717171番 失せもの探し


李さまよりキリ番、717171番リクエスト。
【月下の誓い】のシャオが主役。
お題『失せもの探し』


 

 仕事が立て込んでいるということもあり、きっとキヴィルナズは書斎にいるだろうと考えたシャオだったが、本が身を置く場所も圧迫するほど散乱し積み重ねられたその部屋には誰もいなかった。
 いつもならキヴィルナズが、辛うじてものを置く場所を残す机に向かって、一心に書を読んでいる席。しかし今は誰もいないそこへ歩み寄り椅子に触れてみた。そこには温もりはなく、シャオがその不在を気づくよりも以前にこの部屋の主は留守にしていることを教えてくれる。
 先程シャオがこの家を出て外に向かった時には、確かにここにいたはずなのに。どこへいってしまったというのだろう。
 机を見てみると、開いた本と、書きかけの文書がおかれている。羽筆も一旦そこへおいた、という具合に横に倒されていた。
 手にしていた麻袋の口を握りしめながら、シャオは今いる狭い書斎にキヴィルナズはいないとわかっていながらも、つい右に左にと視線を彷徨わせる。もちろんあの大男が隠れる隙間などなく、やはり誰の気配も感じられない。
 ここにいなければ、どこか別の部屋にいるだろうかと他の場所にも向かってみるが、やはり目的の彼は見当たらなかった。
 最後にミミルとリューナの部屋へ行くと、そこには部屋の主である二人がいた。

「あら、どうしたのシャオ。言っていた用事は終わった?」
「おわったの!? ならシャオもミィとるーなとあそぼ!」

 シャオの顔を見るなり、ミミルは駆け出し腰に抱きついてきた。それを受け止めながら、シャオはごめん、と少年の頭を撫でる。

「まだ、なんだ。ごめんね。もうすこし、まって。そしたら、あそぼう?」
「シャオ、まだおわらないの? シャオ、もうすこしって、どのくらい?」
「う、うーん、と……えっと……」

 最近になってようやく、さぁおでなくシャオと呼べるようになったミミルはことあるごとにシャオの名を口にする。相変わらずリューナは言えず、るーなのままであるが、それもあと少ししたら自然と呼べるようになるだろう。
 寂しい、と訴えてくる瞳を直視できず、視線を逸らしながらもシャオが返事に困っていると、すぐにリューナが助けてくれた。

「だめよ、ミィ。困らせちゃ。シャオが用事を済ませたら、そうしたらみんなで遊びましょうよ。今日いっぱい遊ばなくっても、明日もその続きがあるのよ」
「あしたも?」
「そう、明日も、明日の明日もよ。ミィが大人しく待っていたら、シャオも早く用事が済ませられるわ。だからわたしと一緒にいい子で待ってましょうね」

 ミミルはそっとシャオから離れると、少し肩を落としながらもリューナのもとへ戻っていった。

「シャオ、おわったらあそぼうね? 約束だよ?」
「うん、約束」

 飾りけのある言葉など言えないシャオは、それを補うようにミミルに笑顔を見せ、頷いた。

「そういえば、何かわたしたちに用があったのかしら?」

 話しが一区切りついたところで、シャオの用事が済んでいないことをミミルへの返答で察したリューナは、首を傾げてみせる。
 その姿に、シャオは新たらしくできた“もう一つの用事”について思い出した。

「あ、あのね、リューナ。キィ、知らない?」
「キィ? 書斎にいなかった?」

 首を振ると、リューナはミミルに向き合う。

「ミィはキィがどこにいったか、知ってる?」
「しらないよー」
「うーん、どこにいったのかしら……もしかしたら、気分でも変えるために外に出ているかもしれないわね」

 リューナも一度書斎にこもったキヴィルナズがあまり部屋の外に出なくなることを知っているため、シャオと同じようにその行く先に心当たりはないらしい。
 ごめんなさいね、と何も悪くないのに謝る彼女に首を振りながら、シャオは一度窓の外を見る。

「もしかしたら、入れ違い、に、なったのかも……もう一度、外、行ってくるね」
「わかったわ。気を付けていってらっしゃい」
「いってらっしゃーい!」

 ふたりに手を振られ、それにシャオも手を振り返しながら部屋を後にした。
 麻袋を右手で握りしめながら、家を出た後。キヴィルナズを探しシャオは森の中をうろうろとどこへ行こうか迷いながら進んでいく。家の中に姿がない彼が外に出ていることは確かだが、しかしどこにいるか見当はつかない。それなのにこの広い森の中で無事見つけることができるのかはわからなかったが、それでもシャオは握りしめるものの存在を何度も確認しながら少しずつ先に進んでいった。
 本来のシャオの“用事”のことも忘れず足もとを見ながらさらに歩いていくも、やはりキヴィルナズは見つからず。
 しばらく探してから、あまり遅くなってはミミルと遊ぶ時間どころか夕飯の支度すら間に合わなくなってしまうと、シャオは肩を落としながら踵替えした。
 家で待っていれば間違いなくキヴィルナズと会えるのだ、ならば大人しく帰りを待てばいい。――だが。

「どこ、に、落としたんだろ……折角ミィが、くれた、のに……」

 だが、本来の用事である探しものがどこにいっても見つからないことにシャオの心は折れてしまいそうだった。
 キヴィルナズの家に迎えられて少し経ったある日、ミミルがシャオを歓迎するとの意を込め、しおりを作って贈ってくれたのだ。シャオはそれを大切に大切に用途通り使用し、時にはおまもりのように懐に収め持ち歩いていた。そしてそれを眺めては温かい、くすぐったい気持ちを思い出していたのだが――しかし、それは今シャオの手元にはない。失くしてしまったのだ。
昼食を終えすぐに探しだしたのだが、日課のお茶の時間になっても見つからず、もうどれほど探し続けているだろうか。しかしそれでも物はみつからなかった。そうして失くしたしおりを探している途中、とあるものを見つけ、キヴィルナズに届けようと思ったのだが、肝心のキヴィルナズすら見つけることができない。
 不意にシャオは、このままあのしおりも、キヴィルナズさえも、二度と見つけることはできないのではないかという不安に襲われた。もう、触れることができないのでは、と。

「どう、しよう……」

 きっとどちらも見つかる、だから大丈夫。そう、自身に言い聞かせようとしても、一度感じた不安はあっという間に膨れ上がり、シャオの心を包み込む。
 どうしよう、どうしよう。どちらも大切なのに。決して、見失ってはならぬものなのに。
 不安は混乱を招き、シャオは心細さに麻袋を握る右手に己の左手を重ね、家へ帰る足取りを速めた。しかしそれに連なるように不安もさらに大きなものとなる。
 もし家に帰ってもキヴィルナズがいなければ。戻ってこなければ。
 もし明日になっても、明後日になっても、その先も。ミミルが心を込めてつくってくれたしおりが見つからなければ。
 ああ、どうしよう。どうしよう、どうすればいいよいのだろう。
 いつの間にか歩みは早歩きから、駆け足へ。シャオの息は弾み、ただでさえ道などなく歩みにくい森を走り、じわりと汗を掻く。それでも早く家に帰らなければと急いているとようやく、焦がれた我が家が視界に映った。
 そのまま飛び込むように中に入ろうとしたシャオだったが、それよりも先に内側から扉が開かれる。
 突然のことにシャオは驚き、慌てて足を止めようとするも勢いは止まらず、そのまま中から出てきた人物に体当たりをするように身体をぶつけてしまった。
 相手を押し倒しながらシャオは家の中に倒れ込んでしまう。

「っ……あ! ご、ごめんなさいっ」

 ぶつかってしまった相手の腹に乗ってしまったシャオは慌てて身体を避けると、ようやく誰に当たったのか。相手の顔を認識した。
 それなりの勢いで衝突されさらには押し倒され下敷きにされた相手は、自分の方がよほど痛みを感じたであろうが、それよりもシャオの身を案じ頬に触れてくる。
 大丈夫か、と言葉を紡ぐように口をその形にぱくぱくと動かすも、そこから声が出ることはない。その姿をみたシャオの瞳からは、じわりと涙がにじんだ。

「あ、ごめん……おれ、は、いたくない。大丈夫だよ。ごめんね、キィこそ、平気? いたいところ、ない?」

 驚いたように見開かれた赤い彼の、キヴィルナズの瞳に、己が今にも泣き出しそうなことに気が付いたシャオは乱雑に袖口で目元をぬぐった。すぐにぶつかって倒してしまったキヴィルナズの身を心配するも、ゆっくりと首が横に振られる。

「本当に、ごめんね。その、慌てて、て……本当に、いたいとこ、ない?」

 問いかけに、頷きで答えが返される。
 シャオはもう一度、しつこく聞いたが、それでもキヴィルナズは頷いた。
 それでも自身の失態に悔入り、僅かに顔を俯かせたシャオに、キヴィルナズは頭を撫でてくれる。しばらくそうしてもらってようやく、シャオの胸からはキヴィルナズへの罪悪感と、いつまでも渦巻いていた不安もろとも晴らしてゆく。
 顔をそろりと上げると、穏やかに笑む彼と目があった。

「あ、あの、ね、キィ。これ……」

 すっとキヴィルナズの手が離れた頃、シャオはおずおずと右手で握りしめていた袋を彼に差し出した。
 キヴィルナズはそれを受け取って中を見ると、すぐに取り出して確認する。

「それ、ね。森で、見つけたんだ。キィ、探してた、でしょ?」

 なぜこれを、とキヴィルナズが不思議そうにシャオに目を向けたところで、彼に伝わるよう、ゆっくりと口を動かす。説明らしい説明はしてないが、十分意図は通じたらしく、キヴィルナズは深く頷いて見せた。
 麻袋に入っていたのは、以前からキヴィルナズが探していた薬草だった。なんでも依頼された仕事に必要なものらしく、家の周りの森に自生しているのだが、なかなか見つけられずにいたのだ。
 シャオが失くしたしおりを探すため森を彷徨っているうちに、キヴィルナズが探していた薬草を見つけたために、早くそれを渡そうと彼を探していたのだ。
 ようやく出会え、そして目的のものを渡せたシャオはようやく安堵の表情を浮かべた。

「足りない、なら、もっと採ってくる、よ。必要なら、いって、ね」

 その言葉にキヴィルナズは首を横に振った。どうやらシャオが採ってきた分で事足りるらしい。
 少しは彼の役に立てたかと思うと、シャオは嬉しかった。先程まで感じていた不安はまだしおりが見つかっていないこともあり、完全には消えない。しかし大分心は軽くなり、自然とシャオの口元には笑みが浮かんだ。

「おしごといつも、おつかれさま。おれにできること、あるなら、なんでも手伝うから、ね」
「――――」

 再びキヴィルナズはシャオの頭を撫でてから、次に己の懐手を差し込んだ。何かを取ろうとしている動きに、シャオが見守っていると、そこから出されたものを目にしてあっと声を上げる。

「こ、これ……っ」

 思わずそれを持つキヴィルナズの手ごと握りしめ、彼の顔を見ると、そこには笑みが浮かんでいた。
 彼が取り出したもの。それはシャオが探していた、ミミル手作りのしおりだった。本に挟むのに適度な細長い大きさの布に、“シャオ”の名が書かれただけのもの。しかしシャオにとってはかけがえのない宝物の。
 キヴィルナズはシャオにそれを渡すと、一度ここから見える書斎の扉を指さした。そして両掌を合わせると、それを左右に広げる動作をする。

「もしかして……書斎に、本に、挟まって、た……?」

 シャオの言葉を見たキヴィルナズはその通りだと頷いた。
 その言葉に記憶をたどってみると、そういえば、と思い出す。
シャオの読みかけだった本が急遽必要になったとキヴィルナズに言われ、しおりを挟んだままだったのも忘れてその場で彼に返していたのだった。もとは彼の本であったし、シャオが読んでいる途中に返還を求めるほど仕事に必要なものならと。
 恐らく、仕事の途中で本に挟まっていたしおりを見つけ、キヴィルナズは懐に仕舞って預かっていてくれたのだろう。これをどれほど、シャオが大切にしていたか、彼も十分知っていたから。
 改めてしおりを握り、シャオは堪らずそれを顔に寄せた。

「あり、がとっ。探してた、んだ。よかった……本当、よかった。ありがとう」

 すべての不安が完全に消えた安堵から、シャオはふにゃりとキヴィルナズに笑顔を見せる。
 本当によかった。そう思いながら改めて手にしたしおりを眺めると、不意に視界の端でキヴィルナズが動いたのがわかった。思わずそちらへ顔を向けると、彼の手が頭に添えられ、そして。

「っ――!?」

 軽く前髪を掻き分けられたあと、露わになった額へそっとキヴィルナズの唇が落とされた。
 すぐに離れていったが、シャオはあまりに突然だったキヴィルナズの行動に思わずかたまってしまう。
それから少し間をおいて、シャオはかあっと顔全体を真っ赤にした。

「あっ、あの……? お、おれ……」

 慌てふためくシャオにただキヴィルナズは微笑むと、次にはシャオの身体を引き寄せると、そのまま抱えて立ち上がる。

「わっ」

 突然の浮遊感に、崩れた均衡を保つため傍らのキヴィルナズの頭を抱いてしまう。自分自身のその行動に驚いたシャオは身体を離すも、今度は後ろに倒れそうになった。キヴィルナズが支えてくれてことなきをえたが、彼はシャオを下そうとはせず、抱えたまま歩き出してしまう。

「あっ、あの、キィ? お、おろし、てっ?」

 彼の視界に入り口を動かすも、返ってくるのは笑みばかり。
 キヴィルナズに抱えられたまま向かった先は、ミミルとリューナの部屋だった。ノックもなしに部屋に入ると、すぐに来室者に気づいたミミルが声を上げる。

「あーっ! シャオだぁ! キィも!」

 それまでつみ木をして遊んでいたらしいミミルはそれを放り出すと、ばたばたと足音を鳴らしてキヴィルナズたちのもとへ駆け寄ってきた。その後に不思議そうな顔をしたリューナも続く。恐らく、抱えられたシャオが気になったのだろう。

「いいな、シャオ! キィ、ミィもだっこ!」
「お、おれは、おろして……」

 幼子のように抱えられた恥ずかしさで顔を俯かせるシャオの声は、キヴィルナズに届かない。しかしこの思いは伝わっているはずだった。それにシャオを下さなければミミルを抱えることなどできないだろう。
 しかし、シャオはそう考えたがキヴィルナズは違った。左腕だけでシャオを抱え直すと、そのまま右腕でミミルを抱き上げたのだ。
 シャオは小柄で痩せているが、それでも決して、片腕で抱えられるほどの重さではない。
 流石にシャオを左に抱えながらミミルを右で抱えると、キヴィルナズもぶるぶると腕を震わしたが、すぐに呪術を紡ぎ何かしらをしたようで、重さに耐えるどころか平然とした顔で立つ。
 そんな力持ちになったキヴィルナズの肩に、飛んできたリューナは腰を下ろした。

「えへへ、なかよしだね!」

 シャオの隣でミミルは嬉しそうにぎゅうっとキヴィルナズの身体に抱きついた。
 このところキヴィルナズは仕事で忙しく、今日はシャオもミミルとあまり向き合えていなかった。寂しい思いをさせてしまったのだろう。
 まだ顔に朱を残しながら、シャオは小さく頷いた。

「みんな、なかよしだね。あったかい」

 あったかい、という言葉にミミルは首を傾げていたが、何か悟ったリューナは優しげに微笑む。
 シャオは手にあるしおりを大切に握りしめながら、小さな笑顔を浮かべた。

 

 

 ――あとから知った話だが、どうやらキヴィルナズが書斎から抜け出していた理由は、このしおりを早くシャオに届けるためだったらしい。
 そうしてシャオを探しに森へ出て、シャオはキヴィルナズを探して家に戻って。やはり二人は入れ違いになっていたのだ。
 そのことにシャオは、手間をかけさせてしまって申し訳ないと思った反面、とても嬉しかった。シャオのために、キヴィルナズは大切な仕事を中断してまで、わざわざ森に探しに出てくれたのだから。
 とても、とても嬉しく、そして気恥ずかしく。さらにその後に待っていたキヴィルナズの行動を思い出しては顔を僅かに赤らめながら、やはり嬉しくて。
 シャオはミミルからもらったしおりを眺めながら、ひとり幸せに満たされ微笑んだ。

 おしまい

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李さまリクエストありがとうございました!
初めて月下の誓いでリクエストいただけてとても嬉しかったです!
(本当はDesireの真司か、シャオかのどちらかでしたが…自らの欲望に走らせていただきました)
テーマ通りではありますが、失せ物のしおりと、失せ者のキィ。ふたつの『失せモノ』をシャオに探させてみました!
月下の誓いでは家族のぬくもりを大切にしている面もございますので、最後はみんなできゃいきゃいさせてしまいましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです^^

サイトメインのDesireもそうですが、サブである月下の誓いの方も、これからもどうかよろしくお願いいたします!


2013/03/29