14

 
 
 馴染の店主からお金と引き換えに串焼きを受け取り、屋台から少し離れて通行の邪魔にならない場所に移った。

 その間にも渡される直前まで炙られていた肉はじゅわじゅわと音をたて、美味しそうな匂いで春一たちを魅了する。移動のほんの少しの間でも待ちきれずにじわりと涎が溢れてきた。

「やっぱり街にきたらこれ食べなくちゃな。ほら、フェリクス」


 串を持った手を差し出すと、フェリクスは春一の手ごと握って固定して、ごろごろと切られた肉塊の一つに齧り付いた。

 はふはふと熱を逃がしながらも肉を噛みしめる王弟の姿は、まず王城内では見られないものだ
 普段は毒見を挟まなければ殆ど口にすることができないので、うっかりすれば舌を火傷しそうな熱々の串焼きなんてまず食べられない。その影響もあるからか、フェリクスは熱い食べ物のほうが好みで興味があるらしい。
 美味しそうに食べるその姿が見たくて、春一はいつも最初の一口をフェリクスに譲っていた。

「ん、やっぱり出来立てはなおのこと美味しいですね」


 口の端についた肉汁を舌で舐め取ながら、フェリクスは満足げに目を細める。

 それも普段なら決してしない仕草で、彼がこの状況を心から楽しんでいることが知れて嬉しかった。

「火傷しなかったか?」

「もうそんな子どもじゃないですよ」
「だよな。昔は三口くらいかけて食べてたのに、いまじゃ一口でぺろりだし」
「春一は危ないですから、ちゃんと分けて食べてくださいね」

 フェリクスは手を離さないまま、串の先を春一に向ける。

 別に支えてもらわなくても大丈夫なのに。そう思いつつも、鼻先にあるご馳走にはぐっと噛みつく。
 塩を軽く振ってからじっくりとあぶり、スパイスを散らしただけのシンプルな羊肉の串焼きだ。ひとつひとつが厚みがあって食べごたえがあり、肉を食べているという満足感が十分に得られる二人のお気に入りの品である。
 この串焼き屋は二人がはじめて町に下りた日にも食べたものだった。フェリクスも王城内から初めて出た日で、異世界人である春一はもとより何も知識がなかったので、護衛たちに色々教わって歩いた。そのうちのひとりが食道楽で、色々と美味しい店を教えてくれたのだ。
 これからまだまだ買い食いする予定のため、各店で買うのはひとつだけで、分けて食べ合うことにしている。次に来られるのがいつになるかわからないから、できるだけたくさんのものを味わうためだ。
 これも初めての時から変わらないことなので、わざわざ確認しなくてもお互い無意識に手にしたものを差し出し合った。

「あー、うまい。レオンさんのご飯も勿論美味しいけど、また格別なんだよな」


 王弟宮の料理人は自分のこだわりよりも何より美味しく食べてもらうことが好きなので、言えばきっと屋台風の調理もしてくれるだろう。実際に春一の希望を叶えべく、和食風の料理の研究もしてくれる気のいい男だ。

 王弟と稀人という立場ではなく、ただのフェリクスと春一として身軽に食べているという環境もまた一つの美味しさのスパイスとなっている。こればかりはどんなに心を砕いてもらったとしても王城内では味わえないものだった。

「春一、肉汁が」

「え、ついてる? どっち側?」

 舐め取ってしまおうと舌を出しかけたが、それよりも早くすっと延びてきた親指に拭われる。油に濡れた指はそのままフェリクスの口元に向かい、ぺろりと舌先が舐めとった。


「美味しいです」

「ばっ……そんなことすんな!」

 思わず出かかった言葉をどうにか飲み込み、取り出したハンカチでごしごしと指を拭いた。

 久しぶりの外出で浮かれているのか、春一の注意もにこにこ顔のフェリクスにあっさり受け流されてしまう。
 大通りの端に寄っているとはいえ、男二人のやりとりは誰も目に留めることはない。春一の少し大きめに出してしまった声を気にする者もなく、人は淀まず流れていく。
 あまり公務に参加せず、絵姿なども配っていない王弟フェリクスの顔はそれほど市井に広まっているわけではない。だが本当の立場はわからなくても、その佇まいは貴き身分を感じさせるには十分なもので、肉に齧り付く姿でさえどこか洗礼された仕草に映る。
 服装は庶民風の地味なものにしているが、お忍びの貴族であることは隠しきれていないだろう。なによりその美貌は間違いなく目の端に掠めただけで思わず振り返りたくなるようなもので、本来であれば好奇の目からは逃れられないはずだ。
 なおかつ春一の黒髪も黒い瞳もこの国では非常に珍しく、稀人の特徴として広く伝わっている。仮にフェリクスがただのすこぶるイケメンで済まされるとしても、本来なら国賓として手厚く保護されている春一が市井にいるとすれば大変な騒ぎとなる。
 自分では信じがたいが、どうやら稀人はそこそこ人気があるという。国の災害時などに魔力を提供し――正しくは預かっている魔力なのだが――フェリクスと協力して国を守っていることは、王も認めている事実であるかららしい。
 人目が多い大通りであれば春一の存在だけでも混乱が起きかねないが、今は往来のにぎわいはあっても秩序は守られている。
 それは、二人の存在が曖昧になっているからだった。
 日の下では眩いばかりに輝くフェリクスの金髪も、春一の黒髪も、今は互いに色を変えて周囲に溶け込んでいる。フェリクスは明るい茶髪に榛色の瞳、春一はもう少し濃い茶色で瞳も同じ色をしている。どちらも国民によくある一般的な色だ。
 くわえてフェリクスの美形に気づかれるのも面倒なため、魔法で二人の気配を薄くしている。顔を見られてもどことなくぼんやりとしか認識できず、記憶に残らないようにしてあった。
 二人から離れ、周囲に溶け込みながら守りを固めている護衛たちには効かないようになっているが、すれ違うくらいの相手ならまず見破られることはない。これもお忍び散策のときの定番だ。
 この後もぷらぷらと歩いて買い食いで腹を満たし、興味のある店があれば覗いて回る予定だ。最後には予約をしていた枕の店によってフェリクス用の枕を発注して帰る。
 ――と、そこまでがフェリクスと決めた内容だ。
 最後以外はとくに目的はないので、行き先を誘導しやすい。それを利用してこっそり子どもたちから聞いていたまじないを実行していくつもりだ。
 結局フェリクスには一切伝えないように、セオドアにお願いした。ただ自分の背中を押して欲しいだけで、実際のところの効果を期待しているわけではないからだ。
 肉を嚥下しつつ、内心では「よしっ」と気合いを入れる。

「なあフェリクス、次はあっちに行こう。なんか喉乾いたし、飲み物でも買おうよ」


 食べ終えた串を店に返してきたフェリクスが戻ってくるなりその腕を掴んだ。

 さっそくひとつめのまじないである、とある店の果実水を分け合って飲むのを実践するためだ。
 同じ場所に口をつけて飲む必要があるらしいので、それ間接キスじゃ……とつい考えそうになるが、そうして分け合った二人は仲を深められるというので試してみたいと思う。それに普段から分け合っているから実行しやすい。

『仲を深める……ふふっ、ハルさまも積極的ですね』

『え? だって、友情を深めるにはちょうどよくないですか? 同じ場所に口をつけるって内容的に、フェリクスにばれたらちょっと気味悪がられるかもですけど』
『それなら大丈夫でしょう。でも仲を深めるの意味は……ふふ、ふははっ! 当日に連れて行っていただけないことが惜しいですが、ここから成功を祈っております』

 どのまじないを実践しようか相談をしていたときに、やけにセオドアがご機嫌になっていたのが気になるが、難易度が低いものなのでやることに決めたのだ。

 まずはひとつめ、最初が肝心だ。これを成功させれば他のもなんとかやってやろうと勢いづくはず――なんて意気込みに集中してしまっていたせいだろう。
 前から来る人に気づかず正面からぶつかりそうになってしまう。
 ぶつかる直前にフェリクスに腰を引かれて、横に避けることができた。

「悪い、ちょっと考えごとしていた」

「大通りでは気をつけたほうがいいですね――そうだ」

 腰に回されていた手がするりと春一の手を掴んだ。


「これなら大丈夫です。私が気をつけるようにします。それに今日は人通り多いようですから、はぐれないようにしないと」

「そ、そうだけど。でもこれは」
「どうせ誰も見ていませんよ」

 フェリクスがかけてくれた魔法で、言葉通り誰も二人のことなんて気にもとめないことだろう。

 頭ではわかってはいるが、春一自身にはしっかりと手を繋げた感触があるし、フェリクスの体温も感じている。
 たとえ誰に見られていなくても、なんとなく落ち着かない。
 対照的にフェリクスはどことなく楽しそうに見える。久しぶりの外出に、春一に手を引かれていた幼い頃を思い出しているのかもしれない。
 そこまで考えて、ふとひとつの考えが頭に浮かんだ。

「も、もしかして介護のつもりか……!? さっきから口につけてたり、ぼうっとしてぶつかりそうになったりしたから!」


 その都度、三十を過ぎたいい大人が年下に面倒を見てもらっていた。それもあって慣れない人混みにうっかりはぐれるとでも思われたのかもしれない。


「そんなつもりはないですよ」


 噴き出しそうになるのを堪えるよう、フェリクスは空いている左手の甲を唇に当てた。笑い声こそあげなかったが、口元の弧は深まっている。


「でも……」 

「はぐれないようにと思ったのは本当です。でも、仮に離れてしまっても、春一のことはすぐに見つけますから」
「そういえば、昔からフェリクスはおれを見つけるの得意だったよな」
「ええ。誰にも負けないと自負しています。春一のことなら、地の果てにいたとしても見つけ出す自信がありますよ」
「はは、おまえなら本当にできそう」

 幼い頃からフェリクスはいつも春一を見つけ出すことができた。周りから聞き出しているのだろうが、勘がいいこともあるのだろう。


「運悪く隠し部屋に入り込んじゃったときも、フェリクスが見つけてくれたんだよな」

「あのときは大変でしたね」
「出ようにも扉が開かないから、ちょっと怖かったんだよね」

 ちょっと程度で済んだのは、早々に春一を見つけ出してくれたフェリクスのおかげだ。

 騒ぎになってから一時間も経っていなかったらしいが心細さを感じるには十分で、助けに来てくれたフェリクスに思わず抱きついてしまったことは、思い出すたびに少し恥ずかしいけれど。

「あ、フェリクス。あの店の美味しそうじゃないか?」

「じゃああれにしましょう」

 探していた店名の屋台を見つけて指差してから、店に並んでいるのが若い男女が多いと気づいた。

 思わず気後れして足が鈍ったが、動じる様子のないフェリクスに手を引かれて列に並ぶ。
 手は繋いだまま。立ち止っていてはぐれるもなにもないのだが、フェリクスがあまりに当然のようにそのままでいるので、なんとなく放しそびれてしまう。

「いくつか種類があるみたいですね」

「そう、だな……」

 春一からすれば、明らかに歳の差がある男二人が手を繋いで並んでいるなんて異様な光景でしかないと思う。

 魔法のおかげで周囲は気にしていないようだが、落ち着かなくて無意識にそわそわと繋いだ手を揺らしてしまっていたらしい。
 一瞬緩んだフェリクスの手に放れることを期待したのに、指を絡めるようにしてしっかりと握り直されてしまった。

「フェリクス!」


 まるで恋人のような繋ぎ方に咄嗟に声を上げる。


「どこかに行ってしまいそうだったので」

「ど、どこにも行かないよっ」

 今まさに悲鳴を上げて逃げ出したい気持ちにかられたが、そこまで目立つ奇行をすればさすがに魔法が解けてしまう。

 ぐっと堪えて隣のフェリクスを睨み上げたが、ただ余裕な微笑みに軽く受け流されただけだった。


 ―――――
 

  Main