――さま

はじめに、こちらの作品は――さん(匿名希望により、以下この表記で呼ばせていただきます)が描いてくださったイラストとネタをもとに、ガーッと書かせていただきました!
素敵な創作ネタをありがとうございます!

物語完結後のお話です。



【櫛と天然】

 行商人のサルジアは途方もなく困り果てていた。
 いつも通っている道に山賊が現れるようになってしまったと聞きつけ、今回は別の道を通ってきたのだが、それがいけなかった。慣れぬ土地にすっかり迷ってしまったのだ。どんなに進んでみても、また目印を付けた場所まで戻ってきてしまう。
 従者たちにも不安が広まり、どうしたものかと頭を悩ますサルジアのもとに、一人の人間が訪れた。
 その人は真っ白な長髪に蒼い目をする、滅多にお目にかかれぬほどの精悍な顔つきをする青年だった。頭には不釣り合いな鮮やかな色の手巾が巻かれている。
 彼は表情がまったくなく、服の上からでも十分に窺えるその体躯の良さから物取りかとも警戒したが、丸腰であったし、さらには尊厳な態度で話しかけてきた内容にむしろ救世主であったとサルジアは知った。
 どうやら道を教える代わりに、サルジアが運ぶ荷をいくつか売ってほしい、ということらしい。サルジアはそれに二つ返事で頷いた。何せ青年は情報の対価を望んでいるのではなく、商品として買おうというのだから。もとより売りもの、サルジアに何ひとつ損はない。
 男は、自分が着られぬような小柄な男物の服を数着と椀を二つ、それに薬草をいくつかに手巾数枚、最後に櫛をひとつ求めてきた。幸いなことにサルジアの売り物は日用品も多く含んでいたため、それらすべてを売ってやる。
 男から渡された硬貨は随分と古い時代に取引されていたものだった。かといって市場で流通していないわけではないし、金額はきっちり揃っているし、何より恩人になってくれるというのだからと多少のことには目を瞑る。
 おまけに食べ物もいくつか入れて荷物を包んでやれば、彼は櫛だけは大事そうに懐に仕舞い、他をまとめて肩に担いだ。
 さあ道を教えてもらおうかと急かすよりも早く、彼は自らが歩いてきた方に指を咥え口笛を吹く。それに導かれるように現れたのは一羽の小鳥だった。
 ミギ、と男が呼んだその小鳥が道案内をするから、どうやらその後に続けということらしい。
 不審に思ったサルジアだったが、男の不思議な雰囲気にのまれたのかつい頷いてしまった。彼と別れ、ようやく再び前に進み始める。
 従者たちも皆不安げな顔のままに空を飛ぶ小鳥についていき、そしていつしか惑いの森を抜けたのだった。
 長らく迷っていた者たちは皆声を張り上げ喜び合う。気づけば姿が見える速度で飛び続けていた小鳥はどこかへ消えてしまっていた。

 

 

 

 今日も一日山の見回りを終えた山の神が虚に帰ってきた。だがいつもと様子が違う。
 おれの前以外では滅多にならない人間の姿になり、なおかつその肩に見慣れない荷物を担いでいたのだ。

「お帰りなさい、山神さま」
「ああ」

 いつもよりも窮屈そうに人の姿のまま上がり込み、おれと対面する場所で胡坐を掻く。持ってきた荷物を二人の間にどんと置いた。

「そのお荷物は?」
「おまえのものだ。もうじき冬が来るし、新しい服を持ってきた」

 話に聞けば、何でも隣山で道に迷っていた行商人がいたらしく、彼らから買い取ったのだという。
 おれの服はいつも以前暮らしていた村からこっそり対価を置いてもらってくるか、水神さまの領域近くにある村から頂いたりしている。だがこれまで行商人というよりも買い取ったことなどなかったから驚いた。

「だから人の姿をなさっているんですね。その、お耳には驚かれませんでした?」

 視線をついと上げ、山の神の頭に立つふたつの真白の耳に目を向ける。それは見られる気配を感じ取ったからか、ぴんと動いていた。

「いや、耳は隠した。布を巻いてみたが、もうこりごりだ」

 そう溜息をつきながら取り出した手巾の鮮やかさに、ついふき出しそうになるのをぐっと堪える。その色は山の神の真っ白な髪に馴染むことなく、下手をしたら滑稽にも見えかねない。自身に無頓着な山の神は傍からどう見えようかさほど気にしていないのだろう。ましてや普段は狼の姿だ。そもそも何かするということだって必要ないのだから。
 押さえつけられた耳が痛かったのだろう。自ら揉んでいた。
 山の髪にお礼をいい、包みを開ける。そこから厚手の服や薬草を取り出し、虚の隅にあるそれぞれの物を仕舞う袋の中にいれた。
 すべてを片付け終え包んでいた布まで畳むと、ふとこちらをじっとみている山の神に気が付く。

「どうかされましたか?」
「いや……――これも、渡しておこう」

 不意と顔を逸らした後、しばしの沈黙を置いて山の神は懐に手を差し入れる。そこから布に包まれた薄い何かを取り出し、おれに手渡した。

「これは……」

 そっと包みを解くと、中にあったのは櫛だった。木製のそれは丁寧な花の装飾を施されており、花油が染み込んでいるのか飴色でいい香りがする。
 梳かし櫛を手に持ち、軽いながらも確かに感じる重みに顔がほころんでいった。

「山神さま、ありがとうございます! 櫛をずっと欲しいなって、そう思っていたんです!」
「そう、か。それなからよかった」

 人の姿になっても表情豊かになるというわけでない山の神は、狼のときに目を細めるよう今も笑う代わりにそうした。

「はい! 早速使わせていただいてもよろしいですか?」
「ああ」
「ではっ」

 許可を得たのだからとおれは弾む気持ちのままに軽やかに立ち上がる。その様子を不思議そうに見ていた山の神になど気づかぬまま、その背後に回った。
 首を巡らし山の神は振り返る。

「おい」
「あ、前向いていてくださいね」

 こちらを向く頭を掴み、顔を前に向けさせる。

「ちょっとそのままでいてくださいね。では、御髪を失礼します」
「……」

 広い背に波打つ豊かな白髪を手に取り、そっとそれに櫛を通す。狼の毛と同じそれは、やや癖は残るものの櫛を通すごとに整えられていった。それが楽しくて、毛づくろいのときは別の艶やかさを得ていく白髪が嬉しくて、つい顔が緩んでしまう。
 ずっと山の神の髪を梳かしたいと思っていた。山の神はいつもおれの頭を舐めて毛づくろいのようなことをしてくれるけど、おれはそれができないし、それに狼の姿のときはさほど気にならないけれど、人の姿になると腰にも届く長髪であるからか、髪がどうしても乱れやすかった。さらに山の神は自分に頓着なさらないから、時には枯葉が絡まっていることもあって。
 だからこそ櫛を求めていたが、まさか山の神から用意してくれるとは思わなかった。これで毎朝だって梳かせるし、なんなら狼姿の山の神の毛づくろいだって人間であったおれにもできる。

「これから毎日、きれいにしましょうね」
「――……好きに、しろ」

 返事までにやたらと長い沈黙があったのだが、髪を梳かすことに夢中だったおれはそれには気づけなかった。

「そういえばこの前、キヨウが三つ編みを覚えたって言っていたんですよ。なんでも村を覗いて見よう見まねでやったら出来たとか。さすがキヨウという名だけあって器用ですよね。折角なんでおれ、今度彼女に教わってきます!」


 山の神は毛の量が多いから、きっとたくさんの三つ編みが作れるだろう。猿のキヨウもきっと張り切って教えてくれるはずだと、今にも上機嫌すぎてよく知りもしない鼻歌を歌いたくなる。
 その一方でおれとは真逆にぶすっとした表情で腕を組む山の神のことなど知る由もなかった。

「ミノルのために、贈ったのだが……」
「ん? 山神さま、今何かおっしゃいましたか?」
「――何も」

 次の日から、寝る前と起きた後に山の神の御髪を梳かすことがおれの日課となった。

 おしまい

 

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こちらの作品は―――さんのイラストを眺め一緒に楽しんでもらえるよう書かせていただきました!

自分の身なりには無頓着でも、ミノルのものは気になっちゃう山の神。だけれど山の神の最優先がミノルのように、ミノルの最優先は山の神という。
そしてなんだかんだでミノルには甘いため、最終的に今回のようなことが度々起こっているとおもしろいなあと思います(笑)

結局最後に折れるのは山の神なんです。

改めて、素敵なイラストを描いてくださった上にこうして書くことも了承してくださりありがとうございました!

どうぞこれからも当サイトをよろしくお願いいたします!


2015/03/22