緤那さま

こちらは緤那さまに押し付ける一日遅れのバレンタインネタです。
『Desire』の岳里×真司を前提とした+りゅうのお話になります。
本編完結から数年後のとある未来です。


 

【素直じゃないので】


 二月十四日がどういった日であるのか、悟史に教えてもらって知っていたりゅうは、普段通りに生活をする両親を眺めて一人首を傾げた。
 真司もりゅうもいるとき岳人は居間で仕事をする。そのためのパソコンを持ち出し、ソファに身体を深く沈めて無言でキーボードを鳴らし続けていた。その隣では真司が料理番組を見て、なるほど、と感心したように言葉を漏らす。
 二人の様子を窺いながらくんくんと部屋の匂いを嗅いでみても、甘いチョコレートの香りは一切しない。それどころか菓子の存在すら感じることはなかった。
 いつでも摘まめるようにと菓子が常備された机上の籠を覗いても、いつもならば一口大のチョコレートだの飴だのクッキーだの、頭を使う岳人のために甘いものが多く用意されているはずなのに、今日は何故か煎餅。甘いものどころか、渋い茶に似合うしょっぱいものばかりだ。胡麻に醤油に七味、のりにあられに、辛うじてざらめ。
 偏っていても駄目だと様々な味や種類が用意されることは珍しくないが、今回の煎餅ばかりの揃え方はりゅうが知る限りでは初めてだろう。
 悟史から聞いた話によれば、バレンタインは主としてチョコレートを用意することが多いらしい。勿論そう決められているわけではないし、煎餅だっていいのだろうが、そもそもいつも置いてある場所に足されたものは贈り物とは言えないだろう。
 バレンタインとは異世界ディザイアには存在しない行事で、こちらの世界独特のものであるらしい。もとはとある人の誕生日だったらしいが、今では恋する人に告白をしたり、愛を確かめたりするためにチョコレートをはじめとしたお菓子やカードを贈る日なのだと教えてもらっていた。
 だからこそりゅうは、料理好きの真司ならチョコレートを岳人に贈るだろうと思ったのだ。時々けんかはしているが、とても仲のいい両親だ。二人がお互いを想いあっているのを、りゅうはまだ幼いが理解してる。だから愛を確認するために贈るのだろうと、そう予想していたのに。
 チョコレートの存在が確認できないどころか、バレンタインという記念日なのにまるで変わらぬ様子の両親。戸惑ったりゅうは番組が終わるタイミングを見計らい、真司に近付きくいっと控えめに裾を引っ張った。
 どうしたと目を向け小首を傾げる真司を、岳人に聞こえないようにと部屋の外へ連れ出す。
 二人っきりになってから、りゅうは問いかけた。

「しんちゃん、きょうは、その、ばれんたいんなんでしょ? がっくんにチョコレート、あげないの?」
「――……あー、兄ちゃんだな」

 あっさり頭に思い浮かんだ悟史の顔に真司は苦笑する。こちらの世界で生活する以上必ずいつか知る情報だし、秘密なものでもないのだから教えてしまったとしても仕方がないだろう。
 真司はりゅうの目線に合わせてしゃがみ込み、小さな頭をぐりぐり撫でまわした。

「いいんだよ、あげなくて。必ずやらなきゃいけないってことでもないんだからな」
「そう、なの?」

 真司はただ微笑んで、手を離して立ち上がる。
 トイレに行ってくる、と一言残し、まだ納得のいっていない息子を置いて用を足しに向かった。
 りゅうはすぐに部屋の中に戻って、小休憩がてら茶を啜っていた岳人に今度は問いかけた。

「がっくんは、チョコほしくないの?」

 竜人である岳人の聴力をもってしたら、扉一枚挟んだところで大した障害にはならない。同じく竜人であるりゅうも同じだが、それを失念するほどに戸惑いは大きいのだろう。
 筒抜けだった会話に思わず頬が緩みそうになるのを耐え、カップを手にする方とは別の手で、真司と同じようにりゅうの頭を撫でた。

「いいんだ」
「……いいの?」
「ああ」

 真司だけならともかく、岳人もそれでいいと言うのであれば、そうなのだろう。
 強引に納得せざるをえなかったりゅうは、不思議に思う気持ちをとめきれないながらも戻ってきて同じ場所に腰を下ろした真司と岳人の間に挟まり、真司と一緒に映画をみることになった。
 大好きな戦隊もののその映画は何度も観たことがあったが、それでも真剣に向き合い、ときには息を呑み、ときには笑い、ときには興奮して、そうしている間にもとよりそれほど馴染んでいなかったバレンタインは頭から飛んでいった。

 

 

 

 昨日映画を観てその興奮のまま仕事を中断した岳人と怪獣ごっこをして沢山遊んだりゅうは、疲れたせいか、翌朝起きるのが少し遅くなってしまった。
 眠たい目を擦りながら居間に顔を出せば、そこにはちょうど朝食を準備し終えた真司の姿があった。

「おはよう、りゅう。そろそろ起こしに行こうと思ったんだが、ちゃんと起きれたんだな」
「んん、しんちゃ、おはよ……」

 舌足らずな息子の挨拶に真司は笑う。
 とろとろと自分の席に着いたりゅうは、机の上を見て二度ゆっくり瞬きをする。
 りゅうの前に腰を下ろした真司に目を向けた。

「しんちゃん、がっくんどこかいったの?」
「ああ、十五さんに手伝い頼まれて、今朝早くから向こうにな。昼飯には戻ってくるってよ」

 視線を二人分の朝食しか用意されていない机上に目を落とし、そっか、と呟きながら箸を手にとる。
 いただきます、と口にしてからお茶碗――どんぶりを持った。食べながら今日は何をして遊ぶかと持ち出すと、真司は一度りゅうから目を逸らし何もない空間を眺め、一度箸をおいて茶を啜る。それからりゅうに視線を戻した。

「りゅう、岳里が帰ってくるまで一緒にお菓子作るか。なに作りたい?」
「おかしっ! ……なんでもいい?」
「もちろん」

 力強く頷いた真司の顔を見たりゅうは、ぱっと頬を染め笑顔を作った。

「ドーナツ!」
「おまえ本当ドーナツ好きだな。よしわかった。それならサンタさんがくれた型使って作るか」
「うん!」

 これまでに四度サンタクロースからのプレゼントの型を使ってドーナツを作ったことがあるが、それでもりゅうは飽きない。お菓子を作るか、と提案される度にドーナツを挙げ真司と一緒に作っていた。
 ドーナツが好物ということは勿論あるが、なによりそれほどまでにクリスマスプレゼントが嬉しかったのだ。そんな息子の心を知る真司は、始めから答えを知っており、そのための材料をあらかじめしっかりと用意していたのだった。
 隠れた事情を察することなく、りゅうは嬉しくてついいつもより心なしか早く朝食を終えた。それから寝着から着替え、岳人が帰ってくる前に終わらせておくためにも二人は早速度ドーナツ作りを開始した。
 すでに大人の二人前は平らげたりゅうだが、甘い香りが漂ってきてもむしろ嬉しそうに頬を緩ませ、その隣で真司はやや複雑げに腹を擦る。甘いものは嫌いではないが、朝食直後はいささかつらいものがあった。
 物覚えのよいりゅうは、一度ドーナツを作っただけですぐにその工程を覚えてしまっている。五度目のことなればすっかり手慣れていた。しかし岳里家は何より量を必要とするため、おやつに食べる程度といっても何十個も作る必要がある。
 りゅうは同じ作業の繰り返しにも飽きることなく、ドラゴンが描かれたエプロンを粉で白くさせながら、おてつだいがんばったがっくんにいっぱいたべてもらうの、と笑顔を見せる。
 ようやく予定していた量を作り終えると、真司は戸棚の奥から板チョコレートを取り出した。

「チョコレート?」
「そ。今日はこれをいくつかドーナツにつけてみようか。ほら、前買ってきたお店のやつみたいなの作るんだ」
「おお……! つ、つくる!」

 記憶を手繰り寄せ、そのときを思い出したのかりゅうの目がぱあっと輝いた。
 真司の手ほどきを受け、半分だけを刻み湯煎したとろとろになったチョコレートをドーナツの片側につける。ひとつだけ真司が手本として染めて、あとはりゅうが作った。なおも残ったチョコレートは今日だけだぞと真司に言われながら、二人で指を突っ込んで綺麗に食べてしまった。

 

 

 
 おやつにドーナツがあるからと昼は軽く済ませ、それから三時に親子はおやつをとることにした。
 真司はドーナツひとだけ食べて、その後はコーヒーを飲みながら半ばあきれ顔で竜人の二人を眺める。岳人とりゅうはそんな真司の視線を受けながら、“竜人”にとってのおやつの量を食べきったのだった。もちろん小山があったはずの皿は空っぽだ。
 あのチョコレートをかけたものは特においしく思えて、今度はもっと装飾を凝ってみようと真司とりゅうは約束をする。次からはプレーンドーナツ以外も挑戦することになった。なんでもチョコレートはかけるだけでなく生地に混ぜることだって出来るらしく、他にもグレーズドーナツだのもちもちしたドーナツだの、もっとたくさんの種類を作れるそうだ。
 夕方には真司が家事をする傍らで岳人にこちらの世界の文字を教わり、あれだけのおやつを食べておきながら用意された大量の夕食もしっかり平らげる。岳人とお風呂に入り、今日もまた満ち足り過ごした一日に、りゅうはベッドに横になりすぐに寝付いた。
 息子の穏やかな寝顔と呼吸を確認した真司は、最後に前髪をそっと払い子供部屋を後にする。
 一度台所に寄り、冷蔵庫からあるものを取り出した。
 それからしばらくして、真司はようやく岳里の待つ寝室へ入る。
 それまで読んでいた本を閉じた岳人は、真司の手にあるものを見て目元を緩めた。その視線に気が付いた真司はわずかに顔をしかめながらも寝台に近付き、毛布を捲り上げ自分の場所に入り込む。

「……ん」

 顔を向けないまま、手に持っていたものを岳人に差し出した。岳人が手を出すと押し付けるように強引に渡し、そのまま身体を横たえ毛布を被る。居心地悪げにもぞもぞと動き、やがて真司は動きを止めた。そこまでを見守った岳人はようやく押し付けられたものに目を落とす。
 透明で中身がよく見える小袋に入れられたのは、おやつにと食べたチョコレートドーナツとそっくりなものがひとつ。真司がりゅうの手本にと最初に自らの手でチョコレートをかけたものだった。
 見られていないからこそ、思わず岳人は口元を緩める。
 どうせ用意をするなら当日にすればいいものを。そんな言葉をのみこんで、お礼に毛布の上から頭に口づけた。

 
 りゅうが真司なりのバレンタインを知るのは、もう少し大きくなってからのこと。

 おしまい

 

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バレンタインのチョコ代わりに、真司と岳里とプラスりゅうのお話書かせていただきました!

少しでも楽しんでいただけたのであれば嬉しいです。
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2015/02/15