久遠寺ハルさま

久遠寺ハルさまからのリクエスト、
Desireの主役ふたりの未来話。ということで、本編終了後、数年後のふたりのお話です。


 

【これから先も】

 自分がカートを押しているのをいいことに、岳里は次々に陳列されている商品をカゴに放り投げるようにして入れていた。前を向きながら、棚を見ずに、だ。
「お前適当に買うなよな」
「ちゃんと選んでいる」
 おれがじろりと睨んでもそんなのが岳里に通用するはずもなく、カゴには商品が山積みになっていく。
 相変わらず前を見ていて、商品を迷わず手に取る辺り疑わしいけど、こいつなら前を見つめたまま記憶した位置の商品を実際見ずに取れてもおかしくはない。
 それに選んでいる、という言葉も正しいようで、カゴに入っているのはおれとあいつの好きなものばかりだ。
 今は丁度お菓子のコーナーを通っているから余計、岳里の手も止まらない。……こいつはあいつを肥やす気か。いや、きっとおれにも食えというはずだから、おれたちを、か。
 カゴの荷物がいっぱいになれば、カゴの二段目に控えさせていた空のカゴに今度は放り出し始めた。
 行き交うおばちゃんたちの目が丸くなるのも、振り返ってまで確認してしまうのも、おれにはわかる。
 普通は財布と相談した上で買い物をするわけだから、この適当に商品を取っていく様は異様といってもいい。
 でもおれはもう慣れた。てかこんな奴と付き合っていくなら諦めも重要だ。それに、岳里の買い物におれが口出しする気もない。
 なぜなら今回は岳里がこれだけの量を買いたい気持ちがわかるからだ。普段なら買いすぎたとき注意はするけど、今回ばかりはあいつのためにも大目に見てやろうと思う。それにカゴに入ったものはすべて岳里が金を払うわけだから、金を払わないおれが口出ししても本人が買いたければ好きにさせるしかない。……まあ、おれが金を払おうとしても、いつの間にか岳里が財布を盗みやがって払えないだけなんだけど。それはもう毎度のことで、もう諦めはついてる。
 大量にものを買い込んでもおれが何も言わないのにはもう一つ理由がある。それはこいつが決して金に困ることがないからだ。
 岳里は今、実質働いてない。けれど、絵を描き、物語を書き、それが高く評価されているんだ。出した本はたちまちベストセラー。絵もものによるけど、オークションの落札価格で一番高かったのは、ゼロがいっぱい並んでて。一般とは次元がちがかった……。
 それに株もやってるらしくて、本当に結構な額をもうけている、らしい。実際のところ教えてはくれないからなんともいえない。でも教えてもらわなくても岳里ならきっと億万長者も夢じゃないってわかってるから、特に聞きたいとも思わなかった。
 だってこいつが本気を出せば、いつか世界一の富豪も現実問題になりかねない。まあだけど岳里なりに今の生活が気に入ってるみたいだし、おれが世界一になれなんて言わない限りやつが本気を出すことなんてないけど。……別に自惚れじゃない。
 あの頃はおれが十七ぐらいだったから、確か四年前か? 四年前にディザイアに飛ばされてからずっと、こいつは鬱陶しいぐらいの過保護だ。んでもっておれとあいつ以外どうでもいいという一直線。
 昔は表情が読めなくて、正体もあやふやしててある意味恐怖の対象だった。でもそれにはちゃんと意味があったし、今では岳里の些細な変化で表情が読めるようにもなって、実はこいつは物凄く本能に忠実だということも知った。
 何でもできる岳里。その唯一の弱点がおれとあいつだって言うから笑っちまう。いやだってさ、確かにあいつが岳里の弱点になるってのはわかる。でも、おれはディザイアでこそ特別な存在であったけど、本来なら特に取り柄もないどこにでもいるような奴だ。確かに岳里には不可欠な存在かもしれないけど、それで盲目になってるだけのような気もするんだ。

「――」

 隣を歩く岳里に視線を向けてみれば、すぐにそれに気づいて振り向いてきた。

「今おれといるのはおまえだ。それ以上に、何か必要か?」

 相変わらずのエスパーでおれの考えていたことを見通した岳里は、小さく微笑む。真顔でこっぱずかしいことをさらりと言ってのけるやつから視線を逸らし、赤く染まる頬をうつむき隠した。
 もしかしたら、この存在が別の人だったとしたら、今こうして隣同士で歩いているのはおれじゃない誰かだったのかもしれない。でも、何を言おうがおれがその存在だったんだ。それ以上でも以下でもない、これが事実。なら、それならそれでいいじゃないか。おれが岳里にとって不可欠な存在であるのは定められたものであり、初めから出会う運命であったのだ。今こうして一緒にいるのはおれたちだから。
 そう、要は言いたいんだと思う。
 いつも岳里は言葉が足りないんだ。最低限ぎりぎりしか言わないから、出会った当初のおれはよく混乱してた。けど、今ならわかる。一緒に乗り越えたものが、過ごした時間が、そう変わらせてくれたから。

「お前と、あいつがおれにはかけがえのないものに変わりはない」

 うなじあたりの髪を一房掬われ、その長い指に絡める。岳里に色々なことを教えられたらこの身体は、腹立たしいことにもぶるりと震えた。

「わ、かったからさ……」

 不意にうなじに触れられ、くすぐるように指先を肌の上に緩く滑らせてくる。その手が耳裏に来ようとしたところで、おれは思い切り岳里の足を踏みつけた。
 それからすぐに距離をとり、赤い顔が収まらないまま何食わぬ顔のやつをにらみつけた。
 どうせ対して痛みを感じないのは理解した上でしたけど、やっぱりああも無反応だと悔しい。全力で踏んづけてやったってのに。

「店んなかだっての!」
「家ならよかったのか」
「……あ、おれジュース飲みたい。行こうぜ」

 問いかける岳里から目をそらし、おれは歩き出す。
 お前うちではいつもセクハラしてるだろ、とはどうしても言えなかった。

 

 

 

 歩いて帰るってのに、お買い上げした荷物の総量は大きな袋五つ分。でもおれたちにはそう問題ないことだ。
 おれは一袋手にしただけで、後の四袋は岳里にまかせてる。別におれはひどい奴なんかじゃない。だって袋四つ分じゃあ岳里は少ないくらいだから。というよりもこいつの力は人じゃないから、荷物全部持ったって構わないぐらいだ。
 でもいくらなんでも全部押しつけるのは悪い気がしたから、一つだけオレが持ったってわけだ。

「買い忘れないよな?」
「ああ。大丈夫だ」

 岳里の記憶に間違いはなく、今日買わなければならなかったメープルドーナツは確実にこの五つの袋のうちいずれかには入っているようだ。

「――まったく、なんでお前はりゅうのお菓子食っちまうんだよ」
「……すまん」

 はあ、と溜め息をつきながら、真っ赤になり落ちていく太陽を見詰めた。けれど太陽を見詰めながらも、おれはりゅうのことを考えていた。そういえばあの時のりゅうも頬が真っ赤だった。
 りゅうは我慢強い。だから折角楽しみ取っておいた三時のおやつを岳里に取られたって我慢して、大丈夫、なんて言う。でも本当はすっごく食べたがってたのをおれは当然知っていたし、何より涙目になって無理笑う表情がそれを物語っていた。
 だからおれは涙をため拳を握るりゅうを見ながら、おろおろとする岳里を連れて買い物に行ったというわけだ。岳里が食べてしまったあいつの三時のおやつを買い直しに。
 やはり岳里もりゅうのおやつを知らずとは言え食べてしまったことに罪悪感を覚えているのだろう。食べきれないほどのおやつを買うほどに。
 結局は賞味期限までに食べきれず、最後は岳里が食べることになるんだけど、別に駄目にするわけじゃないし、たくさんあればりゅうも食べたいものを選びやすいだろうし、これだけあっても別に大丈夫だろう。
 きっとりゅうのやつ、喜ぶだろうな。大好きな飴もいっぱいかったし。
 静かに瞳を輝かす可愛い姿を思い浮かべながら、おれは思わず小さく笑ってしまった。

「りゅうのことか?」
「ああ。きっと喜ぶだろうなって」

 すぐにおれの笑顔の理由に気付いた岳里もまた、微笑んだ。ふたりにとって、大切な存在のあいつ。りゅうが笑顔になるだけで、おれたちも同じように笑顔になれるんだ。
 ふたりして笑っていると、ふと岳里が足を止めた。おれも一、二歩先に行った所で足を止めて振り返る。

「どうかしたか?」
「しあわせだ」

 声をかければ、岳里は今度はおれだけに向けて笑った。とても安らかに、噛み締めるように。

「ああ、おれも幸せだよ。りゅうもいるし、お前もいるし」

 あの頃のおれだったら絶対に言えなかった言葉。こうして何年も時間を共にしたからこそ、おれが成長したからこそ臆することなく言える幸せ。
 ディザイアにいたころはただただ驚きの連続で、長い時間があっという間に感じれるぐらいだった。その中に幸せは確かにいくつも詰められていたけど、でもこうしてゆったりとした幸せはまた別物だ。りゅうもいるし。
 ほんの少しの距離を詰め、おれはまた岳里の隣についた。
 改めて前を見ると、あの赤い夕日がもうほとんど沈みかかっている。空も紫に色を変えつつ、早く帰らなきゃなあ、と無意識に思う。きっとりゅうが落ち込んで、おれたちの帰りを待っているだろうから。
 でもおれの口は、帰ろう、よりも先に、岳里に告げていた。

「これから何年経っても、そのさきも。こうしておまえといっしょにこの夕焼けを見てるっておれは自信あるよ」

 きっと、おれはまだ買い物の時の話をまだどこかで引き摺っていたのかもしれない。
 わかってるんだ。こいつは裏切らないことを。今までずっと一緒にいたし、確信はある。でも、どうしてもおれの言葉で表しておきたかったんだ。
 突然のことだったけど、岳里は小さく首を振って応えた。

「おれたちだけじゃない。りゅうもだ。今はいないが、今度は共に」
「――おう」

 開いている手で、二つの袋をぶら下げる岳里の手に触れ、おれたちはまた歩き出した。言葉はいらない。だってこれ以上話すこともないし、この空気を必死で繋ぎとめる必要もない。
 言葉にしなくても、ふたりが思ってることは同じだし。
 ――さあ、早く帰ろう。りゅうに会って、ただいまって、三人でぎゅっと抱き合うために。

 おしまい

 

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今回は高校時代の真司と数年後の真司の違いを少し表してみたのですが、多分分かりづらかったと思います。
高校時代→うぶ。ささいなことで反応する。
数年後→慣れた。岳里の扱いが上手くなった。
ぐらいの違いです。
少しは色々経験して大人になった、という未来を今は予定していますが、ご満足いただけたかはわかりません……。

それに本編ではまだまだ先に出る予定のりゅうが登場しています。この子はどうしてもふたりの未来には不可欠なので、登場させていただきました。恐らく誰だこいつ状態になってしまったことと思います。申し訳ありません。
ちなみに、物語前半で出てきていたあいつとはこのりゅうのことです。
もしネタバレオッケーで彼のことを知りたいのなら、下の方にある程度記載しています。

最後に、ハルさまへ。
阿吽の願い事を叶えてくださりありがとうございました!
またこれからも、真司と岳里のふたりをよろしくお願いします。

以後りゅうについて。
りゅうは真司と岳里の子供で男の子です。外見も中身も真司似で、身体能力や才能は岳里似になっています。平凡な非凡です。だから真司命な岳里は溺愛です。(勿論真司もですが。
どうやってふたりが子を為したかまではまだお話できませんが、彼はふたりがディザイアにいた頃に誕生しました。
ただ高校に通う間はりゅうくんはディザイアに預けているので、一緒に暮らすようになっるのはしばらく先になります。

我慢強い彼は、真司のことは“しんちゃん”。
岳里のことは“がっくん”と呼びます。
彼の登場はまだ先ですが、心の底で覚えていてくだされば嬉しいです。
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