きみの、痛み

三周年記念企画にて、リコさまのリクエスト
*リコさま
 ・【Desire】の岳里×真司、岳里視点。
 ・真司に薬を塗っているとき
――とのことで、今回は例の薬(詳しくは本編四章参照)を塗って何度目かのひと時を書かせていただきました!
少し暗い内容となりますので、苦手な方はご注意ください。



 全身を強張らせ力を無意識に入れるあいつに、おれはつながる手を握り直し、声をかける。

「力を抜いていろ。痛みが増すだけだ」
「わか、ってるけど……ごめん」

 あまりに小さな声音の裏に溶けた感情に、おれができることなどあまりに少ない。少しでもあいつが抱えたものが軽くなるよう、できるだけ柔らかな声を意識して告げる。

「――謝るな。深く息を吸え」

 おれの言葉に素直に頷いたあいつは、微かに身を震わせながらも息を吸う。
 それを横目で見守りつつ、おれは行動を再開した。
 打つぶせになり膝を立てたあいつは、臀部を高く上げる形でベッドへ横になっていた。落ちないように腰から掛けられた毛布の下は、傷に薬を塗るため下着共々膝まで下してある。
 素肌さえも見えぬように、おれは毛布の中へ手を入れていた。
 これで何度目になるか。あいつの臀部の傷へ薬を塗るこの行為。だがあいつは一向に慣れることもなく、この治療の時間には必ず過呼吸に陥っている。
 今もまた、おれが傷口に指先をつけただけで大きく息を乱していた。
 つなげた手を握りしめ、ひたすらに耐えるように、身をかたくしている。けれどそれをどうにか解そうと震える息を吐く姿は、痛ましかった。
 なぜ、こいつがこんな目に遭わなければならないのか。そう思わずにはいられない。だがそれに自分の浅はかさが深くつながっていることも決して忘れていない。
 だからこそ、苦しみに耐えるあいつの姿を見る度に己の無力さを噛みしめた。
 後悔して、起きた事実が変わることはない。望んでもあり得ることはない。

「――続けるぞ」

 深呼吸を繰り返し、身体の強張りが僅かに緩んだところで、声をかけると同時に薬をたっぷりととった指を押し進めた。
 その瞬間に再び力の入るあいつの身体。息を飲み、握るおれの手を顔に引き寄せる。

「っ、ぅ――」

 薬を塗り始めた当初よりはいくらか傷はよくなったとはいえ、まだ痛みがしっかりと残っているのであろう。未だ熱を宿すそこに、あいつの苦しみをつながる手から感じながら、もう一度薬を掬い直し、中に指を第一関節ほどまで進め塗る。
 小さな、か細い声が、いやだ、と息を漏らした。それはおれに対するものというよりも、記憶によみがえる者共へ向けたものであろう。
 徐々に浅く上がっていく呼吸に、おれは痛みを与えぬよう気を張りながら、急ぐ。
 あいつから漏れる声も、痛みに呻いているというわけではない。それもないわけではないが、あいつの脳裏に焼きついた残像がそうさせているのだ。
 すまない。
 ただ、心の中で繰り返す。声には出せず、ただ、謝る。
 あいつへの気遣いなどではない。単なるおれの弱さがそうさせる。
 何度言おうが、何百、何千、言おうが、決して許されない。――いや、あいつは許すだろう。笑って、おれのせいではないと言って、無理に明るく振る舞うのだろう。胸に刻まれた傷を見ないふりをして。
 だからこそ告げられない。だからこそ、決して許されないのだ。
 もう一度薬を掬い塗り、傷口に布を当て衣服を戻し、ようやくおれは毛布の中から手を引いた。
 それから動けずにいるあいつの腰を動かし、横にさせてやる。本来使用する毛布と取り換え肩までかけ直し、ようやくあいつの顔を見ることができた。
 未だおれの手をしっかりと握り、乱れた息を直しているところだった。
 覗き込む姿に気づいたのか、おれの方へ視線を向けると、申し訳なさそうに眉を垂らしながら力なく笑う。

「悪いな、岳里。いっつもこんな感じで」

 どこにあいつに非があるというのか。それなのにいつも、こうしておれに謝り、笑うのだ。
 額にも、首筋にも冷や汗を滲ませ、浅い眠りのせいで隈がくっきりとできた顔で、おれにそう言うのだ。
 ようやく自らの意志で力を抜くことができるようになったあいつは、深く息を吐き、顔に寄せていたおれの手にさらにすり寄る。

「――へへ、岳里の手ってあったかいよな。なんか、安心する……」

 もう片方の手もおれの手に重ねると、あいつは瞳を閉じた。
 しばらくすると、疲れが出たのか、眠りについてしまったあいつに、おれは顔を寄せる。
 疲労が色濃く滲むその表情は、今の眠りすら安らかでないのを物語っていた。しかし、おれにできることはこうしてあいつが眠りについている間も手を握っていてやることぐらいだ。他にどうすることもできない。
 これからもしばらくは、臀部へ傷薬を塗ることは続けなければならない。あいつも承知していることだろう。傷を早く治すためにも、悪化させないためにも必要なことだから。
 そして治療を行う度にあいつは苦しむのだろう。心についた傷まで癒すには、外傷と同じだけの時間では到底足りない。それの倍、それ以上をかける必要がある。だが完全に癒えることはない。
 寝息をたて眠るあいつをみていると、あいつが気を失っていたあの時を思い出す。今でも耐えることない怒りにこの身が震えるが、それすら今は流すしかない。
 少しずつ、本来の笑顔を取り戻していくあいつに、情けなくもおれは救われていた。無理をする笑みが多いが、それでも以前を取り戻そうとしている。おれもいつまでも捕らわれてはいけないんだ。

「――真司」

 額の髪をわければ、瞼が僅かに動き反応するが起き出す気配はない。
 繋がるそこが切れることがないよう、おれは力を込めた。
 もう二度と、おまえにこんな苦しみを与えはしない。おれのすべてをかけ、おまえを守り抜く。
 何度、繰り返したかはわかならい決意を再び胸に刻みつけ。
 おれは眠りにつくあいつの顔を、目覚めるまで眺めつづけた。

 おしまい

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本当は明るくギャグ風味で行こうか、今回のようにシリアス調で行こうか大変迷いましたが、岳里視点ということもありくらくいかせていただきました。

リコさま、今回は三周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからもどうか、当サイトをよろしくお願いいたします^^

2012/12/23