獅子には非ず

三周年記念企画にて、ホムラさまのリクエスト
・【Desire】のハヤテ×ジィグン
・二人について、周りから見た認識や反応


 

「だああっ離せ馬鹿どこに連れ込むんだ!」

 アロゥが執務室の自席で茶を啜っていると、ふとそんな悲鳴が城にこだまする。しかしアロゥを含め、周りにいる兵誰一人としてその切羽詰まる声に反応する者はなく、むしろ、穏やかな笑みまで浮かべている者さえいた。

「相変わらずあのおっさん声がでけえなあ」

 そうけらけらと笑ったネルは、周りと同じくその声のもとへ動こうとすることもなく、椅子の上で膝を抱えながら身体を揺らした。
 先程の悲鳴はジィグンのもので、彼の身になにが起こっているのか知っているからこその落ち着きと、無関心さである。
 それまで一心に机に向かっていた王は、筆を動かす手を止めて顔を上げた。それに気づいたネルがすぐさま駆け寄る。

「王ぅ、しばらく騒がしいんだからおまえも休憩しちまえよう」
「ネルの言う通り、そろそろ手を休まれるとよろしいでしょう」

 王の腰かける椅子の裏から、首に腕を絡めるネルの手に己の手を重ねながら、アロゥの言葉も受けた王は笑う。

「そうだな。ジィグンがハヤテにつかまってしまったようだし、ちょうどいい。ネル、悪いが香茶を頼む」
「おうよ! 待ってろよう、今日もうんまいの淹れるからなあ」

 するりと身体を離したネルは、そのままぱたぱたと足音を立てながら、新しい香茶を用意するため部屋を出て行った。
 その姿を見送ってから、王はアロゥへ目を向ける。

「しかし、あの二人も変わらないな」
「落ち着きがないのも困ったものですが、あれらが賑やくことでこうして王に休息していただけるのであれば、まあよしといたしましょう」
「はは……なるべく気を付ける」
「ええ、そうしてくださると助かります」

 そう言ってアロゥはほくそ笑むと、手に持っていた茶をまた一口すすった。

 

 

「だああっ離せ馬鹿どこに連れ込むんだ!」
「うるせえな耳元で騒ぐんじゃねえよクソが」
「誰のせいだっ、は・な・せ!」

 荒々しい言葉を表すように身体をばたつかせるが、しかしジィグンを肩に担いだ男は揺らぎもしない。
 体格差だけでなく獣人としての能力も、獣人随一と謳われるハヤテに対し人間とそう変わらぬ平均的なジィグンが敵うわけもなく。むしろ肩に食い込む己の腹が圧迫され苦しみ呻く。
 その姿に気づいたハヤテは、ふんと鼻で笑い、ジィグンはさらに声を張る。

「きっ、昨日だってやったろうが……! おまえに付き合ってたら身体がもたねえ!」

 あえて身体を捻じ曲げ、できるだけハヤテの耳元で叫んでやる。
 しかし少しは効果があったか、とジィグンが様子をうかがうまでもなく、その効果の程が披露された。
 ハヤテの身体の前に下がるジィグンの尻が、わしっと掴まれる。

「ぎゃっ!?」
「はっ、色気もクソもねえな。反応も力有り余ってんじゃねえか」
「っ、おまえな……!」

 思わず飛び出た、言葉通り色気などない悲鳴をハヤテは鼻で笑いつつ、やはり足を止めようとはしない。
 ハヤテの背中を精一杯に抓りつつ、ジィグンが助けを求めようと辺りを見回すと、ちょうど視界に入った人物たちの名を呼んだ。

「れ、レードゥ隊長! ヴィル隊長! どっちでもいいんで助けてください!」

 それまで二人で何か話していたようだが、ジィグンに呼ばれこちらを向く。
 しかし、その時二人が浮かべたのはどこか穏やかな微笑みで、小さく手を振るとレードゥもヴィルハートも同じく背を向け足早に去ってしまう。
 あっ、とジィグンが切ない声を上げるもすぐに二人の背中は見えなくなった。次に誰かに救いを求めようと辺りを見るが、ちょうどいた兵士にはすっと目を逸らされてしまう。
 ハヤテに物おじせず意見できるのは隊長の位を持つ者くらいでないと、存在しない。先程のレードゥとヴィルハートを逃してしまったことをひどく後悔しながら、ジィグンはこの近くにいる誰かに届くようにと声を上げる。
 しかし結局誰も現れることなく。攫われたジィグンはハヤテと共に近場の人の寄り付きにくい部屋に入っていった。
 ――しばらくして。騒がしい二人が部屋の中で大人しくなったのを物音から確認して、それまで柱の影に隠れていたコガネとヤマトがその場にようやく出ることができた。

「ふう……まったく、ハヤテも相変わらず強引だな」
「まあそれが彼ですから。でも、やるべきことはやってほしいです……」

 苦笑するヤマトに、似た笑みをコガネは返した。
 自由奔放に振る舞うハヤテの、第一の被害者はジィグンとして。第二の被害者とも言えるのはヤマトだ。本来隊長としてハヤテが処理をする仕事を、当の本人がしないためそれがそのままヤマトに回ってくる。

「仕方ない。あいつはすべてが力に注がれたような男だ。椅子に座らない代わりに、人一倍身を張っているのだから。辛いようであればおれも手伝おう」
「いや、大丈夫です。もともとおれたちの隊に割り振られている仕事は少ないですし。それに――」

 それに、ハヤテが処理せずヤマトのところに回される仕事は、優秀な九番隊副隊長が大抵片付けてしまうのだ。実質ヤマトは自分の仕事だけであり、ただ仕事量の多い副隊長を心配しているだけだった。

「そうだったな。あの二人は、うんと素直でないやつらだった」

 小さく微笑むコガネに見とれながら、頷き、ヤマトも満ち足りた溜息をひとつついた。

 

 

 

 ようやくハヤテから解放されたジィグンが、今にでも崩れそうな足腰をまずは休ませてやろうと、一旦自室に戻りベッドに突っ伏す。
 そのまま寝てしまおうかとも思ったし、疲労感から本当に瞼がとろとろと下がり始める。 
 まだ仕事が残っている以上寝るわけにいかないし、何より部下に示しがつかない。理由が理由であるし、それは恐らく周知の事実である以上なおさら休んではいられない。
 重い身体を起こしベッドの端に腰かけようとするだけで鈍い痛みを下半身に感じ、たまらず深い溜息をつく。

「おや、溜息をつくと幸せは逃げると言うぞ」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、同じくこの部屋に寝起きするアロゥだ。
 人の良さげな微笑を浮かべながら、自分はテーブルに仕舞われた椅子を引出しそこに腰かける。

「これ以上逃げられても困んだがな……」

 そう言いながらも再び溜息を吐いたジィグンに声を漏らしアロゥは笑う。

「笑いごとじゃねえんだよ。朝っぱらからあんの馬鹿鳥のやつ、何考えてんだっての! 周りは誰も助けてくんねえし!」
「はは、ハヤテに意見するのであれば多少の度胸が必要だからな」
「はっ、あんな弱虫に対して度胸もくそもあるか! それにいくら立場が上の奴だからって、そいつに口を挟めねえようじゃなんの成長もねえんだ、ハヤテがなんだってつっかっかていくようじゃねえと」

 それに最近の兵は腑抜けが増えてる、と最終的に部下に対する押さえている不満になりかけたところで、ふとジィグンは気づいたように言葉を止めた。

「あいつって……鳥よりも獅子みてえだな」
「獅子?」
「ああ。不遜な王。あの面だけで周りを畏服させるような威圧ある奴だしな。そんな感じがしないか? ……自分で働きもしようとしねえしよ」

 どこか遠くを見るジィグンは、今語る彼のことを考えているのか、むっと顔をしかめていた。その姿に苦笑いを浮かべつつ、アロゥはゆるく首を振る。

「そうかね、わたしはそうは思わないが」
「……なんでだ?」

 自分ではしっくりくる気がしたが、アロゥの言葉に顔を上げるジィグンは小首を傾げた。
 その姿に一度目を細めてから、アロゥはゆっくりと瞼を閉じる。

「獅子には向かぬ男だからさ」

 笑みの滲む穏やかな言葉に、ジィグンはますます首を深く傾げるばかりだった。

 

 

 

 気だるい身体を奮い、どうにかその日の仕事をすべて片付けたジィグンは、溜まった疲れに辟易して廊下の途中で腰を擦りながら壁に右肩を預けた。

「くそ、あいつに手を出されなけりゃこんな苦労もせずに済んだってのに……大体なんであんな底なしなんだか理解できねえ、さっさと枯れろよクソっ」

 鈍痛を感じる度に、頭にちらつく鳶色の髪をする男。その姿に悪態をついていると、不意に肩を叩かれた。

「何をそんなぶつぶつ言ってるのよ」
「大丈夫ですか、ジィグンさま」
「……アヴィルさま、ミズキさま」

 振り返ると、言葉とは裏腹に理由を知っているにやけ顔のミズキと、本気でジィグンを心配するアヴィルのふたりがいた。
 部下であるジィグンに隊長の中で唯一礼儀を正すアヴィルは、いくらやめろといってもジィグンに敬称をつけることを忘れない生真面目な男だ。
 理由は彼が尊敬する大魔術師アロゥの獣人であることと、その偉大な彼と共に歩むことでジィグンが影で残してきたあまり語られていない功績の数々を知るが故のことである。
 正義感が強く曲がったことが嫌いな、一直線に育った彼は、ハヤテが隊長であることを不服としていることでも有名だった。

「いえ、なんでもありません」

 すっと背筋を伸ばしたジィグンが首を振ると、ミズキはくすりと口元に弧を描く。

「相変わらずところ構わずな彼に振り回されているのね」
「…………いいえ、そんなことはありません」

 ミズキの言葉にすぐに返せなかったのは、ジィグンの答えそのもの。しかしながら多少の空気も読んでの冗談も混じっていたのだが、それが通じない人物が一人いた。

「また、あいつですか」

 冷ややかな声音は明らかに、今この場にいないが話題にあがった人物へ向けられたものだった。

「まともに働きもせず、態度ばかりどうしてああも大きくできるものなのでしょうか。それに、ジィグンさまを蔑ろにするばかりで、見るに堪えない傲慢ぶり! 言葉づかいもアロゥさまに正さぬどころか、王の御前でも不遜な限りで――」

 しまった、と思うまでもなく始まってしまったアヴィルの愚痴に、ジィグンは曖昧な微笑を浮かべながら聞き流す。
 アヴィルの隣にいるミズキに至っては、顔をそっぽむけ窓の外に浮かぶ雲を眺めていた。
 まだ若き、真っ直ぐすぎる騎士の言葉は、ジィグンも同感するし、むしろこの口で同じことを言うことが多々ある。だからその通りです、と淀みなく言えた。
 ――しかし、心はどこか暗雲が垂れ込める。
 そういえばアヴィルはハヤテと初めて顔を合わしたとき、なんだこのくそちびは、と言われたことがあった。未だに彼はそれを恨んでいるのだろうか。
 そんなことをぼんやりと思い起こしていると、そろそろ潮時と判断したミズキが動く。

「アヴィル、ほらその辺にしておきましょう。わたしたちには行くところがあるのに、このままでは遅れてしまうわ」

 彼女が主の目を盗み、ジィグンにウィンクを飛ばす。それにジィグンは苦笑を返した。

「あ、ああ……すまない、そうだったな。――ジィグンさま。あいつに追われていればわたしたちが助力致しますのでいつでも頼ってくださいね」
「ありがとうございます。その時はどうかよろしくお願いいたします」

 ため息を気づかれないように吐きながら二人の背中を見送ると、背後から別の気配を感じ振り返る。
 そこにはいつも通りの無表情で突っ立つ岳里人と、そして少しの困惑を見せる真司がいた。
 ふたりの姿を収めてから、ジィグンはミズキに向けたものと似た苦笑を零す。

「はは、なんだ聞いちまったか」
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
「聞こえるように喚く奴が悪い」
「岳里っ」

 平然とアヴィルの非を指摘する岳人を、真司が睨む。けれど彼は素知らぬように顔色一つ変えることなく表情を崩すことはなかった。
 そんなやり取りに、胸にあったつっかえが取れたように、穏やかな気持ちになる。

「別に聞かれて困るような話でもないし、気にすんな」
「――さっき話していたのって、ハヤテのこと?」

 ジィグンの言葉に、真司はためらいがちに尋ねる。

「ああ。アヴィル隊長はハヤテの野郎をあんまよく思っていないんだよ。あいつ仕事とかよくサボるし、王やアロゥに礼儀を欠いてるしな」
「愚直だな」
「岳里!」

 岳人のいう、愚直、とはアヴィルかハヤテか。どちらに向けられたのかジィグンにははかりかねた。しかし真司はどちらのことを示したのか知り顔で再び名を呼び咎める。
 けれどすぐに、その視線はジィグンへと戻ってきた。

「……ハヤテって、さっきアヴィルが言ってたような人なのか? おれ、面と向かって話したことないからよく知らなくて……」

 その質問がジィグンに不快感を与えていないか、恐れるような目に、ジィグンの心はそよ風に吹かれたような心地よさを覚えた。
 あれほどハヤテを嫌っている人間がいて、散々誰もが認める悪い点ばかりあげられていたというのに。真司はそれでも、ハヤテをよく知るジィグンからの言葉も聞こうとする。だからだろうか。
 アヴィルの時に抱いた気持ちとは正反対だった。

「そうだな、アヴィル隊長の言ってたことは殆ど事実だな。でも、すべてじゃない。――あいつは、虚勢張ってるだけの臆病者だよ」

 ジィグンの言葉の意味がいまいち掴めないのだろう、真司は小首を傾げる。しかし岳人は悟ったのか、それまで真司に注いでいた視線をジィグンへ向ける。
 それにただ、ジィグンは微笑むだけだった。

 

 

 

 月が輝く時間となり、風呂からあがったジィグンは自室へと向かう廊下を歩いていた。
 長風呂で十分温まった身体が、溜まった疲れを訴えるかのように、自然に零れる大きな欠伸。
 仕事はもう残っておらず、今日は早めに寝てしまおうと、後ろ頭を掻きながら考える。眠気を覚え始めていた思考は城の中ということもあって油断して、背後から近づく影に気づくことができなかった。

「おいくそおやじ」
「うわっ!?」

 突然声をかけられ、再びしようとした欠伸も吃驚して途中で止まる。振り返るとそこには、ジィグンの上げた声を煩わしそうに眉を寄せるハヤテがいた。

「……なんだ、おまえか」
「こい」

 ほっと胸を撫で下ろしたジィグンの心臓が落ち着くのまでは待たずして、ハヤテはジィグンの腕をとった。
 そのまま力の強いハヤテに引きずられ、渡り廊下に差し掛かった時、外へ足を出す。
 初めは罵声を浴びせて離せあほと騒いでいたジィグンだったが、ハヤテがどこへ行こうとしているのか、何をしているのか、ようやく気づき、その瞬間から自らの意志でついていった。
 気づいたのはそれだけではない。前を歩くハヤテの身体は微かな血の匂いを纏っていた。人間のものとは違う、魔物の血の。
 あまりジィグンと顔を合わせない理由も悟り、喚くように開いていた口をも閉ざす。
 しばらく歩いてようやく、ハヤテがよく昼寝に来る大きな木のもとまでたどり着いた。ここはハヤテと、彼の主であるフロゥ、そして時々連れてこられるジィグンとジィグンの主であるアロゥだけが知る場所。他の誰も立ち寄らない奥にある、ハヤテの隠れ家のような場所だ。
 ようやくつかまれていた手首を離してもらえたが、今度は腰を掴まれ。
 木の根元に座ったハヤテに半ば倒されるようにして、ジィグンは胡坐を掻いたハヤテの上に背中を預ける形で座らされた。

「相変わらずちいせえな、ちょうどいい大きさだ」
「うるせえてめえがでけえだけだろうがよ、おれは小さくねえ」

 口ではそういうものの、すっぽり大男の身体に収まってしまう自分の身体が呪わしい。
 身体を寄せると、血の匂いは濃厚に感じた。

「どうしたんだよ」
「――何がだ」
「見回り中、なんかあったのか?」
「…………」

 ジィグンの予想は当たったらしく、ハヤテは図星をつかれ口を閉ざす。
 それから暫く沈黙を続けたのち、ジィグンの首元に額を押し付け、深い溜息を吐いた。

「――馬鹿な野郎が無茶に突っ込んで死んだ。はっ、おれに任せとけばむざむざ死ぬことはなかったろうに、自分の力量もしらねえ本物の馬鹿だぜ」

 鼻で笑うくせにそれはあまりにも力なく。死者を嘲笑うくせに、その声音は彼の本心が乗り。
 昼間あった真司に言った、虚勢を張ってるだけの臆病者はあながち見当はずれというわけでもなかったと、ジィグンは心のどこかで思った。
 隣にある頭に、預けるように自分の頭を傾ける。

「重ぇ」
「うるせえ黙れ。おれだって重ぇんだよ」

 短い、それだけの会話で言葉は途切れる。
 湯にじっくりつかり得た温もりは、少しずつ、触れる冷たい肌に奪われていった。しかし時間が経つにつれ、本来の体温を取り戻しはじめたのを知り、心の中では安堵する。
 ジィグンは完全に身を預けながら、雲が埋め尽くす空を見上げる。月さえも隠れてしまっている。
 自分の心はもう、喪失になれた。傷つくことも苦ではない。アロゥと共に歩んだ時間が、その間になした行為が、出来事が、そう言ったことに対する感性を鈍らせたのだ。だからハヤテの隊の人間が死んだと聞かされ、ああそうなのか、と思った。運が悪かったと、それだけ。
 むなしい気持ちになる。けれどそれだけ。よく知りもしない相手に涙を流せるほどの純情な心はないし、胸が痛むほどの感覚もない。
 常に死というのは付きまとう。誰が死んだ、誰が怪我をした。あまり、心は動かなくなった。
 慣れなければやっていけない。心が壊れてしまう。誰かが命を失うだけでなく、誰かの命をも奪う立場である以上、切り捨てなければならないものだ。
 しかしそれをできない不器用な人間もいる。そして、今ここにも。
 かの者の前に敵はなしと、無敗の兵(つわもの)と周囲から尊敬の眼差しを受ける男は、ジィグンが哀れに思うほど、不器用な人間だった。
 悲しみを減らすために他を遠ざける。
 痛みを増やさぬためにより多くの敵を己が倒す。
 ハヤテ自身よくない態度であるのは事実で、アヴィルのように彼を快く思っていない者は決して少なくはない。むしろ、恐れを抱いて口に出せぬものも含めれば大半かもしれない。
 力に驕っていると、だから雑務はしないのだと。魔物との戦いにばかり赴く戦闘狂だと、陰では散々なことを言われている。ハヤテの行動が許されるのは、戦いにおいて優れた騎士であるから。確かな実績を残しているからに他ならない。
 だが、ハヤテが執務をしないのにも理由は存在した。それは彼の単なる怠慢などではないのだ。
 獣人とは、力が強ければ強いほど反対に欠落するものがある。獣人それぞれにある、〈悲しみに鈍感〉だとか〈主に執着しすぎる〉だとか特殊な条件がそうだ。獣人が強さを持つほど、その特殊な条件は獣人にとって不利になることが多い。だがそれだけでなく、知力に関することが深刻なものだ。
 簡単に言ってしまえば、獣人は強ければ強いほど頭が悪い。反対に頭が良ければ弱い。ジィグンはどちらかと言えば後者に当てはまる獣人であり、ハヤテは完全に前者に当てはまる獣人だった。
 だから執務は苦痛に他ならず、ハヤテがやるよりもむしろ他の者がやった方が圧倒的にすんなりと事が進む。だから、ハヤテは何かとそれから逃げるのだ。
 その代わり、誰よりも前に出て魔物と戦い、そしてより多くの首を獲る。ジィグンはそれを知っているから、文句を言いながらもハヤテの仕事を片付けていた。
 特殊な条件は誰しも知るが、その獣人に関する強さと知性の差を知る者は実は少ない。
 王は存じており、だからハヤテの執務をジィグンがこなすことを黙認されている。事実を知る者は決してハヤテを悪くは言わない。多少目に余る態度に口を挟む程度で、彼なりの考えを尊重している。現在の隊長たちのほとんどはハヤテの理解者だ。アヴィルはもともと水と油のようにハヤテと相性が悪いだけで、態度さえ改めれば少しは彼のハヤテに対する口も減るだろう。
 ただ、その獣人に関する知識が乏しい者はハヤテが傲慢だと嫌うことが多い。
 仕方ないこととはいえ、理解もなく不満を抱く者をあまりジィグン自身好ましくは思えない。
 いつもハヤテの悪口を声を大にして発する自分の思うことではないな、と内心苦笑した。
 そのときだ。ふと、ジィグンはアロゥの言葉を思い出した。そして、ようやくその意味を悟り、納得する。
 ハヤテは獅子のようだ、と言ったジィグンに対し、首を振ったアロゥは獅子には向かぬ男だと笑った。
 よくよく考えてみれば、確かにそうだった。むしろなぜそんな想像がついたのか、今では疑問に思わざるをえない。
 耐え切れず僅かに声を上げて笑えば、ゆっくりとハヤテの顔が上がった。

「何笑ってんだ気味悪ぃ」
「別に? おまえも可愛いところあんだよなーって思って」
「ああ?」

 確かに不機嫌になる声音に、ますますジィグンの笑みは深まった。
 ジィグンがハヤテを獅子のようだと言ったのは、獅子とは王も意味するからだ。我が道のみ行く彼を、独裁的な王と比喩した。
 アロゥもそう言った意味でジィグンが獅子の言葉を持ち出したのを理解した上で、首を振ったのだろう。
 ハヤテは王に向かない。独裁的な王でも、良心ある王にも、どちらにも。
 よく彼を知る者ならば誰しも、その訳がわかるだろう。思いついたものをそのまま口にしたあの時はただハヤテに腹を立てていたから本質が見えていなかったが、こいつは自由に空を舞える気ままな鳥なのだ。誰にも縛れない、自らが行きたいところへ行くだけの。
 にらまれても口元を締まらせないジィグンに苛立ったように、ハヤテは舌打ちをひとつしてから耳にかじりついた。

「っ、てぇな、何すんだ!」
「うるせえ黙ってろ」

 不穏な動きを見せる手を止めようとそれに己の手を重ねるが、制止はできず。ハヤテの手は服の内側へと入り込む。
 笑みという余裕を消しさりいつもの暴言を吐き始めたとして、時すでに遅し。また、ハヤテの身体に身を預けていたのも災いして、全身を使って逃げ出そうにもうまく動けない。

「――っ、めろ、馬鹿っ」

 手慣れた動き、よく知る動きに自然に上がる息に、ジィグンは首筋に顔を埋める男の髪を掴んで引きはがそうとする。
 すると思ったよりもすんなり上がった顔と目が合った。睨んでやれば近寄ってくる目つきの悪い顔。
 予想外の動きに顔を後ろに引くが、いつの間にか抑えられていた。間近に迫った顔に耐え切れず目を強く瞑る。

「ばぁか」

 珍しい柔らかなハヤテの声を聞いた後、ジィグンは鼻を甘く噛まれた。

 おしまい

はじめての手料理 main わん・わん・わん!


<ハヤテに対する認識・反応〉
・こわい人
・仕事しない人・サボり魔
・偉そう
・近寄りたくない
・力は認めている
(獣人の特性を知る人、ハヤテ自身をよく知る人たちは)
・仕事しない人・さぼり魔
・めんどくさい性格
・力を認め、頼りにしている
的な感じで、基本はみんなにサボり魔と思われている、自由人。
二人に対する認識・反応ですが、ハヤテという人間をよく知るかどうかで大きく変わります。
しらない人物はハヤテのことをよく思っていない人も多いので、ジィグンを哀れ、と。
できることなら助けたいけどハヤテが怖くてできない。だいたいそんな感じになります。
ハヤテに近い、親しい人々はむしろ反対です。
いつもハヤテとジィグンがする喧嘩をほほえましく見守っています。
ジィグンに助けを求められても助けたいとも思わないですし、後々ハヤテに因縁つけられても面倒なので素直に彼に差し出します。
また、ジィグンがまんざらでもないのを知っているので口もはさみません(ジィグンは認めていない)
――と、いう具合ですが、わかり辛かったら申し訳ありません

 

サイト内でも初めて書くことになったハヤテ×ジィグンのお話が楽しくて、ついはしゃいでしましました!
ホムラさま、今回は三周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからもどうか、当サイトをよろしくお願いいたします^^

 

2012/11/04