777777番 とある城の一角にて

海上結城さまよりキリ番、777777番リクエスト。
【Desire】のユユが主役。
お題『城内部での面白おかしい日常や噂』


 

 城の一角で、休憩時間となった騎士たちが寄り集まり談笑をしていた。そこにいるのは現在三番隊副隊長の地位を与えられたユユと、そして同じ三番隊の分隊長、ミルナ、イワナ、キーゼルの、合わせて四人だ。
 同僚であり、同期でもある彼らは騎士となりたての頃から切磋琢磨する強い縁を持つ友でもあり、もし時間が合うようであればこうしてともに休憩をとるようにしていた。しかし、その輪も初めて言葉を交わした時から様変わりしたものだ。
 始めは同じ場所に立っていた四人だが、先にミルナ、イワナが出世をし分隊長補佐へ。それにキーゼルが続き、ユユだけしばらく取り残されていた。だがユユはそれを気にしていなかったし、三人もそれによってユユを見下すようなこともなく、立場上の関係はあれども私事では変わらず仲が良かった。
 しかもそれは、先日ユユが突然副隊長に就任することが決まっても、変わることはなかったのだ。新たに三番隊隊長に就任する岳人の指名でただの平騎士から一気に階級を上げ副隊長になったユユに、多くの嫉妬やら疑問やら、声はあがっていたのだ。
 ユユとて、今でも自分がその器に足りうるかと疑問に思うことはある。しかし、そんなユユを支えてくれたのがこの場にいる友たちなのだ。
 うらやましいと小突かれたり、からかわれたりするものの。ユユが自信を持てない時は励まし、この背を叩いてくれた。なおかつ副隊長になったからといって、態度が冷たく変わるようなこともない。なんともありがたい話であった。
 そしてなにより、ユユが出世するにあたり彼らもそれぞれ分隊長補佐から分隊長へ位を上げた。そこで、部下にユユが副隊長になった所以を仕事終わりの一杯の時などの仕事で話しまわってくれたのだ。
 いったいどういうことを話したのか、それは恥ずかしいと言って教えてくれないが、効果は随分あるらしい。これまで羨望の眼差しで睨んできた者たちが、ひとり、またひとりといつもと変わらずユユに話しかけてくれるようになった。
 そして彼らはそれでもまだ不安を覚えるユユに言うのだ。
 “まず隊長となった岳里隊長の信頼が薄っぺらいんだ、てっぺんが信用できなきゃその人が選んだおまえを信じられるわけがない。だから、岳里隊長が隊内でもっと信頼を集めることができれば、おのずとユユが選ばれたことに意味があることを知ってくれるだろう。”
 そう、言うのだ。
 本当に、情けない自分にはもったいない心強き友だと、仲間だと、そうユユは思っている。あまり騎士としての才には恵まれないし、あまり運にも愛されていない気がする。しかし、友には恵まれたと、そう自分の生に感謝することは多い。
 そんな彼らの優しさを裏切らぬよう、日々奔走する毎日だ。だからこそ、以前よりも減ってしまった彼らとともにできる今の休憩時間は、何物にもかえがたき癒しのひと時でもある。
 何を語るでもない。ただ、くだらぬ話をするだけだ。それが何よりユユには楽しかった。
 仕事中はあくまで上司と部下の関係であるがためにかたくなる言葉を崩しながら、ユユは彼らとともに笑う。

「へえ、それで、ジャス隊長はまたネル隊長に叱られたってわけか」
「らしい。まあ、国費を使用しての研究だからな。それなのに作るのは尻尾生やす薬だの、耳を大きくする薬だの――まあ、どれも失敗してるが。そんなものばかり作ってもらっても役には立たないだろ」
「まあでも、すべてが無用のものというわけじゃないだろう。実際、ジャス隊長の発明で豊かになった面もあるんだ」
「研究には時間がかかるものだけれど、ジャス隊長は効果ある薬を開発するまでが短期間で済んでしまうじゃないか。その点はすごいと思うな」

 ミルナ、イワナ、キーゼルの順に言葉は並び、そのあとのユユも口を開く。
 なんでもまた、ジャンアフィスの完成させた薬が失敗したらしい。とはいっても、もともと作ろうとしていた薬が声の高低を変えるものであったため国にとってそう必要なものでなかったが、失敗した効果は顔が真っ赤になって冷めない、らしい。以前も失敗しており、ついにネルが説教ついでにジャスに注意、もといしかりつけたというわけらしい。
 発明者としての才は確かだが、いかんせん作ろうとする薬の種がわるい、といつもユユは思うのだが、しかし当人が作りたいと思ったものを作ってしまうがために仕方がない。
 だがしかし、それで他人を巻き込むだけは本当にやめてほしいと、切に思っていた。前に何度かその被害にあっているユユは、今ではジャンアフィスの顔を見つける度に一度停止してしまうようになってしまった。
 それぞれが苦笑し、手にした杯の水を一口含んだところで、噂好きのミルナが口を開いた。

「そう言えばしってっか、城の七不思議がひとつ、夜の調理場の、調理音……あの、調理室を通りかかると誰もいないのに包丁の音が聞こえたり、ぐつぐつ煮込む鍋の音が聞こえるってやつだよ」
「ああ、あれか。ジャス隊長が関わってたから思い出したのか?」
「……ってことはもう知ってんのかよ。おまえたちも?」

 イワナの笑みを含む言葉に、ミルナは面白くなさげに唇を尖らす。そのままユユとキーゼルの方を向いてきたので、二人も頷きで答えてやった。
 夜の調理場から聞こえる、調理をする音。その中のぐつぐつ煮込む鍋の音が聞こえる、というのは、ジャンアフィスの発明品だった。
 一晩煮込むもので、放置してしまえばもしも何かが起き、火が広まってしまったら。誰かが傍に居なければすぐに気づけない。特に城での火災などもってのほかだ。だが最近になり火炎玉というのが発明され、火を使わず熱を生める玉のおかげでたとえ目を離していても火を使わないので構わないというわけだ。
 つまり、火炎玉を使い夜通し煮込んでいる音を、たまたま調理場を通りかかった者が聞いていたというわけだ。あとは新米が包丁といった器具の具合を確かめたり、手に馴染ませたりするために夜中調理場に立つことがある。その際に迷惑だからと明かりをつけずにやる者もいて、その音も通りかかった者が聞いていたのだろう。
 不気味に思って中を確認しない者も多く、だからこそ広まってしまった噂だった。
 城の七不思議とは文字通り城で起きる七つの不可解な出来事のこと。先程の夜の調理音とか、他には増える階段にもうひとりの自分、喋る黒猫、などだ。
 七不思議といえども案外あっさりとした結末も多く、よく解明されている。しかしその度に新たな噂が追加されるため、つきることはない。

「なんだよ、知ってたのかよ。ならさ、真夜中に踊る本の宴は? あれは知ってるか?」
「いや……それは知らないな」
「おれも」
「ついに解明されたのか?」

 真夜中に踊る本の宴。それは七不思議の中でも長いほうで、とはいっても一年ほどだが謎とされていて、未だに解明されていないものだった。
 おのおのの反応に、ここでようやくミルナは得意げに鼻息を吐く。

「あれはな、アヴィル隊長が絡んでるらしいぜ」
「ほう、アヴィル隊長がな」

 ようやくキーゼルから求めていた反応が返ってきたミルナは嬉しげに笑みを浮かべながら続けた。

「なんでもあの人、昼にできない個人の調べ事を夜にしてるらしくな。それで、日が暮れてから書庫に本を借りに行くそうなんだ。それで、アヴィル隊長は少しだけ魔術が使えるって話だろ?」
「ああ」
「んでだな、台を使わなきゃとれない高い場所の本を、その魔術を使ってとってるらしいんだよ」
「――それで、真夜中に踊る本の宴というわけか?」

 イワナの言葉におうよとミルナは頷いた。

「なるほど。アヴィル隊長はやっぱり勤勉な方だな。おれたちも見習わないと」
「そうだな。ちょっとおかたすぎる面はあるが」
「ま、夜はぐっすり。文字見てもぐっすり、なおれには関係ねえ話だけどよ」
「おれも否めないな」

 ユユの言葉にキーゼルが賛同するも、ミルナのおどけにイワナが乗る。
 ははは、と男四人で笑っていると、不意に壁の角からひょいと顔が現れた。それは、今まさに噂していた人物で。

「――おまえたち、少し笑い声を落とせよ。休憩中とはいえ、城内だ。騎士の質を問われてしまう」

 ユユたちは内心で大いに慌てながらも、どうにか手にした杯を落とすことなく一列に並び、一気に顔を引き締め敬礼した。

「はっ申し訳ありませんでした! 以後気を付けます」
「ああ、そうしてくれ。ただ息抜きは大事だからな。しっかり急速はとってくれ」
「は!」

 顔だけを出した状態で注意をしたアヴィルは、そのまま顔をひっこめ去っていく。足音も気配も完全に消え、それからしばらくした頃。ようやく四人は楽な体制をとる。

「はあ、吃驚したあ」
「あの様子だと話は聞かれていないようだな」
「まあ聞かれて困る内容……ではないと思う」

 それぞれ力んだ身体を今度は脱力させているなか、ユユはアヴィルが顔を出した一角を未だ眺めていた。

「――いつも厳しい顔をなされているよな。疲れないのかな」
「まだ十五、六だったか? まったくそれなのに隊長とはおれたちじゃ足元にも及ばない天才だよな。確かナルジェさまの孫にあたるんだったか?」

 イワナの言葉に確か、と返したのはキーゼルだった。

「孫というとたしか、先々代王の子どもの子ども、か? ナルジェさまが祖父という立場か」
「ああ。“識別の眼”の血筋は秀でる者が多いというし、実際あのナルジェさまの孫だ。確実にあの方の才を引いているよ」

 ミルナがいう識別の者とは、王たる器がある者が持つと言われる特殊な力の事だ。むしろ、その眼を持つことが王になる資格、とさえ言えるだろう。歴代の王たちはその力を有しているし、現代国王であるシュヴァルも持つものだ。
 この世界ディザイアは血筋、という概念はあまりなく親子のきずなや家族、といったものはあまり大々的ではない。というのも男女の出生率に差があり、女性が極端に数が少ないため、彼女たちは決められた場所に一同囲われている。その場所で子を成し、産み。そして生まれた子どもは彼女たちのもとである程度育てられ、そして国へ引き渡される。しかし育てるといってもそれは生んだ母親でなく、女性としての役目を果たした老婆たちであり、やはり親という絆はそう存在するものではない。父親など、大抵が顔を知らなければ、母となる女性も詳しい素性は知らないだろう。
 そんな状況下で育てられれば、本来の生の営みの中ではぐくまれる絆は生まれず、別の他者とのつながりばかりが出てくるのは道理な話だろう。
 しかし、その父と母となる人物の片方が、“王”であれば話は違ってくる。王の子らは自らの父を知っており、その子の子である孫くらいまでなら自分の血には王の者が流れているとわかるそうだ。
 そして、五番隊隊長アヴィルは魔導王ナルジェの異名を持つ、先々代国王ナルジェの孫にあたった。
 魔導王ナルジェの異名はその言葉通り、国王である身ながらナルジェが実に優秀な魔術師であったことを示している。その息子もナルジェ程ではないが国に尽くした魔術師であった。アヴィルは魔術師になれるほどの魔力は持たなかったまでも、独学による多少の魔術を扱えるそう。
 そしてそれが、先程の七不思議にあった真夜中に踊る本の宴と通じるわけだ。
 ミルナが言うように、確かに血筋はアヴィル自身に関わっているのかもしれない。
 しかし。

「でも大変な努力もなさっている。おれたちも負けてられないぞ」
「そうだな、副隊長どの。あなたにも、岳里隊長にも。決して見劣りしないようおれたちも務めるよう」
「この国のためにもな」
「負けてらんねぇな。待ってろよ、必ず追いついてやるから」

 三人の友の力強い言葉を聞きながら、ユユは殊勝な笑みを浮かべた。

「期待しているよ。おれにも足りないところは多くある。もっと精進しないと」

 目を配らせれば、三人はにやりと笑って手にしていた杯をみな左手に持ちかえる。その姿を見て、ユユも右手に持っていたものを左手に移し、腕を持ち上げる。
 そして、上げた腕を互いにぶつけあい、国を担う男たちは心に刻んだ誓いを確認し合った。

 

 

「そういえばアヴィル隊長、童貞って話があるんだが……」
「それよりおれはユユが未だ童貞なのが気がかりなんだが……」
「ちょ、キーゼルなんで知ってるんだ!?」
「えっユユまだ童貞なの!? 前に後ろも使ったことないって言ってたよな?」
「ああああっ!? そっそれはっ、その……!」

 おしまい

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リクエストありがとうございました!
 
それも噂の面が七不思議…学校の定番というやつでしたが、お楽しみいただけたでしょうか?

これからもどうかよろしくお願いいたします!


2013/07/15