密かな癒し

三周年記念企画にて、えんさまのリクエスト
・【Desire】岳里×真司、岳里視点。
・シチュおまかせ。



 雲行きが怪しいと、今日の訓練は早めに切り上げられた。
 それでも残って続きをしようとしたおれに、ヴィルハートが今日は早めに部屋に戻れと許さず。そのため、仕方なく今日は言われた通りに部屋に戻ることにした。
 部屋へとつながる道へと足を進めながら、やはりどこかで素振り程度ならできるだろうかと考えていると、途中ライミィの部下である六番隊副隊長のルルナタが前方より歩いてきた。そのまますれ違おうとするものの、引き留められる。
 仕方なしに話を聞けば、今日はすでに真司を部屋に返したらしい。
 現在真司はライミィのもとでこの世界の語学を学んでいる。今朝も部屋の前で別れたのが、どうやらこれから怪我の療養中であるライミィには検査があるらしく、いつもよりも早い今の時間に返したようだ。
 それでは、と人の良さげな笑みを浮かべ、軽く頭を下げたルルナタと別れ、おれは先程とは違い部屋へと迷うことなく足を進めた。
 もうどこかで鍛錬の続きをしようという考えはない。頭を占めるのは、ただ早く部屋へ帰るということだけ。
 無意識のうちに足早で向かえば、時折すれ違う兵どもが振り返ったのがわかったが、気にはならない。
 しばらく歩けばようやく、部屋の前にたどり着いた。
 目の前の扉を開け中に入れば、すぐに目に入ったその姿につい目を細める。
 扉を後ろ手で閉め自分のベッドへ向かい、端に腰かけ目の前の人物を離れた場所で眺めた。
 おれが部屋に入ってきたことにも気づかずに、すうすうと寝息を立てるあいつに。誰も見ていないと知るからこそ、頬が僅かに緩む。
 こちら側に顔を向け呑気な寝顔を晒すその姿をただ眺めていると、ふと投げ出されるように伸びた手が何かを持っていることに気が付いた。どうやらそれは本のようで、見開かれたままの姿でそこにある。
 腰を上げ、真司の眠るベッドの傍らまで足を進め、身体の上に覆いかぶさるように本へ手を伸ばす。緩く本にかかるあいつの指を解きながら、さすがに目を覚ましてしまうかと思ったが、少し口元が動いただけだ。おれが本を取り上げても結局目を開けることはなかった。
 目元にかかる前髪を払ってやってから、改めて手にした本の中身に軽く目を通してみる。
 開かれたままになっていたページとその前後を見て、大まかな場面とジャンルを把握した。
 この本は創造された物語であり、冒険譚のようだ。開かれていた場面はちょうど主人公がヒロインの少女と、彼女を狙う悪役どもとの最終決戦の前夜に約束を交わすという、佳境へ向かう手前。涙滲ます、言ってしまえば誓いを交わす胸を熱くさせる感動のシーンと言えよう。
 あいつがこの場面を読みながら眠ったのか、それとも偶然にこのページが開かれたままになっていたのかはわからない。だが思わず、寝息を立てるその穏やかな顔を見ながら笑みがこぼれる。
 花より団子というわけだ。一部分にさらりと目を通しただけとはいえ、主人公とヒロインが互いの絆を確かめ合い、共に在る未来を願う重要な場面というのがわかった。そんなところで寝てしまうとは。
 らしいといえばらしいと、さらに笑みを深くしながら、真司が寝ころぶベッドの端へ腰を掛けた。座ったすぐ近くにある顔に触れ、髪を梳き、一度は鼻をつまんですぐ離したり。唇をなぞったり、まつ毛に触れたり、深く眠っているのをいいことに、自由に触れ回る。

「……ん」

 小さく漏れた声にすぐに手を引くが、少し待ってみても起き出す気配はない。それを確認し、再び手を伸ばす。
 頬に触れた時、その温もりが心地よかった。手にかかる鼻息が、より一層おれの心を穏やかにさせる。
 気づけば、そっとあいつの顔に自分の顔を寄せていた。
 互いの息がかかりあうほど近くで、まばたきの音すら感じそうなほど近くで。じっと、穏やかな寝顔を見つめる。
どれほど見ても見飽きない、いつまでも見ていたい。そんな、愛おしさがこみ上げる。

「――真司」

 名を呼んでも目を覚まさない。もう一度呼んでも目覚めないことを確かめてから、そっと、さらに顔を寄せた。
 音もなく触れ合った額に、おれも目を閉じる。
 ――おまえにもう悲しい思いはさせない。おれが、守って見せる。だから。
 顔を離し、また高い位置から見下げた。今にも涎を垂らしそうな間抜けな面を見て、おれはその無防備な頬に手を添える。
 何度か刺激にならない程度にそこを撫でてから、今度は一気に抓ってやった。

「――いてっ!?」

 痛みに飛び起き、驚いたようにあたりを見回した顔と目が合うと、思い切りにらまれる。

「い、痛いだろ岳里! 人がせっかくいい気持ちで寝てたのに、何すんだよ馬鹿っ!」

 当然の怒りをぶつける姿に、おれは心の中でひとり笑った。意地の悪いことをした自覚はあるが、それはとまらない。
真司には、相変わらず無表情だと思われているに違いないだろう。
 そう考えるだけで、さらに心は満たされた。

 おしまい

main 岳里岳人のとある一日



ここからは補足という名の蛇足です。
後半の突然寝ている真司の頬を抓るという非道な行いは、あまりに目を覚まさない真司に、逆に微かな不安を覚えたからです。
穏やかに、安らかに寝ている姿もいいが、あんまりにそのままではこのまま目を覚まさないのではないか、という不安。
もちろんそんなわけないというのは頭のいい岳里でなくても知っていることではありますが、どうしても芽生えた不安はくすぶるものですから、だからあんなちょっとしたいたずらで目覚めさせたというわけです。
そして痛みに飛び起き、いつもの調子で岳里に怒る真司に不安は消える……という。
おそらくこのあと、岳里は話をそらすためにも、チェギをしようと、ぷんすかする真司に提案し、真司は単純に頷くのかと思います。
そして流れではチェギをしながら、「あれ、そういえば岳里、なんでいるんだ? 今訓練中じゃなかったか?」になるのかなあ、と。
そんな風に、本来はいないはずだった岳里の存在に気づくのが遅い真司に、また岳里は癒されることと思います(笑)
今回のテーマは、『真司の寝顔に密かに癒されている岳里』、でした。

今回は三周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからもどうか、当サイトをよろしくお願いいたします

2012/05/31