959595番 きみが生まれた日

satomamaさまよりキリ番、959595番リクエスト。
【Desire】岳里と真司。
お題『ちょっと甘めの誕生日話』


 

「えっ、おまえの誕生日って十月十日なのか?」
「ああ。言ってなかったか?」
 そんな、なんてことないといった様子に、おれは聞いてない! と声を荒げた。

 

 

 ――そんなやりとりがあったのは三日目。それはこの世界ディザイアには誕生日という概念が薄い、ということをおれが知ったのが始まりだった。
 ディザイアはまず、女性が少ないから必然的に出生率がそう高くない。子どもは貴重であり、だからこそ特別な場所にみんな集められてそこで育てられるんだ。生まれるのもその場所らしく、基本的に子どもたちは生まれた年で管理される。個人を記す資料にはその誕生した月日も詳しく載っているけれど、祝う風習がないから気にすることもないそうだ。
 ちなみにこの世界もおれのもといた世界と同じで、一年が三六五日あり、月は十二まで。それぞれが“一ノ月”“二ノ月”というように呼ばれる。
 そして今は十ノ月であり、九日だ。つまり明日が岳里の誕生日だということ。
 だからこそおれは頭を抱え、悩んでいた。

「どうするかな……」

 何度目かの深い溜息を吐きながら、ついつい零れる独り言。
 唐突に知ることとなった、岳里の誕生日。折角過ぎてしまう前に知れたんだから、何かやってやらないと、と考えていた。
 そうして悩み出してもう三日が経つ。けど、未だ何をしようか、何を贈ろうかひとつも決まってない。あいつが何を欲しがってるのかさえ、調べられずに終わった。
 本人に聞いてみようとも思ったけれど、すでに誕生日を教えてもらった直後に釘を刺されている。
 何もしなくていい、と。おれさえ傍にいてくれたら、他に望むものはない――

「……っ」

 その後どさくさにまぎれて触れてきた手の熱を思いだし、慌てて首を振り邪念を払う。
 そこでふと、思いついた。

「誰かに、相談してみよう」

 何かいい案が浮かぶかもしれないと、早速行動を開始した。

 

 

 

 まずは誰に聞こうかとあてもなく城内をぶらついていると、前方から聞きなれた声に名前を呼ばれる。
 いつの間にか考えごとで下がっていた頭を上げれば、そこにはやっぱり、声の主であるジィグンがいた。その後ろにはハヤテがいて、気怠るそうに歩いている。
 ジィグンは片手をあげておれのもとまで来ると足を止めた。

「よう、なんだか浮かない顔してるけど悩みごとか?」

 その言葉にちょうどよかったと、後ろにいるハヤテに少し落ち着かないながらも、ジィグンへ岳里の誕生日のことで悩んでいることを説明した。
 けれどそれに、思ってもみなかった言葉が返される。

「たんじょうび? なんだそれは」

 それは珍しくハヤテからあがった声で、思わず顔を見れば本当に何のことかわからない、といった様子で。
 そこでようやくおれは、この世界に誕生日を祝う風習がないことを思い出す。みんな生まれ年を覚えているだけで、自分が誕生した月日を知らない人の方が圧倒的に多いそうだ。誕生日と言う言葉すら知らない人も少なくはないんだろう。
 それに獣人である二人にはそもそも誕生日が存在しない。二人は生まれてくるんでなく、ディザイアとはまた別の世界であるプレイから召喚されるから。
 まずは初めからの説明になるのかと、少し肩を落としてしまった。うまく話せるかあまり自信はない。
 おれは説明が得意じゃない。そういうのはいつも傍らにいる岳里がやってくれてたから、これまでおれがする必要にもなくここまでやってこれたからだ。
 でも今回は岳里のためだと、口を開こうとすると、先にジィグンが声を上げる。

「へえ、誕生日な。そうかおまえらの世界じゃそれを祝うのか」
「ああ。特別な日だからさ」

 どうやらジィグンは、誕生日という言葉を知る数少ない側だったらしい。
 ハヤテが、おいたんじょうびってなんだ、とまた問いかけてきたけれど、ジィグンがそれを受け流す。

「あとで教えてやっから待ってろ。とりあえず今は大切な、祝うべき日思っておけばいいさ」

 その言葉にハヤテは少し不満げに眉を寄せたけれど、でもわかってはくれたようだ。
 しつこく尋ねたわりには関係ないというように、ジィグンの背からあっさりと離れると壁際まで向かう。そこに背中を預けて腕を組み、目を閉じてしまった。
 おれとしては話しやすくなった状況に少し安心しながら、改めてジィグンに向き直る。

「なんかいい贈り物とか、ないかな」
「そりゃおまえ、岳里へだろ? んなもん一番相応しいもんがあんじゃねえか」
「え、そんなものがあるのか!?」

 思わぬ言葉につい身を乗り出して、続く台詞に期待して耳を傾ける。
 でもおれは、ここで気がつくべきだった。ジィグンが明らかににやついていることに。下世話な話が、好きだったということに。

「やっぱ岳里にはあれだろ、おまえしかいないって。贈り物は、お・れ! ってな! …………おいやめろ、そんな目で見んな……」

 沈黙し我関せずの姿勢をとっていたハヤテと一緒になっておれは、ジィグンへ白い目を向ける。
 ああそうだよ、ジィグンはそう答えるようなやつだったよ。それを忘れていたおれが悪かったと、まあ参考にする、という一言とお礼だけを伝えておれは二人に背を向ける。

「ま、実際のとこおまえがそう悩んで用意したもんなら何でも嬉しがると思うぞ。あいつ単純だかんな」

 ――それは、わかってるんだ。でもだからこそ困ってる。
 一度振り返り、もう一度ありがとうと伝えておれはまた歩き出した。

 

 

 

 他にも会えたみんなに聞いてみたけど、返されるのは似たような曖昧な答えばかりだった。
 岳里が好きなものと言えばおれだから、おれを贈ってやればいいとか。おれが選んだものならなんだって嬉しいだろう、とか。でも出てきたものは、それだけっていうわけでもない。
 前に何度か厨房を借りて調理したことがあるから、そのことを知っていたミズキから手料理を振る舞ってやったらどうか、と提案されたんだ。
 確かに岳里は好きなことに多分ではあるけれど、食べることがある。城の調理人の人たちには当然敵いっこない、家庭の範囲内の話だけど、おれだってそこそこ豪勢なものは作れる。少なくとも味には多少なりとも自信はあるし、ケーキだって用意してやれるし。
 幸いにもミズキに意見をもらった後に会ったユユさんに事情を説明すると、丁度城の調理人に友達がいるから、場所の提供や食材について掛け合ってくれることになった。その人はおれも以前に料理するためにお世話になったことのある人で、答えは決まってるだろうから安心してください、とユユさんに言われる。
 早速尋ねてくる、と調理場に向かったユユさんに申し訳なく思う反面ありがたく、頭を下げてその去る背を見送った。
 これでおれがしてやれることを見つけて、一安心だ。――そう思うのに、でもどうもまだ、おれの悩みは続いていた。
 これまでに二度、岳里には料理を振る舞ったことがある。ご飯ものとデザート系でそれぞれ。だからもう多少なりとも岳里はおれの味を知っているし、折角の誕生日なんだからもっと別の、ちょっと驚いてくれるようなものを用意してやりたいとも、そう思うんだ。
でもそれがどうも浮かんできてくれない。
 ぐるぐる悩んだまま、結局足取り重くとぼとぼと歩いていると、不意に背後から声をかけられる。

「やあ、真司。何をそんなに浮かない顔をしているんだ」
「浮かない顔って……見えてなかったろ?」
「後ろ姿を見ていればわかるものさ」

 思わず苦笑したおれに爽やかな笑みを返したのは、ライミィだった。六番隊隊長としての仕事は今日は休みなのか、手軽な恰好をしている。とはいっても服装に左右されない凛とした佇まいは、いつも迷いのない芯の強さを感じさせていた。

「ちょっと、考えごとしててさ」
「悩みか?」
「――ああ。実は、さ」

 大方の事情を説明すると、ライミィはなるほどな、と頷いた。

「ふふ、確かにあの岳里への贈り物はなかなか浮かばないものだな。もとより、自分を語らぬ男だし、彼を一番よく知る真司が考えつかないとなると」

 力になれそうにない、すまない、と謝られ、おれは慌てて首を振った。

「いや、いいんだよ。実際おれだって思い浮かんでないし、一応もうやることは決まったんだからそれだけでも」
「だが、それだけでは足りないと、そう顔に書いてあるぞ?」
「……まあ、な」

 歯切れ悪い答えにライミィはただ静かに笑むだけだった。そしてふと思い出したように、そうそう、とまた口を開く。

「そういえば岳里に伝えてもらいたいことがあるんだった」
「ん、言っておくよ。なんだ?」
「それなんだが、あいつが今借りだしているらしい書庫の本を、うちの副隊長どのが至急要するらしくてな。すまないが読み終えたら直接回してくれるように頼んでおいてもらえるか」

 すまないが頼む、と言われ、おれは快諾する。
 頷きながらふとその時、ひとつの案が思い浮かんだ。
 そうだ、本だ。岳里は本を読むのが好きだった。

「っ、ありがとうライミィ! ちゃんと伝えておくから!」
「ああ、任せた。――で、何が“ありがとう”なんだ?」

 一人首を傾げるライミィを残し、おれは廊下を走り出す。
 向かう先はネルのもと。とりあえず王さまと一緒にいるだろうと辿り着いた執務室を覗いてみれば、案の定そこに探していた顔を見つける。
 ネルは息を切らしながら姿を現したおれに、王さまと一緒に驚きながらも首を傾げた。

「おう? 真司でねえか。どうしたあ?」
「そんなに慌てて、何かあったのか?」

 ぜいぜいと肩で息をするおれを不思議そうに眺める二人に、勢いよく頭を下げ、声を張りあげた。

「買い物付き合ってください!」

 

 

 

 夜になり、部屋に帰ってきた岳里を前にしておずおずと口を開く。

「その……誕生日、おめでと」

 本当は日を跨いですぐに言いたかった。けどあえてそれを我慢して、準備が整う夜まで待ったんだ。
 やっぱり何かを贈るなら、折角だから言葉と一緒にしたかったから。
 すぐにおれの意図を理解した岳里は、まだ入ってきたばかりで扉を閉めてもないというのに、両手を広げて全身でおれを抱きしめた。
 ぎゅうっと痛くない程度に力を込められ、憎いことにすっぽりと埋まったおれの耳元でささやく。

「ありがとう」
「――ん」

 おれも躊躇いながらも、上着の裾をぎゅっと握ってからすぐに手を離した。

「ご、はん。できてるから。冷めないうちに食べてくれよ」

 そう言うとすぐに岳里もおれを解放し、するりと離れていく。自由になり、岳里の進行を遮っていた自分の身体を退かして中に招き入れる。
 中に入った岳里は、静かにその様子をみて口を開いた。

「おまえがすべて作ったのか」
「まあ、折角の誕生日だからさ。あんまり豪勢なものは作れなかったけど、とにかく種類を用意してみた」

 なんだか照れくさくて、おれは頭を掻きながら俯き答える。
 用意した料理は沢山ある。本当は力を入れて豪華に行こうと思ったけれど、それを思い直して家庭でも作れるようなものばかりを揃えた。なんとなくだけど、そっちの方が岳里が喜んでくれると思ったからだ。
 オムライスにハンバーグ、麻婆豆腐に肉じゃがにグラタンに、スパゲティに煮物にカレーに、他にもたくさん。勿論、バランスもなにもないけどサラダだってある。
 これだけの量を準備するのは大変だったけど、それよりも心配したのは冷めてしまうことだった。けど魔術師のたまごでありアロゥの弟子であるフロゥが協力してくれて、出来上がった料理に魔術をかけてくれたからどれもできたてのように温かいままだ。そのおかげでおれもひとつひとつの料理を慌てることなく落ち着いて作れたから、雑にもならず助かった。

「デザートもあるからな」

 それまで並べられた料理たちを眺めていた岳里は、おれの言葉に振り返る。その顔にはいつもの無表情は張り付いてなくて。

「ありがとう」

 これで二度目の、感謝の言葉。それと一緒に添えられた笑みにおれは思わず狼狽えてしまって、慌てて岳里から顔を逸らし前に進む。
 いつも岳里が座っている方の椅子を引いてやり、顎でそれ示す。

「ほ、ほら、早く食べないと冷めちまうぞ。せっかく作ったんだから温かいうちに食ってくれよ」

 示されるがまま岳里は席に座り、そして。
 あらかじめ並べて置いた匙を手にとりすぐにでも食べだすのかと思いきや、何故かそれの持ち手を向けておれに差し出す。
 まだ岳里の脇に立ったままだったおれは、自分の席に向かおうとしていた身体を止めて首を傾げた。

「なんだ? 別のやつがいいのか?」

 てっきり汚れでもあったのかと思って受け取ったそれを眺めても、城に仕える人たちの手によって磨き上げられたそれは鏡のように覗き込むおれの姿を映している。
 なんで渡されたのか増々わからなくて、そのことを聞こうと岳里に目を戻した時、丁度口が開かれた。

「食べさせてくれ」
「……は?」
「食べさせてくれ」

 まったく同じ言葉を繰り返し、岳里はもうわかっただろうと言わんばかりに口をこちらに向かって開かせる。
 その姿に、ようやく意味を理解した頬が一気に熱くなった。

「ばっ……! じ、自分で食え!」

 手に持った匙を無理矢理押し返せば、思いの外あっさりと岳里はそれを受け取った。冗談、だったんだろうか。それにしたってたちが悪い。
 た、食べさせろだ? ってことはつまり、あーんしろってことだろ……? そんなことできるか!
 そう思って空になった手で腕を組み、岳里に背までを向ける。けれどどうしても気になってちらりと後ろを見れば、また差し出されている持ち手。
 岳里を睨んでまた顔を逸らしても、それでも動く気配はなく、ただ無言で訴え続けられて。

「――っああもうわかったよ! きょ、今日だけだからな!?」

 結局おれは、折れてやることにした。普段なら絶対やってやらないけれど、まあ誕生日だから、特別に。
 差し出されたそれを奪うように手に取り、まず近くにあったドリアを一口分にしては随分多めに掬ってやる。
 まだあつあつのそれは、今の状態のまま口にいれてしまえばやけどしてしまうかもしれない。でもこれはささやかな岳里への仕返しだ。
 そう思って選んだのに、それなのにまさか。

「冷ましてくれ」
「――っ!?」

 まさか、ふーふーまで要求されるとは思わなかったよ、ちくしょう!

 

 

 

 用意したものを本当に全部、おれの手を使いながら綺麗に平らげた岳里は、デザートたちも同じくあーんとすることを求めてきた。
 絶対調子に乗っているのはわかっていたけれど、でも今日は特別だからと堪え、最後にとってあったメインのケーキをフォークで掬い食べさせようとする。

「ほら、食えよ」

 さすがに量のある全部を食べさせるのには疲れも出て、未だ残る羞恥も合わさりかける言葉はついぶっきらぼうになってしまう。でも岳里もその理由をわかっているから、愛想よくすることまでは強要しない。
 それだけは唯一救われたと思っていたのに。このケーキさえ食わせれば終わりだったのに。
 岳里は、最後の最後でぶち込んできやがった。

「手で食べさせてくれ」
「――は? え、なん……て?」
「おまえの手で直接食べさせてくれ」

 絶句し、手の力を抜けて持っていたフォークが一口分のケーキを乗せたまま滑り落ちてしまう。けれどそれが下についてしまう前に空中で受け取った岳里は、おれの手を取ると無事だったケーキを指先に乗せた。
 呆然とその様子を眺めるおれを置いてきぼりにしながら、岳里はケーキの乗った指先を口元に寄せると、そのまま中に含んでしまう。

「っ」

 咄嗟に手を引こうとしても、手首を握った岳里の力に当然敵うわけもなく。
 口の中で舐められ、吸われ。クリームが完全に消えてしまってから、ようやく解放される。
 けれどケーキはまだまだ、一口分だけ欠けた、ワンホール分が残っている。

「ま、さか……それ、全部を……?」

 声もなく深く頷いた岳里は、その答えに動けずにいるおれの手をまた掴む。そして容赦なく、そのままケーキの中に突っ込んだ。

 

 

 

 指の間は勿論、爪の間に入ったものまでしっかり綺麗に舐めとってからようやく終わりかと思いきや。
 最後に岳里の口の端についたクリームを舐めて拭くというふざけたことまでやらせてから、ついにおれは解放された。
 その頃には満足げに目を細める岳里と、口の中のほのかな甘みとふやけた指先に半べそをかくおれと、雲泥の差ができていて。
 部屋の片隅で未だ熱の引かない頬に苦しみながら、涎でべたべたになった手を拭いた。
 ちくしょう岳里のやつ、人が下手に出てやれば調子づきやがって。なんであんな、あんなことまでしなくちゃならないんだ!
 理不尽な辱めを受け、そう叫び喚きたい気分のおれは、行き場のない岳里への怒りに思い切り睨みつけてやる。
 もういっそのこと、ここでおしまいにしてやろうか。そうとまで思ったけれど、でもせっかく準備したんだ。ここで終わりにするのはまだ早い。
 随分な岳里のわがままに付き合ってやったけれど、それも仕方ないと、睨みを解いて溜息をひとつつき、自分のベッドへ向かう。
 その下に仕舞っておいたものを取り出すため床に手と膝をついてしゃがみ込み、奥にいっていたものを取り出す。それをそのまま、後についてきた岳里に差し出した。
 無言で渡せば、同じく無言で受け取り。そのまま不思議そうに手にした紺色の包みを見つめるものだから、仕方なく口を開いてやる。

「プレゼント。おまえへ、だよ」
「開けていいか」
「ん、どうぞ」

 代わり映えのしない声に、内心では緊張しながらも浅く頷いてやる。
 岳里は早速包みを結ぶ濃緑の紐に手をかけ、しゅるっと軽い音を立てながらそれを解いた。結び目が解かれると同時に梱包は緩み、ひとりでに開いていく。そして中から現れたのは、おれが岳里にと選んだプレゼント。
 羽筆とインク、そして一冊の本だ。重なっていたそれをそれぞれ手に取り、包装に使われた紙をベッドの上に置いてからまじまじと見つめる。
 中身を見ても無言で、なんだかそれが気恥ずかしくもあり不安でもあり。おれは声を上ずらせながらも説明した。

「その羽筆なら執務中とかにも使えるかなって。店主の人に聞いて、そこそこ丈夫でいいやつ選んできたんだ。しっかりしてるし、たくさん文字書いても大丈夫だぞ」
「昨日街に出たのは、このためだったのか」

 岳里に内緒で、と思ってこっそりネルに連れ出してもらったのに。どうやら岳里はそのことを知っていたようだ。

「ん、まあな。ほら、手伝いとはいえおれも少しはお金もらってるし、どうせならそれで何か買おうと思って。って言っても、上等な一級品は高価で贈ってやれないけれどさ……」

 歯切れ悪い言葉で終わらし、岳里からはあえて目を逸らし忙しなく視線を彷徨わせる。
 おれがそうしている間にも岳里はもうひとつの贈り物を手に取っていた。
 ぱらぱらと頁をめくり、それからおれに問う。

「これは」
「――それは、その」

 岳里へ贈った、渋みある茶に染まった革が表紙の本。それは何も書かれていない、真っ新な頁しかないものだった。だから形ばかりで、果たして“本”と呼んでいいのかさえわからない。
 純粋に、そんな中身がない本を贈られた理由がわからない岳里は、だからおれに尋ねているんだろう。

「……岳里も、書いてみたらどうかなって。そう思ったんだよ。ほら、おまえ本が好きだろ?」

 声に出されたことはないが、岳里はよく読書をしているからそう思ったんだ。
 内容を尋ねればいつもそれぞれで統一されてなくて、空想物語だったり、随筆文であったり。実用書に歴史書に、他にも様々と本当に幅広い。読むことが好きじゃなかったら、そもそもそんな本たちを手にすることさえなかっただろう。
 だから、岳里自身も本を、何かを書いてみたらいいのにって思ったんだ。
 もちろん、読むことと書くことがまったく別物ということはわかってる。それでもとりあえず一度試してみなきゃわからないだろう。実際にやってみて初めてそのことが面白いと思えたり、もっとやってみたいっていう欲求が生まれたりすることもある。
 だから何も書かれていない本を探し出して、それを贈ったんだ。
そこに記されるのは岳里の字。並ぶのは岳里が選んだ言葉たちだ。
 この考えすべてを口に出さなくても、真意をちゃんと汲み取ってくれた岳里は、手にした本と羽筆、インクに視線を落とす。
 しばらくじっとそれを見つめ、そしてまた顔を上げておれに目を向ける。
 その表情はいつのも顔とは到底結びつかないくらい、柔らかくて。ようやく安心できたおれも一緒になって顔を緩まらせる。
 すり寄ってきた岳里におれも身を寄せながら、今はただ、満ち足りた幸福を噛みしめ互いに笑い合った。

「岳里、誕生日おめでとう」
「ありがとう、真司――」

 おしまい

戻る main

 


 

satomamaさま、リクエストありがとうございました!

まず初めに、本日satomamaさまはお誕生日とのことで、おめでとうございます!
今回は今日に合わせ掲載させていただきましたが、(キリリクなんですが)ささやかなプレゼントにもなれれば嬉しいです^^

今回、リクエストをいただいた日の近く、十月十日を密かに誕生日設定していた岳里がいましたので、今回は彼で書かせていただきました!
やつの誕生日は岳里岳人という名に合わせて月と日付を同じにしようとずっと考えていて、ついに決定しても特に祝うことはなく…
ですから今回こうして誕生日をお伝えすることと、それを祝う機会を与えてくださりありがとうございます!

ちょっと甘めの、とのことだったのであーんさせたりしてみたのですが、予定外にも岳里が暴走してしまいました。
特にいやらしいことはしてませんが、あえて真司の説明のみで省いた場面は変態臭い岳里を想像しつつ脳内で補完してくださればと思います。

甘い話→じゃれつく二人、という連想でいつの間にああなってしまいました。
もし岳里の印象を壊されてしまったのであれば、大変申し訳ありません。

長くなりましたが、少しでも甘い雰囲気ありきのものに仕上がっていると嬉しく思います^^

改めて、お誕生日おめでとうございます!

2013/11/17