眼鏡越しに厚い曇天を眺める。しとしとと降り続ける雨はまだ止みそうにない。
さほど雨足は強くもないため、このまま走って龍之介の家まで向かおうかと考えていたナギの背後から声がかかった。
「こんばんは。迎えに来たよ」
呼び掛けにナギの名がないのは、同じく雨で足を止めている周りの人々を考慮したからだろう。
振り返れば、顔を傘で隠しながらも、その長身とスタイルのよさから人目を引いている人物がいた。
「素直に感謝しましょう。このままでは濡れてしまうところでした」
差し出された傘を受け取り、ぱっと広げる。
掛け声もなく、互いに肩を並べて歩き始めた。
「よく変装もなく来ましたね」
「おたがいの傘で顔かくれるから、大丈夫かなって。今日は誰にも見つからなかったよ!」
嬉しそうに報告しているが、人目を密やかながらに集めていることに気づいてはいないようだ。教えてやってもいいが、傘のお礼に今日は意地悪はやめておいてやろう。
「ところで、ついでに買い物に付き合ってくれるかな?」
「Hm、それが狙いだったのですね。まあいいでしょう。今晩のディナーは?」
「ナギくんはなにがいい?」
「そうですね、ハンバーグを所望します」
「了解。今日は少し寒いし、熱々のにしちゃおう」
「ノー、舌がヤケドしますっ」
「なら、俺が冷ましてあげるよ」
そういう問題ではないだろうとじとっとにらむナギに、龍之介は楽しそうに笑った。
おしまい
2018.9.29
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