282828番 おんなじ気持ち

菜月さまよりキリ番、282828番リクエスト。
岳里×真司の甘め未来編。(ふたりがくっつきたての頃)
お題『独占欲』『夜デート』
先にあとがきにある補足に目を通してからの方が読みやすいです。


 

 部屋が暗くなってきて、おれは手を二度叩いて光玉の明かりをつけた。
 ほの明るい光はだんだん強まり、最後には部屋全体が照らされる。
 それを確認したおれは、普段自分が使っている二つ並んだうちの窓側のベッドを最後に整え、ふう、と一息ついた。岳里のベッドは既に整え終えてある。その端の方に、帰ってきた岳里がすぐに着替えられるように服を用意しておいた。

「よし、あとは岳里本体だけだな」

 ふふん、と高まった気分で鼻を鳴らしながら、おれは自分のベッドに腰かけた。枕元の方に置いておいたチェギに手を伸ばし、今はまだセッティングされていない駒を適当にひとつつまむ。
 手にしたのは獅子の駒だったらしく、見慣れたそれは雄々しく咆哮し鋭い牙でおれを威嚇していた。けれどそんなのに物おじすらせず、おれは嬉しさのあまりに凛々しい表情する百獣の王の鼻先を指先で撫でてやる。
 今日は早めに隊の仕事が終わると岳里から今朝聞かされて、ならば久しぶりにチェギでも楽しもうと、普段はもっと遅くにする準備やらなにやらをさっさと済ませてこうして岳里を待っているわけなのだ。気分が弾まないわけがない。
 なにせ、三番隊隊長となった岳里は常に忙しく働きまわっているからだ。頻繁に岳里の方から顔を出してくれてるものの、大して話も出来ず、ましてや時間のかかるチェギをしている暇はない。本当なら疲れて部屋に帰ってくる岳里にマッサージでもしてやりたいところなんだけど、やっぱり久しぶりに遊びたくて……。
 一戦だけしたらちゃんと身体を解してやろうと思いながらおれが獅子の駒を戻そうとすると、ノックもなしにこの部屋唯一の出入口が開いた。腕を伸ばしたままの体制で振り返ると、そこには予想通り岳里がいて、部屋に入るなり隊長が纏う衣服を脱ぎ捨てていた。

「お疲れ」
「ああ」

 おれはベッドから降りて、すぐ隣の岳里のベッドへ歩み寄り、そこに投げ捨てられた服を拾って畳んでいく。
 さっさと下着一枚になった岳里は、おれが用意しておいた寝衣には触れず、部屋の隅にあるクローゼットへ向かい、なにやら服を漁り出した。
 その姿に、思わずおれは後を追い後ろに立つ。

「――どっか行くのか?」

 知らず知らずのうちに、おれの声音は責めるように尖ってしまう。そうわかってはいても、訂正する気にはなれなかった。
 おれはチェギをする気満々だったんだ。けれど、それはまだ伝えてなかった。そんなおれが勿論悪いんだけど、久々に大きく空いた時間に浮かれていたおれは、むすりと岳里の後ろ姿を睨む。
 すると岳里は私服を手にしながら、ちらりとおれに視線を流した。

「デートだ」

 至って真面目に真顔で、嘘をついているようには思えない。けれど、この無愛想から初めて聞く単語に、おれは思わず間抜け面を晒した。

「は? ……おい、ちょっと待て。おまえ昼に散々おれにセクハラしときながら、こんな急に、浮気とか……」
「違う。行くのはおまえとだ」
「え、おれ? デート?」
「外に行く。今日は冷えるから厚着しろ」
「ちょ、岳里、デートって――ぶっ!」

 困惑するおれの言葉は、顔めがけて投げられた上着に遮られた。

 

 

 

 おれの手を、正確には手首をがっちりと掴みつつも先を歩く岳里に、ただついていくことしかできなかった。おれよりも背の高い岳里は必然的に足も長いわけで、歩幅も勿論違う。それでもおれがいつものペースで歩けてるのは、岳里が何も言わずこっちに合わせてくれているからだ。
 そんな岳里の気配りを感じながらも、デートに出たはずのおれたちの雰囲気は明るいものではない。着替えが済み、町へ下りたおれたちは、夜の町として昼とはまた違う姿を見せる大通りをただ黙々と歩いていた。
 辺りは色どり鮮やかな光が漏れ、男ばかりの世界だからか、むさくるしいばかりの大笑いがあちこちから聞こえてくる。店先で酒を酌み交わし、互いに顔を赤くする姿はいかにも至福そうにほころんでいた。
 そんなにぎやかな喧騒が溢れる大通りをはずれ、おれたちは店と店の間にある小脇の細い道へ入った。道と言っていいのか、建物と建物の間にできた隙間のようなところを進む。どんどんとにぎやかな声は遠ざかり、光玉が放つ人工的な光も薄れて、辺りは暗くなっていく。
 ほとんどが月明かりにばかりに頼るようになった頃、ようやく狭く時折くねりを見せた小路を抜け、広い場所へと出た。
 岳里の背中から顔を出して見てみれば、そこにはぽつんと一軒の店が、小さな明かりを灯して夜の支配するこの時間も経営していた。見た目からして、到底飲み屋には見えない。看板はあったけど、この世界の文字で書かれたそれはおれには読めなかった。
 何の店なんだろう……。
 おれが首を傾げていると、これまでずっとおれの手首を掴んでいた岳里が唐突に繋がりを手離した。そしてそのまま、おれに振り返ることなく店の方へと進んでしまう。
 温もりがあっさりと消えてしまい、冷えた外気に触れたそこがやけに寒く感じる。先に行ってしまいそうな岳里の背中を慌てて追いかけながら、おれは今まで握られていた場所に重ねるように自分の腕を握った。
 岳里は遠慮もなしに大きく店の扉を開け、中に入る。開け放たれたままのそこからおれも入り、扉を閉めた。

「うわぁ……」

 ほの明るく照らされた店内には、雑貨屋なのだろうか。怪しげなものが雑多に置かれていて、入るなりおれの目は奪われた。
 埃にまみれ輝きを失った刀身をむき出しにした短剣。何かの草を干し束ねたものが天井から吊るされ、中には首を吊ったようにぶら下がる人形が混じっている。なんていうセンスだ。机の上にも多くの何かが置かれ、それは瓶の中に何かの液体で付けられた目玉だったり、その隣には同じ形をした瓶に子供の喜びそうな色合いをした飴玉が縁一杯に入っている。さらにその横には、干からびた何かの小さな手が天に向かいその人差し指を突き出していた。何気なしにその指差された先を見ると、天井には長い舌を出して笑う女性の絵が描かれていた。
 ……な、なんなんだこの店……。
 そんな、どちらかと言えば不気味なものが多く並ぶ店内。始めはほの明るいと思えた光が、薄暗く思えてきた。
 びくびくと辺りを見回すおれを放り、岳里は奥にあるカウンター越しに店主であろう老人と何か話していた。彼から何かを受け取ると、すぐに踵を返し、おれの目の前を通り過ぎていく。

「ちょっ、岳里待てって!」

 その際におれの腕は再び取られて、ぐいっと引っ張られた。おれは慌てて店主の老人に頭を下げて、どうにか自分の足で歩く。
 腕を引かれながら、おれたちは元来た道を辿り歩いた。
 さすがにここにきて、少しばかりの不満が生まれる。むくむくとそれは膨らんではしぼんでを繰り返す。
 ――デートだって言われて、おれははしゃいでたんだ。突然の事で驚いたし、心の準備もままならなかったし、何をするかもわからなかったけど、どこへ連れてってもらえるんだろうって。でも、ずっと今のような調子で岳里の背中ばかりをおれは見つめている。城を出て始めの内は話しかけたりもしたけど、無視ばかりされて当然おれも口を閉じた。
 本当だったら、今頃チェギをしてさ……。
 岳里がデートだなんて口にするから、変に期待しちゃったじゃないか。これはデートなんかじゃなくて、単に岳里の用事に付き合わされてるだけだ。
 期待したおれが馬鹿だったんだと、ついには不貞腐れ始めたおれに、振り返らない岳里が気づくこともない。再び表通りに出て、酔った人々とすれ違えば酒臭い息が鼻についた。
 その中には友情だが恋愛だかはわからないけど、親しげに肩を組んでる人たちだとか、楽しそうに笑顔で話している人たちがいて、おれは堪らず顔を下げた。
 別に、肩を組むとかそんなのはいい。せめて、楽しい気分で話だけでもしたいのに、それだけなのに。
 最近の岳里は任された隊長の仕事が忙しく、いくら超人岳里と言えどさすがに慣れない事に疲れるようで、夜遅くに部屋へと帰ってくる。勿論、同室者であるおれはそれを見ていて、岳里が大変なのはよくわかってた。だから疲れすぐ寝てしまうのも仕方ないと思う。それを邪魔したくなくて、ちゃんと休んでもらいたくて、おれはいつも静かに岳里を見守ってきた。でも、だからこそ今日は仕事が早く上がるって朝のうちに聞かされて、楽しみにしてたんだ。教えてくれたってことは、岳里も思うところがあるはずだって感じて。
 ――本当は、チェギがしたかったんじゃなくて、ただちゃんと岳里と話したかっただけなんだ。話す内容なんてなんでもいい。ただ、岳里の声を落ち着いて聞きたかった。
 ただでさえ岳里は何も言おうとしないから、少し寂しいんだ。別に大切にされてないわけじゃない、むしろ、おれは大事にしてもらえてると思う。けれど、少しでもいいから時には甘えたいわけで。
 そう思うのはおれだけなんだろうか。岳里は、こうして言葉もなく、隣を歩くわけでもなく、先に進んでしまうだけでいいんだろうか。
 止まることなく前へ行く岳里の足元を眺め、唇をかみしめる。気づけば町のはずれに来ていた。
 突然止まった岳里の背中にぶつかりそうになり、おれは慌てて足を止める。
 周りを見てみれば、昼にはよく子供たちが遊ぶ小さな広場に来ていた。町のざわめきが遠くに聞こえるがむしろそれが程良く落ち着く。
 ここにきてようやく振り返った岳里がおれの様子に気がつき、手を離した。

「――――……」

 おれが何も言わなければ、基本この間には会話はない。岳里から話すことはほとんどないからだ。
 そして今も、岳里は何か言いたげにおれを見るが、けれども口を開こうとはしなかった。
 それに耐えられなくなったのは、おれの方だ。何か言わなきゃ、そう思って口を無理矢理開く。

「――今日、噂してたぞ。おまえのこと」

 言いたいことは沢山あったはずだ。チェギをしながら、最近のことを岳里へ報告しようとあらかじめ色々と近状を思い起こしていたから。けど、するりと滑り落ちたのはそうして思い起こしたものではなかった。
 レードゥが壁に寄りかかり立ったまま居眠りしてた時には、今にも倒れそうなその不安定さにヴィルが受け止める体制を作りながらもはぁはぁしながら見守っていたりとか、ネルがまた香茶を淹れてくれるから今度岳里と一緒に来いって誘ってくれたこととか、そんな何でもないようなことだったりだけど、楽しい思いが詰まった話がた沢山、あったんだ。でもおれの口から出たのは、言わないと決めていたはずの黒い想い。
 何のことだと言わんばかりの視線を寄越す岳里に耐えきれず、おれは視線を下げて話を続けた。

「多分、鎧からして九番隊の人だと思うけど……岳里隊長、かっけーなあ、だって。剣の腕もすげーけど、頭も切れるし、冷静だし、あんな男になりてーってさ。い、一度でいいから、お相手頼みたいもんだって……夜の……」

 でもさ、とおれは続ける。自然に震える声を心の中で励ましながらも、怖くて岳里の顔は見れなかった。

「でも、おれは言い返してやりたかった。岳里は格好いいけど案外抜けてるし、剣の腕も凄いし頭もいいし何でもできるけど、実は結構いい加減で適当で。本当の岳里を知らないんだって。そう言ってやりたかった。――けど言えなかった。笑って教えてやろうと思ったけど、でもやっぱいやだって思って」

 岳里の話をする兵士たちの前に出ることもできず、あの時のおれはただ手にしていた荷物を胸の前で抱きしめるばかりで影に隠れることしかできなかった。その時胸に湧いていた気持ちを、おれはちゃんと知っている。知っているから、だから顔を出せなかったんだ。

「だ、だって、そんな風に立派に見られてる岳里が案外甘えたがりだとか、寂しがり屋なんだとか、おれだけが知ってるんだって思ったら、言いたくないって思って……」

 それは、醜い独占欲。言葉を連ねれば連ねるほど、自分がみじめに思えてくる。岳里の目にどう映っているのかわからなくて不安になる。
 ちがう、いいたいのはそんなことじゃなくて、ちがくて。
 空回りする気持ちが余計におれを焦らせて、言いたい言葉が喉をつっかえる。
 おれは顔をあげ、まっすぐ岳里を見つめた。おれだけを映す瞳を眺めると、不思議とわだかまりが解消されて、つっかえがとれていく。
 どうにでもなれ。精一杯の勇気を込めて、おれは伝えた。

「岳里の相手できるのって、きっとおれだけだよ。まだ岳里の上っ面しか見えてない奴に、岳里の相手は務まらないと思う」

 振り絞った勇気は言葉の最後まで保てず、尻すぼみになりながらもどうにか続けた。視界に収めていた岳里を消すと、地面が映る。
 ――本当は、そんな自信はこれっぽっちもありはしなかった。でもそう伝えたのは、なけなしのおれの意地だ。言ってやりたかったんだ。この言葉を、本当は岳里にじゃなくて、お相手願いたい、だなんて言った兵士たちに。岳里はおれのだから、手を出さないでくれって。
 でもやっぱり自信がなかったんだ。おれが岳里の相手で、恋人だって。ついこの間、ようやく想いが通じ合ってこうして一緒になれたけど、いつだって不安だった。岳里は元いた世界でも、そしてこの世界でもみんなの注目を集める。誰の目にも輝いて映る。岳里に憧れる人物は決して少なくない。中には、おれなんかじゃ到底太刀打ちできないような魅力的な人も大勢いて。それなのにおれは竜人である岳里の契約者、主って立場を利用してるだけのように思えて。
 岳里の相手がおれという男でいいのか、不安で不安で堪らないんだ。
 情けなく晒してしまった、浅ましい自分の感情に心が握りつぶされてしまいそうに悲鳴を上げる。今すぐにでも、ここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。でも逃げたくはなかった。
 意思に反して動き出そうとする身体を抑え込んでいると、なるほど、と呟かれた岳里の声にびくりと肩が揺れる。

「そういうことか。だからあの時、浮気かとすぐに疑ったんだな」

 あの時、というのはどこかへ行くのかとおれが尋ねた時のことだろうか。デートとだけ一言答えた岳里に、おれは咄嗟の勘違いで浮気を本気で疑ったんだっけ。
 岳里に言われて、あれはおれの不安から来たものなんだと初めて気がついた。岳里を噂した兵士たちの言葉を頭の片隅に残していたから、だから疑ってしまったんだ。結局は無意識のうちに、おれは弱い自分の心で岳里を責めていた。それに気づいてしまったからには、器量の狭い自分を恥じずにはいられない。
 堪らず唇を噛んだおれに気づいたのか、岳里が名前を呼んだ。

「真司」

 躊躇いながらも顔を上げると、岳里は僅かにしかなかったおれたちの間にある距離を埋める。目の前に来ると、おれの首を後ろへ腕を回してきた。同時に、首に下がるかすかな重り。
 岳里が離れて視線が胸元に向かい、それを辿るようにおれも自分のそこに目をやる。すると、そこにはさっきまでは確かになかったはずの、親指と人差し指を繋げで輪を作ったほどの大きさの、平たくしずく形をした紺色があった。つるりとした触り心地とその色には、確かな見覚えがある。尖った先に小さな装飾がとりつき、それに穴を通すことなく銀細工の隙間から紐が通され、おれの首に下がっていた。

「これ、岳里の……」
「おれのうろこだ」

 これは、竜の姿になった鱗だった。大きさと色がまさしくそれだ。
 でも、なんでこれをおれの首に? その疑問が顔に出ていたのか、そうじゃないかはわからなかったけど、岳里はおれにでもわかりやすく、この鱗の首飾りの意味を教えてくれた。
 何でも、竜族の風習の一つがこの鱗の首飾りに関係しているそうだ。
 竜族を含め、竜の鱗はとても頑丈で、決して砕けないと言われている。そんな鱗を竜族は契約者、つまりは番となった者に与えるんだそうだ。その時、鱗はそのまま渡すでもいいし、首飾りや耳飾りにして身につける装飾品として渡すでもいいらしい。
 鱗は、竜にとって自分の身体の一部だ。絶対的強度を持つそれは小さいとは言え、身を守る盾になる。そしてなにより渡す本当の目的は、それを持つ人物は竜族である自分が守っているのだという事実を主張することにあるらしい。
 ――要は、決して破壊できない頑丈な鱗のようにおれがこいつを守ってるんだ、って言い触らしてるようなもんだと、岳里は言った。
 加えて、その強固さから、契約した二人は決して切れぬという願かけの意味もあるらしい。

「――つまり、今渡したおれの鱗で作ったその首飾りは、真司がおれのものだと周りに知らしめるための証でもある」

 岳里の言葉に、おれは思わずぎゅっと掌でそれを握った。薄いが決して欠けることすらない鱗の縁が皮膚に食い込むが、そんな些細な痛みは今のおれには気にならない。
 お互いの立場を変えて、今度はおれがじっと岳里を見つめる。けれど岳里はさっきから目線を逸らしていた。

「おまえは鈍感だから気づいてないが、おれにも敵はいる。不安もある。だから、少しでもそれを除きたかった」

 いつも低い声ながらはっきりと話す岳里だけど、ぼそぼそと告げたそれは随分と聞きとりづらかった。それでもどうにかおれの耳に届いた言葉達に、じわじわとおれの顔は熱くなっていく。
 それからぽつりぽつりと続いた言葉に、おれは耳まで赤くした。
 ネルに、言われたそうだなんだ。デートのひとつでも連れてってやらなきゃ、ただでさえ口数の少ない岳里ではすぐにおれに愛想尽かされてしまう、って。
 それを聞かされた岳里は、すぐにデートに行くために時間を作るために、仕事をハイペースでこなしていったそうだ。だからここ最近はやたらと忙しかったらしい。
 だけど、そうして肝心の時間ができても、岳里はそういったものがよくわからなかったらしく、元から頼んでいた首飾りがちょうど完成したって連絡を受けて、デートという名の散歩に行くついでにそれを受け取ってしまおうと思ったそうで。

「――情けない姿ばかり見せてしまうな。そんな風に不安にさせるつもりはなかった。すまない。ただ、どうすればいいかわからなかったんだ」

 いつもはこっちが恥ずかしく思うぐらいに真っ直ぐ見詰めてくる岳里が、決しておれとは目を合わせないようにする姿に、ようやく気がついた。
 なんで岳里が、おれの腕を引いて前を歩いていたか。隣を歩かず、一人先に急ぐように進んでいったか。単純な話だった。岳里があまりにも顔に出さなくてわかりづらかったけど、なんてことないことだったんだ。
 ――気まずかった、気恥ずかしかった。ただ、それだけだったんだ。

「岳里、おれたちおんなじ気持だったんだな」
「同じ?」

 ちらりと、おれをうかがい見るように視線を向けた岳里とようやく目が合った。それが嬉しくて、おれは掌に鱗を握りしめたまま笑う。

「ああ。おれも情けないし、不安にさせたいわけじゃない。でもどうすればいいのかわかんなかった。まるっきり、同じだったんだよ」
「――そうか、そうだな」

 ようやく岳里も笑ってくれた。小さく眉を寄せ、お互いどうしようもないなと言いたげに。
 近いところにいたって言うのに、自分に精一杯で気付けなかったんだ。おれも、岳里も。でもこうしてぶつかることでわかって、こうしてわかりあって、少しずつだけど進んでいく。

「なあ、岳里」
「何だ」
「レードゥがよく行くっていう茶屋があるんだって。今度さ、そこに一緒に行って、ゆっくり話でもしないか?」

 人通りも少なくて落ち着ける場所にあるんだって、という言葉を付け足す。岳里はおれの意図の全てを理解できないようで、それがどういう意味だ、とでも言いたげな表情を浮かべていた。
 それを見ると温かい気持ちが心を満たしていくようで、凄く気持ちがよかった。

「つまり、またデートに行こう、ってこと。おれもそういうの、正直よくわかんないからさ、おまえと同じなんだ。だから、少し、一緒にずつわかっていこう? おれたちはおれたちのペース、ゆっくりさ」
「――ああ」

 な、と岳里へ笑いかければ、薄らと細められる目。それに満足して、今度はおれが岳里の腕をとって歩き出した。
 始めはおれに引かれて歩き出した岳里だけど、すぐに隣に並んで歩み出す。

「とりあえず今日はもう帰ろう。なんだか二人でいたい気分っていうか……部屋にさ、チェギの準備してあるんだ。久しぶりに勝負してくれよ」
「手加減はしないぞ」
「いや、そこはしてくれないと絶対勝てない……」

 今度は互いに、隣に寄り添い合って、言葉に笑みを滲ませる。
 遠くで聞こえる町の喧騒も気にならないぐらい、おれは自分たちの話に夢中になりながら部屋へ帰って行った。

 おしまい

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菜月様リクエストありがとうございます!
かなり急ぎ足で書いてしまいましたが、どうだったでしょうか? 少し切ないが混ざった気がしますが、最終的には甘めに仕上げてみました。とは言いつつ、糖度はちょっと低めな気がしますが……。

今回登場した竜族のお守り(鱗の首飾りのことです)は予定では本編にも登場するものですが、こちらで出させていただきました。勝手に申し訳ないと思いつつ、書いている向梶は幸せを感じていました。すみません。
拙いものではありますが、楽しんでいただければ幸いです。

2012/03/19