◇小さな手◇

今回はケイトさんのおチビ化です! ケイトさんの視点になります。
※Desireメンバーは出ておりません。
以上を踏まえたうえで、菜月様の世界をお楽しみください


 

◇小さな手◇

いつもより視点が低い。手のひらを見ると予想通りに小さい。
…またか
俺は溜め息を吐いた。
どうして研究者や魔術師というのは、人に幼い姿をさせるのを好むのだろうか…?
流石にこの小さな手では包丁など危なくて握れない。
俺は厨房を出て廊下へ歩みを進めた。
幸いな事といえば、着ていた厨房の服も一緒に縮んだということだろう。
前にやられた時には、チビになった時も戻る時も真っ裸になってしまった。
原因だった薬師…を名乗るただの変態だと認定した…を、三枚に卸してやろうと良く研いだ包丁を手にしたのは記憶に新しい。
残念ながら焦った顔のソウに止められたけど。
前回の犯人は変態…もとい、愛妻家の父だった。
俺の生母、ソウのパートナーで薬師のケイは、各地を周り様々な知識を得ているせいか余計なモノまで習得している節がある。
幾ら『愛しい妻が生んだ幼い頃の息子が見たい』からといってほぼ成功しているとはいえ…研究段階にある薬を息子に飲ますとか。
その時点で俺より自分の欲望を優先してる。
前回は幸いなコトに薬の副作用は翌日の強烈な睡魔なだけで、後遺症は無かったけど。
でも翌日は普通に仕事の日だったから正直かなり辛かった。
…今回はどんな反動が来るのかを考えると頭痛がするけれど、何となく薬品的なものでは無い気がしている。
確証があるわけでは無いのだけれど…。
城内を歩いてみると当然だけど全てのものの位置が高く見える。

「あれ、どうしたんだお前。迷子か?」

魔術師達の居る場所を目指して歩いていたら、上方から声を掛けられた。
掛けてきた人には見覚えはないけれど、不思議そうな表情を浮かべている。

「…私は厨房で働いているケイトと申します」

一礼してそう名乗るとしゃがみ込んで俺に目線を合わせてきた男が目を丸くした。

「お前、ケイトさんの知り合いか?」

やっぱり無理があるか。以前もケイト本人だと告げても信用なんかされなかったしなぁ。

「…てか良く見ると似てるなぁ。ケイトさんの隠し子か?」

だから本人だってのに。
というかさっきからこの男、俺を知っているような素振りなんだが誰だ?
服装はこの城の中に居てもおかしくないような清潔でさっぱりとしたものを身に付けている。
けれど、俺の記憶の中にはこの男の存在がない。

「うわぁっ」

首を捻っていたその時。男の手が伸びて俺の両脇を掴んだ。
いきなり浮いた足をばたつかせていたら、男の顔がアップになった。

「何するんですかっ!?」

辛うじて口から飛び出したのは丁寧な口調。
内心はふざけんなと罵倒しつつ、見られている分此方も観察してみる。
切れ長の眼は黒に見えたけど深い藍色で、髪も同じらしい。
男は俺の耳下辺りの匂いを嗅ぐといきなり表情を崩した。

「なんだ。本人なら本人て言わなきゃ解らないだ……」
「何やってんだ、そんな所で」

聞こえてきた知った声の主が此方に視線を向けて、俺を捉えた。

「ケイトッ!?」

流石生母。ソウは一目で俺を認識すると、あっと言う間に距離を縮めて男の手から俺を解放してくれた。
直後、鈍い音がして男の唸り声が続く。
相変わらずだ。
華奢な体躯からは想像もつかない程の、重い一打は今もって健在らしい。

「酷いよソウさん」
「同意もなく無闇に人を抱き上げるな。…ケイトじゃなければ、泣かれていたぞ?」

ソウが素っ気なく言い放ち、男が焦ったような顔になる。

「エッ!?そんなぁっ」

ソウに床へ降ろして貰った俺は、男を見上げてみる。
ソウよりデカいその男にやっぱり見覚えなんか無かった。

「ソウ、その人誰…」
「あっ!俺は…」

俺と男の声が重なった。
ソウは男、俺、また男という順番で俺達を見ていたが。

「ケイトは知らなくても良いな」

と、紹介することを放棄した。

「ち、ちょっとソウさんッ」
「お前はさっさと目的地へ戻れ。ケイト、おいで」
騒ぐ男を無視してソウが俺を扉へと促した。


ソウに連れられ向かった先は薬師達が集まっている場所だった。

「こんにちは~」

関係者以外立ち入り禁止だと思っていたのだけどそんな事は無いのか、俺の手を引いてソウが扉を開いた。
中では幾つかの机があり、壁に向かって何やら調合?している者、書類を書いている者等様々だ。
彼等はソウに気付くと会釈はするものの、直ぐ各々の仕事に戻ってしまう。
そんな中、ソウの声を聴き分ける能力は特殊だと言えそうなケイが真っ先に歩み寄ってきた。

「どうしたんだ、ソウ。仕事中じゃないのか?」

聞きながらも近付いてきたケイの口端は緩み、片手は既にソウの肩にある。

「今休憩中で…」

台詞が途切れたのは人前にも関わらず、スキンシップを開始したから。

「……」

溺愛具合は知っていたが、その素早さには驚いた。
そして室内の薬師達が慣れているような様子なのが、第三者ながら恥ずかしい。
目を逸らした先では薬師の1人が真っ赤になってプルプルしている。どうやらケイとソウのスキンシップシーンを見てしまったらしい。
…気の毒に。
まだ若そうな薬師から目を逸らすとケイがしゃがみ込んできた。
目線が同じくらいになる。
その手が俺の額に触れた。
ソウとは違い、大きく温かな温もりが額に集まる。

「今回は残念ながら俺じゃないんだ、ソウ」
「…ケイじゃないとすると原因は何だろう?」
「…ケイト。服はチビになってから着替えたのか?」

要は、縮んだ際に身体だけだったかと聞きたいらしい。
気付いたら服も一緒に縮んでいた。
だから否定の意味で首を横に振る。

「…熱もないし、そうなると…」
「服も一緒となりますと、魔術関連じゃないでしょうか?」

いつの間にか俺達の近くに来ていた人が、わざわざ膝を折って俺に目線を合わせてきた。
…あれ?この眼鏡の人、さっきプルプル震えていなかったか?
名残のように頬は赤味を帯びているし。
綺麗な青い眼が俺を見ている。
…あれ、この人良く見ると整った顔してないか?
眼は少し細めだけどバランスが取れている。
…薬師、だよな?ケイの職場の人らしいし。
その少しだけ細い眼が心配そうに俺を見ている。

「やっぱりその可能性が高いかなぁ」

ソウが軽く息を吐いている。
ふと。ケイが俺の頭を乱暴に撫でた。

「この頃のケイトに会えたのは嬉しいけど、このままじゃ困るよな?」

困るに決まっている。今日は休みじゃなくて出勤日なんだから。給料泥棒になってしまう。

「他に小さくなった方が居るか少し聞いてみましょう。魔術関連だとしたら、他にもいらっしゃるかも知れませんし」

スッと立ち上がった眼鏡の薬師?にケイが頷いた。

「そうだな。ソウも庭師の方で捜してみてくれないか?」
「解った。…ケイト、あまり無茶をしてはいけないよ?」

ソウがそう告げて薬師の部屋から出て行く。

「シキ。…悪いが隊長に連絡してくれないか?」
「解りました。…早く戻ると良いですね、ケイトさん」

そっと俺の頭に手を乗せたシキと呼ばれた眼鏡の人は、穏やかにそう言うとあっさりと部屋を出て行った。
取り敢えず俺は、城内には居るだろうレオンに会いに行こうと、薬師達の部屋を出た。

薬師達の集まる場所から魔術師達の居る場所へ。
あまり来たことのない場所ということと、何時もと視点が違うことが原因なのだろう。
俺はすっかり迷ってしまった。

「…あれ?」

また、同じような通路に出てしまった。
普段より身体が小さいせいか、少し疲れてきた。

「あー。ケイトさん発見。また会ったね」

人気のない廊下の片隅で座り込んでいたら、不意に人の気配がした。
ついさっき聞いた声が上から降ってくる。
見上げると藍色の長い髪の男が、にこにこと笑いながら歩み寄ってきた。
その長い手が、俺の頭に乗る。
それからは嫌な気配がしなかったから、特に振り払わなかった。
頭から手が離れ、男が隣にしゃがみ込んできた。

「疲れた?」
「…少し」

偽る必要も感じなかったし素直に答えると男は小さく笑ったようだった。

「これあげる」

差し出された丸い物を受け取って、それが瑞々しい果物だと気が付いた。
もう一つをポケットから取り出した男は、無造作にそれを齧る。
なんの偶然だろう。その果物はソウも育てたことのある俺の好物だった。

「…有り難う、御座います」

正直、喉が渇いていたから遠慮なくそれを齧る。
果汁が口内に溢れた。甘過ぎないさっぱりした食感の果肉を咀嚼していく。
暫く黙ったまま、隣に座り込んでいた男が唐突に呟いた。

「…騎士が来るね」
「え」
「ケイトさんの知ってる人だよ。聞きたいことはその人に聞いたらいい。…またね」

成人男性であれば小さな果実。既に食べ終えていた男はそう告げると、廊下の窓から外へ跳んだ。

「!?」

今居る場所は一階じゃなかった筈。
獣人か?いや、さっきの気配は確かに人だった。
慌てて窓へと駆け寄ったが、背が小さいせいで飛んだのか着地したのか確認が出来ない。

…不便すぎる。早く戻らねえかな。
男から貰った果物を食べ終わった頃、知った気配が近付いてきて角からその姿を現した。
その騎士が、何気なく此方を見て…固まった。

「なんで子供?…君、誰かに連れてきて…」

吃驚した表情を浮かべた彼が駆け寄ってきて、屈み込み俺の顔を見た。
見慣れた騎士の眼が落ちそうな程、見開かれた。

「えぇっ!?まさかケイトさん本人だったりとかしたりするんですかっ」

相当驚いたらしい。
何やら言葉がおかしな事になっている。
騎士の手が俺の着ている服に触れた。

「やっぱりこれ、城から支給されてる服…」
「私は厨房で働いているケイト本人です。さっき突然こんな姿になってしまったので、レオンの所へ行こうと思って…」
「…ケイトさん。意外と冷静ですね?」
「残念ながら前にもこうなった事があるので」

慣れてます、と続けると騎士の眉が下がった。
大変ですね、と表情から伝わってくる。

「ところでユユさん。魔術師達が居る場所解りますか?…すっかり迷ってしまって」

頭をかきながら言うと騎士の表情が少し緩んだ。

「視点が違うと勝手が解らなくなりますからね。案内しますよ」

…ここで会えたのがユユさんで良かった。ほっと息を吐いて俺は、何時もよりゆっくり歩いてくれている騎士の隣へと並んだ。
背が高く、歩幅も大きい筈なのに気を使ってくれているのかその歩みはゆっくりだった。
ユユさんの隣は歩き易くて楽だなぁなどと、ぼんやりと思った。

「ここの突き当たりを左に曲がると大きな通路に出るよ」

ユユさんが、すっと指差した方向はT字路になっていて、頷きながら歩んでいく。

「城の中って迷路みたいなんですね。厨房のまわり以外をあまり歩かないから、結構新鮮です」
「確かに同じように見えるかも知れないですね。時間が合えばいつでも案内しますよ?」

のんびり歩きながら交わされる会話も平和そのもの。
のんびりしたままその箇所を曲がると、小さな子供がバタバタと魔術師らしき人物を追い掛けているのに遭遇した。

「だから事故ですってば~」
「逃げんじゃねえ、このバカ!仕事詰まってんだぞ責任取りやがれ」
「なら、その手にある物を捨てて下さいよう」

俺とユユの目線が、小さな子供(俺と同じ歳くらい)と金髪の魔術師?へ向いてそのまま子供の手を見た。
…それはそれは切れ味の良さそうな、ペーパーナイフにしては鋭いものが握られている。

「…あっ」
「騎士さん、そいつ捕まえてくれ!」

言い合いをしていた2人が気配に気付いたのかこっちを見た。
その瞬間、魔術師がこっちに向かって走り出す。

「えっ、わ!」

咄嗟の出来事とはいえ流石、訓練されている騎士。
ユユさんは逃げようとした魔術師?の手首をガッチリ捕まえていた。

「おお!ユユさん凄ぇ」
「あはは。一応本職なので」

小さく拍手するとユユさんが照れたように笑った。
騎士からは逃げられないと思ったのか諦めたのか。
定かではないが、魔術師?は大人しくなった。
そんな俺とユユさんの前に歩いてきた子供。
良く見ると白銀の髪に蒼い眼で、その面差しは…。

「レオン!?」
「…やっぱり。ケイトにも影響が出たか」

捜していたレオンハルトは大きな溜め息を吐いてから、小さな肩を落とし俺の隣まで歩いてきた。
そして。

「え」

俺とユユさんの目の前で手にしていたナイフを魔術師に翳す。
すると魔術師の姿がフッと消え、木の札のようなものが落ちた。

「…ええっ!?」

ユユさんも吃驚した表情で掴んでいた自分の手を凝視している。

「子供騙しの術だよ。幻覚の強化版」

冷静なレオンの声が不意に響いて聞こえた。
目の前が暗くなり、身体が傾くのが分かるのに身体に力が入らない。

「ケイトさんっ!」
「ケイトっ」

誰かの腕が俺を支えてくれた。
でもそれが誰なのか解らないまま俺は意識を手放した。


……

リンと呼ぶ声がする。
酷く懐かしく感じる声に応じたいのに眼が開かない。
眼どころか身体が全然動かない。
今にも泣き出しそうな低い声は成人した男の声。

「こんな……で……!」

取り乱している声。大きな声だというのに何故だろう。
微かにしか聞こえてこない。
自分を抱く腕は間違いなくその男のもの。
こんなに近くにいるのに次第に気配すら遠のいていく。

「リン!」

強く呼ばれるその名前はー…?
…フワリと薫ったのは、香茶にも使われる良い匂いの葉に似ていた。

『もう大丈夫』

夢と現の境目で、それは夢だったのかも知れない。
そっと髪に触れていた人物がそう呟いて大きく息を吐く。

『でも気を付けて。思っているより君は感受性が鋭いから』

…その言葉を残して、気配すらかき消えた。
…そうして。
ゆっくりと眼を開いた先に映ったのは城内の一室だった。
何だか意識がふわふわしている。
さっきのは夢だったらしい。
あの薫りはしないし、するのは消毒関係の匂いだ。
清潔に整えられた室内、そして傍らには元の姿に戻っていたレオンハルト。
心配そうに額に手を伸ばしてきたのはソウ。

「気が付かれましたね。もう心配ないですよ」

その声に視線を向けると医者?がにっこり笑い、ケイとソウに何やら説明を始めた。

「巻き込んでしまって済みません、ケイトさん」

聞き覚えのない声がして俺の視界に入ってきたのは、あの時レオンに追われていた金髪の魔術師だった。

「…一体何がどうなっているんですか…?」

突然子供になったり、ぶっ倒れたり訳が分からない。
キリキリと睨むレオンハルトに苦笑いを浮かべた後、金髪の魔術師は俺へ向き直るとすっと頭を下げた。



癖のある短い髪がふわりと揺れた。

「昨日、隣国で成功したという新しい手法の『時遡の術』を試したんです」

要するに今の歳より外見年齢を下げる術を試した所、どこかに間違いがあったらしく発動しなかった。
色々調べていたところ、時間差で歳が若くなる魔術師が続出し始めたという。
若返る歳も個人差が大きく、戻るタイミングもバラバラだという結果が出た。
でも、魔術師達の部屋は俺の行動範囲にはない。

「…何故私が?」

問い掛けた瞬間、金髪の頭が更に下がった。

「実は。昨夜こっそり試した場所が厨房の上の部屋でして…」

昨夜、いつもの残業をしていた時に術に掛かってしまったらしい。
…なんて傍迷惑な。

「ところでケイト君。気分は悪くないかい?何なら俺が責任持って…」

ガシッと捕まれたのは両手。
はっと気付いた時には金髪の顔が目の前に迫っていて。

「いい加減にしろっ、ジウ!」

レオンの怒鳴り声と。

「貴様。…覚悟は出来ているんだろうな?」

低いケイの声が重なるも顔は遠ざからず。
俺はにっこり笑って久々の頭突きを披露する羽目になった。

 

 

有り難いことにあの術の後遺症はなく、休日の今日も体調に変化はなかった。

「あれケイトさん。そこ何処かにぶつけたんですか?」

あの時案内してくれたユユさんと市場へ向かっている時だった。
ユユさんの目が俺の手首を指差した。
見ると指摘通り少し緑になっている。

「大したことないんですよ」

上着で隠したその痣は、あの夢を見た日に現れた。
今の所違和感はないけれど、何かの意味があるのか。
分からないままだ。

「あっ!ケイトさんあれ安くないですかっ?」
「ユユさん、その隣もあれ珍しいです」

買い物へ意識を移しながら、チラリと眼を落とした手首には。
少しずつ形が変わっているような痣がしっかり付いていた。

End

頂きもの

 


 

三周年記念企画の『ちびパラ!』を見てくださったようで、ケイトさんの幼児化を書いてくださました!

菜月さん、本当にありがとうございました!