1212121番 ともに在れれば

粉砂糖さまよりキリ番、1212121番リクエスト。
【(贈り物/あばんじゃさんへ)ともに歩むは】の妖狐と雅。
お題『本編では語られなかったその後の話』

物語のどのあたりを書くか悩んだのですが、数年後にすることにしました。
ただあくまで彼らのその後の一場面、ということでお読みください。


 

 彼らとあのあやかしの森を出て、一体どれほど過ぎたのか。思い返すと遠いようで、だが実際にはそれほど経っていない気もする。
 あれから妖狐たちとともに土地を渡り歩いては、己らにとってよい場所を探し、次なる住処を探し旅を続けていた。求めるは、あまり人の立ち入らない、獣と同じだけあやかしがいるような陰の地だ。
 多くの土地を踏んだだろう。しかしどこにいってもおれたちを仕切る頭の八尾がなかなか落ち着かず、あの巨体を塒にする場所も見つからず。ふらふらと浮草のように安住の地を見つけることがなくさまよい続けていた。
 その場所によっては三日もおれず、長くても一月ほど。ある程度経てば再び先へと進み出したあいつの後ろをついていくばかりだ。しかし、今いるの山へは訪れてよりそろそろ三月の時が経とうとしていた。
 あいつの様子を見ていても、今のところ移ろうという意思は感じられない。ついにここで腰を落ち着ける気なのだろうか。
 巨体の収まる塒も見つかった。陰の気は多少足らずあやかしが少なく、人里も近いがその割には静かでよい山だ。実りも多く、人にそう踏み荒らされてもいない。黒狐たちも気に入っているようだ。
 おれ自身もすっかりこの山には慣れ、ひとりみなと離れて行動することも稀にではあるができるようになった。いつもであれば鬱陶しいほど後についてきてはその心配性の性分を見せるあいつだが、ここが安全の多い土地であると判断したからなのだろう。それでもあまり遠くへ行けばすぐさま迎えにくるあたり、過保護な扱いは結局のところかわっていないのだろうが。
 思わずやつのことを思い出し人知れず苦笑する。すぐに頬を引き締めるも、胸に広がる温もりはくすぐったく思うものも心地いい。今こうして、ついで笑ってしまえるのもまた穏やかな気持ちにさせてくれる。
 あの、からす天狗との一戦。その時負ったそれぞれの傷は今ではすっかりと癒えた。欠損してしまった部位は戻らぬままではあるがみな、病のひとつもせず健康そのものだ。さらには二尾は三尾へと、四尾は五尾へと尾の数を増やしたし、おれ自身、以前にも増して陰の者へと近づいてきただろう。
 人の身を離れ実感するのは、時の流れがゆるやかになったということだろうか。他にもさまざまな体感することもあるが、最もたる部分はそこだろう。屋敷で暮らしてた一年と、旅をする一年。たかが十数年の生しか歩んでいないが、あの森で暮らした日々以降、多くのことが変わったのだけは確かだ。
 ついさまざまなことを頭に思い浮かべながら歩いていれば、不注意から足場の悪いところへ踏み出してしまい身体がよろけた。慌てて傍らの幹に手をつき事なきを得たが、突然のことに胸は嫌な高鳴りを響かせる。
 一息深く吐き、気を落ち着かせる。後は何食わぬ顔で再び歩きだし、今度こそ目的であった果実を探すため顔を上げて天を見る。
 半妖の身になったとしても、その半分は人のまま。それにまだ人である部分の方が多いからか、時々は何かを食べないと腹が減るのだ。
 今は実りの季節ということもあり、見上げた先では多くの果実が枝先を重く垂らしている。どれを食べようかと選り好みふらふらと上ばかりを見て歩いていると、今度は足元に張り巡らされている木の根に足をとられてつんのめった。無駄に手をばたつかせてから、はたと周りを窺う。
 これをもし妖狐どもの誰かにみられていたのなら。きっとからかわれたに決まっている。相変わらずどんくさいとも。
 周囲を見渡すも視線はなかったことに安堵し、ちょうど再び上に目を向けた時に見つけた紅のものを食べることに決めた。今日はいくらか暖かいからか、つい考えが飛んでしかたがない。
 幹に足をかけ、早くどこかで落ち着こうと木を登った。

 

 


 腹を満たし喉を潤し、幹に背を預け目を閉じる。木々が伸ばした葉の隙間から当たる日差しが心地よく、膨らんだ腹とも相まって穏やかな微睡に襲われそうだ。そうなってしまう前に訓練しようと、目を閉じたまま意識を集中させる。
 思い浮かべるのは、一匹の獣の姿。足先を、尾を、鼻先を耳を。重ねるように思い起こしていく。その獣と、自分の身体が一体となっていく。
 集中していけば、身体に変化が起こる。手が細く伸びていき、毛深くなっていく。耳が形を変えて尖り、鼻が前に出ていき刃が鋭くなり。やがてはなかったはずの豊かな毛を纏う尾が、後ろに生えた。
 内心では順調に擬態が始まったことに安堵する。問題は、次からだ。
 半妖という存在になってからというもの、少しずつではあるが変化ができるようになってきていた。ただしできる姿は狐のみであり、それも完全にはなれたことはない。いつも耳と尾を変え生えさせることが限界だった。
 だが今日は、なんだかうまくいきそうな気がする。更に意識を研ぎ澄ませば、いつもであれば止まる変化もさらに進んでゆく。
 そして――ゆっくりと目を開ければ、少し前にみていたものより低くなっている目線。聞こえる風の音、それに揺れる葉や枝に、小さな虫の羽ばたき。人間の時に感じていたよりもさらに芳醇に香る実りの香り。
 視線を下げた先の手足は獣のもので、先端は黒い毛に覆われていた。振り返りみた尾はゆらりと動く。
 下していた腰を持ち上げ、くるくるとその場を回り確信する。
 変化、できたのだ。ついに狐の姿になれたのだ。顔までは見えないが目に映る場所はすべて狐そのもの。毛むくじゃらの手で触れてみても形は確かに人のものでなく、思わず嬉しくなって声を上げた。
 喉から出るのは獣の鳴き声ではあるが。今ではそれさえも喜びに変わる。
 初めて狐になれたのだ。妖狐たちと同じ、狐の姿に。ずっと練習を続け、ようやくだ。
 感じていた眠気などすでに吹き飛び、興奮からいつの間にか自分が命じるよりも先に身軽な身体は走り出す。
 早くあいつに会わねば。この姿を見せればきっと驚くだろう。
 もしかしたら――この姿なら、話しができるかもしれない。同じ狐であるなら、やつの言葉が聞こえるかもしれない。
 なによりそれが、変化の成功を求めていた理由でもある。だからこそ道を急く。
 半妖になったとしても。長くともにいたとしても。彼らの言葉がわかるわけではない。行動やその目が訴えるものを読み取り、勝手に己で解釈するより他なかった。
 別に不便に思ったことはない。言葉など通じずとも思いは伝わるし、困ることもない。だが少しだけ。知りたいのだ。彼らの意思を、彼らの言葉を――
 獣の姿だとこうも速いのか。人の身よりもうんと軽く、景色は次々に流れていく。場所が変わるとともに実りが変わり匂いもそれになり、足元で踏みしめられる葉の音がよく耳に入る。
 見える世も大きく色を変えていた。獣は人のように色彩を感じられないのだろう。だがそれもまた新鮮で不思議な気持ちだ。
 本来であれば、感じる色の違いもじっくりと見比べてみたい。しかし今はそれよりもなによりもあいつに会いたいと走り続ける。
 だからこそ、急ぐからこそ色を変えてしまった目だからこそ。葉の下に隠された罠に気づくことができなかった。
 それは突然で、足に何かが引っ掛かり先へ進むことができずに転んでしまう。変に捻ったのか鈍い痛みが走った。 
 いったい何なのだと振り返れば、右の後ろ足の首に縄が絡まっていた。それを見ればすぐに自分の身に起きたことを理解する。
 見える縄は周りの葉と色が大差なく、だからこそ走っている時に隠れていたそれを見逃してしまったのだろう。慌てて手を伸ばすも、縄に触れたのは獣の前足。人のように指先が器用に動くわけでもなく、まるで絡まる縄を撫でるようにするばかりだった。
 不意に無意識にぴくりと耳が動く。なんだろうと自分でも不思議に思っていると、ふと遠くで何かが聞こえてきた。近づいてきているようで、よりはっきりと耳に届く。
 それは、葉の敷き詰められた道を歩く音。人の息遣い。
 まずい。
 なりふり構ってられないと、縄から解放されるために爪をも立てて引っ掻いてみる。しかし自分の身を削るばかりでうまくはいかない。そうしている間にもついに村人らしき男が籠背負い、腰には刃物をぶらさげて暴れるおれを見つけてしまう。

「おお、今日は狐がかかったか。痩せっぽちだな」

 残念そうな言葉を出しながら、その目を細め罠にかかった狐を吟味する。ほんのわずかに、無事逃がしてもらえるだろうかと期待した。けれどそれもすぐに打ち砕かれる。

「ううん、毛並みはいいようだな。肉はなくともそれなりに売れるべさ」

 金勘定をしているのか、思案顔をしながらも腰の刃物に手を伸ばす。男は顔色を変えないままにそれを持ち上げて、容赦なくおれへと振り下ろす。
 ひゅんとすでにいくつもの命を落としてきた血にさび付いた刃は風を斬る。慌ててできる限り身を捩ればどうにかそれから逃れることができた。しかし首に痛みが走る。どうやら掠めたようだ。
 身の危険に息が荒くなる。どうにか逃げようと思っても足に巻きついた縄は外れる気配もない。

「外しちまったか。こら、暴れんでねえぞ」

 男の手が伸びる。首を抑え付けられ、無理矢理前を向かされた。喉が締まり苦しい。
 また、持ち上げられる刃。おれの命を奪おうとするもの。身体が震え、耳が垂れ尾が情けなくも足の間で丸くなる。
 男の身体が刃を下そうと僅かに動きを見せた時だ。その目が驚愕し恐れる顔を作り、弾かれたように飛び退いていく。それとほとんど時を同じくして、おれの身体が変化を始める。
 手足が伸び指が大きく開き、全身を覆っていた毛が薄くなっていく。尾が消えていき顔も戻り、狐の姿から本来の人の姿へと元に戻ったのだ。その時狐の細足も人のものへ変わったため、右足に纏わりついていた縄が大きさを捕えきれずにちぎれた。代わりに圧迫されたおれの足首は擦ったよりも酷い惨状となり、肌が削れて肉が見え、血が噴き出る。
 その痛みに思わず顔が歪んだ。これでは走って逃げるどころか、立つことさえままならない。
 どうこの場を乗り越えるべきかと悩んでいるうちにも、狐から人へと変わったところを見てしまった男が、少し離れた場所で震え上がっていた。

「じ、人狐……!」

 人にはない特殊な文様を浮かべた顔を向ければ、男の喉がひっと鳴った。その姿に、もしかしたら脅せば向こうが逃げ出してくれるかもしれないと淡い期待が浮かぶ。しかしおれが動こうとするよりも先に、男は手に持っていたままの刃を持ち上げ身体を起こす。
 男の目は恐れから、正気を失っていた。

「あ……」

 逃げなくては。そう思うのに足が痛み動けない。声を上げながら男が刃を振り上げ迫ってくるのを眺め待つしかできない。
 もうじきこの身に起こるであろう痛みに咄嗟に目を閉じ身を丸める。

「――っ、うあああっ!?」

 森に木霊す野太い悲鳴。しかしそれはおれのあげたものではない。
 恐る恐る頭に回していた腕を解き身体を起こしてみれば、転びながらも必死に背を向け逃げ出す男の姿が見えた。
 何が起きたのかわからず目を瞬かせていると、不意に気配を感じて背後に振り返る。するといつの間にか傍らに来ていたらしいあいつが、のそりと木々の間を器用に巨体で避けながらこちらに近付いてきているところだった。
 その姿を見て、一気に緊張の糸が解ける。どっと汗が拭きだし、深い息を吐いた。胸を落ち着かせている間にも手の届く場所へと移った妖狐は、すぐ隣に寝そべり鼻先を寄せてきた。
 底冷えした身体に吹きかかる鼻息はやけに熱く、けれどそれが凍った芯を溶かしていく。
 伸びた舌は首を一度舐めたあと、次に足へと向けられる。傷のついたそこに舌を這わせ血を舐めとっていく。その時の痛みに顔を顰めるが、文句を言える立場ではなく。ただ堪えた。
 血が止まるまで、肌がふやけるまで舐め続け妖狐の顔が上げられる。つつじの花の色をした目がようやくおれに向けられた。

「……すまん。油断、していた。――ありがとう」

 わざわざ助けにきてくれた妖狐の胸元に身体を預け、その巨体に埋まるように抱きつく。
 また迷惑をかけてしまった。こいつがこなければ今頃どうなっていたか、それを考えるとぞっとする。だからこそこの温もり溢れた場所がひどく安心できた。
 妖狐はおれが落ち着くまでこの場に留まり、その後歩けないこの身を背負って塒まで戻った。

 

 

 罠にかかった一件から数日経てば、いくらか足はよくなった。毎日あいつが舐めてくれるし悪化することもなく、もとより半妖として回復が高まっていた身体はさらにもう少し時間があれば完全に治るだろう。
 あれから暇があれば再び狐へと変化を試みてみたが、あの時掴んだ感覚は恐怖に吹き飛び忘れてしまったらしい。何度やっても耳や尾を出せるようになったくらいでそれ以上先に進めない。また一からやり直しだと溜息を吐いたが、三尾たちにそう落ち込むなと言わんばかりに励まされる。
 なに、一度できたのだ。またいずれ時がくればできるようになろう。
 傷が多少良くなり塒の外に出ようとすれば、その度にどこか責めるような目を向ける妖狐。それにさすがに返す言葉はなく大人しくしていたある日、完治を目前にしてあいつが動いた。それに合わせ周りでそれぞれ寛いでいた三尾も五尾も、黒狐も立ち上がる。

「――もしかして、行くのか?」

 みなを一巡し妖狐へ声をかければ、まるで背に乗れと言わんばかり巨体を伏せておれが登りやすいよう身体を傾ける。
 どうやらもうこの場所を離れることを、決めたらしい。
 きっと、この場所を安住の地と定めると思っていた。しかし恐らくおれの一件があったから。妖狐は場所を変えることを決めたのだろう。
 未だ聞こえぬ彼の言葉。けれどわかる優しさに、胸いっぱいに温もりが溢れる。

「――そうだな。ありあまるほどに時は残されている。またゆっくりと、おまえが気に入りそして守りたくなる場所を探してゆこう」

 また旅をするもの楽しいだろう、そう続けながら大きな身体に頬をすり寄せた。けれどすぐに離れて、彼の背を長い毛を掴みながらよじ登る。
 やつの身に乗る時の、もはや指定の場所となったところで身を横たえてから目の前にあるぴんと立った片耳に声をかけた。

「さて。行こう、――」

 彼に与えたその名を呼べば、悠然と歩き出す八尾を先頭に前へと進み出す妖狐たち。
 次なる場所こそ安住の地となるだろうか。だが別に、必ずしも見つからずともいいのだ。
 こいつらがいればそれだけでもう、その場所はおれにとっての安息の地となるのだから。

 おしまい
 

戻る main


粉砂糖さま、リクエストありがとうございました!

彼らのその後、安住の地となる山を探す途中のとある一幕を書かせていただきました

最後に雅が呼んだはずの妖狐八尾の名は決まってませんので、あえて伏せてあります。きっと三尾となった二尾、五尾となった四尾、黒狐にもそれぞれ名ができたと思いますが、それも決まってないので、公開予定はありません。

なんだかんだで仲良くやっている彼らを無事書けていられればうれしいです。
妖狐と雅だけでなく三尾たちの絡みももうちょっと入れられればよかったのですが、うまく組み込ませんでした。その点は力不足で申し訳ありませんが、やっぱり時々じゃれて遊んだりしているのだと思います。(勿論八尾の尾と雅も今は格闘していると思います)

もと貴族だった雅も大分山慣れしているところにも目を向けてくださると嬉しいです(笑)

その後というには少し短いかもしれませんが、この後に待つ本編で少し語られた最後へ繋がるまでのとある一場面、楽しんでいただけたのであれば幸いです。

2014/04/14