後自由に写真を撮ることができていたのだ。
 素行の悪いことで有名なその二名のせいでなおのこと生徒が寄りつくことがなかった、という裏事情にまでは鈍いリアリムは頭を回してはいなかったが、なんとかなっていたのだから仕方がない。
 けれども利害の一致で繋がっていた二人も、もう部員ではない。
 先程、顧問――であった先生に、告げられたのだ。その二人が傷害事件を起こしたがために、退学処分になったのだと。そして写真部は部員数不足による廃部だと。
 なんとか周囲にかけあい部員を集めてみるから待ってくれ、と言ってはきたものの。あてなどなく、はっきりいって望みは薄い。
 それでもどうにか、やれるだけやってみようと、リアリムは俯きがちだった顔を上げ、前を見据えた。

 

 

 

 一週間。粘ってみたが、誰一人として勧誘に頷いてくれる者はいなかった。
 なにせ事情のある生徒以外は皆それぞれの部活動に所属している。すでに二学期の後半を迎えようとしている時期で、どこに入ろうかと迷っている一年生がいるわけもない。
 現状では、このまま残り少ない時間まで部員を探すより、自分の新たな場所を探したほうが余程有意義かもしれない。
 写真部存続の危機を耳にした友人たちが、自分のところへ来いと誘ってくれる。それはありがたい話だったが、それでもリアリムは写真を捨てきれなかった。撮影は休日にでもやればいいのだろうが、それでも今まで放課後も費やしてきた日々を思い返せばあまりに惜しい。
 最後まで探し続けようと決意を新たに、部員募集の張り紙を胸に生徒会室の扉を叩いた。
 掲示板に貼る許可を得るためだ。
 すぐに返答がきて、リアリムが取っ手に手をかけるよりも早く、扉が開いた。

「いらっしゃい。どうぞ中へ」
「あ……失礼、します」

 招いてくれたのは、副会長のリューデルトだ。男ながらに繊細な美貌と柔らかで紳士的な物腰から、男女ともに人気がある人物である。リアリムと同級生のはずだが、落ち着いた雰囲気は随分と大人びていて、畏縮してしまう。
 中に入れば、ソファにはすでに生徒会会計ラディアがどっかりと腰を下ろしていた。

「よう、いらっしゃい」
「は、はい」
「なに改まってんだよ。同じ学年だろ?」
「……つい」

 リアリムが頭を掻きながら苦笑すれば、ラディアは軽快に笑った。

「リュドウは誰に対しても馬鹿丁寧なだけなんだから、それに付き合うこたねえよ」
「あなたの物言いには物申したくはありますが、まあその通りです。わたしのこれはもとからなので、どうぞ気にしないでくださいね」
「ああ」

 一年生相手だろうと己の姿勢を崩さないリューデルトを知らぬ者はいない。リアリムもそれを理解していたはずだが、実際彼とこうして面と向かって会話をするのは初めてで、つい穏やかな雰囲気にのまれてしまったことが少し照れくさく思った。

「それで、生徒会になにかご用ですか?」

 ラディアに進められるがままソファに腰かけたリアリムの前に、そっとお茶が差し出された。顔を上げればリューデルトが盆を手に微笑んでいる。
 リアリムの向かい側、ラディアのとなりにリューデルトも腰を落ち着けた。

「あ、いや、その……」

 まさか茶まで用意されると思っていなかったリアリムは、腕に抱く一枚の紙をおずおずと机上に差し出した。
 二人は用紙を覗き込み、納得いった表情を作る。

「そういや写真部は部員の退学で、人数足りなくなったせいで廃部なんだったんだっけな」
「まだ廃部していません。あくまで寸前、ですよ。そのための募集なのですね」
「ああ。一応、最後まで粘ろうかなって思って。それで、今日は掲示板に張り出す許可貰いにきただけなんだ。それだけなのにこんな風にもてなしてもらってごめん」


 リューデルトはリアリムの謙虚な姿勢に笑みを零した。

「いいんですよ。それよりもどうぞ掲示板をご利用ください」
「まあ絶望的だろうが、って!」

 言葉の途中にラディアは顔を顰める。その様子に冷めた眼差しを向けたリューデルトは、リアリムからは机で隠れる場所で踏みつけたラディアの足から離れた。
 隣から無言で睨む圧力も気にせぬまま、持ち上げた紙をリアリムへと返す。

「見つかるといいですね」
「ああ」

 それからほんの少しの談話をして、リアリムはお茶を飲みきった頃に立ち上がる。

「それじゃあありがとう」
「おう、気ぃつけてな」
「よい報告をお待ちしております」

 二人に見送られ、今度は自分で扉を開こうとしたところで、またも取っ手がひとりでに動く。
 リアリムが驚いているうちに、開いた扉から一人の男が部屋に入ってきた。妨げにならないよう慌てて脇に避ければ、相手はリアリムを一瞥することもなくそのまま真っ直ぐ部屋の奥へ進んでいく。
 姿勢のいい凛とした後ろ姿を見て、彼が生徒会長その人であることに気がついた。

「おかえりなさい。先生はおられましたか?」
「ああ」

 素っ気ない返事を返しながら、彼は生徒会長だけが座ることを許される席に腰かけ、すぐに机上に置かれていた資料に手を伸ばした。
 部外者であるリアリムを気にかける様子もなく、すでに集中を始めている。邪魔してはならないとリアリムは改めてそろりと声を上げる。

「あの、それじゃあおれはこれで」

 今度こそ取っ手を掴んだところで、そういえば、とラディアが思い出したように手を打った。

「なあ、今度パンフレット新しくするのに、写真が必要だって言ってたよな。それ、リアリムに任せりゃいいじゃねえか?」
「え?」
「ああ、それは確かにいいですね。なにせ写真部なのですし、ぴったりの仕事とお思います。いかがですか、会長」

 ただ一人の写真部である当のリアリムを置いていきながら、とんとんと話が進んでいく。
 同意を求めるリューデルトの声に、会長は紙面からわずかに顔を上げ、初めてリアリムに目を向けた。
 整った顔立ちと、そしてやや鋭くも思える視線に、リアリムは緊張からぴんと背筋を伸ばした。その様子を脇から眺めるラディアが笑みを噛みしめているのに気づいたが、文句も言えない。
 恐らく短い間であったのだろうが、ひどく長く思えるときは会長が目線を手元にもどしたことで終わりを向ける。
 ふう、とようやく肩の力を抜いたリアリムの耳を、低いに声音が撫でた。

「いいんじゃないか」

 たった一言。だがそれだけで、リアリムの生徒会からの依頼が決定された。

 

 

 

 どうせ部員は集まらない。
 きっとこれが最後の写真部としての活動になるだろうと、リアリムは自分の持てる技術で、学校紹介のパンフレットに載る写真を撮っていった。
 指示された場所を巡り、その風景や、生徒たちの様子をカメラに収めていく。
 数日をかけているうちに、顧問に待ってもらっていた期限の日がすぐそこまで迫っていた。やはり入部希望者は集まらないままだった。
 最後に校舎を正面から撮影して、依頼されたものすべてのデータが揃ったところで生徒会室に向かう。依頼人たちに出来を確認してもらうためだ。
 カメラを首らか下げたまま、辿り着いた立派な立てつけの扉を叩くが、返事はなかった。
 今日中には終わると、今朝方ラディアと会ったときに伝えてあり、もし返答がなかったらそのまま部屋の中で待っていてくれて構わない、と言われていたリアリムは、躊躇うことなく扉を開いた。
 ソファにでも座らせてもらって、見せる前に改めて自分で写真を確認しよう。そう計画を立てながら中に入るも、そこには誰もいないと思っていたリアリムは大きく肩を跳ねあがらせた。
 返事がなかったのだから、誰もいないだろうと思っていた部屋の一番奥の席。そこには生徒会長が、机に置いた腕を枕に、静かに眠りについていた。
 あの、と声をかけようとしてやめた。もしそれで起こしてしまえば申し訳なく思ったからだ。
 生徒会長は日々忙しく働いていると聞く。見かける度に、移動中でさえ何か紙面を睨んでいたり、生徒たちの話を聞いていたりする。食事のときもそうで、彼が休んでいる姿など、ましてや居眠りしている姿など見たことがなかったからだ。
 部屋で待つのは止めて、校内のどこかしらにはいるであろうラディアかリューデルトを見つけよう。そう思ってそろりと扉をしめようとする。
 そのとき、空いていた窓からふわりとそよ風が舞い込んできた。
 顔を上げたのは偶然だ。そして視界の先の会長を見てしまったのも故意ではなく、けれどもその姿に目が離せなくなる。
 そよそよと舞い込む風に、会長の髪がさらりと流れた。正面に位置するここからでは項ばかりが見えるが、微かに、瞼を閉じた顔が見えた。
 気がつけばリアリムは、足音を消して眠る会長に忍び寄る。
 彼の傍らまで辿り着くと、カメラを構え、再び風が舞い込んだところでシャッターを切った。
 微かなシャッター音が、静かな部屋のなかに落とされる。

「――ん」
「……っ!」

 わずかに生徒会長の瞼が震えた。それに飛び上がるほどにリアリムは驚き、そのまま駆け足で生徒会室を後にした。

 

 

 


 校内をふらついているうちに、リアリムを見つけたラディアと、その後に合流したリューデルトとともに生徒会室に入った。
 さきほどは眠っていた生徒会長は、いつものように資料を見て難しい顔をしていた。三人が入室した際一度顔を上げたが、すぐに目を戻す様子を見ると、先程のことには気がついていないらしいと安堵する。
 何故、会長を撮ってしまったのか。リアリムは自分自身のことながらにわからない。
 そよぐ金色を見つめていたら、勝手に身体が動いていた。そして気づけばシャッターを切っていたのだ。
 あの後慌ただしく逃げてしまったせいでまだ写真を確認していないが、データはしっかりとカメラの中に残っている。二人と話している間にも、これをどうしようかという悩みは片隅どころか頭の半分くらいを占拠していた。
 いつものように別れてソファに座り、二人に一枚一枚撮影したものを見せていく。このときも、誤って操作して、先程撮った会長の姿を見せないようにと細心の注意を払った。

「いい感じだな」
「素晴らしいと思います。では会長にも確認していただきましょうか。リアリム、すみませんが、会長にもお見せください」
「あ、ああ……」

 ちらりと顔を向けてみれば、すでに準備を整えていたらしい会長が立てた肘に顔を預け待ち構えていた。
 慌てて二人に向けていたカメラを今度は会長のもとへ持っていき、隣に立って操作していく。
 隣にいる会長の気配に、勝手に胸が高鳴った。さっきの盗撮の件が主に原因だったが、それでなくても落ち着かず、万が一にでも触れない、けれども勘違いされない程度のぎりぎりの距離を保つ。
 一通り見終えた会長は、薄く唇を開いた。

「いいんじゃないか」
「――あ、ありがとう、ございます」
「ではリアリム、そちらを採用させてください。依頼を受けてくださりありがとうございました」

 リューデルトたちのもとに戻れば、笑顔で迎えられる。三人から許可を得ることが出来た安堵から、リアリムもわずかに口元をほころばせた。
 後日改めてデータを渡すということで、いそいそとカメラを手元に戻しているところで、首裏で腕を組むラディアが問いかける。

「そういえば、もう部員は集まったのか?」
「……いや、それが集まらなくて。新しい部活探さなきゃなーって」

 定められていた期限は明日。出来る限りの勧誘はしたが、もう駄目なのはわかっていた。
 生徒会の仕事を引き受けたおかげで、期日に迫られる焦りは大分和らいだだろう。それには感謝したいと思っていた。
 次の部活はなにをしようか、まるで見当をつけていない。仕事は終わり、人は集まらず、次に専念すべきは新たな居場所だ。
 二年生で、三学期が間近に迫る時期に新たな部活に入らなければならいのは苦心するだろうが仕方がない。
 笑みを見せながらも明らかに気落ちするリアリムを見たリューデルトは、一度ちらりと会長に視線を向けて、それから居ずまいを正した。
 穏やかな雰囲気を取り払い、真面目な表情になったリューデルトに、わけがわからないまま、つられるようにリアリムも背筋を伸ばす。

「まだゆく場所が決まらないのなら、これから生徒会雑務として働きませんか?」
「生徒会、雑務……?」
「ええ。ちょっとしたお手伝いです。書類整理だとか、生徒会室の掃除だとか。仕事がないときはこれまでのように写真に打ち込んでいただいて構いませんので」
「ちょっとくらいなら経費誤魔化して、おまえのための部費に回してやってもいいぜ」
「ライア……堂々と言わないでください」

 困った顔をするリューデルトと、悪戯気に笑うラディアに、リアリムは前を丸くした。

「い、いいのか?」
「ええ勿論。今回のように撮影をしていただく機会もあるでしょうし、リアリムさえよろしければ、ぜひとも」

 戸惑うリアリムの声とは対照に、はっきりとリューデルトは頷いた。

「でも、迷惑じゃ」
「生徒会って結構忙しくてよ。うちの会長さまを見ての通り、いっつも紙っぺら眺めなくちゃいけないくらいにはな。慌ただしいときなんてこの部屋なんか気を回してるゆとりもないからしっちゃかめっちゃかになるし、色んなことやってくれるやつ一人くらいはほしいって思ってたんだ」
「他に宛てがないのであれば、生徒会に入ってくださっても構わないのではないでしょうか」

 二人がかりで説得され、リアリムの心は激しく揺さぶられる。
 細かい作業は苦ではないし、主で舞台に立たない裏方の仕事はむしろリアリムの得意の範疇であるだろう。なにより時間があればカメラを握っていてもいい、という言葉はあまりに魅力的だった。今まで通りにはできないだろうが、それでも他の部活に今更入ってカメラもろくに触れられず、半端者としての気まずい思いもしなくて済むだろう。
 それでもリアリムはすぐに頷くことはできなかった。その理由である男を盗みみたつもりが、それに気がついたらしいラディアがくわりと口を開く。

「なあ、生徒会長どの。おまえも賛成だよな?」
「――好きにしろ」

 あっさりとした返事は、けれども拒否ではない。相変わらず視線は仕事しか見ていないようだが、それでもリアリムは選ぶ権利を与えられたのだ。

「だってさ。さあどうするよ、リアリム」

 にやりとするラディアと、聖人のような微笑を浮かべるリューデルトの視線を受けながら、リアリムは口元のにやけを隠しながら小さく頷いた。

 おしまい

 

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今回は学パロという初めての試みをさせていただきましたが、そもそも日本ベースの高校生なのに登場人物そのままの名前……なところはお許しいただけたらと思います(笑)

もし彼らが学生であったらやっぱり勇者は会長さま。そして勇者の友であるリューデルトは副会長、ラディアは会計辺りかなーと思いました。(最初はラディア副会長で考えていました)

リアリムは悩んだのですが、風紀委員だと話が思い浮かばなかったので、今回は写真部の子、そののちに生徒会補佐(雑用)ということにさせていただきました。

多分あの後ある程度仲を深めてから、隠し撮りした写真を見つけられて一悶着あるのかな、と(笑)

そういう風にこれから続く物語の始まり、という風に今回は書かせていただきました!
もし学パロのイメージと違ったのであれば、申し訳ありません。

恐らくこれはリクエストがなければ書くことはなかったと思いますので、貴重な体験をさせていただきありがとうございます!
思いの外楽しく書かせていただきました^^


ぽこ!さま、今回は六周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!

これからも当サイトをよろしくお願いいたします。


2015/08/23