竜人の花と淡色の結晶

六周年記念企画にて、ANさまのリクエスト
・【Desire】りゅう視点(※三人称)
・初めてのお使いや冒険譚などのほのぼの


 

 岳人と真司の盟約を交わした記念日が明後日であると、彼らの息子であるりゅうが知ったのは三日前であり、それは昨日ことだった。
 すべてのはじまりとも言える出会いは、第六の選択の時を乗り越えたことも兼ねて、毎年のように当時の仲間を集めて城で祝いをしていた。もちろんりゅうもこれまで参加していたが、両親の記念日も含まれたものであるということを知らずにいたのだ。
 いつしか世界に忘れ去られてもなお竜族の間では失われなかったように、盟約による結びつきが深い竜人にとってそれは大切なものである。日々静寂のように生きる厳かな竜族といえども、親類の盟約を交わした日には宴を開き、その絆をみなで祝福するほど。なにより二人の間に絆が生まれ、そして今の自分の存在があると自覚しているりゅうにとっても両親の記念日は決して捨て置けないものだった。
 とはいってもりゅうもまだまだ子供であり、自ら両親の盟約を交わした日を問うことはなかった。今回悟史に何気なく言われて初めて気がついたのだ。
 これまで知らなかったのは仕方がないこととはいえ、知ったからにはりゅうも何かしたいと考えた。それも、これまで気づかず祝福できなかった分も含めて。
 そこでりゅうは、伯父であり、師であり、両親へのものとは異なる強い信頼を寄せる十五に相談を持ちかけた。
 幼少期は十五のもとで暮らしていたとはいえども、声を失った彼の言葉をすべて理解することはできていない。そのため通訳係である彼の盟約者であり同じくりゅうの伯父である悟史も同席の上、今回の事情を説明した。

「なるほどな。それで、真司たちを祝ってやりたいと思ったのか」
「うん……ほんとうは、じぶんでかんがえられたら、よかったんだけど……思いつかなくて」

 聞いてから丸々一晩頭を捻ってみたものの、いいものは思い浮かばないままだった。何か買おうにもりゅうはまだ子供であって、ほしいものがあれば両親に頼んでいるほどだ。おこずかいもまだもらってはおらず、それを考えれば用意するのは無理だ。かといって何か作ろうかとも考えたが、二人に喜んでもらえるようなものは思いつかなかった。
 なにせ、盟約の祝いなのだ。それも初めて贈る。半端なものを渡したくなかった。
 きっと二人は、りゅうが用意したものであればなんであろうとも喜んでくれるだろう。それはわかっていた。偽りなく、きっとありがとうと言って頭を撫でてくれる。だがそれがわかっているからこそ、りゅうはりゅうのできる最善を尽くし二人を祝いたかったのだ。
 そんなりゅうの想いも理解している十五はしばらく考え込み、悟史に振り返る。

「――えっ、いくらなんでもそれはまだりゅうには早いんじゃ……いや、竜人だからって言われてもだな……」

 十五の心の声を聞いた悟史は戸惑った表情を浮かべた後、彼の言葉を代弁した。

「あのな、りゅう。十五が言うには、里から東にみっつ山を越えた先にある谷底に、紺色の、おまえと岳里と同じ鱗の色をした花が咲いているそうなんだ」
「あおいはな?」
「ああ。それで、それを真司たちに贈ったらどうかって」

 なんでもその花はメル・ファ・ドラと呼ばれているそうで、不思議なことに現時点で生きている竜族たちの鱗と同じ色の花弁を開くそうなのだ。もし赤い鱗の竜人が生まれたのならば赤い花が咲き、もし一族に一人もいなくなれば赤いメル・ファ・ドラは消え去るという。
 つまりその谷底に咲くメル・ファ・ドラの花の中にりゅうや十五の鱗と同じ色の花が咲いているように、岳人のものもあるのだという。
 竜族は皆違う色の鱗を持っており、似通った色味はあれどもまったく一緒はない。そのため同じ青色の系統を持つ十五、岳人、りゅうであるが、岳人を基準とすれば十五の色はやや深く、りゅうはやや明るいものとなっている。
 メル・ファ・ドラは竜人の子から両親に贈られるものだという。一人で谷底へと向かい、そして花を取って帰ってきて、それを両親に渡すのだ。それは竜族特有の大人への通過儀礼に近しいものであり、持ち帰った花を煎じて飲むことで人間の親であれば竜族の守護が授けられ、竜人の親であれば逞しい竜の肉体を得ると言われている。
 実際滋養の効果しかなく、あくまで気持ちの問題ではあるが、子は自らの成長を両親に示し、育ててくれた者たちに感謝するためのものである。また竜人と同じ鱗の花をいうこともあり、ときにはその竜人が中心となる祝い事に贈られることもあるのだそうだ。
 だからこそ十五は今のりゅうにぴったりではないだろうかと、メル・ファ・ドラを教えてくれたのだ。
 だが、相変わらずの無表情な十五の反面、悟史の顔はあまり浮かない。

「おれも確かにメル・ファ・ドラはいいなあって思ったよ。いつかりゅうも行くことになるだろうものだったしな。でも谷底には魔物がいるんだ」
「ま、まもの……っ」

 ようやく背を押さぬ悟史の事情を悟り、りゅうも同じように不安に表情を陰らせる。
 竜人といえば、竜の血を引き、竜の姿になれる、竜に次ぐ強者と言えよう。間違いなく人間、獣人の人型の中では頂点に立っている。
 子供ながらにりゅうも竜人であり、その例にもれない力を持つことになるだろう。しかしそれは成人した竜人の話であって、りゅうはまだ“竜”としては赤子も同然なのだ。鱗は柔らかく、爪も牙もまだ頼りない。火炎を吐く器官も使用できるほどでなく、何より喉が高熱に耐え得る構造に変化を終えていない。翼の皮膜も少しでも傷が出来れば飛ぶことに支障が出るほどだ。
 つまるところ、まだまだ竜人として未熟なのである。成人した竜族ならば目でもない魔物に慄くほどに。
 鱗が柔らかいとはいえ成竜と比較しての話であり、命にかかわるような大怪我をすることはまずないだろう。しかしもし遭遇すればただでは帰れない可能性の方が高かった。
 これまでに十五と過ごした日々の中で魔物と遭遇したことは幾度もあるが、そのときは十五が守ってくれた。しかし、今回は一人きり。戦うにしても、逃げるにしても、助けてくれる者はいない。
 そもそもりゅうは一人で何かを成し遂げる、ということをしたことがなかった。なおのこと不安は積み重なり、耐え切れずに顔に出してしまう。

「りゅう、無理しなくていいんだからな。メル・ファ・ドラを取りにいくのはもうちょっと成長した竜人だってらしいし、そのときがくればまた行けばいいんだから。今回はもう少し別のものを考えてみよう。なんなら十五と行ってきてもいいんだしさ」

 俯いたりゅうに合わせてしゃがみこんだ悟史のとなりで、同じように十五は片膝をつき、りゅうの肩を叩く。
 声の出ない口を動かし、それをりゅうに見せた。
 ――おまえなら、できる。
 信頼する十五からの言葉に、りゅうは大きく頷いた。

「ぼく、メル・ファ・ドラ、とりにいく」

 

 

 

 いくらまだ幼いとはいえ、山をみっつばかり越えるだけなど幼竜の翼をもってしても他愛のないことだ。
 自由に空を飛びすぐに目的の谷を見つけた。細い川が流れている。何度か十五や岳人の飛行の際に見かけたことはあったが、おりたことはない。
 今日は高度を下げていき、川べりの岩の上に人間の姿になって降り立つ。川を挟んで同じ細さの剥き出しの地面が道となって延々と続いていた。見上げれば空が狭まっている。
 決して深い谷というわけではないのだが、かつてこの谷底に流れていた川はもっと大きなもので、下に降りるにつれて広くなるように土壁が削られているのだ。
 今ではりゅうの腹ほどの深さの川となり、それほど流れも急ではなくなっている。
 十五の言っていた谷とはここで間違いないはずだと、りゅうはきょろきょろと辺りを見回した。だが花どころか草の一本も見当たらない。
 もし花が見つからなければ、流れに沿って進み続けろ、という助言をもらっていたりゅうは、目当てのものをめざし歩きはじめた。
 ただ緩やかな川の流れる音だけが聞こえる。生き物の気配は水の底にいる魚くらいなもので、世界は薄暗く、肌寒かった。それがりゅうの不安を煽る。
 無意識に隣に手を伸ばそうとして、虚空を掴む前にはっとした。
 今は一人で来たのだ。掴めるような相手は誰もいない。
 伸ばしかけた指先をぎゅっと丸めて拳を握り、ゆっくりと前に向かっていく。
 やがて、緩やかに曲がっていった先で、足元にぽつんと小さな花が咲いているのを見つけた。
 慌ててしゃがみ込んでそれを見つめてみれば、りゅうの握りこぶしとほとんど同じ大きさの花弁が開いている。一重咲きのそれは一枚一枚がまるで竜の鱗のような形をしていた。
 淡紅色には見覚えがある。里で三番目に長生きをしている女性の鱗と同じだった。
 顔を上げてまだ曲がり道が続く先に目を凝らせば、壁に隠れがちになりながらも似た花弁の赤い花を見つける。
 ついに、メル・ファ・ドラを見つけたのだ。
 ここにきてようやくりゅうの表情は明るくなった。よく確認してみても、十五に教えてもらった特徴も当てはまっている。
 あとは岳人と同じ色の鱗を見つけだすだけだ。下を見ながら進んでいけば、ぽつりぽつりと見知った色の花が続いていく。それがどの竜人のものか思い浮かべて歩くうちに、ふと前を向くと、そこに目的の色を持つ花があった。
 りゅうはぱっと顔を明るくさせるが、すぐにその背後の存在に気がつき息を止める。
 なんと、目当ての花の後ろに魔物がいたのだ。岩の中から顔を出しているような姿は亀に似ているが、影のような真っ黒な色合いは魔物そのもの。甲羅に岩があるのか、それとも岩に見えるような甲羅なのか。よくわからなかったが、天に向かい尖る先端の方には淡い色合いの結晶があった。唯一の色は、だからこそ微かに差し込む光を受けて美しく見える。
 眠っているのかじっと目を閉じ、顎を地面に預けていた。呼吸の音すら聞こえず、だからこそりゅうも気配に気づけなかったのだろう。しかし一度気づいてしまえば慄けるほどに、その魔物は大きかった。竜体の岳人に敵わないまでも、恐らく人間体の彼よりも大きいだろう。
 悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。しかしそんなゆとりもなく、りゅうは後じさり、土壁の角度に隠れる。
 そっと覗き込めばやはり魔物はそこにいた。それも、りゅうの目当てとする花を前にして。
 辺りを見回してみるが、そこの他に紺色の花は見当たらない。
 ついに見つけたメル・ファ・ドラ。明日を祝うためにそれを手に入れねばならないが、傍らには自分よりもはるかに大きな魔物がいる。どうしようかとりゅうは泣きたくなった。
 一人で真っ向から魔物と対峙したことのないりゅうは、縋る相手もいないこの状況で、距離がある相手にすら怯えている。しかし、たとえ怖くとも進まねばならない理由がある。
 目を閉じずとも思い浮かぶ、大好きな両親の顔。彼らに驚いてもらいたくて、自分の成長を示したくて、褒めてもらいたくて。なにより、喜んでもらいたくて。
 りゅうは小さな拳を握り直し、そうっと忍び足で歩きはじめた。
 なにも、魔物に気づかれなければいいのだ。幸い相手は眠ってしまっている。こっそり花を摘んで、こっそり帰ってしまえばいい。
 そう思ってりゅうはありったけの勇気を振り絞り、震える足で前に進み続ける。
 ついに、花に手が触れた。内心で謝りながら茎を手折り摘む。
 無意識にとめていた息をそうっと吐き出し、そう感じることのない重みをりゅうはしっかりと味わった。手の中にある花は、確かに岳人の鱗の色をしていたことを確認する。
 束の間の達成感に身を浸し、すぐにその場から撤退しようと顔を上げた。そして、淡色の瞳と目が合う。

「……あ」

 思わずりゅうが声をもらした瞬間、これまでぐっすりだったはずの魔物は咆哮した。

 

 

 

 りゅうが竜族の里に戻ってきたのは、夕暮れも間近の頃だった。
 十五の家に顔を出すと、どうやらずっと待ってくれていたらしい悟史が駆け寄ってくる。
 しゃがみ込み、りゅうの両頬を包み込み、まじまじと顔を見つめた。

「遅かったじゃないか! それに土まみれで……大丈夫か、怪我は――」

 服についた土埃を払っているうちに、りゅうの肘がすりむけているのに気がついたらしい。その顔色がますます陰ってしまった。

「あ、あのね、まものに、あっちゃって……でも! すりむいちゃったの、うでだけだから」

 じっと瞳を覗き込まれる。悟史が今りゅうの心を読んでいることを察した。だが言ったことはすべて事実であり、やましいことなど何一つもないのだからりゅうはただそれを受け入れる。そして、受け入れているからこそ心で経緯を説明した。
 どうやら納得してくれたらしい悟史はほうっと安堵の息をつき、ゆっくり歩み寄ってきていた十五に振り返った。

「やっぱり竜人ってのは底知れないな」

 悟史の苦笑に対し、珍しく十五は小さく口の端を持ち上げ、にやりとした表情を見せた。
 手を伸ばし、りゅうの頭を掻き乱す。ぐちゃぐちゃになってしまった髪を悟史は直してくれながら、りゅうが心で語ったものを十五に説明した。
 花を見つけたこと。そしてその傍に魔物がいて、りゅうの存在が気づかれてしまったこと。そこでちょっとした戦いになったわけだが、魔物の動きが鈍かったおかげでりゅうは助かった。多少の怪我はしてしまったが、結果として相手を気絶させ、無事花も持ち帰ってきたのだった。
 その証拠である花と、そして魔物を倒した証の淡色の結晶を二人に見せた。結晶は魔物の甲羅の先端についていたものだが、騒動の末欠けたものをもらってきたのだった。
 このときりゅうが語った魔物は、すぐに十五と悟史の頭の中に思い浮かんだ。魔物の中でも高い硬度を持つ者で、その甲羅の硬さはまさに岩のように硬い。剣などであれば容易に弾かれ折られるほどの相手だったのだが、りゅうは丸腰どころか素手で、しかも殴って気絶させたのだという。しかし拳は汚れているだけで傷は見当たらなかった。
 さすが竜人の子、なによりあの岳人の子であると、悟史は口には出さないながらに内心で苦笑した。そして改めて竜人の恐ろしさを確認する。とんでもない馬鹿力、強靭な肉体の一族である。
 ともあれ、りゅうは目的の花を手に入れたどころか、勇敢に魔物と対峙した証まで持ち帰ってきた。それは快挙であり、悟史たちはりゅうを褒めてくれた。
 本当は怖くて、恐ろしくてしかたなかった。無我夢中で拳を振り回していれば偶然いいところにぶつかったらしく、気がついたら魔物はのびていただけのことだが、それでも危うい場面を乗り越えたことに違いはない。りゅうは嬉しくも少し誇らしくもあった。
 十五に傷の手当てをされながら、りゅうは手に入れたふたつの贈り物を見つめた。

「……しんちゃんたち、よろこんでくれるかな?」

 大きな期待、けれども不安もその影にはあって。
 そんなりゅうの翳りに気づいた伯父たちは微笑む。

「きっとな。大丈夫だよ」

 りゅうは小さく頷いた。

「さ。ふたつはおれたちが預かっててやるから、今日はとりあえずもう帰りな。真司たちが心配するし、何より疲れただろう?」

 差し出された両手に、一度じっと花と結晶を見つめてから手渡した。
 悟史は大事そうにそれを抱え、十五とともにりゅうを見送る。

「じゃあまたね、とーくん、さっちゃん」
「ああ、また明日」

 二人で手を振り合い、十五は頷き、りゅうは世界を繋ぐ扉をくぐり真司たちのもとに帰った。
 家ではいつもより帰りの遅かったりゅうを心配した真司と岳人が出迎えた。案の定汚れ具合と怪我のことについて心配されたが、そのときは転んだと言って納得してもらえたのだった。実際嘘は言っていないから、りゅうも言葉をつかえず済んだからかもしれない。
二人に囲まれながらいつも通りの夕食をとり、お風呂に入り、いつもより少しだけ早くにベッドに入る。
 目を閉じながら、明日のことを夢見た。
 おめでとうございます、と言って、二人にあの花と結晶を渡そう。
 たぶんきっと、あったかい気持ちになれるんだろう。ぎゅーって抱きしめてくれるかもしれない。
 きっと優しい明日になることを夢見て、無意識に緩む口元のまま、りゅうはその夜ぐっすりと深い眠りについたのだった。

 

 

 

 翌日、祝いの席でりゅうが送ったものは大いに真司たちを驚かせて、喜ばれた。りゅうが想像し願った通り、真司に抱きしめられ、さらに岳人が重なる。ありがとう、と告げられて心がじんわり温かくなった。
 そこには三人の笑顔があり、周りにも仲間たちの笑みが花のように咲き乱れていた。

 

 贈った竜神の花はさらに翌日煎じて親子で飲んで、石は長らく大切に保管されたそうだ。

 

 おしまい

 

あまく、とけて main 腕の中

 


 

りゅう視点ぽくはなくなってしまったのですが、今回ははじめての冒険譚ということで書かせていただきました!
ちょっとほのぼの要素と真司と岳里の出番が本当に最後(しかも台詞なし)だったのは若干悔やまれるのですが、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いに思います
恐らくその後花は祝い事の度にりゅうがとってくるようになり、結晶の方は何かに加工され飾られていることだと思います。
今回ちょっと省いてしまったラストのシーンはANさまの想像力で色々楽しんでいただけたらなあと思います

ANさま、今回は六周年記念企画にご参加くださりありがとうございました!
これからも当サイトをよろしくお願いいたします。

2015/07/30