誰にもやんない

六周年記念企画にて、そらまゆさまのリクエスト
・【Desire】岳里×真司、真司視点。
・モテモテ岳里に嫉妬話。青春真っ盛りな甘酸っぱい感じ。


 

「おーい野崎、お呼びだぜー」

 手元の雑誌に落としていた目を上げて、声のした入り口に顔を向ければ、おれを手招きする友達と、その影に隠れるようにちらりと見える女の子の姿があった。
 なにやらもじもじしていて、落ち着きがない様子が遠目からでもわかる。だからこそおれも、彼女の用事がなんであるのかすぐに察した。
 胸を飾る青いリボンは、二年生。後輩だ。

「今行く」

 開いていた頁を閉じて、席から立ち上がった。

 

 

 

 ついていった階段の踊り場から戻ってくると、待ち構えていたらしいさっきの呼び出し役をした友達が待っていた。その顔はもうにやついていて、こいつもあの子の用事を察しているんだろう。
 苦笑いを見せてやれば、ぐるんと肩を組まれた。

「やっぱりな、また岳里宛てなんだろ」
「まあな。まったく、おれじゃなくて直接渡せばいいのに……」
「かわいそーになー、あいつと仲良いばっかりに」

 励ますつもりなのか、単に茶化しているだけなのか、ぐしゃぐしゃに頭を掻き乱される。やめろよ、と抵抗していると、ふとぴたりと乱暴だった手が止まる。
 するりと肩に組まれていた腕も離れていき、どうしたんだろうと顔を上げれば、そこに岳里がいた。

「んじゃあな」

 どうも岳里のことが苦手らしい友達はさっさと退散したかったようだ。ひらりと手を振り、別の人のほうへ行く。
 自分で髪の乱れを直しながら、じっとおれを見つめる岳里に声をかけた。

「なんだ、早かったな。もう話は終わったのか?」
「ああ。しつこく誘われた」
「やっぱり断ったのか?」
「興味がない」

 あっさりとした返事に苦笑し、おれたちは前後に並ぶ自分たちの席に戻った。
 岳里はサッカー部の顧問に呼び出され、勧誘を受けてきたばかりだ。たぶん熱心に部活に誘われたんだろうけれど、今の岳里の様子を見てわかる通り、きっとまったく同じ言葉でばっさりと熱意を断ち切られたに違いない。先生も断られることをわかっていて、それでも岳里に頭を下げたんだろうな。それだけこいつが加われば大きな戦力になるからだ。
 だけど岳里は、時々助っ人には入っても、ひとつの部活に絞るなんてことはしない。もともと団体行動が苦手なやつだし、竜人であるがために色々あるわけだし仕方ない。けれどそんな事情周りは知る由もないし、諦めるにはそれだけ岳里という逸材は大きすぎるようだ。

「とりあえず、再来週の試合には出ることになった。それでしばらくは黙っていてくれるそうだ」
「わかった。ならまた弁当作ってやるよ」
「――ああ。楽しみにしている」

 これまでの無愛想な面を、ほんの少し和らげて、岳里は笑う。その理由がおれの作る弁当であるだなんてなんだかくすぐったくて、なんとなく頬を掻く。
 どうやら岳里を見つめていたらしい数人が息をのんだ気配を感じた気がしたけれど、それは気にしないことにした。そんなものいちいち気にしてたらこいつの傍にはいられない。
 ふうと息をつき、机に倒れ込んだところで、胸にしまっていたものがかさりと音を立てた。
 忘れかけていた存在を思い出し、それを取り出して岳里に差し出す。
 淡い桃色の便箋。それを見下ろす岳里の瞳には、さっきみたいなほのかな甘さはなく、いつものわかりづらい無表情に戻っていた。

「これ、おまえにってさ。さっき渡されたんだ。今度は二年の子だったよ」
「――そうか」

 岳里は差し出された紙を受け取ると、それを開かないまま机の中にしまいこんだ。
 多分、後でおれのいないところでちゃんと読むだろう。変なところで律儀だから、断りの返事をしにも行くんだと思う。
 可愛い便箋の行方を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らす。

「……可愛かったぞ。本人が相手じゃないのに、顔を真っ赤にしてさ。手も震えちゃってな」
「興味ない」

 岳里は窓の外に向いて、素っ気なく返した。
 もし手紙の彼女がここにいたならば、泣きだしていたかもしれない。それくらいばっさりとした、感情も籠っていない声音だった。
 可愛い女の子たちの告白に眉のひとつも動かさず、けれどもおれの弁当にほんのり微笑む男。勉強だって運動だってなんでもできて、顔も良くて背も高くて。多少性格に難はあってもみんなの視線を集めて、好意を寄せられて。でも、誰の想いにも応えなくて。
 完璧すぎてちょっと近寄りがたいところもある岳里。だから直接当人にではなく、いつも傍にいるおれに想いを託す子は少なくない。
 正直、勘弁してくれよ、とは思う。気持ちはわかる。でも、おれにそんな役目を押し付けないでくれって。
 いっそのこと手紙なんて捨てられればいいんだろうけど、でもそんなことできるわけもない。
 さっきおれを呼びだした子は、本当に耳まで真っ赤にして、羞恥に堪えながらおれに岳里への想いが綴られた手紙を託してきた。どんなに苦心して書かれたかもわからないそれを無下にするなんて、できるわけもなかった。
 いっそのこと、本当のことを言えたら楽なんだろうな。でもきっと誰も信じないだろうし、おれだって未だに夢のように思うことがある。
 だって、まさかおれが岳里のつがいだなんて。誰が思うってんだ。
 こんなにも平凡で、なおかつ男のおれが、多くの女子たちから想われている岳里に選ばれただなんて。
 岳里の気持ちを疑っているわけじゃない。おれを本当に大切にしてくれているし、まあ、愛ってやつを感じていなくも、ない。でも、不安定な気持ちはどうしようもできなかった。
 伸ばした腕に顔を預けながら、視界の先に見える手の甲をそうっとなぞる。そこには異世界ディザイアから持ち帰った、親子の絆が刻まれている。岳里の手にもあって、それを撫でていればほんの少しだけ気が楽になった。

「――真司」
「んー?」
「こい」
「ぅえっ!?」

 眺めていた腕を掴まれると、強引に引き上げられ立たされる。

「ちょ、岳里! もうすぐ昼休み、おわっちまう――」

 体勢も整えられないうちに引っ張られ、おれはみんなの注目を集めながらも教室を後にした。

 

 

 

 もう休み時間も終わりが近いせいもあって、生徒ははけていた。屋上へ続く扉の前に来るまでに誰にも行き会うこともなく、もしも誰かがどこかに残っていたとしても、岳里の聴力が聞き逃すはずもない。
 正真正銘誰も近場にいないところまで連れ出されると、それまで背を向けて前を歩いていた岳里が振り返り、がしりとおれの肩を掴んだ。

「おまえは、おれを煽っているのか」
「……へ?」
「その女が好きになったわけじゃないだろう」
「女? ――えと、あの、岳里に手紙を書いた?」

 頷きはなかったが、訂正もないんだから間違いじゃなんだろう。
 なんでこんな話になっているかわからないまま、違う、と答えた。

「いや、まあ、うん。ただ単に可愛い子だったからさ」
「本当にそれだけか」
「そ、それだけど」

 なにか疑うようなまなざしを向けられ、悪いことをしていないのに強いその目力にたじろぐ。顔がいいぶん、凄まれると迫力があるんだ。

「なんだよ、それを確認するためだけにこんなとこまで来たのかよ? 早くしないと授業はじまんぞ」

 溜息をつきながら踵を返そうとすると、岳里にまたも腕を掴まれた。

「おまえはおまえ自身が思っている以上に魅力がある。おれという存在に霞んでいると思っているかもしれないが、見ているやつは見ているんだ」
「えー、と……?」

 突然語り出した岳里に、おれは目を瞬かせた。
 自画自賛を突っ込んでいいやら、おれの認識に物申せばいいのか、いまいちわからず、とりあえず誤魔化すように笑う。

「それは、おまえだけじゃ……」
「もしそうだとしても、おまえはもう少し自覚を持て」

 自覚を持てといわれても。一体なにに自覚を持てというんだろう。
 おれがいまいちわかっていないことを悟ったんだろう。岳里はわずかに眉間にしわを寄せた。

「その気がないのなら、必要以上に触れあわせるな。肩を組む必要なんてないだろう」

 その言葉に、ようやくなんのことを言いたいのか合点がいった。多分、女の子からの呼び出しから帰ってきたときのことを言っているんだろう。
 あんなの他愛もないじゃれあいだ。よくあることだし、別にお互いやましい気持ちなんてこれっぽっちもない。でも岳里はどうやら、たったあれだけのことでも気に食わないらしい。

「……その気があったら?」
「――そのときは、おれはおまえのもとを去るまでだ。おまえに求められないのならば、傍にいる資格はない」

 あまりに極端な行動に、思わずおれは吹きだしてしまった。それにますます岳里の眉間は険しさを増すが、なかなか笑いは収まらない。
 どうにか堪えて、おれを捕える手に、空いている自分の片手を重ねた。それと同じくして、重なる似た甲の傷痕。

「そんなのに資格はいらないだろ。それに、それならずっと傍にいてくんなきゃ」

 言葉の終わりと同時に予鈴が鳴る。けれども岳里はおれを手放そうとはしなかったし、おれも離れようとは思わなかった。
 自分から岳里に擦り寄り、広い腕に抱かれる。おれの存在を確かめるよう、岳里はゆっくりと抱きしめる力を強めていった。

「おまえが不安を感じるように、おれだって不安に思う」
「ああ。ごめん。今度からもうちょい、気をつける」
「そうしてくれ」

 友達と肩を組んでいた姿はともかくとして、後輩の子を褒めてしまったときの岳里の内心を想像して、申し訳ないことしていたんだと気づかされる。
 あんなの、単なるおれの嫉妬だった。おれなんかよりもよほど岳里のとなりに相応しそうな子で、でもおれでは到底その子みたくはなれなくて。本当はその手紙を渡したくなかったのに、本当は褒めたくなんてなかったのに。
 でも岳里が、興味ないって。そう言うのを聞きたくて。それで安心したくて、純粋な想いをだしに使った。
 その子にも、ごめんって思う。でも、それでもやっぱりこいつはやれない。その子の想いに応えさせるわけにもいなかない。
 だって、岳里はおれのつがいだ。どんなに色んな子たちから好意を寄せられようが、彼女たちが魅力手だろうが、近寄りがたいくらいに完璧だろうが、それでも、岳里がおれを想ってくれているから、だから渡すわけにはいなかないんだ。

「――少しだけ、触ってもいいか」
「ん。ばれないくらいならな」

 そっと頬に触れ、岳里は静かに唇を落としてきた。
 兄ちゃんから課せられた、『高校生間のエロいこと禁止令』をも律儀に守る岳里は、唯一許されるキスでおれを甘やかしてくれた。

 おしまい

 

捕らわれているのは main はじまり

 



甘酸っぱい青春どこにあるの? と聞かれたら困窮してしまいますが、ディザイアでの経験を経てすでに一段落している二人、ということで甘く見ていただければなー、なんて……。
すみません普通に向梶が書けなかっただけです……!

おまけに悟史から課せられている『高校生の間はエッチなこと禁止』っていう設定をすっかり忘れていまして、R18には出来なかったことも申し訳ありません。

最後だけはちょっぴりあまい雰囲気になってくれたと、そう信じてはおります……
(ちなみにあのあと結局盛り上がった二人は、扱き合うだけやってしまって、後々読心術で岳里の心を読んでしまった悟史から小言を言われる、というオチがあります)

想像していただいていたものとは違う出来な可能性が限りなく高いですが、これでも少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

そらまゆさま、今回は六周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからも当サイトをよろしくお願いいたします。

2015/08/22