デキてる二人?

三周年記念企画にて、りん子さまのリクエスト
【Desire】
・岳里×真司、岳里視点
・日常の中で傍目にもわかりやすく岳里にデレた真司(自覚なし)と、それに乗じて更に甘える岳里(確信犯)
・甘くなるよう(向梶が)がんばる



 久しぶりに剣の稽古を休むと言えば、あいつは自らチェギを持ち出しおれに笑いかけた。身体ばっかじゃなくて頭も使わないとな、という言葉とともに嬉々としてチェギの対戦準備をする姿を眺めていると、しばらくしてくるりとおれに振り返った。

「岳里、できたぞ。早くこっち来いよ」

 手招きをするのはおれのベッドの上で。初めてチェギをしたのがベッドの上だったからか、やるときは毎回そこになる。無意識のうちにできた決まりごとのようなものだ。
 誘われるままおれもそれまで腰かけていた椅子から立ち上がり、あいつの待つベッドへ向かう。
 のそりとおれが上にあがったところで、先攻を決めたらしいあいつが先に駒を動かした。
 淡々と、時に言葉を交えながら進めていくと、ふいにあいつがじっとおれの手元を見てきた。

「――なんだ」
「ん? あ、いやさ。岳里の手って、やっぱり大きいなって思って」

 おれが駒を進めても、何を思っているのか手から目を離さない。それどころか、手を伸ばしてきて、チェギの盤の上を越しおれの手に触れた。
 今回使用しているのは簡易盤であり目の数が少ないもので、おれとあいつの間はそう広くはない。身体ごと伸ばすまでもなくおれの手を取ったあいつは、目の高さまで持ち上げると、しげしげと眺めた。
 指は長いけど細い訳じゃないし……と、なにかぶつぶつ呟いている。どこか複雑そうに眉をひそめる姿を眺めつつ、好きにさせてやった。
 指先をつままれたり、手の平を合わせて大きさを比べたり。
 しばらく自由に遊ぶと、さらにおれの手を高く持ち上げ、それを自身の頭に乗せた。

「……何をしている」
「……その、いや……」

 おれの手を頭に乗せたまま、あいつは少しうつむき言葉を濁す。その姿を見つめ続きを待つと、ぽつちぽつりと返ってきた。

「ほら、前に撫でてもらったとき、気持ちよかったからさ。どう、なんだろうって思って」
「………………」

 不意をつかれた言葉に思わずおれが硬直すると、別の意味に捕えたらしいあいつがいつになくかたい笑みを浮かべる。

「あ、なんか変なことさせてごめんな」

 ほんのわずかに弱まる声音に、おれの手を持ち上げようとする動きに。
 おれは自らあいつの手から離れ、もう一度頭に触れ、そこをゆっくりと髪の流れをなぞるように撫でた。
 何度かそれを繰り返してから、あいつの頭から手をどけて自分の胡坐を掻いた膝の上に置く。
 呆けた様子のあいつに問いかけた。

「どうだった」
「……ちょっとはずいけど、やっぱりいいもんだな」

 僅かな間を置いて浮かんだ、言葉通りの感情を表す笑みにつられておれの頬も僅かながらに緩みそうになる。どうにか顔を引き締め、今度はおれがあいつの手を取った。
 何をするんだろう、とでも言いたげに、不思議そうにおれの行動を見守るあいつを認識しながら、おれはさっきあいつにされたように、掴んだその手を頭の上に置いた。
 微かな重みが頭にのしかかるも、まだあいつは力を抜いてないらしく、軽く乗っているだけだ。
 あいつはおれがさせた姿のまま、そうさせたおれの行動に悩んでいるのか動きが止まる。それから少しして、ようやくそろりと手が動いた。おれが手を離すと、そのままあいつの手はおれの髪を掻くようにして撫でる。

「岳里の髪って、見た目よりもかたいよな」

 くすりと笑みが溶ける言葉におれは応えなかったが、あいつがそれを気にする様子はない。
 しばらくするとすぐに手は離れていってしまい、おれは俯かせていた顔を上げる。視線の先には、はにかんでおれを見るあいつがいた。

「…………」
「ん? どこか行くのか?」

 何も言わずベッドから抜け出し立ち上がると、当然あいつの目はおれを追いかけてくる。
 それを背後に感じながら、だがおれは振り返ることはできなかった。

「すぐに戻ってくる」

 ただそれだけを言い残し、おれは部屋を後にした。
 特に、外に用があるわけではなかったが、あのまま部屋に留まっているのは多少不安があった。だからこそ、気分転換に外の空気を吸いに来たわけだが……。
 時々、理性を試されているように思えてならない。
 誰もいない場所まで来たおれは、人知れず溜息をついた。

 

 

 

 部屋に戻ってきたおれを見て、振り向いた途端にあいつは驚きに目を見開き、声を上げた。

「どっ、どうし、何があったんだよ!?」
「落ち着け」
「あ、うん……じゃなくて! びしょぬれじゃんか!」

 自分のベッドの方で寝そべっていたあいつはそこから降りておれに駆け寄る。
 その間にも、頭からかぶった水が毛先からぽたぽたと滴りおちた。

「何があったんだ?」
「廊下を歩いているとき、桶に水を汲んだ兵にぶつかった」
「――おまえが?」
「…………」

 引き出しから手拭を取り出し、おれに手渡す。それを受け取りとりあえず顔を拭った。
 その時にちらりとあいつに目を向けてみたが、その眼差しが言わんことは十分にわかった。
 おれが避けられなかったのか、信じがたいのであろう。本来ならそんなへまはしない。だが、今回は少しばかり考え事をしていて注意が散漫していた。そのせいで曲がり角でぶつかり、今に至ったわけだ。
 ただの水だったことが、不幸中の幸いといやつだ。
 渡された手拭は水気を十分すぎるほど吸い、すぐに役に立たなくなった。

「早く着替えないと。新しい服は頼んだか?」
「ああ、部屋に入る際に頼んでおいた」

 あいつと似た反応を示した、扉の前の兵を思い出す。だがおれが服を頼むとすぐにその場を後にしたから、すぐに用意されるだろう。

「そっか。なら上だけでも脱いどけよ。そのままの方が寒いだろう?」

 おれから重くなった手拭を受け取り、新しいものを渡しながらあいつがそう提案した。
 寒さはあまりないが、心配するあいつの顔を見て、おれはすぐに服の端に手をかける。そのまま上に引き上げ、肌に張り付くそれを脱いだ。
 上には一枚しか羽織ってなかったから、素肌がさらされる。そこも湿るように濡れていたため、新しく渡されたもので首元から下に向かって拭う。
 不意に視線を感じ、顔を上げるとあいつと目が合った。

「なんだ」
「んー……いやさ、相変わらずいい身体してんなあ、って思って」

 そう言うあいつの視線をよくよくたどれば、向けられているのはおれの腹だ。
 以前にも腹筋がどうこう言われたことが確かあったが、恐らくその事だろう。

「触ってみてもいいか?」
「好きにしろ」

 おずおずとした申し出に、おれはそれまで身体を拭いていた腕をおろす。そこへあいつが近寄ってきて、そろりとおれの腹に手を伸ばした。
 まず指先でつつくように触れられてから、次は指の腹で押され、その後にはノックするように返し曲げた人差し指の関節で叩かれる。

「……どうやったらこうなるわけ」
「別に、何もしていない」
「まあ……うん、岳里ならそれでもありえそうだよ」

 苦笑混じりの言葉に、なにがおれならありえそうかよくわからなかったが、まああいつがそれで納得しているのであればそれでいい。
 あいつはおれの腹をもう一度押したりしたあと離れて行った。距離を取る背中を見つめながら、薄く口を開く。

「触れさせろ」
「……はい?」
「おれの腹を触ったろう。ならお前の腹も触らせろ」

 ぎこちなく振り返ったあいつにわかるよう言葉を飾りもう一度告げれば、あいつは口元を引きつらせる。

「いや、おれの腹はそんな触らすどころか、見せるまでもないものだから……ていうか、触りたいのか……?」

 素直に頷いて見せれば、一歩あいつが後ずさる。その分おれは迫れば、さらに下がる。

「が、岳里……冗談、だよな? 目がマジに見えるけど、な?」
「冗談ではない。不公平だろう」
「不公平なわけあるか! その立派な腹筋があるくせになんでおれの見せなきゃならない、絶対おれの方が不幸で終わるだろ!」

 虚勢を張るように声を上げているうちに、あいつの背は壁に着く。その時点でようやく追い詰められたことに気づいたあいつは驚いたように後ろに振り返り、もう一度前を向いてから、ごくりと息を飲んだ。
 その間にもおれは僅かばかりの距離を詰める。
 慌てて横に逸れ逃げようとするあいつが目をおれから離した瞬間、一気に間合いを詰め、逃げる先に腕を置きそれを防ぐ。

「うぎゃっ」

 それも、腕を置いたのは目先。咄嗟に頭を引いたが、その後ろにさらにおれの手をつき、顔の両側を挟むように捕える。

「あ、あの、おれが、悪かった! そんなに触られるのが嫌だったなら、言えばいいのにっ」
「嫌? 別に、おまえに触れられるのなら厭いはしない」
「えっ、怒ってるんじゃ、ないのか……?」

 何か勘違いをしているらしいあいつは、怯えの色を濃くした瞳でおれを見上げる。しかしおれの答えを聞けば、今度は戸惑いが強くなる。
 しかし、決して目を逸らそうとはしない。

「…………」

 無意識のうちにあいつへ顔を寄せかけたところで、不意にノックの音が響いた。

「岳里さま、お洋服をお持ちいたしました」

 扉の外から聞こえる声は、確かにおれが替えの服を頼んだ兵の声。
 おれの腕に挟まるあいつはあからさまに安堵の溜息をついた。

「ほら、岳里。取りに行かなくちゃ」

 おれがもう追いかけることをしないということを理解しているのか、先程はしなかったのに、今度はするりと腕の下をくぐりぬけてしまう。
 兵の訪れはタイミングがよかったのか、それとも悪かったのか。いまいち判断がつかず、おれはあいつに気づかれないよう小さく溜息をついた。
 おれが動き出さない代わりに、あいつが扉の方へ向かった。そこを開け、兵から服を受け取る。しかしそれだけでは終わらず、他に二三言交わしようやく扉は閉められた。
 振り返ったあいつの片腕にはおれの替えの服が。もう片方には盆を手にしていた。その上には二皿が乗っている。

「なんかこれ、迷惑かけたお詫びだって」

 笑顔を浮かべながらあいつはまず盆をテーブルに置き、それからおれに服を手渡す。
 受け取ったそれを羽織りながら、おれは部屋に持ち込まれたものを見た。
 どうやらフルーツの盛り合わせらしく、一口大に切られた果物たちが皿に器用に並べられている。二皿あるがどちらも内容は異なり、豊富な種類が使われていることが一目でわかった。

「頭も使ったことだし、ちょうどいいな。あ、災い転じて福となす、ってことのことだ!」

 な、と皿を見つめたまま笑顔を見せるあいつに、服を着終えたおれはふっと口元が緩む。しかし目の前から視線を逸らさないあいつがそれに気づくことはなかった。
 すぐに口元を引き締め直し、おれは先に席に座る。それに倣うようにあいつも反対に腰かけた。

「なあ岳里はどっち食べる? ちょっと内容違うみたいだよな」
「先に選べ。どちらでもいい」
「なら遠慮なく。 ……これっておれが好きなあれだよな、ならこっちもらっていいか?」
「ああ」

 先にあいつが一皿持ち上げ、続いておれも残った方の皿を自分の方へ持ってくる。

「いただきます」
「――いただきます」

 あいつの言葉に続き、おれも食事前の挨拶を口にした。以前は言わなかったが、あいつに直された。
 ほぼ同時に最初の一口を口に含み、あいつだけが声を上げた。

「んまい! おれりんご好きなんだよな。まあこれはりんごじゃないんだけど」

 笑いながら食べ進める姿を盗み見ながらおれも食べ続けると、ふとあいつの視線がおれに、正確にはおれの食べる分が乗る皿に向けられていることに気が付いた。
 どうした、とおれが声をかけるまでもなく、先にその理由をあいつは口にする。

「なあ岳里、それ一口くんない? その、ぶどうみたいなの」
「これか」
「そうそれ。おれのも一口やるから、交換。どう?」
「別に、構わない」

 示されたものを木の匙で掬い上げ、あいつの口元まで腕を伸ばした。
 始め、あいつは向けられたそれに戸惑いを見せたが、すぐに身体を僅かに前に出して、口を開いた。
 そのままぱくりと、口に含む。

「うまいか?」
「ん! これたぶん初めて食べる奴だけど、あまずっぱくて苺みたいな味でうまい」

 花が咲いたように、ぱっと笑顔を見せるあいつを瞳に収めつつ目を細めていると、今度はあいつが、どれがいいかと尋ねてくる。
 適当に選び示すと、あいつは皿ごとおれに渡そうとしてきた。それを制すると、不思議そうにおれを見つめる。

「それだけ掬ってくれればいい」
「あ、うん」

 おれの言葉に素直に頷いたあいつは、自分の匙でそれをとり、おれがしたように匙ごとおれに向ける。
 あいつが考えているのは恐らく、そのままおれが手で匙を受け取り自分で食べるというものだろう。だからこそおれは、まず持ち手を持つあいつの手ごと握りしめ、顔を伸ばして先程あいつがしたように口を開いた。

「っ、手を出すなら自分で持ってって!」

 僅かに顔を赤くしながら、おれの手から逃げるように離れていくあいつの手。
 口の中は予想したよりもはるかに、甘ったるいぐらいの粘つく味が広がったが、それよりも先程触れた手の体温、そしてあいつの、赤くなった真司の顔に満足した。
 久しぶりの、丸一日あいつの過ごす時間にした今日。
 多少の賑わいはあったものの、特になにがあったというわけでもない平穏な一日。
 だがあいつがいるだけで、傍にいるだけで。おれにとっては、幸福な一日だ。

 おしまい

君が追うのは main だから、笑って


 

とにかく甘く頑張ろう! と意気込んだ結果、考え付いた先が「あーん」でした……。
こんなお話ですが、楽しんでいただけたのであればとても嬉しいです


りん子さま、今回は三周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからもどうか、当サイトをよろしくお願いいたします

2012/12/07