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 事情を聞いたフェリクスはアジールを見るや、すぐに春一と同じ判断を下した。


「彼は魔力欠乏症です」

「そんな。でも、医者は確かに……」
「魔力過多症の症状のひとつは発熱です。けれど彼は低体温となっていることからも明らかです」

 ナーシルはすぐには納得できないようだった。

 魔力過多症であると診断されてから、弟を救うためにあらゆる方法を試してきたという。もちろんそれは体内の魔力を減らすための治療だ。
 それなのに今更、アジールは魔力が多いのではなく、足りていないなど。
 前提条件が正反対になるうえに、これまで行ってきた治療行為はすべて反対にアジールを苦しめた結果となってしまう。すぐに認められないのも無理はなかった。
 戸惑うナーシルたちに応えることなく、フェリクスはアジールの身体に触れてあちこち確認する。そして腕に着けられた宝珠の腕輪に目を留めると、断りもなくそれを外した。
 それから懐から指先でつまめるほどの小さな包みをひとつ取り出す。

「それは?」

「魔力増幅剤です。私が使用しているもので害はありません。誰でも使えます」

 先日の騒動の後、春一から魔力を引き出したものの、念のため薬が用意されていた。用心のために持ち歩いていたものだったのだろう。


「すぐに効果が出るわけではありませんが、継続して服用すれば魔力の回復が早まるでしょう。それ以外には自然に回復するのを待つしかありませんが、そう心配しなくともう大丈夫です」


 手にした薬包紙をナーシルの部下に渡し、目覚めたら飲ませるように指示を出す。後で改めて侍医を手配するので、その時にアジールに合わせた調合をさせるとも言うと、彼らは礼をしつつも、やはりまだ状況を飲み切れていない困惑の表情を浮かべた。


「あの、弟は本当に魔力が足りていないというのでしょうか」

「その説明をする前に、まずはこちらをお返しします」

 アジールから取り上げた腕輪をナーシルに手渡した。


「これは魔力を吸い取る魔石で作られています。魔力過多症であれば、気休め程度の効果があったでしょうが、今の彼には命を吸い取るものでしかありません。他に同じようなものがあれば遠ざけておいてください」

「わかりました……でも、あなたを疑いたいわけではないのですが、どうしてもわからなくて。アジールは魔力測定器でも高い反応を示していました。魔力値が異常であることは間違いないはずなのです」
「その魔力測定器を見せていただけますか」

 日頃、定期的にアジールの魔力を測定して様子を見ているのか、すぐに魔道具が出てくる。

 半円状の板のようなもので、中央に魔力を測るための魔石が設置されている。それに触れるとその人の魔力に反応して目盛りが動き、保有している魔力量を教えるものだ。
 測定の魔石にフェリクスが触れると、目盛りはすぐに測定できる限りのぎりぎりの数値で止まった。実際にはフェリクスの魔力量は測定器で測りきることはできないと聞いていたので、壊さない程度にうまく調節しているのだろう。
 試しに春一も触らせてもらったところ、目盛りは最下限の一のままぴくりとも動かない。魔力がないので当然ではあるが、つまり正常に反応しているということだ。
 フェリクスは測定器を点検して、それほど時間をかけることなく答えを出した。

「これは特定の人物の魔力にのみ強く反応するように細工されています。他の者が触れれば一般的な測量を行うようですが、設定されている人には少量でも最大値を示すようになっています」


 フェリクスは急ぎ自分が保有する魔力測定器を持ってくるように部下に指示を出す。

 すぐに用意されたフェリクスの測定器をアジールに触らせると、目盛りはわずかに振れただけだった。
 一般人なら半ばくらいの値にはなるという。これは間違いなく魔力が極端に減少している状況、魔力欠乏状態にあることを示していた。

「そんな……」


 目に見える形で見えた真実に、ナーシルは顔色を失う。


「その測定器は誰が用意したものですか」

「――宰相です。陛下の実弟でも、あります……」

 つまりは二人にとっても血縁者であり、叔父にあたる相手だ。

 医者を手配したのも宰相で、その医者が魔力吸収の宝珠を用意したという。そして細工された魔力測定器を用意したのは宰相――ようやく事態のからくりが見えてくる。

「……あの噂は、本当だったのだな」


 ナーシルは張り詰めていた糸が切れてしまったように、力なく呟いた。

 シャティフルの貴族の間で出回っている流言は数多くあるが、そのなかでも王族の醜聞として影で嘲笑われていたのが、アジールの出生にまつわるものだった。
 アジールはナーシルと同じ母親の側妃から産まれた兄弟であり、その父は国王である。しかしアジールは実のところ彼女と宰相の間にできてしまった不義の子だというのだ。
 その噂のせいか宰相はアジールにきつく当たっていた。根もない話だと払拭しようとしていたのか、それとも足を引っ張るような話を疎ましく思ったのかはわからない。ただ、アジールだけに挨拶や声掛けをしなかったり、彼に回す予算を削ったりする様子は明らかに冷淡だった。

「アジールが寝込みがちになった時、毒を盛られたのではないかという噂はあったのです。宰相は予定外にできてしまったアジールを殺そうとしていると。でも……」


 それでも体調を崩し始めたアジールのため、魔力過多症をみたことがあるという医者を手配してくれた。

 だから、彼を信じた。アジールに対しては単なる人としての相性が問題なだけであって、疎ましく思っているわけではないのだと。噂はあくまで噂でしかなく、そんなもののために人を殺すはずがないと。
 だが実際はアジールは魔力欠乏症で、渡された宝珠は命を縮めかねないもので。嘘の露見を防ぐため、小細工した魔道具まで用意して――魔力過多症であれば、命を落としたとしても言い訳がたつ。シャティフルでは死の病だとされているので、助けることができなかったとしても誰も責められるものではない。
 だがこれは明らかな殺人の計画だった。周りが手を尽くしたところで、魔力過多症に有効な治療法はない。たとえあらゆる手段を試したところでそれは魔力が溢れている者に行うものであって、魔力が不足している状態にはむしろ毒でしかない。
 アジールを大切に思う周囲の努力も願いも踏みにじる、卑劣な罠だった。

「――ひどい」


 事態を明らかにしてくれた春一たちには説明すべきだと、ナーシルは隠すことなく自国の不祥事を教えてくれた。

 春一の呟きは誰しも思うところなのだろう。
 反論が上がることはなく重たい沈黙が部屋に落ちかけた時、小さな声が上がった。

「あに、うえ……」

「アジールっ」

 ベッドに寝かされていたアジールが目を覚ましたようだ。

 声色には力なく、今にも消え入りそうではあるが、意識ははっきりしているようだった。自分を取り囲む大人たちを不思議そうに見回している。

「気分は?」

「まだ、ねむいです」
「そうか。でもまた眠る前に、お薬を飲もう。おまえのためにフェリクス殿下がくださったものだぞ」

 粉薬は飲めそうになかったので、水に溶かして少しずつ与える。

 時間をかけて飲み切ると、それだけで疲れてしまったのかアジールはまたすぐに眠りについた。

「これから、きっとよくなっていくからな。そうしたら、一緒に歩いて行けるからな……」


 事情をすべての見込み、ようやく弟の身体に起きていた真実を認められたのだろう。アジールを見つめる眼差しにもう不安はなく、芽吹いた希望を抱き力強い光が宿る。

 そのためにもフェリクスを信じたナーシルは、春一たちに振り替える。

「この度の我々の暴挙の謝罪と、そしてこの感謝は、また後日正式に行わせていただきます」

「そうしてください。とにかく今は彼の療養が大事ですから、そちらを優先していただいて構いません。こちらも手をお貸ししますので、何かあれば遠慮なく声をかけてください」
「ご慈悲に感謝申し上げます」

 頭を下げ、組んだ両手を高く上げる。


「本当に、ありがとうございました」


 その声が震えている。同じように礼をとる部下たちからも、鼻を啜るような音が聞こえていた。

 だからあえて、顔を上げろとは言わずに声をかける。

「今度、アジール殿下に改めてご挨拶させてくださいね」

「その時はちゃんと正面から来てください。私も同席しますので。――行きましょう、春一」

 フェリクスに手を引かれ、部屋を後にした。


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